第5話 厳戒態勢の王都
ドラゴンが王都に向かっているという情報は瞬く間に王都中を巡り、王都は厳戒態勢に移行した。普段はやる気なさげにたたずんでいるだけの門兵達も、今ばかりは精悍な顔つきになって、いつも飲んでいる酒がどこにも見当たらなかった。
街は外に出ている人が減ってしまって、これまでのような活気は失われていた。
話によると、みんな家の中に閉じこもっているとかではなく、王都から遠くの都市へと疎開している人が多くいるらしい。行商人などは王都から人を運び、よその都市で荷物を買って王都で売るという商売が流行っているらしい。
そんな影響は僕達冒険者にもでていて、最近では鉄級以下の冒険者は王都近郊でのクエストを受注できなくなって、半強制的に王都の外へと移動させられている。
ドラゴン討伐の際に周囲に戦闘能力の低い冒険者がいると邪魔になるの、というのは建前で危険なクエストから若手冒険者達の将来を守るための施策だと聞いている。
「とはいえ、白金級冒険者にまでこんなにクエストが来るなんてなぁ...」
「何を言ってるんですか、フレイルさん!強い冒険者が弱い冒険者をかばうのは当たり前のことじゃないですか!それに、この対策もフレイルさんが決めたことなんですよね?」
「そうなんだけどね...」
* * *
僕らは今、下水道の点検業務をしている。
王都の中とは言え、下水は普段人目に触れないせいか獣や稀にどこかから入り込んだ魔獣がいることがある。
多くは弱い獣や魔獣だが、都市全体の衛生や防衛設備の維持のために時折、こうして点検業務という名の見回りをすることになっている。
こういった業務は騎士団から下請けに出て冒険者ギルドで駆け出しの冒険者が引き受ける仕事の一つだけど、現在はその駆け出しの冒険者を全て追い出してしまったために、銀級冒険者以上でこういった依頼を受けることになっている。
報酬が銀級相当なのもあって、とりあえず滞りなく済んでいるようだけど―
「あれ?たしか...アルゲン君、だっけ?いつの間に?」
「気付いていませんでしたか?一応、入り口から一緒についてきていたんですけど」
「全然気付かなかった、これも精霊魔法?」
「たしかに、シルフに頼んで足音とかが外に伝わらないようにしてましたけど、白金級冒険者が気付かないはずないですよね?」
アルゲン君の純粋でキラキラした目に気圧されながらも、僕はなんとか白金級冒険者としての威厳を保とうとする。
「最近、ギルドの仕事で忙しくしてたし、今も考えないといけない案件が沢山あるから、うっかりしてたな」
少し嫌みったらしかったかな?いやな先輩だと思われるのは嫌だな、少しフォローしとこう。
「まぁ君の魔法も―」
「白金級冒険者ともなると、この程度のクエストは片手間で事足りると言うことですね!自分も見習いたいです!」
「そうだね。でも君はちゃんと集中しないといけないぞ、鉄級冒険者にはこのクエストでも十分危険なのだから」
そういえば、鉄級冒険者は新規での依頼を受けることをできなくしていたはずだけど、なぜ彼はここにいるのだろう?
「フレイルさん。僕はもう、あのときの僕とは違います」
そう言うとフレイル君は何やら銀色のカードを取り出して、僕に見せつけた。
「僕は銀級冒険者になりました。フレイルさんに信じてもらった力を僕は自分自身の手で証明して見せました。これがその証です」
彼が見せていたのは、ギルドカードだ。
ギルドに登録するともらえるギルドカードは身分の保証の他に、冒険者としてのランクを示す物としても使える。
鉄級、銀級...と上がるごとにギルドカードは更新され、金級以下の場合は3年に一回の更新が必要になる。更新の度に、ギルドカードは各自のランクに合わせたカードに切り替わる。
銀色のギルドカードは彼が銀級に上がったことを示していた。
「アルゲン君は僕の推薦を断ったと聞いていたけど」
「その件は本当にすいません。でも、僕に必要なのは実際に達成すると言うことだと思ったんです。だから、僕はフレイルさんの力を借りずに銀級に上がりました。ゆくゆくは白金級にも上がって見せます」
あの推薦については後日、アルゲン君自身が断ったという話を聞いていた。
とはいえ、罰則は決まっていたので、青銅級からやり直しになっていたはずだった。にもかかわらずこの短期間で銀級に上がるというのは並大抵ではない努力と才能の両方が必要だったはずだ。
「君がこのクエストをやってくれているなら、明日以降は僕が来る必要なさそうだね」
このとき僕がしたホッとしたというような仕草は、単独でクエストをやることに対してだったのだけど、アルゲン君からはなにか尊敬のような視線を感じたのは多分気のせいじゃないと思う。
下水道から出ると、すでに外は暗かった。
今日はケイブラットという小さな魔獣がいたが、僕が逃げる前にアルゲン君が仕留めてくれた。やはり、彼は将来有望かもしれない。
「こんな厳戒態勢じゃなきゃ、仕事上がりの一杯ってところなんだけど」
「それはしょうがないですよ、なにせドラゴンは国を一つ滅亡させうる重大な災害なんですから」
下水道を出た後もそのままアルゲン君がついてきていたので、そのままである。
「でも、この調子じゃあ、ドラゴンが来なくても王都は寂れちゃうかもしれないなぁ」
「それは国の仕事ですからねぇ、僕ら冒険者はドラゴンを倒すことに集中しましょう」
そういえば、と気付く。
「気になっていたのだけど、ドラゴン退治にアルゲン君も参加するの?」
アルゲン君はあたりまえだという態度をする
「いくら銀級で先祖返りとはいえ、銀級になってすぐなんて鉄級に毛が生えたくらいだろ、それなのにドラゴン討伐なんて怖くないのか?」
アルゲン君は少し真面目な顔になる。
「僕がまだまだ経験も実力も足りないことは自分自身が一番理解しています。それでも、ドラゴン討伐はいわばチャンスなんです」
僕は「チャンス?」と首をかしげる。
「そう、チャンスです。僕はまだ成長しなきゃ行けないことがあります。それでも、状況は僕の成長を待ってくれるとは限りません。僕の力が必要なときに僕がまだ成長していない、というのは通用しません」
僕は彼のように強くもないしドラゴンも怖いので、僕が彼の立場なら絶対に王都から出て、別の安全な狩り場を探すことだろう。
でも、彼は僕と違って、能力だけじゃない強さを持っているようだった。
「ドラゴン討伐はいわばチャンスです。僕が強くなるためには安全な道だけ通っていては、僕が守りたい物全てを守ることはできません。だから、ドラゴンを倒す、その一人として参加することで、更に強くなりたいんです」
僕に彼の考えを理解する事はできないが、彼の強さは理解できたような気がした。
「そうか、なら、もしもの時には君には思う存分働いてもらうことになるかもね」
* * *
「これより、緊急ドラゴン対策会議を行なう。本日は冒険者を代表して冒険者ギルド特任理事及び白金級冒険者フレイル氏をこの場に招聘した」
下水でのクエストから一週間後、ドラゴン襲来まで後二週間。
僕は王城に来ていた。
「―以上が冒険者ギルドが王国に対して必要とする協力と費用負担です。我々としても、ドラゴンによって人の生存圏が脅かされることをよしとはしません。しかし、王国が協力を拒む場合は、これ以降王国内での冒険者ギルドの活動を当面休止します。これが、冒険者ギルドとしての決定です」
僕は生来、こういうところで話したり交渉することが得意な性格ではない。
それでも、レベルは人としては最高位、冒険者ギルドや他にも色々な場所で特権を与えられている以上それなりの仕事をしなければならないと考えている。
今回の会議への参加も他国なら白金級冒険者が出てくることはないのだけど、王国では冒険者ギルドの幹部でありながら、白金級冒険者である僕が表に立つ事ができる。
なにせ、この国での僕は英雄だ、銅像だって立っている。
王ですら僕をないがしろにはできない。
(―そんなことはわかってはいるけど、本当に大丈夫かな?ここで、王国に反発されると、それ以降の折衝も僕がやらなきゃいけないんだけど、そんなのできる自信ないよぉ)
僕の目の前で王国の宰相や将軍と言った重鎮達が資料に目を通し、じっと確認している。
僕はこの分野では素人も良いところだ、でも、こういうときに僕が取らなきゃいけない行動だけはわかっている。
僕は大きな音で咳払いをすると、王様のいる方に目配せをする。
この国では王の権力は絶対だ。彼が頷けば他のものも従うしかない。
「わかった。我が国が誇る英雄が提案したのだ、間違いなはずがなかろう。王国は冒険者ギルドからの提案を受け入れ、必要な人材と物資、資金を提供しよう」
僕は内心ホッとしながら、それを表面には絶対出さないように気をつけながら、大きく礼をする。
「王の聡明な決断に感謝を」
* * *
「毎度思うけど、なんで僕に毎回こういう仕事押しつけるかな~ 絶対向いてないと思うんだよね」
僕は自室に戻ると、ステインが中で待っていた。
ステインはお疲れ、と言うとワイングラスを差し出した。
ワイングラスの中には紫色の液体が入っていて、とても甘い匂いがした。
「なら、断れば、ってそれができないから特任理事なんて言うポストに収まっているのか」
ステインは笑いながら、僕の空になったグラスにジュースを注ぐ。
僕はそれをぐいっと煽ると、はぁ~と長いため息をつく。
「断れないよ。僕が特任理事頼まれたとき、冒険者ギルドの全幹部が揃っていたんだよ」
冒険者ギルドの幹部は各支部のギルドマスターから選ばれる。
ギルドマスターは全員引退した一流冒険者達だ。
どうやって、スカウトされるのかは知らないけど、みんなそうだ。
「幹部になったんだったらトレ―ニング止めればいいのに、あいつら見る度に筋肉がデカくなっていくんだよ。あんなのお願いじゃなくて、脅迫だった」
「ま、それでもやれてるんだったら良いんじゃない?」
ステインはあきれたように笑うが、当事者の僕からしたらそれどころじゃない。
王国との折衝ごとには毎回僕が呼ばれる。
王国側も僕が言うならと言う。
王国側はそれで何か問題があったら、僕をどうするのだろうか?少なくとも、ただじゃ済まされない気がする。
(こんな思考に陥るのも僕が弱いからなんだろうなぁ)
「僕だって強くありたかった。でも、神様は僕が生まれてきた時点でそれを許してはくれなかった。神様のバカヤロ~!!」
僕は酔っているのかデカい叫び声を上げると、後ろにあったベッドに倒れ込むように意識を失った。
* * *
「寝たか...ってこれジュースなんだけど。本当に酔って寝たのかな?」
フレイルは白金級冒険者になった頃から、面倒ごとをよく頼まれては引き受けていた。
相手からしたら、白金級のくせにチョロかったのだろう。
それでつけいられる。
それでも、本人が気付いていなくても、彼は全ての期待に応えてきた。
本人がどう思おうともそれだけは事実だ。
それに、私は彼の本当の強さを知っている。
並のレベル99とは異質な強さを、彼が知らなくても私は知っている。
「それにしても、これワインじゃなくて、ぶどうジュースなんだけど―まぁ、普段の彼にしたら大変な仕事だったのかな?」
そうして私はフレイルがベッドから落ちないように、しっかり寝かせて、掛け布団を掛けてから部屋を出た。
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