第7話 襲来

 そこら中から狼煙が上がっている。

 ドラゴンが来たのだろう。

 一日早い襲来だが、想定の範囲内だ。


「よし、行こう」


 僕はみんながドラゴンの来る方向を見ている間に、さっと準備を整えた。


「剣ある。お金ある。冒険者証もある。うん、問題ない」


 忘れ物がないかを確認したら、テントからそっと顔だけ出して、外をうかがう。

 陣内はついにやってきたドラゴンに、てんてこ舞いだった。

 一応、ちゃんと事前の想定も準備もしていたので、問題はないはずだ。

 何より、問題があっても僕がいても何も変わらない。


 僕はテントを見ている人がいないのを確認すると、さっと、テントを出る。

 僕のテントは陣地の中でも奥の方だ。それに、みんなドラゴンの方に注目してるので、スニーキングが得意ではない僕でもバレずに抜け出すことができた。


「あれ?誰かを忘れているような...あ!」


 僕としたことがうっかりしていた。ラウルさんを忘れていた。

 彼女はギルドマスターのパワハラの被害者だ。彼女が無理矢理派遣された場所で、危険な目に遭うなんて許されて良いことじゃない。


 僕はさっきの陣地に戻ることを決意したが、どこにいるかもわからない彼女を見つけるのは一苦労だ。しかも、陣地の中に詰めている特に将軍達に見つかってはいけない。ということは、騎士や兵士達からも隠れて探さなきゃいけない。


「こういうときは、兵士のフリをして紛れ込むのが常道だよね、でもどうやって、装備なんて貸してくれるはずないし...」


 と、思ったところである場所を見つけた。


「そうか、予備か。予備の装備品なんて沢山あるはずだ。丁度あそこが備品室だったはずだ」


 僕は備品を保管しているテントに裏から回り込む。

 基本的には今回は戦争じゃないので、備蓄品を奪いに来る敵がいるわけじゃないので、備品の警備は普段よりも緩い。

 僕は裏から、テントに剣を当てて、ゆっくり切っていく。

 音を立てるとさすがに気付かれるので問題だ。



「うん。時間はかかったがなんとか入れたな。それじゃあ、装備を...これと、これと、これで良いのかな?じゃあこれを後ろの茂みに隠して...」


 僕は警備の人間が気付くように大声を上げた。

 

「なんだ。ここで何を―って、フレイルさんじゃないですか。ここで何をやっているんですか?」

 やってきた、兵士達は不自然にテントの裏にいた僕に疑惑の視線を向けている。

 このままだと、僕が悪者になりかねない(悪いことした後だけど)ので、しっかりと弁明をしておく。

「みんながドラゴンの方ばかりを見て浮き足立っているから、危ないと思って、陣内全体の見回りをね。そしたらこんな物を見つけたんだよ」

 僕はそう言って、自分で空けた穴を指さす。

「誰かが、この中に勝手に侵入したみたいなんだ。もしかしたら、ドラゴンだけが相手じゃないかもしれない。気をつけてくれ」

 僕はそう嘯く。

 結局のところ僕の自作自演なので、この陣内に敵がいるはずはない。

 でも、仮にいたとして、備品係の彼らがあちこちで目を光らせるようになった分には、特段の問題はない。

 全部終わった後に、枝で切れてしまったんじゃないかとでも言っておけば解決だろう。

 面倒なことをさせてしまうのは申し訳ないが、別に彼らの仕事を邪魔したわけではないし、むしろやる気を出させたと言っても良い。


 結局、口八丁で乗り切った僕は、彼らがいなくなった後、一人でため息をついていた。

(可哀想な被害者のために、って思って色々したけど、わざわざ戦争犯罪を犯してまでやることだったかな?)

 

 僕は、多少の徒労感に包まれながら一人うなだれるが、そんなことしててもむしろリスク(ドラゴン)が近づいてくるだけなので、さっさと終わらせるほかない。

 僕は立ち上がり、先ほどくすねておいた鎧を着込む。


「え、これ結構面倒くさい仕組みしてるな...これを、こうして、っていや違うのか?うーんこれを...」


「お手伝いしましょうか?」


 僕がもたもたと着替えをしているのが気になったのか声をかけられる。


「あぁ、お願いしたい。この腕の部分が上手く通らなくて、難儀していたんだ」


 声の主が現れてくれたおかげで、僕はなんとか鎧を着込むことができた。


「うーん。これ、兵士が着込むには構造が複雑すぎるんじゃないか?これをみんなわざわざ毎回一人で着るなんて、それだけで重労働じゃないか」


「いえ、これは、騎士団の、第十騎士団の鎧ですよ」


「あ、通りで、とすると、これは不味かったかな...騎士団の人の顔と名前は―あれ?」


「なんでしょうか?」


 僕は誰と話しているんだろう?と思って振り向いた。

 そもそも、備品を勝手に持ち出して、嘘の情報を流すなんて戦争法違反を犯しているのに、更に勝手に鎧を着て身分を偽ろうとしているなんて事がバレるのは不味い。

 僕はべらべらと何をしゃべっていたんだろう?


 すると、目の前にはラウルさんがいた。


「ラウルさん?なんでここに?」

「私の方こそ、疑問なのですが、フレイルさんはここで何をなさっているのですか?しかも、騎士団の鎧を着込んでいるなんて」


 ラウルさんの疑惑の視線が刺さる。

 さすがに、現行犯を見られた以上は、なんとか疑惑をごまかさなければならない。


「これは...」


「これは?」


 ラウルさんの疑惑の視線が寄り鋭い物になる。速く思いつかなければ、回れ!俺の頭脳!


「そう。これは、念のためだよ。第十騎士団にはもしもの事が起こることがあるかもしれない。そのために第十騎士団に合流しようと思ってね。ラウルさんも来なよ、このまま陣地にいるとドラゴンとの戦いに巻き込まれることになるよ」


 上手いこと言い訳を並べつつ、ラウルさんが戦場から遠ざかれるように第十騎士団の方に向かう僕についてくるように誘う。

 完璧な返答だったっと思う。

 これが僕なら、合法的に上司について行って逃げることができるなんて最高じゃんと思うはずだ。はずだったのだけど...


「いえ、私は仕事がありますので。第十騎士団の方はフレイルさんにお任せします。私には私の仕事がありますので」


 そこまでして、あいつ(ギルドマスター)の言うことを聞くのか?

 僕は王都の支部にいついてからしばらく経つけど、あのギルドマスターに求心力があるようなところなんて、一度もない。

 むしろ、パワハラ、セクハラ(妄想)をしているところしか思い浮かばない。

 ならば、なぜ彼女はこうまでして強情にギルドの仕事にこだわるのだろう?もしかして、ハラスメント以上の何か訳がある?

 もしかして、脅迫?

 ラウルさんのお母さんが重病でその治療費のためにお金が必要で、とかそういう系のこと?

 それは不味いんじゃないか?いくらギルドマスターでも、いやギルドマスターだからこそ、やって良いことと不味いことがあるのではないか?


「ラウルさん。僕から一つ言わせてくれ、もしかして?君はこの戦場にはどうしても断れない理由があってきたんじゃないか?」


「え? はい」


 やっぱり!

 そういうことだったのか!こんなか弱そうな女性を戦場に連れて行くなんて外道の所業と行っても良い。

 ここは冒険者ギルドの特任理事としてそして、一人の人間として彼女を救ってあげなきゃいけないはずだ。


「わかりました。あなたが、ここに居残りたいという、その理由はよくわかりました。しかし、あなたがやるべき事があるのはこの陣内でしょうか?いえ、そうじゃないはずです。あなたがすべきなのは第十騎士団に向かう私についてくる事(ここから逃げること)じゃないでしょうか?」


 ラウルさんはしばらく考える仕草をした。

 きっと彼女の中では自分の命と脅迫の内容を天秤に乗せて、どちらを選ぶかと悩んでるのだろう?


「ラウルさん。僕はあなたがなぜここにいるのかを理解しています。だからこそ、僕に従ってついてきてください。それが、あなたのためにもなるはずです」

 

 僕はダメ押しとばかりに、彼女を説得する一言を口にする。

 これを聞いたラウルさんは僕を信じることができたのか、ついてきてくれると返事をくれた。

 僕は非道な行いから弱者を救った英雄になれたような達成感で胸が一杯になった。


* * *


 僕とラウルさんは再度陣地を抜け出して、第十騎士団が展開している森に向かっていた。

 陣内には馬とか乗り物系もあったけど、それをすると申し訳ないと言う建前(本音は一人で乗馬なんてできない)で断ったので、歩きで向かっている。


「思ってたより遠い...」


 陣地をでてすでに30分は歩いたのに、中々つかない。

 森はもう見えているのに、このだだっ広い平原のせいで距離感覚がズレてしまっているのだろう。

 僕はすでに肩で息をしながら歩いていて、2階ほど休憩時間も取っていた。


「これは、配置を少しずらしたのは反感を買ったかな?こんな遠い場所だとは思っていなかったから、こんなに遠いって知ってたらもう少し考えていたよ」


 僕の不安を関せずと言うような真顔で受け流し、ラウルさんは平然と歩いている。


「まぁ、騎士達は馬を駆っているでしょうから、場所が遠いというようなことでは文句は出ないでしょう」


 大丈夫だろうと言われても、所詮は他人だ。それで不安が落ち着くわけではないので、何か会話でもして別の話題を振る。


「そういえば、第十騎士団って何を専門にしてる騎士団なの?儀式用とか、そういうの?」


「それって、本気で言ってますか?」


「え?なんで、そんなこと聞くの?別に僕でも知らないことはごまんとあるよ」


 むしろ、僕が知らないことの方が多くて、結局知らないままイベントが終わるなんてザラだ。


「フレイルさんと言えば、千識が集まるとまでいわれているほどの方がこの程度の事を知らないなんて」


 千識が集まるなんて嘘だ。

 それでも、冒険者や王都に住む人達にまでよく知れ渡っている噂で、『千の知識(千識)はレベル100冒険者フレイルの元に集まる』なんてのがある。

 とはいえ、そういうミステリアスさも威厳に繋がるかなって、しょせん噂だしと放置していた。

 そのうちにこの噂は広まり過ぎてしまって、今更そんな事実はありませんなんて否定できないので結局放置しているのが実情だ。


「僕は僕のことすら知らないんだよ。だから、他人の事なんてほんの一部しか知らない」


「それでも、第十騎士団のことはわかっているのではないのですか?」


「あぁ、彼らが何者かは知らなくても、彼らがこれからどうなるかくらいは大体わかるさ」


「なるほど」


 結局ラウルさんは第十騎士団について教えてはくれずに、黙り込んでしまった。

 どうしたのだろうか?今更僕についてきて陣地を離れたのは選択ミスだったとか思い始めたのかな?



 しばらく、歩いているとまりの中に入った。もうすぐ第十騎士団の展開しているエリアに入るだろう。

 そのとき、ヒュンっと言う音ともに何かが耳元を通り過ぎる音が聞こえる。

 それに続くように、ドカンという爆発音が後ろから響いてくる。

 少し上の方を見ると、火の玉がいくつも飛んでくるのが見える。


「ちょ、いきなり何?」


『こちら第十騎士団、団員アンディ・マッケンジーです。あなたは本当の騎士団員ですか?』


 拡声魔法は声を大きくして相手に伝わりやすくする効果と、音の発信源を別に設定することで潜伏場所を隠すと言う二つの効果があると聞く。

 今回はどちらかというと後者の効果がメインのようで、相当警戒しているようだ。


「こちら白金級冒険者フレイルです。我々に敵意はありません。現状が知りたいので情報をお教え願いますか?」


 そう言って僕は兜を脱いで、両手を挙げて、冒険者証を掲げる。

 


 数瞬の沈黙の後、声の主、アンディ団員が後ろの茂みから出てきた。

 相当警戒しているようで、周囲を警戒しながら、右手でがっちり抜き身の剣を握っている。

 これは何かあったのかな?

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