第5話 遭遇

 しばらく検証を続けて、俺の能力について幾つかのことが分かった。


 かつらの装着は俺でなくてもよいが、外すのは俺でなければできないこと。

 かつらに耳や触覚のような器官が付いていた場合、それらの機能を使えること。

 奪えるのは相手の頭部を覆う範囲内のもの全てで、手などが範囲内にあっても問答無用で切り離して奪うこと。



 大まかにいえばこんなところか。

 範囲に関してはでっかいアフロって感じだな。帽子なんかを被っていても帽子ごと容赦なく奪えるようだ。ゴブリンの手首が奪えたのは対象範囲内に入っていたからというわけだ。何だか雑な能力だな。



 獣耳を着けていたゼルガの頭は無事元の状態に戻すことができた。俺がいれば付け替え自由ということだ。

 俺自身こそかつらを着けることができないが、仲間をサポートするにはうってつけの能力?なのか?



 連発しても今のところ疲れる様子もないし、有効に使う機会を積極的に探してみてもいいかもしれない。予想できないような発見が眠っているような気もするしな。



 検証用の獲物を探すうちに、気付けばそこそこの距離を移動してしまった。森林地帯を抜けて見晴らしこそ良いが、来たことのない場所だ。

 能力も大体分かったことだし、帰るか。



「そろそろ帰るか、ゼルガ」



 そう声をかけて、立ち上がる。ゼルガはモンスターの死体をまとめていた。ぱっと見では何体狩ったのか分からない程の数だ。だがゼルガの腕力をもってすれば運ぶのに苦労はないはずだ。



 ――俺たちが荷物をまとめて移動しようとした時、轟音が響いた。かなり近い。そして一瞬光に覆われた気もする。雷のしるしだ。



ゼルガと二人で即座に臨戦態勢に入る。確認するまでもなく空は一面晴れており、雷が落ちる予兆など全く無かった。異常事態だ。



「どこに落ちたか分かるか」

「いいや」



 俺の問いにゼルガが短く答える。まさかとは思うが、雷を操るようなモンスターがいるとしたら俺たちでは手に負えない。一刻も早く逃げる以外に選択肢はない。



 感覚を研ぎ澄まして周囲の音を探ると、足音のようなものを感じた。そして金属が擦れる音も。

 音の方向に顔を向けると、ハンターであろう人間が二人、こちらへ向かって走ってくるのが見えた。ここからでも必死の形相なのが分かる。自分たちの位置に辿り着くまで百歩もない程度の距離だ。二人を追っているであろうモンスターは坂に隠れて未だ確認できない。



 俺は思わず舌を打つ。限りなく最悪に近い状況だ。このまま凶悪なモンスターをなすりつけられでもしたら堪らない。しかし逃げるべき方向は分かった。



 俺はハンター達から逃げるようにして走り出そうとした。その瞬間、先ほどよりも強烈な爆音が轟いた。音というより空間そのものが震えているかのようだ。

 俺は軽くよろめき、思わず音の方向を見ると、走っていたはずのハンター達は見当たらなかった。

 代わりに草原を黒く染める爆心地が二つ現れ、煙を吹き出していた。



 くそったれ。やってられるか。そう口に出す余裕もなく、俺は再び駆け出す。後ろを振り返る時間も惜しい。

 前方には既にゼルガがいた。守銭奴のゼルガも、金になる死体を捨てて流石に逃亡に専念することを選んだようだ。



 頼むから気付かないでくれ。獲物はもう消し炭になっただろ。

 そう思いながら駆け抜けるが、願いも空しく、後方からは大地を揺らす連続音が聞こえる。

 畜生。付いて来てやがる。ゲートはまだか。

 いつもは重さを感じない棍棒が今は重くのしかかるようだ。



 逃げ足というのはハンターの必須スキルといってもいい。

 本当にヤバい時はいつだって必死こいて走り、命を繋いできた。



 全力で走り続け、視界の先にゲートが見えた。流石に、何に追われているのか気になったのか、ゼルガが後ろを振り返る。

 その瞳が大きく開かれ、走る速度が落ちた。後ろを走っていた俺がゼルガと並ぶ。ゼルガのこんなにビビった顔は見たことがない。俺もたまらず後ろを振り返った。



 漆黒の怪物がこちらを見据えていた。巨大なドラゴンだ。長い首はこちらを狙いすますように蠢き、馬鹿げた大きさの牙が光を反射している。頭には大木のような角が一対、反り立っており、肩に備わった双翼の威圧感で大きさが掴めない。距離感もだ。飛行は苦手なのか、四足歩行で這うように迫ってきている。

 特別に大きくもない真っ赤な瞳が、頭にこびりつくように印象に残った。



 アレがどんなに馬鹿でかくとも、やることは一緒だ。俺はゼルガの背中を押し、早く走れと促す。ゲートはもうすぐだ。



 ゲートを渡ったらすぐに閉じさせなければ。こんな奴を引っ張りこむわけにはいかない。

 そんなことを考えた瞬間、空気が変わった気がした。

 特別に根拠があるわけではない。しかし身体が先に動いていた。

 俺は力強く踏み込むと、上半身でゼルガを突き飛ばした。



 そして、光に包まれた。何も聞こえない。時が止まった世界に来たようだ。地面に倒れたゼルガが驚いてこちらを見ている。俺はただゆらゆらと突っ立っている。

 朧気にだが理解する。雷を食らったのだ。キーンと甲高い音だけが頭に響く。鼓膜をやられたか。他の被害はどの程度だ。まるで分からない。

 俺がドラゴンの方を見ると、ドラゴンもこちらを見ていた。移動するのをやめ、真っ赤な瞳は大きく見開かれている。



 ゼルガが素早く起き上がり、俺を手早く抱えた。お姫様抱っこという奴だ。俺を抱えたゼルガはゲートをくぐると、すぐに俺を地面に打ち捨てる。そして胸にかけたドッグタグをダン管の職員に見せ、何事かを叫んだ。

 ダン管の職員は驚いた様子もなく頷くと、すぐにゲートの近くにある機器を操作した。すると俺たちが先ほど通ってきたゲートは元から何も無かったかのように消え失せた。



 俺は地面に仰向けになって、ゼルガに空中から落とされた衝撃で咳き込んだ。とにかく気分が優れない。

 そういやさっきのドラゴンの表情、なんだかびっくりしてるみたいだったな。

 ふと思って少し笑うと、俺は意識を手放した。



*



 中途半端に乾いた口が気持ち悪い。べとべとした不快感に目を覚ました。

 何度もお世話になっている、ハンター御用達の病院のベッドだとすぐに分かった。

 耳は普通に聞こえる。それなりの質の回復薬が投与されたようだ。

 俺は向かいのベッドを整頓している看護師に声をかけて、事情を聞けるように頼む。

 看護師は医者を呼びに行く、と話すとすぐに部屋を出ていった。



 やってきた担当医に話を聞くところ、俺が倒れてからまだ三刻ほどしか経っていないらしい。雷に打たれるという聞いたことのない症例に、ゼルガは最高級の処置を施すよう要求したそうだ。

 医者としても、身体のどこに異常が出ているか分からないため、高価な回復薬で万全を期すことに異論はなかった。俺としても願ったり叶ったりだ。多少の蓄えはあるしな。



 医者の所見では既にケガなどは見受けられないという。心配なのは頭の内部にダメージを負っている可能性で、心配ならもう少し入院するべきだと言っていたが、断った。



 人が容易く消し炭になる雷を受けて俺が生きていられたのは、授かったばかりのこの石頭のおかげだろう。あまりにも攻撃が早すぎてはっきりしないが、俺はおそらく真上からの雷の直撃を受けた。しかしそれが逆に功を奏し、謎のバリアを持つ頭部で受け止めることで被害が抑えられたといった所か。



 本当、何が起こるか分からんな。

 俺は自分の頭を労うようにさすると、詳しい話を聞くべく親友の家へと向かった。

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