第45話 殺気

「ごめんなさい。僕たちに出来そうなことはないです」


「それは実力がということか?」


「それもありますが、僕らが和の國へとやってきた理由はギルド長からのとある任務で文書を和の國に届けるためにやって来たのであって、僕らに政治的判断を決める権限はありません」


 彼らが任された任務は将軍である徳川義満に文書を渡すことであり、わざわざ敵対するような真似はしない方が得策だ。

 それにホルスたちはまだルーキーと呼ばれる程度の実力しか持ち合わせて居ないのだ。そんな彼らが味方をしたところで、武闘派として名を馳せた将軍徳川義満には勝てないだろう。


「ふむ……そうか。なら仕方ない……死んでくれ」


 その言葉にホルスはルナを庇うように1歩前に進んで短剣を抜いた。その際『守護する者』を使ったが、後ろには1人しか居ないので、ステータスの上昇は誤差に近いものだ。そんななか格上である義昭相手に後ろに引かないのは、絶対にルナを守るという意志の現れだろう。


「おなごを守るのは男として当然、だが守れなければ意味は無い!」


 そう言って義昭は刀を振り下ろした。その際、義昭の教育係である井伊長慶はこちらを見ているだけで動こうとしなかった。


「俺の船で殺傷沙汰やめてくれ義昭。それ以上刀を振り降ろそうとするなら、俺はお前を殺さなくちゃいけなくなる」


 義昭の刀を止めたのは、長義でも、ホルスの短剣でもなく、まだ甲板に居たトラファルガー船長の片腕から伸びた水魔法と思われる水で出来た蛇だった。

 水の蛇は義昭の刀と腕に絡み付き、義昭の動きを止めていた。もし義昭が無理やりにでも動こうしたら顔へと蛇が登り、義昭のことを溺死させるだろう。


「お前に俺を殺せるのか?」


「若造がよく言うじゃねぇか」


 二人の殺気は一気に膨れ上がり、すぐ近くに居るホルスとルナは浴びたことの無い殺気に身体が震え、まともに動くことすら出来なくなっていた。

 二人がとめどなく出す殺気に終止符を打ったのは、義昭の教育係であるはずの長慶だった。

 長慶は義昭の近くに一瞬で移動した。そして長慶がまず行ったのは、義昭の手首を掴み一気に自分の方へと引き寄せた。手を引かれたことで体制を崩した義昭の手首を叩くことで、刀を手から外させた。次に彼はトラファルガーの腕から伸びる水の蛇を手刀で切り離した。これで義昭が命を落とす危険性はひとまず消えた。


「流石においたが過ぎますぞ若」


 彼の説教には有無を言わせない圧があった。ホルスたちには、それが年の功によるものなのか、実力によるものなのかは分からなかった。ただ1つ分かることは彼の実力はホルスたちを圧倒的に超えるものを持っているということだ。

 彼の説教を受け冷静になったのか、義昭は出していた殺気を解くと腰に刺してある鞘へと刀を戻した。さすが侍と言うべきか、その姿は様になっていた。

 ちなみにトラファルガーが出していた殺気は義昭が出したのに対抗するために出していたので、義昭が解いたのと同時に解いていた。


「我々の目的は協力者を集めることです。協力者集めの候補地であるワシンドを敵に回すなど考えが足りていませぬ」


「済まなかったな」


 その謝罪はホルスたちに向けられたものなのか、長慶に向けられたものなのかは分からなかった。謝罪を一言述べた義昭は船の中へと戻って行った。その後ろ姿は親に怒られた子供のように小さかった。


「そろそろ船を発進させるから二人も中に戻りな」


「はい……戻ろうルナ」


「そうね」


 トラファルガー船長の顔は優しげだった。まるで自分の子供を見るかのように……。


 

 クラーケンの襲撃以降、特に大きな出来事はなく和の國に到着することが出来たホルス一行は、港町で一泊してから首都に向かうことにした。ホルスたちと別れた義昭と長慶が行先を伝えることはなかった。


「あの人たちって強かったの?」


「うん、僕が見たなかでもトップクラスに強かったよ。特にあのお爺さんは底が見えない強さだった」


「ふーん。まああたしらには関係ないよね。だってあっちの方って首都の方角じゃないし」


 彼らが向かった先にあるのはダンジョンとそれに附属する街だけだ。

 現在の和の國でのダンジョンの扱いは特殊だった。将軍徳川義満が施行したダンジョン法にて、ダンジョンのクリア階数によって身分が変わる。上から華族、士族、平民、奴隷とクリア階数が深いほど上の身分になれるのだ。そのためこの国の上層部を占めるのは将軍義満を筆頭に武闘派の脳筋共だった。前将軍の頃に文官として上層部に居た皇族等は皇帝を除き、みな平民に身分を落とされてしまったのだ。この法律も義昭が叛乱を企てる理由の1つだろう。


「……そうだね」


 ホルスは悪い予感がしていたが、確かに和の國でダンジョンに潜る予定などホルスらにはないので、忘れることにした。

 しかし首都【武陽】にて告げられた事実にダンジョンへと潜らざるを得ない状況になるのだが、この時はまだ誰も知らなかった。


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ここからはあとがきです。


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異世界ダンジョン Umi @uminarou

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