第9話 エンカウント
大物を狩ったからといって、今回は金に替えることができないのが辛いところだ。いつもならポーターを雇って、三、四体狩ったら街へ戻っている。
今回は山道の往復だし、獲物も何体も狩ることになる。巨大な荷を運ぶのは大きなリスクがある。俺とゼルガは冒険者組合で仲間を募るという本来の目的を優先することにした。
冒険者とは、街を拠点に暮らすハンターとは対照的に、ダンジョンを出ることなく生きる者たちである。いつ襲われるか分からないダンジョン内で生きるには当然武力が必要で、冒険者は皆実力者揃いである。
しかし大きい力を持つが故なのか、まともな人格を持った者が少ないと言われている。俺も何人か会ったことがあるが、戦闘狂やら露出狂やらで二度と会いたくないと思った。ここに至るまでパーティ募集を渋った理由である。
そもそも山の上に組合を建築するのがおかしい。訪れるのにふさわしい実力者を選抜するためらしいが、不便以外の何者でもない。バカなんじゃないのか。
実際、いま山の中腹に至るまで十回戦闘したぞ。流石に疲れてきたし、棍棒はモンスターの血でベトベトだ。
ほらまたモンスターがやってきた。ワイバーンが二匹、こちらの様子を伺っている。血の匂いにでも誘われたのか。
空を飛ぶ相手は厄介だ。今は後衛も雇ってないし、攻撃手段に乏しい。
ビビって逃げてくれでもしたら楽なんだけどな。
俺はゼルガの腰の手斧を見る。ゼルガは常に、いつでも抜けるよう大小の斧を装備している。俺の目線に気付き、ゼルガも何を求められているか理解したようだ。
「当てられそうか?」
「まあ、やるだけやってみるか」
その返事に満足した俺は、ワイバーンの片割れに向けて左手を伸ばす。
「よこせ、その髪」
三十歩ほどの射程距離ギリギリの位置にいたワイバーンを黒い光が包む。俺の手には小ぶりな二本角のカチューシャが握られる。
突然の事態に混乱したワイバーン目がけてゼルガが手斧を投擲した。手斧は捉えきれない速度で回転して飛んでいき、ワイバーンの首に着弾した。首は僅かな肉を残してほとんどが切断され、ワイバーンは墜落する。
もう一匹のワイバーンは恐れをなしたのか、焦ったように遠くへ飛んでいった。キレて粘着されたら面倒だったな。
「いまいち回転が足りなかったな」
言葉とは裏腹に得意げな表情でゼルガが話す。俺は、
「この角、いるか?」
とワイバーンから奪った角のカチューシャを示す。ゼルガは呆れたような顔で、いらん、と言うとズンズンと先を進んでいった。
最近、戦闘で手に入ったモンスターの髪や角がバックパックに溜まっている。売りに出して頭に着ける人がいたら大変だし、いつか使えるかもと思うと何となく取っておいている。耳や触覚のような器官付きのものもあるが、元々自分のものではない器官を着けるのは気持ち悪いらしく、使っていない。
今のところの用途といえばゼルガのファッションショーぐらいだが、本人はこの様子で着けたがらない。俺だってそんなものを見ても楽しくもない。
少し歩き、上を見るともう少しで坂が終わるのが分かる。組合までもう少しか。俺は角のカチューシャをバックパックにしまうと再び山道を登りはじめた。
それからはモンスターに遭遇することなく、俺たちは冒険者組合に到着した。見るからに丈夫そうな木材で建てられており、意外ときれいなものである。
なんでもイカれた連中が集まるこの建物にはモンスターも近寄りたがらないらしく、この中は安全らしい。俺もできれば来たくはなかった。
俺は意を決して扉を開く。先を行っていたはずのゼルガは気付けば俺の後ろにいた。
建物の中は閑散としており、ただテーブルと椅子があるばかりだ。いや、誰か一人居るな。
隅っこの席に上半身裸の男が座っている。何故か全身白塗りの坊主頭で、混沌とした黒い線の模様が体中を這い回っているようだ。
「うわ」
俺は思わず驚きの声をあげる。男がこちらを向いた。目の周りにはメイクでもしているのか黒く
やっべー。俺は気付かないふりをして、目を合わせないようにきょろきょろと建物の中を見回すようにしてから、近くの席に座った。
ゼルガはいつの間にか壁際に設置された掲示板を眺めている。すでに関わり合いにならないと決めたらしい。
視界の端でぼんやりと上裸の白塗り男を捉える。先ほどからずっとこちらを向いていることが分かる。
冒険者組合というものは別に組織立っているわけではなく、人が常駐しているわけではない。狩りに同行するメンバーを求めた冒険者やハンターが訪れる待合所のようなものだ。
一匹狼が多い冒険者であるから、泊まり覚悟で仲間を募集するつもりでいたが、これは想定外だ。
見るからにヤバい。イカれている。人を見た目で判断するべきではないとはいえ、限度がある。明らかに人とコミュニケーションを取ろうという人間の装いではない。
「ゼルガ、ちょっと」
俺は掲示板の前を動こうとしないゼルガに声を掛けると、建物の外へ連れ出した。
「良さそうな募集はあったか?」
「いや、ドラゴン討伐に同行してもらえそうな募集は無かった」
「募集の貼り紙を貼って待ったとして、十日以内に集まると思うか」
「分からんが、期待はできないだろう。誰も集まらずに時間が過ぎるってのが関の山だ」
二人の間を静寂が包んだ。最も手っ取り早い手段を理性では二人とも理解しているが、心がそれを拒んでいる。それでも俺は二人でドラゴンと戦うよりマシだと思う。
組合の中に居る以上、誰か仲間を欲しているのは間違いないだろう。
「なあ」
「お前に任せた。俺は喋らんぞ。もしもの時は助けてやる」
ゼルガはひと息にそう言うと、一文字に口を結んだ。
小心者なところがこのドワーフの男の玉に瑕だ。こうなっては期待はできない。
組合の扉を前にして、俺は無意識に棍棒を握りしめていた。緊張したときの癖だ。出番が無いことを祈りたいが、冒険者ってやつは本当に何をするか分からない。とはいえ喧嘩腰で望んでいいこともないだろう。
俺は棍棒から手を離し、入り口の扉を開く。
目の前に上裸の白塗り男が座っていた。
覚悟していたとはいえ、俺は息をのむ。後ろからひっ、と情けない声が聞こえた。
どうして移動したのか、どうして椅子に座らず床に座っているのか、どうして何も喋らないのか。
聞きたいことは山ほどあるが、とにもかくにも、何か話してみなければ。
男のおでこの第三の眼と俺の目が合っている気がする。メイクのようだが。
俺はこちらを見据えて三角座りする男に対して、自分のおでこの輪っか模様を指さし、
「おそろいですね」
と言った。
どうやら俺は相当に混乱していたらしい。
自分でも何を考えてそうしたか分からない。
白塗り男は何を喋るでもなく、こくりと一つ頷いた。
どうやら一発目でバッドエンドにはならなかったらしい。
思ったよりコミュニケーションは取れるのかもしれない。俺は自分が少し冷静になるのを感じた。
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