第4話 謎の能力②
全ての装備を自宅に置いてきていた俺は、ダンジョンに向かう途中で自宅に寄って装備を整えた。
昨日ゴブリンどもを潰してから放置していた棍棒は、緑の付着物が目立つが使用に問題はない。刃物と違って汚れや消耗が性能にあまり響かない所が棍棒の利点だ。
個人的には攻撃力も刃物より高いと思うんだが、どうにも他のハンターには人気が無いんだよな。外側から内臓も潰せるし、取り回しも楽だと思うんだけど。
そんなこんなで、家の前で待っていたゼルガと共にゲートに到着した。
「とりあえず来たはいいが、どうするんだ?」
「そんなもん俺に聞くな。例の奴はどうすれば使えるか分かるのはお前だろ」
ゼルガが呆れたような顔で話すが、俺も呆れた顔で返す。お前は何のプランも無くここまで急いで来たのか。そう口には出さないが俺の思いはきっと伝わっていることだろう。
さて、例の奴とは黒い光の現象のことだろう。あの時は頭に血が上っていて、今となっては何が何やらという感じだ。
「正直何も分からん。とりあえず人型のモンスターが多いところにでも行ってから考えるか」
ふん、と鼻を鳴らしてゲートへ向かうゼルガ。了承ということだ。結局行き当たりばったりは二人共で、似たもの同士だということだ。
既に行き先を決めたのか、またしてもずんずんと先を進むゼルガの後を追った。
到着したのは中級の入門区域と言われる場所だ。
このあたりのモンスター達は集団行動をとる知能を得ており、途端に厄介さが増す。
死角が多い密林という地形を利用して奇襲を仕掛けられることも多いこの場所は、知能の低いモンスターに慣れた初級ハンターの鼻っ柱を折ることで有名なのだ。
「とりあえず実験用に一体欲しいな」
左手に盾を持ったゼルガが移動しながら周囲を見渡す。力は抜きつつ警戒は怠っていない。いつものゼルガの臨戦態勢だ。
強敵を相手にするときは後衛を二人加えて安定度を高めるが、俺とゼルガの二人いれば基本的には事足りる。
ややあって、ゼルガが歩みを止め、右手でこちらを制止する。モンスターを感知したようだ。
耳を澄ますと幾つかの足音が聞こえる。じりじりとこちらへ迫ってきているようだ。
……数は三つ。このあたりで地面を歩いているとなると、ワイルドコボルトか。
ゼルガとジェスチャーで連携を取り、それぞれ向かう方向を確認すると、二人で頷き合い、即座に動く。
一呼吸の間に距離を詰めると、目の前には獣の頭をした人型のモンスターがいた。やはりワイルドコボルトだ。
俺は剣を構えてもいない敵の頭を、棍棒で斜めに殴りつける。これ以上ないほど見事に決まった一撃で、その獣人は地面に沈んだ。
さて、俺が一体、ゼルガも一体で、と左を見ると最後のワイルドコボルトが呆然と立っている。自分たちが奇襲されるとは思っていなかったんだろうな。人間より優れた嗅覚を頼りすぎたな。
俺は哀れなコボルトに加減をして殴りつける。バックパックからロープを取り出し、倒れたコボルトの手足を縛った。
昨日のゴブリンと同じようなことをしてるなーと思い、コボルトの顔を見るが、雄と雌の判別はつかなかった。
「済んだみたいだな」
ゼルガが、倒したコボルトをロープに繋いで引きずってきた。心臓部に深い傷があり、一撃で絶命させられていることが分かる。
「ああ、一体は気絶させただけだ。そっちのは死んでる」
俺が指で示すと、ゼルガはすぐにその死体の傍に行き、ロープに繋いだ。後で金に変えるつもりなのだろう。
「それで、例の奴は試したか?」
「いや、これからだ。ちょっとやってみる」
俺は気絶したコボルトの対面にしゃがみ込み、記憶を辿る。確かあの時、左手を伸ばしてたよな。頭の中に何か聞こえた気もするが、よく覚えていない。
俺は左の手のひらをコボルトに向けてみる。すると何かが頭の中で繋がった感覚がある。コボルトの頭部を見ると、フサフサの毛に覆われている。暖かそうでいいなあ。その上付きの耳はよく聞こえるのか?
心臓の鼓動が早まる。血なのか、それ以外か、何かが身体を流れているのを感じる。言葉が頭に思い浮かぶ。口に出さなければならない。
「よこせ。その髪」
俺が低くそう呟くと、黒い光が俺の左手とコボルトの頭部を包み、消える。
俺の左手には、コボルトの頭部を覆っていた毛が、かつらのようになり握られていた。何故か耳も一緒になってくっ付いている。
俺はゼルガの方に見やると、腕を組みながら、ポカンと口を開けていた。
コボルトを見ると、頭部だけ赤っぽい色の肌が露出しており、はっきり言って気持ち悪い。羽根をむしった鶏のようだ。耳があった部分には、不思議と出血が見られない。
「なんだ、これは。なんだ」
ゼルガは相当面食らっているのか、俺とコボルトを交互に見て、おろおろとしている。
何だか知らんが、少し気分がいいじゃないか。
俺は手に持ったコボルトのかつらをしげしげと眺めてみる。
モヒカンゴブリンの時もそうだったが、左手に握られた髪の毛は、仕組みは謎だがバラバラにならずにまとまっているのが気になる。
俺はまだ気絶しているコボルトが何だか哀れになり、持っていたコボルト風のかつらを
被せてやった。
すると、僅かに黒い光が現れ、一瞬の間にコボルトの頭部は元の状態に戻った。
なるほど。外すことができれば着けることもできるのか。かつらのようにまとまっていたのはそういう訳か。
……となればだ。薄毛の人間がかつらを手に入れたとなれば、やることは一つだ。
俺は再びコボルトに左手をかざし、同じ文言を唱えた。
先ほどと同じように、問題なくコボルトのかつらが手に入った。
俺は両手でかつらを持ち、自分の頭の上に持ち上げる。ゼルガも俺が何をしようとしてるいるのかを察したようで、じっとこちらを眺めている。
獣耳のおっさんができても、さぞかし気持ち悪かろうが、今は町にいるでもないし迷惑も掛からないだろう。
俺は意を決してコボルトかつらを頭に着ける。しかし、かつらが頭に触れようという瞬間、「ポンッ」という軽快な音が鳴り、かつらが意志をもったかのように飛び上がり、俺の手を離れていった。
「ぶふっ」
様子を眺めていたゼルガが思わず吹き出す。俺はいまいち理解ができず、ただ地面に落ちたコボルトかつらを眺める。
一瞬間を置いた後、俺はコボルトかつらを拾い上げ、頭に乗せようとする。しかしやはり、俺の頭に乗ろうという瞬間、ポンッという音とともにかつらは俺の頭から逃げてしまった。
「ぶはは、ははは、ははは。お前、なんだそりゃ」
ゼルガはいよいよツボに入ったらしい。腹を抱えて笑っている。
ゼルガの反応がそこはかとなく腹立たしいが、俺はこのかつらを付けられないらしい。今度は寂しさにも似た気持ちが心を支配する。
「ゼルガ、お前試してみるか」
俺はかつらを拾い、まだ腹を抱えているゼルガに近づく。
ゼルガはかつらを受け取ると、何やら逡巡しているようだ。
俺は知っている。普段から帽子やヘルメットをかぶっているから目立たないが、お前も相当キているということを。年齢は一つか二つ上だが、ドワーフというハゲやすい人種ということも相まってかなりピンチというかアウトになっていることを。
「まあ、ものは試しだ」
結論が出たのか、ゼルガはかぶっていたヘルメットを外し、地面に置いた。
その頭は頂点から肌色が覗き、乱雑な様相だ。
ゼルガがかつらを頭に乗せると、わずかに黒く発光し、ゼルガの頭にぴったりと密着した。どういう原理か、元の黒い髪は消え去り、元からコボルトの毛が生えていたかのように自然に見える。しかしひげ面のおっさんに獣耳が生えている違和感は拭えない。
「おお、くっついた」
俺が反射的にそう言うと、ゼルガは何かに気付いたようにこちらを見た。
「もう一回、何か喋ってみてくれねえか」
俺は、言う通りにくっついた、くっついた、くっついたと声に出す。ゼルガは耳を手で塞いでいるようだ。人間に普通に付いている耳だ。
「聞こえる。この獣の耳の方にも音が聞こえるぞ」
俺とゼルガは互いの視線を合わせる。これはもう少し検証する必要がありそうだ。
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