第6話 望まぬ対話

 ゼルガ家の戸を叩くも、家主は不在のようだ。

 考えてみれば、中級区域でドラゴン発見という一大事の当事者として、ダン管や軍から聴取を受けているのだろう。



 俺はその場に腰を下ろす。居なかった時のことをまるで考えていなかった。

 このまま待つのも面倒だし、明日出直すか。

 辺りはやや暗くなり、赤みがかった夕焼けを反射している。

 飯でも買って帰ろうか。

 俺が立ち上がろうとすると、



「身体はもういいのか」



 ダンジョンに入っていた時と変わらぬ装備のゼルガが声をかけてきた。

やはり今まで家に戻ることもなく動いていたらしい。



「ああ、おかげさまで」

「とりあえず、飯でも食おうぜ」



 ゼルガはそう言って、帰りがけに買ってきたのだろう食べ物が入った袋を見せてくる。



「ちょうど腹が減ってたところだ」



 俺は立ち上がると、友人の後に続くのだった。



 俺は食事をとりながら、ゼルガからゆっくりと話を聞いた。

 俺が意識を失った後、ゼルガはまずダン管のお偉いさんに直接状況を説明したらしい。

 自分で言うのもなんだが、中級のモンスターを当然のように狩ることのできるハンターは数えるほどで、知名度もあるゼルガの証言は特に疑念なく受け入れられた。焼け焦げて使い物にならなくなった俺の装備も説得力を増したようだ。

 ちなみに、亡くなったハンター二名と俺たち以外に、閉じたゲートに入っていった者は居なかったため、帰り道を無くすような者はいなかった。



 ダン管はゲートの管理をすることでモンスターの逆流を防ぐ役割を負っているが、常駐している少数精鋭を除き、強力なモンスターの討伐に派遣できるような武力を保有しているわけではない。

 そういった役割は一部の強力なハンターであったり、日頃から集団戦闘の訓練を行っている軍の人間に委ねられる。今回はすぐに軍へ話が持っていかれたようだ。



 俺はそのことを聞き、軽く眉をひそめる。実は、ハンターと軍は険悪といってもいい間柄なのだ。軍は高額な兵器を用いて集団で効率的にモンスターを討伐する自分たちに誇りを持っていて、個人の力で戦うハンターを軽んじている。

 一方ハンターは常に死線をくぐり自分の力で戦うことに価値を見出し、逆に訓練ばかりしていて、遠くから兵器をぶっぱなすだけの軍人を甘く見ている。



 俺個人としても、軍の連中の高圧的な態度が気に入らないという部分はある。しかしもう少し連携が取れればダンジョンのさらに奥を目指せたりもするのかな、と思わないでもない。

 軍との会談の様子を話す段になったゼルガは、明らかに酒量が増えていた。この心優しく偏屈な男は、軍の人間とはとことん反りが合わないらしく、毛嫌いしている。



 中級区域のゲートは一つではないとはいえ、経済の多くがダンジョンに依存するマキルスでは一つゲートが潰れるとなると死活問題だ。

 特定の場所からしか採れない貴重な植物や鉱石は、外の都市との重要な取引材料となる。モンスターの狩猟が本職である俺たちも、片手間に拾ったものがそこそこの儲けになったりする。

 事態を重く見た町の上層部は、明日にも軍を派遣してドラゴンを討伐することに決めたらしい。随分と早い決断だが、そう珍しいことでもない。強力なモンスターの討伐は軍の主要な職務の一つであるし、モンスターの素材を売ることで比較的早期の収益も望める。



 酒が回っていよいよ意識が怪しくなってきたゼルガを適当に介抱すると、俺は支度を済ませて家を出る。

 ドラゴンとの遭遇で、お互いに命を助け合った礼は言わなかった。助けるのは当然であり、これまでも何度も助け合ってきた。口には出さないが、次に相手を助けることが礼の代わりなのだと俺は思っている。ゼルガもきっと同じだろう。



 夜の冷たい空気が肌に触れて心地いい。俺の頭は空気も通さないようで、頭だけ常温なのが不思議な感覚だ。

 しかしドラゴン討伐か。近くで見たドラゴンはそれはもう恐ろしかった。しかし確かに血の通う生物なのだと感じた。軍の馬鹿でかい大砲を何発も食らえばやがて倒せるだろう。

 ドラゴンが中級区域に現れるなんて聞いたこともない。一体なんだってそうなったのか、理由が分かればいいが。

 帰り道で俺はのんきにそんなことを考えていた。



*



 ドンドンドンと戸を叩く音で目が覚めた。昨日は死にかけたことだし、今日は休日にしようと話していた。

 俺は一日をダラダラと過ごし、昼間から酒を飲んで昼寝までかます最高の休日を過ごしていた。

 一体誰だ。俺の最高の眠りを妨げる奴は。寝ぼけたまま、俺はとりあえず玄関へ向かう。

 ゼルガだったらノックなどせず勝手に入ってくるし、他の知り合いならもう少し優しく叩きそうなもんだが。



俺がようやく玄関に辿り着き、扉を開けると、精悍な雰囲気の青年が身体の後ろで手を組み、立っていた。



「中級ハンターのノーデンさんですね。ボルツ大佐より出頭要請が出ております。至急出頭願います」



 抑揚のない声を聞き、俺は兵隊くんの顔を確かめもせず、空を見上げた。すでに夕方だ。こんな時間に大佐なんてお偉いさんが部下でもない俺を呼ぶなんて普通じゃない。絶対に面倒なことだ。

 寝起きの不快感も相まって、自分の顔が歪むのが分かる。青年がギョッとした目でこちらを見るのが分かる。今の俺はさぞ怖い顔をしていることだろう。



「少し待て」



 俺はそれだけ言うと部屋に戻り、ダンジョン用の装備を整えて家を出る。装備が必要になるかは分からんが、気合を入れる必要がありそうだ。俺は兵隊君の後ろを付いて歩きながら、すぐにでも動けるよう身体を慣らすのだった。



「ご苦労。下がっていいぞ」



 俺が案内された部屋に入るとすぐに、目の前に座る男性が青年を退室させた。ここはゲートの近くに建設された軍の詰め所の一室だ。

 目の前の男性の年の頃は50ぐらいか。固められた髪と蓄えたひげが重厚な印象を与える。



「突然呼び出してすまない。私はボルツという。軍で大佐を務める者だ」



 ボルツは立ち上がりもせずに話す。

 この男と会って話すのは初めてだが、時折噂を聞くことがある。汚い手で成り上がったとか、非人道的な実験をしているとか、悪い話ばかりだ。



「余計な挨拶は省きたい。単刀直入に言えば、君がドラゴンの雷を受けて無事でいられた理由を知りたいのだ。教えてもらうことはできるかね」



 なるほど、そう来たか。ゼルガは当然俺の体質や能力について話してはいないはず。俺の身に起こったことは謎が多すぎる。なるべく情報は隠しておくべきと判断したはずだ。あ、そういえばリアーナに見られたかどうか確認するのを忘れていたな。



「条件次第ですね。こちらも飯の種なので」



 俺は短く答えた。はっきり言って腹芸は苦手なんだ。口数は少ないほうがいい。

 しかし、ボルツ大佐の振る舞いの端々から伝わってくる高慢さが鼻につき、俺も少し横柄な答え方になってしまったことは否めない。

 俺の答えにボルツ大佐は表情を変えずに、



「そうか、ではまずこちらから情報を渡すとしよう。君も知っているだろうが、本日、中級区域に現れたドラゴンに対し討伐隊が派遣された。結果は失敗。十分と思われる人員と兵器を運用したが、あまりにも広範に渡る雷攻撃によってわが軍は機能しなかった。このことは一般には公開されていない為、口外しないでもらいたい。」



 俺は頷きを一つ返す。口外しないのはいいが、軍の敗北は俺が呼び出された時点で予想できていたことだ。それに現状でもダンジョン関係者に隠し通せているとは思えない。それをあたかも譲歩してるかのように話すのが気に入らない。



「我が軍は熱と雷に耐性があると思われる装備を備えていたが、まるで役に立たなかった。雷の直撃を受けた兵士は肉片も残さず消滅したそうだ。一方で、君の装備は黒焦げになっていたにも関わらず、君自身は鼓膜が破れる程度の外傷しか受けなかった。そんな手段があるならば我が兵士が何十人と死ぬことはなかったんだがね」



 さっきから気になってたけどコイツ兵士をモノみたいに喋りやがる。軍人にも色々いるけどコイツは特にムカつくタイプの人間かもしれない。



 ボルツがじろりとこちらを見やる。俺は何も答えない。

 コイツに話をするとろくなことにならなそうだ。俺は話さないことに決めた。

 ボルツは沈黙を貫く俺を見ると一度目を閉じ、立ち上がって話し始めた。



「話してくれる気はなさそうだね。残念だ。実をいうと、軍の方も第二陣をすぐに出せるほど軽い被害ではなくてね。ハンターの力を借りられないかと思っていたんだ。するとどうだい、ドラゴンの雷を受けて生還した強力なハンターが居るって話じゃないか。これは是非とも力を借りたい。傷の一つでも負わせて欲しいと思ってたんだ。頼めるよね?」



 ボルツ大佐はそう言うと、はじめて笑みを見せた。

 俺は目の前のおっさんを殴らないようにするのに必死だった。

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