第6話 準備された逃亡策

 ドラゴンの襲来予定日まで一週間を切った。

 王国騎士団の情報によると、およそ当初の予定通りにドラゴンは王都に向かってきているらしい。忌々しい。

 騎士団は周辺の都市への住民の移動を進めて、王国政府の関係者と一部の商人、冒険者、義勇兵を除く王都住民が全て王都から各貴族が治める領地へと疎開したらしい。

 これで最悪、王都が壊滅しても王国は復興できるだろうということだ。それに巻き込まれて死ぬのはごめんだが。

 

「一応、王都住民のうち非戦闘員はほとんど市外へと逃げたと言うことになっているけど、僕には明らかに王都の中に人が動いているように見えるんだけど、気のせいかな?」

 僕の率直な疑問に、ステインが答えてくれる。

「今、街の中でああやって簡易的にもお店をやってるのはスラムの住人達ね。王国としても、市民権を持っている市民を庇護する気はあっても市民権を持たずに居着いているだけの彼らを庇護する謂われはないもの」

「そっか~彼らも僕と一緒かぁ」

 僕も速く逃げたいんだけど、周りが許してくれないんだよなぁ。

「スラムの人達とフレイルの事情は大分違う気がするのだけど?というか、彼らだって、今は非常時だから王国や冒険者ギルドの依頼でいろんな仕事を引き受けているみたいよ。装備調えたり、訓練したりしなくちゃいけない駆け出しの冒険者より最終的にはお金もらっているらしいわよ」


 僕はさっきまで抱いていた同情の念はなかったことにしようと思った。


「それはともかく、そろそろドラゴン討伐に出発だっけ?」

「そうね、騎士団の先遣隊とか冒険者ギルドの一部の冒険者もすでに向かって、陣地を建ててるみたいよ。私たちも、騎士団の本隊と一緒に出発する予定」


 僕は、避難を渋る住民の説得のための演説とか表に立って色々やっているので、今更逃げ出すことはできない。

 本来の僕ならそろそろいけない理由作りを完成させているところだけど、今回はそうもいかない。

 さりとて、前線に立ちたくもない。どうにか、ドラゴンと戦うのだけは回避できないだろうか?


「そういえば、今回は僕がいなくてもパーティーのみんなだけでも大丈夫でしょ?僕は全体の指揮に回ろうかなぁ、なんて」


 話の切り出し方が急だったか?あまりにも前線行きたくないアピールが強すぎたか?


 (でも、ステインならわかるだろう?わかってくれ)

 

「まぁ、フレイルが言うなら、それで良いけど」


 わかってくれたか!!

 やっぱりステインだけは理解してくれるんだな。


「じゃあ、その件も軍部に伝えておくね、フレイルが冒険者側の代表として戦場で指揮をとるって」


 僕の心の中のモヤモヤが晴れるような気分だ。

 ドラゴンが来たところで、精強な軍隊と一流の冒険者達が対処するのだ、どうやったって負けることはない。

 しかも、陣地の一番奥で指揮をすれば良いのだから、飛び火すらない。

 周りの言うことを聞いて―


* * *


(誰だよ、陣地の奥が安全だって言ったの!!)

 

 いや、たしかに、陣地の奥に通されたときは、後はここでゆっくり戦況見守っていればよいと思ったよ!?

 でも、なんか周りに厳ついおっさん達が集まってきてるんだけど!!

 だいたい、まだ一週間近くここで待たなきゃいけないのに、こんな場所で訳もわからない話を聞き続けないといけないのか?

 ステインもそばにいないし、味方ゼロじゃん。

 誰が来たって辛いのに、なんで俺だけ...


「これより、軍議を執り行う。まず、最新の戦況を」


 とりあえず、軍議が始まったので、用意された席で気配を殺す。

 誰も気付かないように、黙っていれば、何も面倒なことをしなくて済むはず。


「フレイル殿、あなたはどう思う。あなたは以前もドラゴンを倒していたはずだ。そのときの経験も交えて、今の方針が正しいかアドバイスをいただきたい」


 ん?ん~~?

 もしかしてこれは僕に聞かれているのかな?

 ドラゴン討伐のときに優秀なパーティーメンバーの後ろで真っ先に気を失っていた、この僕にかな?

 これはもしかしなくても不味いんじゃ?

 というか、さっきまでの話何も聞いてなかったし、アドバイスなんてできるわけないよ

 とりあえず、褒めといて、素人が触っておいても当たり障りのないところを少しだけ、いじっておこう。


「大筋は問題ないと思う。さすがは精強と名高い王国騎士団だ。多少、現地で修正しなきゃいけないところはあるだろうけど、そこは臨機応変にと言うことで問題ないだろう。今のところ、少し気になるというと...」


 僕は目の前に広がっている地図を見る。地図にはドラゴンの来る方向や、これから騎士団や冒険者を配置する場所が書いてある。

 ドラゴンが来る方向に一番近いところには魔獣討伐に長けた冒険者達や王国騎士団の中で魔獣討伐に特化していると言われている第三騎士団が配置されている。逆に普段は要人の身辺警護に特化している第二騎士団などは陣営深くに配置されている。

 その中で、地図上の一番端、第十騎士団はドラゴンと最も遠いところに配置されている。これは素人でもわかるが、全部隊出てきたから一緒についてきた僕みたいな部隊だろう。

 特にドラゴンと有効な戦いができるわけがないが、王都の守りは王都守護軍が固めているし、王族の護衛は近衛がやるから、これといってこの緊急事態でやることがない。それでも、行かないと後ろ指を差されるからしょうがなく来た。気持ちはよくわかる。


「この部隊だが―


 僕は第十騎士団を指差す。彼らをもう少し安全なところに移動させてあげよう。

 ついでに、僕のことも守って欲しい。


 もう少しこちら側に移動させてはどうだろうか?」


 そう言って、僕は勝手に彼らのマーカーを適当にずらすようにドラゴンの来る方向から離す。


「そこは森の中ですが、何かあるのですか?」


 将軍っぽい人が聞いてくる。というか多分、王国軍側の総大将だろう。

 その疑問はもっともだが、答えはノーだ。だが、そう答える訳にはいかない。でも、幸運なことに僕にはこういうときに極めて有効な答えがあることを知っている。


「あるかもしれないし、ないかもしれない。ない方が良いのだけど、もしものためだ。可能性は潰しておいた方が良い」


 これは、結局のところ何も言っていない。でも、レベル100の白金級冒険者に言われれば何かあるように聞こえる。かといって、何もなかったからといって問題はない。可能性だと言っているだけなのだ。

 まぁ、終わった後に聞かれたら、ドラゴンを引き寄せている人間が隠れているかもしれなかったとでも言えば良いだろう。ドラゴンを制御するなんてことが人間にできるとは思えないけど、言うだけなら無料だ。


「なるほど。それでは、第十騎士団の配置はその位置に変更いたしましょう。他の騎士団の動きも現地で多少変更があるかもしれませんが、それは現場の判断で行なえば良いでしょう」


* * *


「あぁ~~」


 軍議が終わり割り当てられたテントに戻ると、僕は表に出さない用に気をつけていた気疲れが一気に噴出する。テント内に設置されている簡易式のベッドに潜り込むように横になって大きなあくびをする。

 外に冒険にくるときは他のメンバーと一緒のところに止まるのだけど、今回僕が来てるのはパーティーメンバーとしてじゃなくてギルド側の代表としてだ。それに、他のみんなは最前線のところにいて陣地の奥の方にいる、僕とは大分離れててそこを往復するのは効率が悪いので、王国軍の将官待遇を受けている。

 これはこれで悪くないが、問題は近くにさっきの軍議にいた将官達がいることだ、大きな音でも出して怒鳴り込まれたらどうしようかと不安だけど、誰もいない空間というのはそれだけで戦場の中では十分に気が休まる。


「軍議お疲れ様です。よろしいでしょうか?」


 外から声がかかる。

 普段の家と違って扉がないので、ノック音とかじゃなくて突然声がかかるので、ビクッとするのはテント生活の良くないところだ。


 僕はベッドから身を起こして、用意されていた簡単な椅子と机のあるところに腰かける。


「はい。大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。私は冒険者ギルドのスタッフとして今回派遣されました、ラウルです。今回のクエスト中はよろしくお願いします」


 僕の返事を聞いて若い女性が入ってくる。たしか、王都の冒険者ギルドの受付にいつも座っている人の一人だったと思う。

 今回のドラゴン討伐、王国軍からすると一種の戦争と行っても良い物だが、そこに冒険者が冒険者ギルドを介して関わった際には王国からのクエストを冒険者のパーティーや個人が受注すると言う形を取っている。

 そのために、冒険者側としては達成などの確認や冒険者から上がった諸問題を処理するために冒険者ギルドに雇用されているスタッフが何人も来ている。


「君、いつも受付にいる人だよね?こんな危険な場所に来て大丈夫なの?それとも、上司のギルドマスターからのパワハラ?もしそうなら、僕から然るところに報告してあげようか?」

「い、いえ、今回の派遣には志願してここにいるので、パワハラとかではありません」

「そうなの?もしかして、お金に困ってるとか?たしかここに来ると特別手当が出るって話だったよね?」

 

 特別手当は本来無給で勤めている特任理事の僕ももらっている。

 ドラゴン討伐と言うことで、普段の給料に比べても結構な金額がもらえたはずだ。(といっても白金級の冒険者としてこのクエスト受けるより安いけど)


「いえ、そういうわけでも...」

「じゃあ、なんでわざわざこんな危ないところに?今回来ているスタッフもほとんど冒険者上がりのスタッフだった気がするけど、君は違うよね?」

「そ、それは...あの、なんというか...」


 そう言って、彼女はなぜかうつむいてしまって、何も答えてくれなくなった。


「まぁ、僕が聞かない方が良いことなら、良いよ。でも、僕に力になれることがあったら言ってね。特にギルドマスターの首を飛ばすとかなら、全然できるから」


 なにせ、権力だけは無駄にあるのだ、こういう人助け位はしないと罰が当たる。


「いえ、ギルドマスターは特にやってないので、気にしないでください...そんなことより、報告事項があったのでした!」


 彼女が報告してくれたのは、冒険者と騎士との小さな諍いが数件と現地で更に必要となった物品の購入の承認だ。

 前者については、互いに仕事に誇りを持っているからだろう。冒険者は街の周りの魔獣を専門で退治して街が魔獣に襲われるのを防いでいるという自負があるし、騎士も日頃の鍛錬を欠かさず、何かあったら街を守るために駆けつけるという信念がある。

 さらに、騎士達は狩りの後に酒場や繁華街で遊んでいる冒険者をいさめる立場である事から、何かと衝突することがある。そんな両者が一カ所に集っているのだから多少の諍い程度は起きても仕方がないだろう。

 今回の諍いも、現場での指示を冒険者と騎士団どちらが取るかで揉めたらしい。普段から魔獣と戦っている冒険者と集団線のスペシャリストである騎士団で両者の意見は食い違っているのだとか。


「現地で、実際に指揮系統の乱れなどはないのですよね?ならば、そのままにしておいてください」

「よろしいのですか?」

 

 ラウルが止めなくて良いのか?と聞いてくる。


「騎士団から苦情が来たり、傷害沙汰になるなら不味いですが、この程度ならむしろガス抜きとしてプラスに働く範疇でしょう」

 むしろ、騎士団との諍いがなくなると今度は冒険者同士で諍いが起こるだろう。冒険者同士の喧嘩では互いに舐められては困ると武器が出てきやすい。それを避けるために適度にガス抜きをするのは重要なことだ。


「あと、こちらの物品の購入申請は私が許可を出すので、購入してもらって大丈夫ですよ」

 そういって、彼女の持っていた書類の一つにサインをする。


「もうすぐ、ドラゴンがやってくると思うから、覚悟はしておいてね」

「はい」

 彼女の浮かべるまなざしは冒険者達や騎士達には劣るものの、戦場にいる人間の目になっていた。


「それから、ドラゴンが来たら、なるべく早く本陣のここら辺まで逃げておいで、ここなら割と安全だから」

 僕は、逃げるときは彼女も一緒に連れて逃げた方が良いだろうと、心にとどめることにした。

 僕は戦えない全ての人の味方なのだから。

 僕も戦えないけど。

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