第10話 エンカウント②
「俺たちはモンスターの討伐に参加してくれる仲間を探しているんだが、そっちも同じか?」
目の前の上裸白塗り男はゆっくりと頷く。
「俺はノーデンという。あっちにいるのはゼルガだ。あんたの名前を教えてくれないか」
俺の問いに対し、男は表情も変えずにじっとこちらを見つめ続けている。何か変なことを言ったか。言葉遣いがまずかったのか。
反応を見せない男に、俺は次の出方を考える。ひとときの静寂が生まれた。
「……ダリオン」
か細い声でそう聞こえた。恐ろし気な見た目と違って弱々しい印象だ。答えるまでの間は一体なんだったのか。
「そうか、ダリオン、よろしく。早速本題だが、俺たちはドラゴン討伐に行くことになっている。現状参加するのは俺とノーデンの二人だけだ。もしあんたが興味あるなら、一緒に討伐に参加して欲しい」
……。俺はダリオンの反応を待つが、答えは返ってこない。今気付いたが、コイツ全然瞬きしてなくないか。こわっ。
一向に反応がないので、俺は質問を変えることにした。
「ダリオンは特別に狙ってるモンスターがいるのか?」
ダリオンは首を横に振る。すぐに答えてくれる質問とそうでない質問があるようだ。なるべく簡単に答えられるようにすればいいのか。
「失礼なようだが、ダリオンにはドラゴンと戦う自信があるか?」
ダリオンは即座に頷きを返す。やはりこんな場所に一人で来るだけあって、実力は確からしい。
そして俺の無礼さが無反応を招いているわけでもないらしい。
ここまでの交流で、俺はダリオンに対する忌避感が少なくなっていた。
なんだか言葉の通じないペット相手にご機嫌を伺っている気分だ。
「数日後にはドラゴン討伐に行くつもりだ。一緒に来てくれないか」
ダリオンは初めて見せる瞬きをして少し間を置くと、大きく頷いた。
俺はふぅ、と息をつき安堵した。冒険者が一人増えるとなると、戦場での余裕が全然変わってくる。
少し早まった判断だった気もしないでもないが。
「お互いの戦い方を見るためにも、今から一緒に狩りをしないか」
俺が誘うと、ずっと三角座りだったダリオンが立ち上がる。肯定だと思っていいよな。
ていうかちゃんと動いてるの初めて見たな。
俺は離れた場所に居たゼルガに声を掛けると、組合を出ていって後ろを向いた。ダリオンはちゃんと後ろに付いて歩いてきていた。俺はふと思い出したように声を掛ける。
「そういえば、ダリオンは何の武器を使ってるんだ?」
ダリオンが俺の質問に反応することはなかった。なんでだよ。
適当なモンスターに遭遇するまで、三人で山道を下りていく。
ダリオンについて気になることは山ほどあったが、俺が質問を投げかけても返ってこないことが多く、結局分かったのは二つのことだけだ。
一つは言葉を話すのが苦手なこと。正直聞かなくても分かっていたときだが、本人に苦手意識があるなら、無理に話をさせるのはやめた方がいいだろう。
二つ目はまとまった金が必要なこと。金になる強力なモンスターは一人で狩るのは難しく、協力者を欲していたらしい。本人が明言していたわけではないが、組合で人に会っても誰も話しかけてきてくれなかったようだ。それもそうだろう。
俺ぐらい切羽詰まってなかったら中々声を掛けようとは思えない容姿だ。
棍棒担いだ俺が言うのもなんだが、どこの蛮族だよって感じだ。
ちなみにゼルガはまだおっかなびっくりという感じでダリオンと話そうとせず、後ろに付いて歩いていた。
山を下り、俺たちがワイバーンを倒した場所に差し掛かった。ふと、三人同時に足を止めた。遠くの空から黒い何かの群れが飛んでこちらへ向かってきている。小型のドラゴンのようなあれはワイバーンか。
仲間をやられた仕返しに、戦力揃えて復讐ってわけかよ。近接攻撃ばかりの俺とゼルガには荷が重い。実力を確認がてら、ダリオンに任せることはできないだろうか。
ワイバーンの顔が確認できるくらいに近づいてきた。数は二十といったところか。
俺はダリオンに戦闘を任せたいと思い、左を見た。
そこにいたダリオンは両の口角を吊り上げて満面の笑みを浮かべていた。両手には武器らしきものを一丁ずつ持っている。
……いやお前誰だよ。俺は一切の表情の変化を見たことがない男の変貌に困惑しつつ、その両手の武器を観察する。
確か拳銃と言ったか。軍の人間が着けているのを見たことがある。小さく硬い弾を超高速で打ち出す遠距離武器だ。本体もさることながら装填する弾が高価で、軍でも一部の人間しか持つことができないと聞いたことがある。
「はっはっは。お前らは下がってろ。俺がやる」
一瞬誰の声か分からなかったが、口が動いていたところを見るにダリオンだろう。
いやお前誰だよ。
ワイバーンの群れをじっと見据えるダリオンが、ワイバーンに向けて素早く銃を構えたかと思うと、爆音が響く。
ズドドドドドドドドドドドッ。頭の中を反響するような破裂音が止まらない。しかし俺が気になるのはそこではない。
「アハハハハハハハハハハッハアッハハハハッハハハハッハハハハハハハハハハハハハッハははっはははっははっはあはアハァ」
ダリオンは二丁拳銃をぷっぱなしながら狂ったように爆笑している。
ああ、そういう感じね。はいはい。俺は何も考えたくなくなって、冷めた気持ちでゼルガを見た。ゼルガは目を剥いて何かを抗議するようにこちらを見ている。俺は力なく首を横に振る。
ダリオンの狙いは的確で、ワイバーンの群れは何もできずにバタバタと墜落していく。最後のワイバーンが力無く落ちると、ダリオンは発砲をやめた。拳銃を構えたまま目を閉じて恍惚とした表情をしている。少しすると、腰回りに備えた袋から弾薬を取り出して装填した。装填が終わると、それぞれの拳銃を収納し、元の自信なさげな様子に戻った。
「……おつかれ」
俺はそれだけ言うと、再び山道を下りはじめた。
いやあ、頼もしい仲間が手に入ったなあ。思考停止した俺は、先導するようにずんずんと道を進むのだった。
*
数体のモンスターを狩り終わり、翌日また打ち合わせをすることを確認すると、俺とゼルガはダリオンと別れた。冒険者のダリオンはダンジョンの中に居を構えている。狩ったモンスターの素材を分配すると、ダリオンは何を言うこともなくゆっくりと去って行った。
戦闘能力に関して、正直ダリオンは想像以上だった。精密な銃の腕もさることながら、近接戦闘を行う俺たちとの連携も見事だった。注意を引くべき時とそうでない時を弁えている。初見のワイバーン戦での笑い声が衝撃的だったが、発砲時には常に笑っているわけではなく、どうやらトドメで連射する場合に出る発作らしい。本人に聞けるわけもなく、何回か見た上での推測だ。
ダリオンは高価な銃弾を惜しげもなく撃ちまくっていた。そのおかげで俺とゼルガは楽をさせてもらったわけだが、金は大丈夫なのだろうか。金が必要と言っていたが、その用途は聞かなかった。弾薬を購入するための資金が必要なのだろうか。
ダリオンと円滑なコミュニケーションを取るための手段を考えながら、その答えが出ないまま俺とゼルガは街へ戻るのだった。
*
翌日、ダリオンとダンジョンの中で落ち合い、打ち合わせを行った。といっても、ダリオンはほとんど喋らないため、こちらから作戦やドラゴンの情報を伝えるばかりになっていた。戦闘中に混乱させても困るため、俺の能力についても包み隠さず伝えた。
戦闘時のダリオンはよく喋る。俺はあちらのダリオンなら色々と聞けるかもと考えた。人格変更のスイッチが拳銃かもしれないと考えた俺は、適当なことを言ってダリオンに拳銃を持たせようとする。しかしダリオンは俺のそういった誘導には乗らなかった。獲物がいる時にしか拳銃を手に取りたがらないようだ。
反応こそ鈍いが、ダリオンは話をしっかりと理解している。ドラゴン討伐ともなれば、数年は遊んで暮らせる金額が手に入る。戦闘にはダリオンも積極的に参加してくれることだろう。問題は無いはずだ。
改めて戦闘時の連携も確認しながら、俺は対ドラゴンのイメージを固める。
果たして倒せる確信も無いまま、討伐当日を迎えるのだった。
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