第11話 ドラゴン討伐

 件のドラゴンはずっと、ゲートが出現するポイントの周辺を陣取っているらしい。隠密行動の得意なハンターが断続的に監視を行っていたのだ。



 マキルスのゲートから入れるダンジョンは一続きだと言われている。つまり、ゲートを用いずとも、理論上はどこにだって歩いていけるのだ。

 しかし昔試した者は一つのゲート間を歩くのに三百日ほどかかったらしく、その危険性も手伝って、ゲート周辺だけを仕事場にしている者がほとんどだ。ダンジョン探索に命を懸けた冒険者でもない限り。



 ドラゴンは一定の範囲をぐるぐると周回するように、エサとなるモンスターを食い荒らしていたという。恐ろしい繁殖力をもつモンスター達だが、流石に限界があるようで、ここ最近はドラゴンが食事を確保できていないらしい。ドラゴンがどれだけの期間断食が可能なのか分からないが、弱っているならありがたいことだ。苛立ってるのは間違いないが。



 しかし食糧問題を差し置いてまで場所にこだわっているのは何故なのか。その場所が大事なのだとしたら何処から来て何故いきなり出現したのか。



 分からないことばかりだ。いや、いけない。答えの出ない問いを自問し続けるのは集中できていない証拠だ。俺は深呼吸をして、昂ぶりつつある鼓動を鎮める。



 俺とゼルガ、ダリオンはドラゴンが徘徊する地点へ繋がるゲートの前に来ていた。いよいよ命を懸けた勝負が始まる。

 ゼルガは戦前の緊張感がこちらにも伝わってくるような様子で、頬を硬くしている。

 ダリオンは人が多い場所に来るのが久々なようで、いつもよりひどい猫背になってびくびくしている。まあ、拳銃を握ればいつも通りになるんじゃないか。



 結局、他に戦力になりそうな仲間は集まらなかった。軍人と違って我の強いハンターや冒険者は募るのが難しい。できることはやった。

 即効性のある高価な回復薬も、気休めだろうが雷に有効そうな防具も揃えた。あとはなるようになるだけだ。



 軍に本日討伐に出ることを伝えると、見届け人という軍人が派遣されてきた。ボルツ大佐も見送りに来たかったが用事があるという伝言を持って。こちらとしては嬉しい限りだ。軍人もゲートの先には同行しないそうで、特に気にする必要もない。



 さて、準備と覚悟は十分かな。俺はゼルガとダリオンと視線を交わすと、それぞれ頷く。

 俺がゲートを管理する担当に合図を送ると、目の前にゲートが出現した。三人は普段と変わらない歩調でゲートの光の中へ進んだ。



 ゲートを抜けると、辺りにドラゴンの気配は無かった。俺は近くにある鉄の箱型の装置を操作してゲートを閉じる。

 今回は特別な許可が出て各自の判断でゲートの開閉を操作できることになっている。俺たちの命を守ると同時に、絶対にドラゴンを通すなということでもある。



 近くにドラゴンが居なかった場合の対応は決めてある。俺たちは初めにドラゴンに遭遇した地点へ向かって歩き出した。



 しばらく移動すると、大量の兵器やら防具やらの残骸が辺りに散らばっていた。草原だったはずの地面は一面黒く焼け焦げている。軍の部隊が戦った跡だろう。

 いや、戦いとも呼べないか。どこの部位かも分からない兵士の遺体がそこら中に転がっている。

 俺は歩みを止めないまま黙祷をささげ、先へ進んだ。



 なかなか出会わないな。

 遭遇時の経験から、敵の索敵範囲は相当広いことが分かっている。害になる、いや餌になる連中がやってきたら真っ先に向かってきても良さそうなもんだが。



 以前到達した地点を過ぎ、そろそろ進路を変更しようかと考え始めた時、遠くに建物があるのが見えた。

 ダンジョン内に建物があるのはよくあることだ。冒険者の住処以外にも運搬や狩りの拠点など、様々な用途で小屋が建てられる。



 あの小屋に着いたら方向を変えるか。そんなことを思った時。

 小屋の近くの森林が大きく揺れ、黒く巨大な塊が空へ飛び出した。

 間違いなく、俺たちが以前遭遇したドラゴンだ。大きく広げた翼には神々しささえ感じる。

 ドラゴンは既にこちらを把握しているようで、空中で方向転換すると、一直線にこちらへ向かってきた。



 くそっ。飛びやがったか。想定はしていたが、嬉しくないパターンだ。

 俺は動揺を表情には出さず、事前の打ち合わせ通り、ゼルガと二人でダリオンを挟むように立つ。

 遠距離武器を持ってくることも考えたが、付け焼き刃の遠距離武器は命のかかった場面で信用できない。敵が飛んでいる間はダリオンの拳銃だけが頼りだ。



 超スピードで向かってくるドラゴンは、心なしか以前より獰猛な表情で、鋭い牙が並んだ口腔を覗かせている。

 雷だけは常に気をつけなければならない。卑小な人間など一瞬で消し飛ばしてしまう雷は一撃ももらえない。

 確証はないが、雷の兆候は感じることができるようだ。以前遭遇した際、雷が落ちる直前、一瞬だが雷雲のようなものが現れたのが見えた。

 俺たちは自分の名前が呼ばれた瞬間、全力でその場を飛び退く訓練を行った。離れた位置の仲間の方が雷雲を発見しやすいためだ。今も仲間の頭上が視界に入るように陣形を調整している。

 実際、超速で放たれる雷を避けられるかは分からないが、やるしかない。避けられなければ死ぬだけだ。



 飛来するドラゴンが翼をはためかせ、停止行動をとった。ここだ。射程距離ギリギリだが、いけるか。俺はドラゴンに向かって左手を伸ばす。

 俺が能力で攪乱している隙に、ダリオンが掃射を行い撃ち落とす作戦だ。俺の能力は謎の光が確実に頭部を覆うため、目くらましにちょうどいい。



「よこせ、その髪を」



 俺は頭に浮かぶままに唱えると、黒い光が俺の左手とドラゴンの頭部を覆った。

 馬鹿でかい相手だけに、光もいつもより激しく周囲を照らしている。光が収まると、俺はズシン、とした重さを感じる。人の脚ほどもある角が二本、重厚な甲殻の上にそびえ立っている。相当な密度なのだろう、怪力をもつ俺でも片手で持ち続けるのは厳しい。



 光が収まるより早く、ダリオンは拳銃を撃ちまくっていた。翼を中心に、銃弾が通りそうな部分を狙うと言っていた。



「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」



 耳をつんざくドラゴンの咆哮が空間を揺らした。光に怒ったか、銃弾が効いたか。

 ダリオンが掃射しているにも関わらず、発砲音があまり聞こえない。



 奪ったものを手離し、空中のドラゴンを注視する。奴は空中でジタバタと、もがくように苦しんでいる。威厳すら感じる黒い巨体に頭だけツルリと肌色なのが滑稽さを覚える。



 目を凝らすと翼にはところどころ穴が開いているのが分かる。

 しかしドラゴンを墜落させるには至らないようで、翼はずっと同じように羽ばたかせたままだ。



 狙いを変え、頭部に集中し始めた銃弾は火花を散らし、弾かれているように見える。俺が剥いだ甲殻の下もなお硬いというのか。

 ドラゴンはまだ身体をよじり声をあげているが、先ほどの咆哮とは異なり、小さく呻くようなものだ。弱っているように見える。苦痛に抗うのに必死で、こちらを見てすらいない。



 ……何かおかしいぞ。翼こそ傷つけているものの、行動不能にさせるほどの傷とは思えない。ダリオンも何か特殊な弾を持っているとは言っていなかった。



 ドラゴンは徐々に翼の動きも遅くなり、高度を下げていく。

 ダリオンは構わずリロードを重ね、可能な限りの弾丸を撃ち込んでいるが、その表情は芳しくない。自分の攻撃が通っているわけではないと理解しているのだろう。



 やがてうなだれるようにして頭を下げ、ドラゴンは墜落していく。

 地面に衝突する衝撃で、大地が揺れ、一面に土が巻き上がった。



 何故墜落したのかは定かではないが、確実にとどめを刺そう。俺とゼルガは纏わり付く土ぼこりにも構わず、ドラゴンの元へと駆ける。

 周囲に拡散する土ぼこりを抜け、ドラゴンの巨体が顕わになった時、それは起こった。



 見覚えのある黒い光が目の前の巨体を覆い尽くした。あまりの光量に一瞬視界を奪われる。黒い光が膨張し、やがて何かを発散したかのように瞬時に消滅すると、目の前のドラゴンもまた一瞬で姿を消した。

 ドラゴンがいたはずの地面には、スキンヘッドの少女がうつ伏せに倒れていた。



 俺とゼルガは呆気にとられ、しばし武器を構えて停止する。後ろからやってきたダリオンも、目の前の光景に気付くと同じように動きを止めた。



 俺たちは即座に戦える構えを取り続けるが、目の前で倒れる少女は明らかに気を失っている。呼吸に僅かに身体を上下させるのみで、いつまで経っても全く動きを見せない。



「戦闘……終了……か?」



 歯切れの悪い俺の言葉に、三人でただ顔を見合わせた。

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