第8話 第十騎士団


「あなたが、世界唯一のレベル100到達者のフレイル殿だと言うことはわかりました。とりあえず、ここは少し騒ぎすぎたので離れましょう。話はそれからです」


 その後、僕らはさっきの場所からしばらく移動して茂みの影に隠れるような場所まで来た。僕はどこまで移動したかわからないので、帰りにアンディー団員に案内してもらわないと帰れそうにない。


「とりあえず、あなたがなぜここに来たかを聞く前に、第十騎士団に起きたことから説明しましょう」


 彼によると、朝までは第十騎士団の様子はいつも通りだったという。それが狼煙が上がってドラゴンが来た位の時間になると、団員の一部が消えたのだという。

 その後、団員の減った第十騎士団のもとには次々と騎士団の格好をした者たちが襲いかかってきたのだという。

 倒した襲撃者の鎧を脱がすと、団員がみんな持ってるはずと団員証がなかったそうだ。

 というか、顔見てわからなかったのか?


「格好こそは第十騎士団の正式な兵装でしたが、戦うときの剣や盾の扱い方は騎士のそれではなかったですね。どちらかというと、傭兵の類いでしょうか?山賊とも違いますね」


 その見た目の違いに騙され奇襲を受けた第十騎士団は隊を分割され、何度も襲われ続けたらしい。

 さらに、その合間を縫うかのような魔獣の襲撃もあって、次第に削られていき、アンディー団員のいたグループは一人になってしまったようだ。

 

「私の役目は現在の異常を本陣へ伝えることです。そのために負傷した仲間達は私のために時間を稼いでくれました。なんとしても情報を伝えなければ」


 アンディー団員がそれだけ、言って走り出そうとしたそのとき、


「そんなことされちゃ困るんだよ」


 その声とともにアンディー団員の足下にウィンドカッターが飛んでくる。

 アンディー団員は気づけたようで、ジャンプして避ける。


「第十騎士団はここで消えてもらわなきゃ困るんだ。お前らがいると俺らの計画が潰されかねないんでよ」


 突然現れた襲撃者は森の茂みをかき分けるように出てくる。

 たしかに、見た目は第十騎士団の格好をしており、見た目のようだが、アンディー団員の表情やさっきの話からすると、彼らが第十騎士団に扮した襲撃者なのだろう。

 彼らは僕らの方を見るとチッといらだたしげに舌を鳴らす。


「一人を追ってるんだと思っていたが、もう一人いたのか。まぁ、いい全員ここで

殺す」


 襲撃者達は騎士団ではないにしろ、相当に戦い慣れてるように見える。

 傭兵かもしれないというのも、真実味を帯びている。

 ここまで逃げ続けて満身創痍のアンディー団員と無力な僕では相手が一人でも大変かもしれない。

 

 そう思ってると、襲撃者が出てきた茂みから更に何人もの騎士達が出てきた。


「おいおい、先走るなよ」

「おめぇーらが遅いんだよ。たらたら追ってると獲物取り逃がすぞ」


 襲撃者達は総勢4人ほどになった。

 これで数的有利すら覆った。どうにもならない。

 それでも、集まってすぐは仲間内でガヤガヤしているのを見るとそこが好きのようにも見える。

 僕はすかさずアンディー団員の方に振り向いて―


「アンディーさん。今のうちに...っていない?!」


 アンディーさんは僕よりも一足早く駆けだしていて、トップスピードに乗っていた。

 ぼくもそれに続かないと、ラウラさんの方を振り向く。


「ラウルさん。私たちも行きますよ」

「わかりました」


 僕らもさっと後ろを向いたとき、そこにあったのはアンディー団員団員の死体だった。

 アンディー団員の首と胴体がバッサリと切られ、目の前には最初に現れた襲撃犯が剣についた血を振り落としていた。


「いつの間に?!」

「速いっ!!」


 僕とラウルさんは駆け出そうとした足を止める。

 僕は、とりあえず、腰に刺さってる剣を抜く。

 振るうことはできないけど、抜かないことには始まらない。


 その途端に、アンディー団員を切った襲撃者は僕らの方を振り向く。

「お前らも同じところに送ってやるよ」

 襲撃者の振るった剣が僕の元に振り下ろされる。

 僕はなんとか、手元にあった剣で受け止める。


 カンッという高い音がして手元にあった剣の感触が消える。

 大凡、剣の扱いとは程遠い僕の剣術は一瞬で終わりを迎え、僕の命を狙う凶刃が迫っている。

 

「あなたはここまで来ても本気を出さないと言うことは、私にやれと言うことでしょうか?」


 キンっという甲高い金属音が目の前でしたかと思うと、ラウルさんが目の前にいた。

 手元には僕がさっき取り落とした剣が握られている。


「あなたがたが何者かはわかりませんが、死にたくなければ投降しなさい。そうすれば、命だけは助けてあげましょう」


 いやいや、ラウルさん。何を言ってるの?明らかに僕ら狩られてる側なのに、投降しなさいって...


「お嬢ちゃん、さては立場がわかってないでしょう?」


 襲撃者の人達は一人立ち向かうラウルさんを見て嘲う。

 僕も同意見だ。言うならせめて命乞いとかにしないと、


 スパンっ!


「え?」

「「「え?」」」


 一瞬、あまりのことに僕と襲撃者達の言葉がハモる。

 ドサッっという音と同時に首の無い襲撃者の体が地面に倒れる。


「次は誰がこうなりたいの?」


「「「このアマァ!!」」」


 衝撃に僕が固まってる間に、逆上した襲撃者達は全員でラウルさんに飛びかかる。

 ラウルさんはそれを全部避けて、一人ずつ首を刎ねていった。


「はぁ...だから、投降しなさいと言ったのに」


 ラウルさんは血一滴すらついていない服装で戻ってくると、服のポケットをガサゴソすると、


「私の本当の名前はクラウン・ルードリッヒ。王国第十騎士団で団長をしている者です。現在は冒険者ギルド及び王国軍連合軍にて別任務の途中でしたが、部隊の指揮に一時的に復帰します。冒険者フレイル、山の内部の賊の討伐と仲間の救援に協力いただけますか?」


 騎士団の団長?


「わかりました。でも、本当にラウルさんが団長なんですか?さっきのアンディーという人もラウルさん見ても団長だって気付いてませんでしたよ?」

「第十騎士団は危険魔法具の管理と摘発を主な任務としてますので、内偵任務が多くなるのです。なので、互いに顔や声と言った情報が漏れないように、身分確認は団員証で行なっています」


 なるほど、第十騎士団はそういう部隊だったのか。

 というか、団長がいないから前線の一番奥にいたのはそういうことだったのか。


「あれ?でも、団長がいなくて機能してないような騎士団なんてわざわざ壊滅させる必要があったのでしょう?それこそ、最後まで放っておいても問題ないようですが」

「それは、あれのためでしょう?」


 ラウル、いやクラウン団長が指さす方には本陣から立ち上る見覚えのない茶色の狼煙が上がっている。


「あんな色の狼煙、冒険者稼業してて目にしたことがないのですけど、あれは何を知らせる色ですか?」

「あれは、第十騎士団を呼び寄せるための狼煙です。つまり今回の戦闘において、危険な魔法具が関与しているということでしょう。危険な魔法具の撤去も我々の仕事です。他の部隊ではなかなか身につけない技術でしょうから、我々の部隊で行く必要があります」


 僕の思ってた第十騎士団の仕事と違うなぁ...


「まず、私は山の中で騎士団を集めますので、フレイルさんはここで狼煙をお願いします。色は『緊急事態発生』の赤でお願いします」

「わかりました。そういうのは得意なので、任せておいてください。クラウン団長も気をつけて」


 僕はそう言われると、テキパキとたき火の準備をする。

 その間にクラウン団長は森の中へと消えていった。


「ラウルさんが騎士団の団長だったなんてなぁ...」


 僕はたき火のための枝と木の実を集める。


「みんなが戻ってきたときに、スープとか合ったら良いと思うけど、狼煙上げなきゃいけないんだよなぁ」


 狼煙を上げるときに、火の中で肉や木の実、芋などを焼くことはできるのだけど、火の上を塞ぐように鍋や網をしいて料理したりはできない。これは、冒険者生活で役に立つ豆知識だ。


 僕は魔法鞄に手を入れ、野営用に使ってる鍋と保存食の干し肉、ナイフなどを取り出す。

 たき火は二つ準備してあって、一つは赤い煙を上げてくれてるし、もう一つの周りには石を並べてるので、その上に鍋を置くことができる。


「まずは、干し肉を細かく切って...」


 周囲にあった中で一番平らだった石はまな板用に残してある。

 表面は殺菌のために、水を沸かしたあと石の表面にかけて殺菌してあるので大丈夫だ。

 今回は急だったので、保存用の食材とこの近くに生えていたものだけだ。

 本当は芋が植わってるのを見つけたのだけど、掘り出すための道具がないので諦めた。

 干し肉とキノコを一煮立ちさせたら、ハーブや塩を入れて味を調える。


「よし、これで準備はOKっと」


 僕は目の前にできた、赤い煙をあげる狼煙と鍋の中で食べられるキノコや干し肉が入ったスープが煮えてる竃を前に達成感に浸る。


「やっぱり、狼煙と言えば料理だよなぁ」


 スープをかき回しながら、みんなが降りてくるのを待っていると、後ろの茂みがガサゴソというのが聞こえる。


「お疲れ様でした。このスープでも飲んで少し休んでください」


「こちらが集合地点でしょうか?」


 茂みから出てきたのは丸メガネに三つ編みのよほど騎士とは思えない見た目の女性だった。

 一応、騎士団の鎧を着てるのだけど、騎士のようにはあまりに見えない。

 とはいえ、あまり襲撃する側にも見えない。


「一応、騎士団の方ですよね?」


 僕はあまりのことに聞き返してしまうが、そういえば団員証を確認した方が良かったと思い直す。


「第十騎士団所属、ナギサ ホオズキです。これが団員証です。間違いないですよね?」

「えぇ、本物ですね。むしろ本物である事に驚きを感じてしまいますけど」

 

 彼女は同じ事を言われ慣れてるのか苦笑いする。


「これでも、一応騎士団の団員なのですけど、戦闘はてんでダメなんです」

「それで、騎士団に勤められるんですか?」


 騎士団の事務担当かな?それなら俺でもできそうだし、今度応募してみようかな?


「はい。普通の騎士団じゃダメなんですけど、この第十騎士団は技術職も募集してて、私は王立学院で魔法具の研究をしていて、卒業後に教授の薦めでここに志望を出したら採用されました」


 なるほど、戦闘以外の能力が必要な訳ね、なら俺には無理だわ。

 自慢じゃないけど、戦闘以外でも何もできないし。

 言ってて、自分がどうしようもない駄目人間だとわかってきた。


「それじゃあ、ここまで降りてくるのも大変だったでしょう。このスープでも飲んでゆっくり休んでください」

「はい。ありがとうございます。うぅ...なんで...何で私だけが...ひっく」


 スープを受け取ったナギサは突然泣き出してしまった。

 あちこち傷だらけの鎧は尋常ではない戦いがあったことを物語っているし、山の中では乱戦状態になっているという。

 そんな中を生き残ってくるには尋常じゃない、苦労があったであろう事が察せられる。

 僕は、ナギサの頭をポンポンと撫でてあげる。それで、人間は安心できるのだと知っている。


「すみませっん。私ったら、こんなっ。情けないですね、騎士が人前で泣くなんって」

「良いんですよ。騎士でも、人です。悲しければ泣くものです。泣いて消化できるのなら、泣くべきです」


 彼ナギサは時折息を詰まらせながらしゃべる。


「いえ、そんな訳にはいきません。騎士であるなら、この国のために尽くさなければ、私が逃げるために命を落とした仲間のためにも」


 僕はそんな気丈な彼女の姿にこの騎士の誇りを感じた。

 ただ国に雇われただけではこうはなるまい。きっと彼女自身が騎士の一人として研鑽に励んだことが、彼女の誇りになっているのだろうと感じた。

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