第2話 能力覚醒
一刻ほど周囲を探索して、ようやく目当ての洞窟らしき穴を見つけた。これでも運良く見つけられた方だろう。腰の灯りを消すかどうか迷ったが、消さずに洞窟へと入っていく。
少し進むと、奥に人工的な明かりが見えた。ゴブリンは罠を設置するような知恵こそ無いが、簡単な道具程度なら使うことができる。俺の推測が正しいなら、この先にいるのは緑色の肌をした小人どもだ。
俺は腰の灯りを消すと、音を立てないよう慎重に進む。奥の灯りから何やら音が聞こえてくる。声のようだ。ぐギギ、ゴげゲゲと楽しそうにも聞こえる。
やはり当たりだ。俺は推測が当たったことに思わず眉を潜める。右手の棍棒を握る力が無意識に強くなる。奴らが楽しそうに行うことなど、想像もしたくないものだからだ。
急がなければならない。もはや手遅れかもしれないが、考えるより先に身体が動く。
奴らがいるであろう小部屋の入り口から、中をのぞき込む。中はそう広くはなく、全体像が確認できる。ゴブリンは全部で四体、皆が壁の近くで何か作業をしている。部屋の中央には人間の女性が一人、両手両足を縛られて寝転がっている。他に出入口は無し。
行くしかない。
俺は即断すると、まず近くのゴブリンの元へと駆ける。ゴブリンは作業に集中しているようで、俺に気付くこともなく、棍棒によって頭から壁に叩きつけられ、動かなくなった。
鈍い音に反応し、残りの三体がこちらを向く。奴らの反応を待つ必要などない。俺は近くにいた二体に対し無造作に棍棒を振り抜く。二体は腕で受け止めようとするが、たまらず吹き飛ばされた。
そうしている内に、残りの一体が作業に使っていたであろう鉈を手に走ってきた。鉈には血が付着している。俺は苛立ちに眼を細め、タイミングを見極めると、頭部めがけて斜めに棍棒を振り下ろす。小柄な人間ほどのリーチがある棍棒が鉈に後れを取る理由もない。ゴブリンは頭部に甚大な衝撃を受け、ぷゲ、という情けない声を最期に倒れ伏した。
俺が吹き飛ばした二体に向き直ると、まだ地面から立ち上がれないようだった。腕を抑えながら意味不明な鳴き声をあげている。
俺は周囲を警戒しながらゆっくりと近づくと、一体ずつ確実に頭部を潰した。その後、既に倒れていた他の二体の死亡も確認する。辺りの様子から、やはりこの畜生どもは食糧の解体を行っていたらしいことが分かる。大量の血液がまき散らされ、遺体は激しく損傷していて何人が犠牲になったのかはっきりしない。
俺は胸に右の手の平を当てて祈りを捧げる。人死にが出たとき、余裕があればやっている程度のものだ。崇拝する具体的な神がいるわけでもないが、何となく習慣になっていた。
祈りを終え、女性を助けようと歩き始めると、ズサ、と土を踏む音がした。音の方向へ目を向けると、やや大きめのゴブリンがこちらを睨んでいた。
他のゴブリンと違い防具のようなものを装備し、右手には抜き身の剣を持っている。
しかし俺にはそんなことなどどうでもよかった。俺の視線はゴブリンのある一点に釘付けだった。
髪である。
そのゴブリンは緑色の頭に、オレンジがかった茶色のモヒカンを生やしていた。そして睨みつけるように周囲の状況を確認しながら、左手でそのモヒカンを弄んでいる。左から右へ、前から後ろへ、時には全体をしごき上げるように……。
何らかの癖なのだろう。ゴブリンはモヒカンを誇示するように弄りつつ、だが襲い掛かってくる様子はない。
……ふざけるなよ。
俺はこれ以上ないほど
このゴブリンは何だ? 何故俺が全力でも求めても手に入らないものを持ってやがる。何故モヒカンにしてやがる。サイドを剃って真ん中だけ残しているのは何だ? 真ん中が無い俺への当てつけか? ああ!!??
思考は加速する。
ふざけるなよ!!! 物事の道理も分からぬ畜生のくせに髪型だけは一丁前か?なに髪イジって呆けてやがる既に俺の間合いなんだよてめぇのズボン裏表逆だぞダボ。
緑肌のくせして色気づきやがって畜生が人間様に歯向かうんじゃねえお前の部下全員やっちゃったもんね悔しかったら土下座しろやくそがくそがくそがくそがくそがあくそがくそがくそくそくそくそくそ。
頭の中で何か声が聞こえた気がする。妙に頭に熱を感じる。
気付けば俺は左手をモヒカンゴブリンの方へと向けていた。まるで助けを求めるかのように。
モヒカンゴブリンは初めて動きを見せた俺を認め、髪を弄んでいた左手をそのままに一瞬動きを止めた。
俺は今まで人生の中で感じたことのない、使命感にも似た欲望を感じた。それを言葉にし、唱えた。そうしなければならない気がした。
「よこせ、貴様の髪を」
瞬間、光が生まれた。見たことも聞いたこともない黒い光だ。それは俺の左手とゴブリンの頭部を包むと、すぐに消え去った。
後に残ったのは静寂だ。
俺の左手にはゴブリンの頭部にあったはずのモヒカン、そしてゴブリンの左手首が握られていた。
双方、一瞬何が起こったのか分からず停止した。しかしすぐに、ゴブリンは剣を落とすと左手を抑えてうずくまった。
俺としても何が起こったのか理解が及ばなかったが、今がチャンスだということは分かる。俺は左手にあるものを落として棍棒を握ると、ツルツルの緑頭となったゴブリンへ叩き込み、一撃で永遠に沈黙させた。
状況に頭が追いついていかないまま女性に向き直ると、腰に装備したナイフで手足を縛るロープを断ち切る。固く縛られていたのか、手首には赤い痕が痛々しく残っていた。
「ふぉごふぉご、ふぐふぐふぐ」
何やらくぐもった声がして女性の方を見ると、口にも詰め物をされて縛られているのが分かった。生存確認ぐらいしかしてなかったから気付かなかった。
少し動かないで、と声をかけると女性は言う通りにした。俺は口を縛る紐を切断し、口に詰められた汚らしい衣類をつまんで投げ捨てた。
「あの、ありがとうございました」
まっすぐこちらを見る女性は顔面から完全に血の気が引いているものの、特別に傷つけられた様子はない。
「いいんだ。君にケガは無いか?」
「手首は少し痛むけど、大丈夫です。仲間たちに比べたら……」
そう言うと彼女の瞳にじんわりと涙が滲みだしてくる。既に目は泣き腫らして赤かったが、助けられた安心もあるのだろう、次第にボロボロと涙が零れてきた。
近くで見るとその顔は完全に少女で、成人すらしていないのではという様子だった。
ダンジョンの出入りを監視するダンジョン管理組合は基本的に行動に干渉することはなく、形式的に名前や年齢のような情報を書き留めるばかりである。その為、子どもでも誰でも出入りすることは可能なのだ。
「一つだけ教えてくれ、ゴブリンは何体居たか分かる?」
「五体でした。間違いありません」
少女は涙声ながらもはっきりと話した。
なるほど、ちゃんとハンターとして覚悟して来ていたんだな。ぼんやりとそう思った。
「自分で歩けそう?」
「はい」
「仲間たちの姿は今は見ないほうがいい。遺体を回収したいなら街へ戻ってから依頼するべきだね」
「分かりました。ありがとうございます」
「じゃあ、帰ろうか」
立ち上がった少女は脚が震えており、俺は手で支えずにはいられなかった。
しかし少女は視線で大丈夫だ、と投げかけると俺を先導するように歩いていく。
こんな目に遭ったのに気丈だな、と思う一方で、その強さがこういう結果をもたらしたのかな、とも思った。俺は何も言えずに少女の後を付いて歩く。
洞窟にはありえないほど鋭利に切断された手首と、綺麗にまとまったモヒカンが残されていた。ゴブリンの頭に生えていた時と全く変わらぬ状態で。
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