第7話 おっさんと少女

 軍の詰め所から帰宅した俺は、着替えをしてベッドに倒れこんだ。

 ハンターは軍の命令を聞く義務はないとはいえ、今回のドラゴン討伐の要請を断ることは難しい。

 そもそも事の発端が俺とゼルガにある(と思われている)責任があるし、あの嫌らしい男に何をされるか分かったものではない。大佐の権力で圧力をかけられたらハンターとして暮らしていくことも難しくなるのではないか。

 軍は町の組織の一つであるため、実質的に町からの要請であるとも言える。断れば各種取引先からの信頼を失う危険がある。



 あの男は俺がどういう反応をみせようが構わなかったのだ。秘密を話せば良し、話さずとも立場の弱いこちらにリスクを押しつけられる。これだから嫌なんだ。



 とはいえ、ドラゴンか。記憶の中の強大な存在を思い出すだけで身震いするようだ。

 ドラゴンとハンターが戦ったという話すらほとんど聞いたことがない。ましてや雷を扱うドラゴンなんて神話の域だ。真偽も疑わしい物語で英雄に倒されるための存在じゃないのか。



 いずれにせよ情報が足りない。ドラゴンの習性、身体の構造などなんでもいい、何か役立つ情報を見つけなければならない。

 俺はベッドに転がり目をつむるも、自分がゴミのように死ぬ場面を想像し、なかなか寝付くことができなかった。



*



 翌日、俺は早くからゼルガの家に向かい、ドラゴン討伐の要請があったことを伝えた。

 ゼルガはやや面食らったようだが、一つ頷きを返した。正直、断られる可能性も考えていた所だったが、一緒に来てくれるようだ。

 俺はドラゴンについて情報を集めるつもりだと伝え、ゼルガにはパーティメンバーの募集を頼んだ。

 好き好んでドラゴン討伐に向かう奴なんぞそうは居ないだろうし、そもそもあんな化け物相手に戦力になるハンターなんて限られている。募集についてはあまり期待できないだろう。



 さて、問題は情報集めだ。

 とりあえず思いつくのは本か。幸いマキルスには町が管理する図書館があり、モンスターに関するものを中心に多くの蔵書がある。

 俺は早速図書館へ向かうことにした。



 図書館に到着すると、俺はすぐに司書にドラゴンについての蔵書がないか尋ねた。こういう調べものが得意なわけでもないし、専門家に聞くのが一番早い。

 司書は思った通り図書館内の蔵書をよく把握していて、ドラゴンに関する書物は歴史、物語、図鑑があると話した。

 俺はそれぞれの種類の書物の場所を案内してもらうと、ドラゴンの情報を探すことに没頭した。



 結果から言うと、討伐に役立ちそうな情報は見つからなかった。

 歴史書の記述は倒せずに町が滅んだとか、巨大な兵器を用いて何とか倒したなどという記述ばかりで、ドラゴンに関する情報はほとんど無かった。

 物語には期待こそしていなかったが、やはり超越的な強者が圧倒するような脚色や真偽の判断が付かないような記述ばかりで役に立ちそうになかった。少し気になったのは、ドラゴンは神の使いであって、他のモンスターとは異なる存在だと多く書かれていたことだ。もっとも、戦いの役に立つ話ではない。

 モンスター全般の情報が書かれた図鑑には、ドラゴンの記述はわずかしか無かった。それもドラゴンは大きく、硬く、力が強いという分かりきった情報しか書かれていなかった。



 途中で街に戻って食事を挟み、丸一日を潰したが大した成果はなかった。

 俺は凝った身体をほぐすようにしながら家へ戻った。



 家に戻ってみると、入口の扉の前に誰か立っているのがわかる。

 近づいてみると、その人物がこちらを振り向いた。若い少女だ。



「ノーデンさん。いきなりすいません。それに、お礼もできていなくて」



 少女が下げた頭を上げると、申し訳なさそうな顔を見せた。一瞬誰だか思い出せなかったが、ゴブリンの群れから救ったリアーナだ。

 あの時は涙やら泥やらにまみれていたから、今のきれいな様子との差に面食らってしまった。



「助けていただいて本当にありがとうございました」



 そう言うとリアーナはもう一度深く頭を下げた。俺は助けて良かったな、と素直に思う。こういう礼儀正しい人間ほど死に易いのが辛いところだ。そういえば俺の能力について聞きたいこともあったな。



「できることをしただけだ。もし時間があるなら、少し寄っていくか」



 俺が促すと、リアーナは笑顔になり、はい、と答えた。

 俺は久々に家に入れる女性が年端もいかない少女か、と少し悲しい気持ちになりながら玄関を進む。



 リアーナは綺麗でも汚くもない部屋をきょろきょろと珍しそうに見回している。俺が座るように促すと、どこか落ち着かない様子で腰を下ろした。俺は少し待っているように言い、荷物を下ろしてお茶の準備をする。



 温かいお茶を前に、俺とリアーナは互いに腰を落ち着けた。

 ダンジョンから帰った俺とリアーナが別れた後、リアーナはお礼もできていないのに俺の名前も聞けていないことに気付き、焦ったという。



「最初、おでこに丸い刺青をしたハンターの名前を知りたいと聞いても、皆さん知らないと答えるばかりで、困りました」



 そうか、リアーナはおでこに丸い模様ができた後の俺の顔しか知らないのか。これができたのはモヒカンゴブリンに出会ったまさにあの時だったから、誰も知ってる訳がない。



「でも、その……薄毛で棍棒を持ったハンターを知らないかって聞くと、皆さんご存じで。後で中級のモンスターも簡単に狩るすごい人だって聞いてびっくりしちゃいました」



 リアーナは笑顔で言うと、お茶を口に運んだ。

 俺は少し苦い気分になりながら、お茶を口に運ぶ。

 確かに俺はそこそこの知名度があると自負しているが、それはいい意味ばかりじゃない。口の悪いハンターからは「肌色ゴブリン」とあだ名を付けられ、俺の丸い頭と棍棒を持った姿が揶揄されていることを知っている。誰かがそう呼んでいるのを見つけたらぶっ飛ばしてやろうと思っている。

 でも、目の前の少女がキラキラした目でこちらを見ているのを見たら、荒んだ気持ちも和むというものだ。



「その、仲間たちは無事に取り戻すことができたのか?結構金もかかったと思うけど」

「はい、遺体の回収は無事にできました。お金は結構きつかったですけど、何とかなりました。」



 そう語るリアーナの影を差した表情を見ると、深く聞く気にはなれなかった。昔からよく見知った仲だったのだろうか。あの惨状からは遺体の年齢もよく分からなかった。



「そうだ、これ、ゴブリンの売却分のお金です。一体は大きくて結構いい値段が付きました。倒したのは全部ノーデンさんだから渡さなきゃと思って」



 リアーナはそう言って小袋を渡そうとしてきた。

 俺は手で抑えるようにしてリアーナに優しく押し返す。



「それは自分で持っておくんだ。こう言ってはなんだが、俺とリアーナだと稼ぎが違う。君が持っていた方が役に立つだろう。それと、お礼も特にいらないよ。君にして欲しいのは、なるべく長生きして、同じように困っている若者を今度は君が助けてやる、それだけだよ」



 何のごまかしもない本心だった。かなりくさいことを言ってしまったかな。昔ならリアーナ相手に下心の一つでも湧いていたかもしれないが、これもおっさんになった証拠か。



 俺の言葉を聞いたリアーナは徐々に目を赤くする。瞳が潤いに満たされていき、口を固く結んでいる。何も喋れないようだった。



 俺は黙ってリアーナの言葉を待つ。泣くのを我慢しているところを突っつくのも野暮だろう。部屋の中をしばし静寂が包んだ。



「まるで物語の英雄みたい」



 少ししてリアーナがポツリと呟いた。俺は聞こえていたが、あまりにも自分とかけ離れた響きに、聞かなかったことにする。こんなにモテない英雄がいるか。ハゲのおっさんだし。いやハゲじゃなくて薄毛だ。

 リアーナはそんな俺に構わず続ける。



「そういえばノーデンさんのおでこの刺青も、昔の英雄と同じですよね。絵本で読んだ記憶があります」

「え?」



 全く予想していなかった言葉に思わず声が漏れる。きっと今の俺はとても情けない表情をしていることだろう。

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