第3話 謎の能力
少女の名前はリアーナというらしい。
ダンジョン管理組合、通称ダン管の受付に無事戻り、遺体回収の手続きをしている際に横で聞いていて知った。正直名前を聞くのを忘れていた。
ダン管は一言で言えばダンジョン内の警察組織である。人死にが多く出るダンジョン内では必然荒事も多くなり、解決するためには武力が求められることも多い。
財源は行政に紐づいている他、各種業者とダンジョン利用者の仲介をする手数料が収入源となっている。いちいち金は取られるが、仕事も早く結局ダン管を通すのが一番早くなりがちである。
ダン管に状況を報告する義務はまるで無いため、はっきり言って俺がまだここにいる意味もない。何となく気になって見ていたが、リアーナの受け答えの様子も問題なさそうだし、帰るか。
「じゃあ、俺は帰るよ。達者でな」
俺はそう話すとリアーナの反応も確認せず家を目指して歩き出した。
今日は色々あったなあ。何より驚いたのは俺とモヒカンゴブリンを包んだ黒い光だ。あれは一体何だ?不気味だったなあ。
そういえば今日はフラれた腹いせでダンジョンに入ったんだっけ。嫌なこと思い出しちまった。
ん?何か見知った職員達がやけにギョッとした目でこちらを見てくるな。ああ、返り血が顔にでもかかってるのかな。結構派手にやったし汚れちまったかな。
帰宅した俺はパパっと服を脱ぐとすぐに裏手に回り、水浴びをする。
洗いながら身体を確認するが、思ったより返り血は浴びていないようだ。俺は手早く済ませると、タオルを手に取り身体を拭く。ふと鏡に映る自分が目についた。
「……は?」
鏡にはいつもの見慣れた自分の顔。しかし、そのおでこには見慣れない輪状の模様が、はっきりと刻まれていた。
「なんだ、これ」
俺は何を考えることもなく、手でその模様に触れようとする。しかし、どうにもおかしい。おでこに指が触れた感触がない。
俺は手に持ったタオルでおでこを拭こうとする。しかしおでこにタオルの感触が届くことはない。
まるで俺のおでこの表面に、目に見えないバリアのようなものが張ってあって、一切の侵入を拒んでいるようだ。
「いやいや、え?」
俺は何だか恐ろしくなって、顔中をべたべたと触りまくる。するとどうだろうか。ほっぺたは、感触がある。目も擦れるし、鼻も口も大丈夫だ。しかし、頭だけは、何かに触られているという感じが一切しない。大事に整えていた残り少ない髪も、ツルツルとした感触だけは気に入っていた頭頂部も、まるでそこに壁があるかのように、指が触れることを許さない。
「はあ……」
俺は呆けたようなため息を出すことしかできなかった。
「まあ、寝るか」
そこはかとなく疲労を感じるし、この異常に対してできることもない。俺は寝間着に着替えてベッドに入り込むと、すぐに夢の世界へと旅立った。
*
翌日、俺はある家の扉を叩いていた。
「ゼルガ、ノーデンだ。居るか?」
少し待つと扉が開いた。
ひげ面のドワーフがしかめっつらで顔を覗かせる。
「早くから珍しいな。入れよ。ってなんだ、その頭」
いかめしい表情とは裏腹に落ち着いた声だ。俺は親友であり仕事の相棒でもあるゼルガに、昨日の不可思議な出来事について相談に来たのだった。
俺はその遠慮のない物言いに少し笑って、
「俺にも何がなんだか。とりあえず上がらせてもらう」
と答えた。見慣れた居間に通されると、定位置と化した座布団へ自然と座りこむ。
相変わらず殺風景な部屋だ。しかし綺麗に掃除されているのが分かる。ガサツそうな見た目に反して几帳面な男なのだ。
台所で茶の準備をしていたらしいゼルガが戻ってきて、俺の前のテーブルに茶を置くと、自分は椅子に腰かけた。いつもの向かい合う構図だ。
「実は昨日不思議なことがあってな。相談に乗ってもらいたいんだ」
俺はそう切り出すと、昨日の体験について覚えていることを話した。
ゼルガは最初、何言ってんだコイツ、という顔で話を聞いていたが、俺の真剣な表情から作り話ではないと思ったのか、途中からは腕を組んで唸りはじめた。
俺が一通り話し終えると、一呼吸置いてからゼルガが問いかけてきた。
「それで、気付いたら手の中にあったっていう髪と手首は今あるか?」
ゼルガの問いに俺はポカンと開けた口で答える。リアーナに気を取られて頭が回らなかった。あれがあれば何か分かったかもしれないのに。
ゼルガはある程度予想していたのか特に顔色を変えず、
「無いならしょうがない。とりあえず謎なのはその黒い光の現象とお前の頭だな。黒い光については俺も意味が分からん。本ででも調べてみたらいいんじゃねえか。それよりお前の頭が面白いことになってるのは気になるなあ」
そう言うと腰を上げて俺の方に寄り、頭をペチペチと叩き始めた。しかし俺の頭は一切の音を立てていないことに気付く。叩かれる感触もない。
「ん?音がしないな。髪にも触れない。お前はどうだ」
俺はリズムを付けて叩き始めたゼルガを白い目で見ながら、感触が無いことを伝える。
そういえば頭以外にも一切衝撃が来てないのは不思議かもしれない。
「ほー。これはもしかするともしかするかもな。ちょっと待ってろよ」
ゼルガはそう言うとどこかへ去っていき、すぐに戻ってきた。その手には彼がダンジョンで普段使いしている盾と手斧が握られている。
「おい、まさか……」
俺は思わず青い顔で呟くと、ゼルガは二ヤリと笑う。そして斧をテーブルに置くと両手で盾を持つ。俺の頭の上で。
「行くぞ。加減はする」
ゼルガがそういうと俺は観念して目を瞑り、身構えた。
……しかし一向に衝撃が来ない。目を開けると、俺の頭を目がけて色々な角度から遠慮なく盾をぶつけるひげ男がいた。
「おい、加減はどうした」
「その様子だと本当になんともないらしいな。頭も綺麗なもんだしな」
ゼルガは悪びれもせずそう言うと、盾をテーブルに置く。
「お前があまりにもビビってるもんだからよ、その隙に斧の方も少し試してみたんだけどよ、傷一つ付きやしない。こいつは事だぜ。お前の頭かち割るのも嫌だから、大して強くはしてないけどよ」
ゼルガはドスン、と音を立てて椅子に座ると、真剣な表情で話す。
「しかし、身体の一部分だけが固くなるなんて聞いたこともねえ。こうなると、その丸っこい入れ墨みたいなのも気になってくる。調べるべきだろうな」
石頭の細かい範囲は自分で調べてみるといい、と加えると、ゼルガは立ち上がって奥の方へ消えていった。
斧も使ったと聞いて肝が冷えたが、ゼルガなりの思いやりの結果と受け止めよう。
……そうだよな?
しかし、武器ですら傷つかないというのはどういうことだろう。衝撃を通さず、触った感覚すらないのも固いということを通り越してる気がする。
ダンジョンに潜り続けた人間は身体能力が向上するということが広く知られている。かくいう俺もバカでかい棍棒を苦もなく振り回せる程度にはその影響が出ている。
しかし、根本的には人間のそれであり、身体が鋼鉄のように固くなるなんてことは、おとぎ話の英雄の盛られた話でしか聞かないことだ。
まあ、俺はかなりの石頭だということを覚えておけばいいか。よし。
単純な頭の中身をしている俺は、すっと納得してしまった。いざという時に少しだけ役に立てばよい。難しいことを考えるのは得意じゃない。
俺が一人で納得していると、ゼルガが戻ってきた。戦闘用の革鎧を着込んだようだ。
「こうなるとその黒い光ってやつも気になってくるじゃねえか。行くぞ」
ぶっきらぼうにそう言うと、斧と盾を装備に着けて家を出ていく。
まったくせっかちな奴だ。
俺は目の前の茶を全て飲み干すと、ゼルガの後を追った。
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