第12話 新たな出会い

 状況を理解したとて、これからどう行動しようか。

 ドラゴンが墜落したと思ったら、人間の少女になっていた。

 正直に説明したとして、およそ納得してもらえるとは思えない。



 やがて、動きを止めていたダリオンが、



「まあ、やるか」



 と言って倒れた少女に右手の拳銃を向けた。

 俺はとっさにダリオンの腕を上から手で押さえて制するが、ダリオンは今度は左手の拳銃を向ける。



「すまん、ちょっと待ってくれ。今は無しだ」



 俺が焦って話すと、ダリオンは拗ねたような表情で拳銃をおろした。



「ちっ。ドラゴンを蜂の巣にできると思って来たのに、なんなんだよこれは」



 ダリオンは腰の袋から弾薬を取り出して装填し、拳銃をホルダーに収納する。途端に先ほどまでの勝ち気な様子が嘘のように無表情に戻った。



 スキンヘッドなこともあるし、この少女が先のドラゴンだと考えるのが妥当だろう。大事をとって今のうちに殺しておくというのはもっともな選択肢だ。だけど俺の性には合わない。



「あそこの小屋まで運んで様子を見よう。ゼルガもそれでいいか」

「お前に任せる」



 ゼルガはいつもの憮然とした表情でそう言うと、倒れた少女を荷物のように肩に担いで歩き出した。ゼルガは判断に迷うようなことがあれば大抵俺に一任してくるのだ。



 俺はふと地面に置いてきたドラゴンの頭の一部を思い出して取りに戻る。改めて近くで見ると本当に立派だ。

 俺の身体の半分ほどもある二本の角はまるで太木のように枝分かれして、後方にやや反り返るように伸びている。触ってみると、見た目とは違って滑らかさを感じた。



 俺は自分の戦利品に誇らしい気持ちになって、それを持ち上げる。よし、ドラゴンかぶとと名付けよう。

 まるで芸術品のようなそれを、角度を変えながらしげしげと眺める。自然と顔がほころんだ。



「良い良い」



 髪を奪えることに初めて感謝したい気持ちになりながら、俺は小屋に向かって歩き出す。

 試しに被ってみたが、やはり俺の頭はドラゴンかぶとに完全に拒否された。



 さて、どうせ売れないんだ。部屋のどこに飾ろうかな。

 ちらりとドラゴンかぶとを見ると、ふと角の根元の辺りに何か付いているように見えた。

 よく確認すると、反り返った二本の角の根元にそれぞれ隠れるように、俺の額のものと全く同じ輪っか模様が刻まれていた。



*



 到着した小屋は、古ぼけてはいるが身体を休めるには十分で、一通りの家具が揃っており、生活感があった。



 俺はドラゴンかぶとに付いた輪っか模様のことは置いておいて、ひとまずこれからの行動を考えることにした。



 裸の少女は小屋に置かれていた毛布を掛けられた状態で床に寝かされている。ゼルガが確認したそうだが、身体に目立った外傷は無いようだ。

 俺は座って腕組みをするゼルガに向かって話す。



「とりあえず、起こしてみるか?」

「寝覚めていきなりドラゴンにでもなったら洒落にならんぞ」

「それはそうなんだが、殺さないならこのまま待っててもしょうがないんだよな」



 俺はちらりとダリオンに目を配るが、ダリオンは三角座りをして微動だにしなかった。

 俺はゼルガに視線を戻して、



「そもそもどうして落ちたと思う?拳銃もあまり効いてなかったと思うが」



「確証はないが、タイミング的にはお前が例の光を使ってからだろう。それから一気に苦しみ出した」



「そうだよな。うーん。となると、この角に何か秘密があるのかもしれない」



 俺は床に置いたドラゴンかぶとを見る。あまりにも立派なそれは、確かに秘密の力を備えているとしても不思議じゃないように思える。



 ダンジョンは未知で溢れている。通常、人間は身体から離れたものを動かすことや、何も無いところに火を起こすことなどできないが、ダンジョンのモンスターは違う。

 人間とは違う理で生きているかのように、火を吐き、空を飛び、雷を起こす。人間になるなんてのは初めて聞いた話だが。

 ダンジョンを訪れる人間も、不思議な能力を得ることがある。実在のもので俺が知っているのは、水を自在に操るという冒険者の話くらいだが、ごく稀にそういうことがある。

 原因は不明、理屈も不明で、分からないことばかりだ。

 中にはその力を振りかざして人々を混乱に陥れた奴も歴史上は居たらしい。そういうこともあって、不思議な力を持つ人間は恐れられる傾向にあるようだ。実際、無条件に人間を襲わないだけで、モンスターと何が違うのかと聞かれると答えに困る。

 冒険者の中には、人に言わないだけで力を持ってる奴もいることだろう。ただでさえ人嫌いが多い上に、そういう背景があるものだから、学者の調べも進んでいないのが現状だ。



「そういえば、その角の根元を見てみろよ、俺のでこと同じ模様があった」



 俺は思い出してゼルガに話す。ゼルガは動きもせずにドラゴンかぶとに目をやる。見えているのかいないのか、おそらく見えていないだろう。

 憮然とした表情をしていたゼルガだったが、突然何かに気付いたような表情をして膝を打った。



「ドラゴンがその娘に変わるとき、お前のものと同じ黒い光が現れた。そしてお前が奪った角には輪の模様がある。やはり、その角がドラゴンの力を使える鍵なんじゃないか?」



 確かに筋が通っている。輪の模様と黒い光、何か強い繋がりがあるのは間違いない。俺は頷くと、少女に手が届く位置へと移動する。不明なことばかりのこの状況を早く打開したかった。



「だとしたら起こしてもそうひどいことにはならないはずだ。もう起こすぞ」



 俺はすうすうと寝ている少女の肩を揺する。何が起きても対応できる体勢だ。

 三回ほど揺すると、少女は僅かに目を開いた。



「とと……」



 そう言ったように聞こえた。少女の目尻を涙が伝う。

 少女はわずかな間、夢の世界にいたようだが、急に目を見開くと、すぐに俺たちの存在に気付いて建物の端へと距離を取った。



「なんだお前たち、ここで何をしている」



 毛布に包まった少女は怒りに燃えた目をしている。

 違和感のない流暢な話し方だ。



「戦いたいわけじゃない。落ち着いて話をしないか」



「お前たち、さっき戦った奴らだな。お前らもこの家から奪いに来たのか」



 そう言うとギリギリと歯を食いしばる。しかし、強者特有の圧力は感じない。十歳を少し過ぎたぐらいの普通の少女という印象だ。

 俺は背中の棍棒を床に置いて、両手を挙げる。



「ゼルガも武器を置いてくれ。ダリオンは……そのままでいいや。俺たちは、ドラゴンが現れて仕事にならないから退治するためにやってきた。話がしたい。この家の物を奪うつもりはない」



 少女は俺の言葉を理解して迷っている様子だ。

 ガチャリ、とゼルガが武器を置く音がした。

 少女は見た目に似合わない低い声で話す。



「ととが言っていた。人間は嘘をつく。そうやってエイシャを騙すつもりだろう」



 話す少女は肩で息をしている。

 どうしたもんか。俺は床に座って、努めて柔らかく話しかける。



「名前はエイシャと言うのかな。俺はノーデンだ。勝手に家に上がってすまない。まずは服を着て、その後で座って話をしよう」



 エイシャはちらりと毛布の下の身体を確認すると、キッとこちらを睨みつけたまま、近くの引き出しから衣服を取り出した。

 俺はその様子を何気なく眺めている。衣服を持ったエイシャは動かずにこちらを見ている。少し間を置いて、エイシャが歯を剥き出しにしてこちらを威嚇してきた。



 あ、そうか。俺はくるりと後ろを向いてエイシャが視界に入らないようにする。ゼルガも同じようにするが、動かないダリオンに気付いて、近くにあった布をバサリと頭に投げた。



 しばしの間、衣服の擦れる音を聞くだけの時間が流れた。



「ギャァーー!」



 突然、甲高い悲鳴が響いた。振り向いていいものか。俺はちらりと顔を向けてエイシャの様子を探った。どうやら服は着ているようだ。振り返って何が起こったのか確認する。



 エイシャは髪一つ無い自分の頭をペタペタと触っている。俺たちとは逆の方向を向いて鏡を見ていた。鏡に映った顔は、先ほどまでの怒りが嘘のようで今にも泣き出しそうだ。



 あ、やべっ。俺は焦ってゼルガに目配せをして、床に置いてあるドラゴンかぶとと交互にゼルガを見る。ゼルガはドラゴンかぶとを拾うときょろきょろと辺りを見回して、見えないよう物陰に隠した。



 ひとしきり頭を触ったエイシャは、ゆらゆらとこちらを振り返る。あまりの怒りに目の焦点が合っていない。



 エイシャが唱えた。



「よこせ、真なる姿を」



 俺たちは何が起こるかと身構えたが、何も起こらない。

 エイシャは焦ったように強い口調で叫ぶ。



「よこせ、真なる姿を!」



 しかし何が起こることもなく、小屋は静まるばかりだ。

 エイシャは次第にぷるぷると身体を震わせると、崩れるように泣き出した。



 小屋の中に少女の泣き声ばかりがこだまする。

 号泣する少女に、俺はできることも思いつかず、座り込んだ。まさか角を返すわけにもいかんしなあ。



 ダリオンは一度立ち上がって身構えていたが、今はもういつもの三角座りに戻っている。ゼルガは知らん顔で武器の手入れをしている。



 いかにも村娘といった衣服を濡らすエイシャに、俺はさすがに気の毒になって、近くにあったきれいな布を拾って涙を拭いてあげた。

 エイシャは特に反応を見せず、大粒の涙を流し続ける。俺は何も言わず涙を拭き続けるのだった。

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