第8話 おっさんと少女②
思いがけないところで俺の能力について情報が得られるかもしれない。
リアーナが俺の不思議な力を目撃していたら、それとなく口止めしようかと思っていたが、こうなったら全部話してしまうのがいいかもしれない。
それにこの少女になら話してしまっても大丈夫な気がする。信用していい人間だと思った。
俺はモヒカンゴブリンに出会ったとき、自分が輪っか模様付き石頭になったこと、相手の頭をまるっと刈り上げて奪う能力を得たことを洗いざらい話した。
リアーナはやはり一部目撃していたようで、驚きながらも一部納得したような反応を見せた。
「というわけで俺は突然目覚めたこの力について、色々知りたいと思ってるんだ。さっきお礼はいらないと言った手前かっこ悪いが、知ってることがあったら教えて欲しい」
リアーナは笑顔で、はい、と返事をすると、何やら悩み始める。
「でも、さっき話した絵本の事ってはっきり覚えてないんですよね。隣町の実家に多分あると思うので、急いで取ってきます」
リアーナは話すなり立ち上がって、帰る準備をはじめる。何気にせっかちな所があるのかもしれない。
「急ぐ必要はないんだ。取ってきてくれるのは助かるけど、気を付けてね。今日はもう暗いから、後で明るいうちに移動すること」
俺は懐に入っていた金貨をリアーナに渡す。リアーナは返そうとしてくるが、目を見て手を包み込むようにして押し返すと、黙ってしまった。
「じゃあ、気を付けて」
ぺこぺこと何度も頭を下げて去っていくリアーナを見送ると、俺は部屋に戻って人心地ついた。
ドラゴンのことはさっぱり分からなかったが、思わぬ情報が手に入りそうだ。今日は酒でも飲むか。
自分でも身の丈に合わないイケメンムーブをかましてしまったことは分かっていた。でもいいじゃん。自分を良く思ってくれてる女の子にぐらい、たまにはかっこつけたいじゃんか。ほのかに燻る気恥ずかしさは、酒が進むうちに忘れてしまった。
*
翌朝、郵便受けに手紙が投函されていた。軍の差し出しであることを示す仰々しい印が貼り付けられている。
手紙を開封すると、中には手紙が一枚入っていた。長々と書かれているが、要約すると、二十日以内にドラゴン討伐に行け、ということが書かれている。署名はボルツ大佐だ。
全く気分が悪い。二十日以内というのも短すぎず、長くもない文句のつけづらい嫌らしい期限だ。ゲートの一つが使えない程度、本当はそこまで急ぐ必要は無いはずなのに。
ボルツとは一度しか話したことはないが、俺はすっかり嫌いになってしまった。
何にしても、死なないためにできることをしよう。道具を揃え、装備を整え、情報を集める。ドラゴンを殺せなくとも罰則があるわけではない。できることをすればいいんだ。
俺は必要なものをリストアップし、街に繰り出す。ゼルガに討伐の期限について知らせないといけないな。
あーあ、俺の能力、いまいち使い辛いんだよな。ポンっと首なんか奪えたら強いのに。
そんな益体もないことを思っていた。
*
あっという間に十日が経過した。
雷に焼かれてダメになった棍棒や革鎧は新調し、ダンジョンに繰り出して鍛錬も欠かさなかった。
しかし、肝心の仲間は集まらず、ドラゴンに関しても有効な情報は得られない。
このままぶっつけ本番で行くしかないのか。にわかに不安が募ってきていた。
家で食事をしていると、玄関の扉をノックする音が聞こえる。
表へ出てみると、立っているのはリアーナだった。
「お待たせしました。絵本、持ってきましたよ」
俺はリアーナを招き入れると、すぐに残りの食事をかき込んだ。
卓上を片付けると、リアーナの前に茶を置く。
リアーナはありがとうございます、と受け取り、鞄から一冊の本を取り出した。
「少し探すのに苦労しちゃいました。奥の方に眠っていたもので」
俺に本を渡すと、何か用事があるということで、お茶を飲み干してすぐに立ち上がる。
俺は礼を言って、また何かあれば訪ねてくるよう伝えた。
リアーナを見送って、俺はテーブルに置かれた絵本の前に座る。
リアーナが幼い頃、何気なく読んでいた本の一つらしい。持って帰るのも手間だし、欲しいならくれるということだった。
『わっかのゆうしゃ』
題名を見て少しドキリとした。いきなりストレートに出てくるとは思っていなかった。
開いてみると、子ども向けの絵柄と文字で書かれており、すぐに読めそうだった。
俺は文字を中心にざっと目を通す。
物語は全体的に、自己犠牲の話だとまとめられるだろう。不思議な光で身を守る能力をもった勇者が化け物を倒して人々を守る。左手に輪っかの模様をつけた勇者は次第に消耗していき、最後には化け物と相討ちになり人々を守って亡くなる。
特別にひねった展開はないように思う。子ども向けにしては結構シビアな展開だな。神の力とか言ってるし、宗教的なものも関係してるのかな。詳しくないから分からない。
リアーナは昔の英雄とか言ってたけど、最初に書いてある、ほんとうにあったおはなしっていう文をそのまま信じたんだろうな。実際にあったことだとしても色んな部分が脚色されてると思うし、話半分で読むぐらいがちょうどいい。
しかしながら、わっかのもようだとか、ふしぎなひかりだとか、身に覚えのある話が立て続けに出てくるのは、偶然というのは難しいだろう。
勇者の青年の能力が万能ではなく、どことなく使いづらそうな所も親近感を覚える。
すぐに使えそうな情報ではなかったが、この輪っかの模様について調べる手がかりを得られた。
俺が絵本の勇者のようにモンスターと相討ちという最期を迎えなければいいが……。
俺がドラゴン対策について漠然と考えていると、突然玄関の扉が開いた。
そこには革鎧を着て武器を備えたゼルガが立っていた。こいつの唐突な登場には既に慣れたもんだが、驚かないわけではない。
ゼルガは面食らっている俺を一瞥すると、
「冒険者に会いに行くぞ」
と言うと、話は終わったとばかりに扉を閉めた。
何となくだが話は読めた。ハンターに募集をかけていたゼルガだが、集まらなかったのだろう。別の手段を取ることにしたのだ。
そんくらい口で説明しろよな。俺はせっかちな男に呆れながら、すこーしだけ急いで戦闘用の装備に着替える。ゼルガは度々扉を僅かに開けてこちらの様子を伺っていた。
最初のゲート前で、預けていた棍棒を手に取り、前を進むゼルガについていく。
ゲートを一つくぐると、少し離れた位置に中級区域へと繋がるゲートが三つ並んでいる。本来は四つあるのだが、一つはドラゴンがゲート近くに陣取っているため現在閉鎖中だ。
俺たちは中級のうちで最も危険だと言われているゲートをくぐると、目的地へと歩き出した。
目指すところは山頂である。特別に高い山ではないが、からりと乾燥して植物が育たず、隠れられる場所が少ない。必然、モンスターとの戦闘は避けられない。
「隙が少ないな」
砂埃が舞い、ギシギシと甲殻が擦れる音が気に障る。
俺とゼルガはデビルスコーピオンに遭遇していた。硬い甲殻に、大きな身体に備えた鋏と尻尾による純粋な膂力が手強いモンスターである。
俺とゼルガは攻撃をいなしながら隙を伺っていた。この辺りのモンスターは知能が高く、慎重な戦い方をする者も多い。デビルスコーピオンは尻尾によるリーチの差を生かして牽制を欠かさず、なかなか近づけない。
最近はモンスターに遭遇すると、髪を奪う能力が有効に働くか、ということをすぐに考えるようにしている。しかし、まともに使えることは少ない。デビルスコーピオンの頭は元からつるりとしていて、頭の甲殻を剥ぐぐらいはできるだろうが、急所をそう易々と狙わせてくれる訳もない。
何より能力を使うためには対象に近づいた上で、少し立ち止まって集中する必要があることが分かってきた。そのリスクに見合う成果がなければ進んで使うものでもない。
デビルスコーピオンも焦れてきたのか、鋏を使ってこちらを断ち切ろうとしてくる。あれに捕まったらひとたまりもない。
仕掛け時か。俺とゼルガは一瞬視線を交わすと、デビルスコーピオンの正面に二人重なるように陣取る。呼吸を合わせ、同時に右へ飛び出す。
デビルスコーピオンはどちらに対応するか迷うが、より近い位置で斧を手に近づいてきたゼルガを左の鋏で掴もうとする。ゼルガは斧をくるりと反転させると横っ腹で殴りつけ、鋏を弾き飛ばした。
大蠍が見せた隙に、俺はゼルガの脇をくぐるようにして入り込み、大蠍の脇腹に渾身の一撃を叩き込む。大蠍の全身がふわりと浮き、苦痛に悶える耳障りな悲鳴をあげる。
デビルスコーピオンは身体の構造上、近すぎる敵に対して尻尾では対応できない。俺は距離を取りたがるデビルスコーピオンに吸い付くように執拗に近づき、棍棒を叩き込む。
大蠍は苦し紛れに暴れてくるが、適切な位置に陣取ることができれば致命的な攻撃を食らうことはない。俺は冷静に安全地帯を見極め、力任せに得物を振るう。何度目かの棍棒を振り下ろすと、大蠍は動きを鈍らせ、やがて完全に動かなくなった。
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