バーコード

白夜

第1話

本堂叶多の場合。

 

 ぼぉーーーん。

 曇天。淡い霧が視界を覆うAM 11:28 。

その中で少し濁った貿易船の警笛が行き交う人のBGMとして届けられた。

此処は、新大日本帝国の中央都市トーキョーの五大港の一つ、トーキョー湾。関東地方にある太平洋に向かって南へ開けており、海風が常に人々の髪をあおっている。

 水滴が凍結して滑りやすくなった煉瓦タイルの上を、凹凸のある靴底の革靴で闊歩する少年が一人。

その少年は少しい様な格好をして居た。金の釦が眩しい制帽を鼻の頭まで深く被り、首を締めんばかりにきっちり上げられた襟締(ネクタイ)は襟元で正三角形がでんと居座っている。シワひとつない背広の上下、触り心地の良さそうな靴下、そして艶のないしっとりとした質感の革靴という出で立ちだ。

何れのパーツも月明かりの無い新月の夜の如く全身真っ黒な装い人間が道を歩いているというのに、大通りにいる人間は誰一人彼に興味を持つことはない。誰もがまるで、その人間の存在自体を認知していないかのように、少年を決して視界にとらえようとしない。

 

それは当然のことだ。

だって、そう仕向けているのは、その少年自身なのだから。

 

ジジ…

 耳元の無線機からノイズが走った。周囲の音にかき消されないようにさらに耳に機械を押し込む。

 

「此方、今回の指令につきました斎藤。本堂、応答を願います。」

「はい、此方本堂です。斎藤さん本日はよろしくお願いします。」

 

 通信機の奥で、はっと息をのむような音がした。

 え、なんだ。

 

「えと、斎藤さん?」

 

 なにかあったのかと、不安になった叶多が小声で名を呼ぶと、いやいや、と慌てた声が返ってきた。

 

「いや、本堂さんが噂と違って、とてもいい人そうなので…」

「…ははは」

 

 本堂は苦笑した。突然の斎藤の非礼に思うところもあったが、本堂自身もどんな噂が広がっているか重々承知だからだ。

 本堂もお噂はかねがね…と内心ため息を吐く。

 確か、最近聞いた噂は「色狂いのタナトス」であったか。

 タナトス、はギリシャ神話の死神を指す。まぁつまりはビッチ死神呼ばわりされているわけである。他にも、本堂の血の色はきっと黒に違いない、とか、心をもっていないのだとか好き勝手に言われているから、何だかもうどうにでもなってくれ!と本堂はやや投げやりになっている節がある。

 

「まぁ、俺が貴方の安心に添えるかどうかは自信がないですが、今日はどうかよろしくお願いしますね」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 元気のよい斎藤の声に、多少の不安がよぎったが、そんなことも言っていられない。この世界で、行動中に信頼できるのはこの無線から聞こえてくる仲間の声と自分自身だけなのだから。

 

 改めて決意を固めるように、両の拳を軽く握りしめた。力が入りすぎないように、気を付けて、そっと。

 

「今日の本堂さんの任務は、港のパトロールですね。人通りが多い分、一般とのすれ違いの危険性が高いですからくれぐれも気を付けてくださいね。」

 脚本通りの指令に、本堂はふっと息を素早く吐き出した。

「了解」

 

 

 

 

 特別軍部____それは、新大日本帝国の平和を守るために設立された絶対機密の組織である。中学卒の青少年だけで構成され、日々「世界平和」というスローガンを胸に全国を駆け回っている彼らは、実に損な役回りを演じている。

 というのも、彼らは他の誰よりも人のために血涙を流し、その身を削りながら働いているというのに、一般に認知されていない存在だからだ。

 彼らは新大日本帝国にまさに最終兵器といえる存在である。故に世界のどの国にもその存在を悟られてはならないのである。

 敵を欺くにはまず味方から。そうやって集められたのは、身よりも国籍も持たない子供たちであった。

 女は弱いし、いずれ集めた子供たちとの間に子供を生まれては困ると、全員その場で射殺された。そしてその惨たらしい景色を見た少年たちを恐怖によって支配、念のためその少年たちが関わってきた人脈をたちに立って、完成したのがこの特別軍部という組織なのである。

 少年たちの人脈たどりに一躍買ったのは、完全情報化法という1946年に施行された法である。今までは戸籍によって管理してきた日本に存在する人間の情報をさらに正確かつ完璧に掌握するために提案された、人間一人一人にバーコードを項に刻み行動、考え、出来事全てを情報化し、記録して管理できるようにするというものだった。

 身よりも国籍も持たない人間であってもバーコードを所持するものがほとんどである。なぜなら、バーコードを持たない人間はすべからく人間らしい生活が一切送れないからだ。店で物を買うにも、市町村一つ入るにも、公道を歩くにしても、人々はバーコードの提示が求められる。つまり、バーコードを己の体に刻み込むことができなかった人間はとうに飢餓で死んでしまうのである。もちろん例外はある。バーコードを持たずに生きていけるものも少ないながらも存在する。しかし、そういう存在が横行するのは政府には都合が悪く、彼らを“異人”と蔑称し、徹底的に排除した。

 つまり、バーコードを刻まれた、ある程度裕福な生活を送ってきた法外の孤児院から連れてこられた子供たちは、徹底的に今までの足跡をたどられ、関わった人間たちをことごとく抹消されたのである。

 少年たちの多くは精神を酷く侵され、精神が不安定なものや口がきけないものなどが多く存在していた。

 彼らは、政府によって操られ、愛国心を植え付けられ、そして祖国の為なら命を失うことすらいとわない、人間兵器として第二の生を歩みだしたのである。

 

「といっても、今はそんなに厳しいわけではないんだよう。なんたって時代は進化しているわけだからね。日本の政治家さんたちは考えたのさ。どうすればもっと効率よく、操り人形さんたちを集められるのかなってさ♪」

 

 ピエロの格好に扮した背の高い男は軽快なタップを踏みながら、机の前で座っている少年にねぇと笑いかけた。

 

「気になる?気になる?どうやって、どうやって、もっと簡単に従順な子供たちを集めたのかなってさ!気になるよね?ね?ね?」

 

 少年は全身を震わせていた。…決してたのしくてたまらなくなって笑っているのではない。少年は恐怖していた。目の前で行われている軽すぎる殺戮に。地面に散らばったお手玉のごとく投げ捨てられた家族の生首に。それをやってのけた男の存在に。恐怖していた。

 

「気になるって言えよ」

 

 先ほどまでリズムよく踊っていた存在が、瞬きの一瞬、少年の眼前まで詰め寄ってきていた。今までの猫なで声から一変して、唸るような低音が赤く縁取られた唇から発せられた。

 粉で真っ白になった、コンクリートのようにざらついた皮に、幼児の落書きのような赤や青などのビビットな色彩が広がった顔面は、ぬらりとした人血に濡れ、恐怖と狂気を体現しているようだった。

 

 椅子に縛り付けられた少年は恐怖で声すら出せず、代わりに下の口からは尿やら人糞などが下着を汚し、足元から異臭をさせている。

 

 ピエロは少年を嘲笑った。

 そして、囁いた。

 

「仕方ないな。小便糞垂れ小僧の君に特別にお教えしよう。実践だ!やったね!どうやって従順な可愛い子にするかだって?

簡単さ。こうやってね、君の…を…して、何度も何度も、‥‥のさ!

また始めよう、ボクと初めまして、をさ♡」

 

 

 

 

 本堂叶多は軍に属して、約2年たつ。

 最初は危なっかしかった作業も、今はそつなくこなせるとこまで成長していた。

 周囲を注意深く観察しながら、行き交う人々の間を一切触れることなく掻い潜ることなど造作もない。

 

「どうですか。何か変わったことは」

「うーん。普段と変わらないかな。相変わらず、騒がしくて、相変わらず犯罪が横行してる」

「だ、だめじゃないですか!横行していちゃ!そこに向かいましょう!」

 

 慌てた声を出す斎藤に本堂は思わずといった様子でくす、と笑ってしまった。

 ごめんね、と片手で口元を押さえて、いやに優美に色っぽい動作で肩を揺らす。

 

「何がおかしいんですか!」そう斎藤が本堂に食ってかかる。

 すると本堂はいや、懐かしくてつい、とこぼした。

 

「斎藤さん…いや斎藤君って多分、16回生でしょう。去年入ってきて、このオペレーターも初めてか二回目なんじゃない?」

「そ、そうです。自分は16回生でこの任務は初めてですが…」

「やっぱり!」本堂は小さく胸の中で指を鳴らした。それでも周囲にはその音を拾うものはいない。

「そうだと思った。俺も先輩になったってことかな。うれしいやら悲しいやら。」

「多分、おめでとうございます、で僕が言うことはあっていると思います」

「そして、このクエスチョンにおいて、おめでとうございますを選択する当たり、やっぱり16回生って感じだ。初々しいね。おめでとうか…ありがとうって返しておこうかな。」

 

 本堂は地図上に示された巡回ルートをそっと外れると、横道の長い石畳の階段を軽やかに上りだす。その先には観光客を狙った店がずらりと並び、相変わらず人でにぎわっている。人の波でごった返している中、本堂の体はまるで透けているかもしくは軟体動物であるかの如く難なく逆流し、そしてある場所にたどり着いた。そこはとある建物の隙間の入り口であった。そのあたりだけ時間がくるっているのか、宵闇がおりているかのように暗く、一歩先は全く見えない。

付近の人通りはぐっと少なくなり、海風がダイレクトに本堂の頬を打つ。

 

「じゃあ、君には先輩として教えてあげようかな」

 

 本堂はそういうと、何の気負いもない軽い歩調で、その闇の中に足を踏み入れた。

 本堂のよどみのない歩調に、斎藤が感嘆の声を上げたが、本堂は苦笑して、

 

「こんなもの、暗闇とすら呼べないよ。」

 

とだけ答えた。その笑みは17歳の少年とは到底思えないほど、何とも言えない寂し気なそれだった

 

「まぁ、君は僕の視線越しに情報を共有しているわけだから、ここは暗闇というくくりの中の一つに過ぎない。だけどね、暗闇っていうのは種類があるんだ。その違い、君にはわかるかい」

「なんですか。実際計器で測ってみたら、暗闇にも濃度の違いがあるとか、ですか?」

「違うよ。」

 

 本堂はつかつかと迷いがなく進んでいく。そしてたどり着いた先は、錆びれた赤茶の扉の前だった。

 

「ここは?」

「ふふ、それは今からわかるよ。さぁ入ろうか」

 

 本堂はドアノブに手をかけて、ゆっくり音もなく開いていく。さすがの技術である。特攻隊には扉一つを開けるのも技術が必要だが、本堂は難なく開けることに成功している。

 扉を開けるにはまず、周囲に他の人間がいないかの確認、扉奥に人間がいるかどうかの確認、そしてきしむ音すら上げないように扉を開ける技術が必要不可欠なのである。

 加えて、鍵が閉まっていた場合、素早く解錠する技術も必要になって来るのだ。

 斎藤はこの一瞬にどれだけの高難易度の技が披露されたのか察してしまい、息をのんだ。本堂は自分より一歳しか年が違わないという。それなのに、こんなにも差出るものなのかと半ば愕然としてしまう。

 本堂はその心中をなんとなく察してしまい、苦笑したがフォローの言葉をかけることはしなかった。

 こればかりは簡単に誰でもできるようになるとは到底思えなかったからだ。本堂は技術がこのレベルになるまで血のにじむ努力をして手に入れた。しかし、それだけじゃ手に入らないものもある。本堂はそれを知っている。そして、この格差社会が如実に表れたこの軍部に入ってきた斎藤ももちろんのこと。

 

「暗闇っていうのは、人を時には不安へ陥れ死へと誘い、また人に安心感を与え身を守ってくれる。表裏一体の、リバーシみたいなものかもしれない。

 その刹那的な存在を、確固たるものへと変えていくには、認識を一切変えていく必要がある。暗闇は得体のしれないもの、という認識を捨て、確かに存在する仲間という新たな認識。そう、斎藤君。闇とは元来人間にとっては悪だ。人間は暗闇中では何も見えないし、何も見えなければ、何をすることもできなくなる。行動を奪われてしまう。」

 

 気が付かぬうちには、本堂の口数は多くなっていた。今、一般人に見つからないように細心の注意を払わなければならないという瞬間の中に身を置いているにもかかわらず、本堂の心音はバクバクと回数を上げ、吐く息も荒くなっていっている。

 まずい、気配を悟られてしまう。

 そう、判断を下した斎藤が注意をしようと口を開いた瞬間、

「その必要はないよ」

 と本堂にすばやく諭されてしまった。

「この空間でどこまでが安全なのかという判断を正しく下せるのは俺だ。」

 斎藤は気圧されて、うまく返事ができなかった。本堂の纏う雰囲気が先ほどの春の花畑のような健やかな空気は霧散していた。そこにあるのは、殺伐とした草木の生えない暗雲の立ち込める、暗澹とした荒野。

 本堂はよくしゃべった。

「でもね、斎藤君」

 斎藤の口を縫い留めるように、本堂は彼の名を呼んだ。

「いずれわかると思うけれど、俺たちにとって暗闇は何よりも安心できる存在なんだ。笑えるだろう。人間は闇中では無能になり下がるのに、俺たちは光の当たらない場所へ逃げ延びてはじめて、それらしく振舞うことができるんだ。人間らしく、生を全うできる!はは、なんてことはない。俺たちは誰かの影なんだ。君は足元に影があったって普段は気にすることもないだろう。当たり前だ。日があたっているのだから、影は当然俺たちの足元にあるものだっておもうだろう。だけどね、斎藤君」

 

 気が付けば、本堂はその手には一丁の黒光りの拳銃が握られていた。いつ抜いたのだろう。そして標的はどこにいるのだろうか。

 暗闇を未だに自由に見通せない斎藤には、本堂がただ暗がりに向けてむやみに銃身を向けているようにしか見えなかった。だけど、司令塔の責任者や教育係の先輩はそれを止めはしない。

 

「影が存在しなければ、人間は生きていけないんだよ」

 

 鈍い、無音の銃声が鳴り響いた。それはわずかに空間の空気を僅かに揺るがす程度の本当にわずかなものだった。しかし、銃口から弾は発射され、それは部屋の暗がりにいた男の脳天を貫いた。

 本堂がわずかに上がった硝煙の方に向かうと、サウンドからわずかに泣き声が聞こえた。若い、いや若すぎる、まだ幼い女の子の声だ。

 

「…この扉の奥ではね、よく女の子が連れてこられるんだ。動機っていうのは様々なんだけど、ほとんどは異能力狩り。」

「異能力狩り…」

 

 異能力狩りとは、1946年以降急激に増加した、普通ならざる能力を持つ人間を狩る行為である。多くの人間は持つことはないが、バーコードを人間の項に刻むようになって以来、たびたび、生まれてくるようになった。異能力と一口に言っても、人によってもつ力は異なる。手のひらから火が生み出せる者、足が異常に早い者、獣に変化してしまうもの、物を触れずに浮かせるもの、様々だ。

 人々は異能力者をあまりよく思わなかった。自分にない能力を他人が保持することが許せなかったのかもしれない。単純に気味悪がったとも、恐怖に感じてしまったのかもしれない。とにかく、人々は異能力を持つ少年少女を徹底的に非難した。隣の家の子供が何かおかしい力を持っているとわかれば、すぐにその家の扉に張り紙をして「悪魔を殺せ」と脅し、ガラス窓に向かって、石を投げにいった。

 精神的にも体力的にも参ってしまった両親は異能を持つ我が子を殺したといったニュースが多く流れ、しかしその親たちは決して「人殺し」として罪に問われることはなかった。

 政府が合法化してしまったのである。1961年に正式に法により、異能力をもつ子供を殺すことは認められ、異能力をもつ子供はさらに数を減らした。

 しかし、殺さない両親も存在する。子供が異能力を持っていることを他人にひたすら隠し、ひっそり生き残った子供もいる。

 しかし、その子どもを狙うある存在があるのだ…

 忌み嫌われた少年少女は、ある種の利用価値が現れる。

 それは……

 

「斎藤君は知ってるのかな」

「は、はい。講義で習いました。異能力を持つ子供はそれぞれ利用価値があると。男は戦争に大いに活躍でき為、外国に高く売るつけることができる。そして女は、子供のうちに膣に精液を流し込むと、異能力を自分のものにできる…」

「そう、今その現場だったわけ。でも僕たちが出しゃばったところで、彼女に駆け寄って助けることもできない。こうやって男を殺すことしか、できない。そして、俺たちの存在を悟られてはいけない。この世の誰にも。わかった?」

 

 本堂はかちゃん、と再び銃口を構えた。

 もう、撃つべき悪人はいないはずだ。しかし、本堂は銃口を下げようとはせず、静かに標準を合わせている。

 悪人はいない。しかし、抹消せねばならない不安要素がある。迷いはない。

 

「わかりました?僕たちはこういう生き物なんです。よく言うでしょう。“死人に口なし”って」

 

 彼らの項に刻まれたバーコードは黒く塗りつぶされていた。

 

 

「どうだった、初めてのキャプコムは」

「なんか、自分はまだまだだと思いました」

 斎藤は本堂とのに任務を完了させると、無線機を頭から外して肩を落とした。

 斎藤自身も異能力を所持し、地元でもトップクラスの力があるとみなされ、入隊してきたのだが、やはり周囲には県一の能力者などここにはごろごろ存在している。少しでも気を抜けばすぐに落ちこぼれの仲間入りだ。

 キャスターのついた椅子ごとなんとなく後ろに滑ってみる。なんだか、やっとたどり着いた目的地だった軍への入隊の先に、まだまだ目指すべき道があるというのは、斎藤には少し厳しいものに思えた。しかし、今日受けたショックも眠ってしまえば、明日には自分を動かす原動力になるほど、自分はポジティブである自信はあるから、今日ぐらい苦しんでもいいかなとも思う。本当にいい経験だった。

 何してんだよ、と苦笑しながら近づいてくる先輩である高須季に斎藤は尋ねた。

「それにしても、本堂さんは凄かったです。ほんと同じ隊として尊敬します。」

「ああ、あいつは特別だからな…」

 高須季は複雑そうな顔をした。そういえば、先輩も同じ回生だったか。

 そう思って、純粋な興味で斎藤は聞いた。

「先輩は本堂さんとお仕事されたことあるんですか?」

 その瞬間、高須季の顔はさーと蒼くなった。

 

 

 革靴の底がかつかつと大理石の表面とかち合う音がだんだんと近づいてくる。

 その足音の持ち主は本堂叶多その人だった。

 本堂はまっすぐに廊下を歩いている。彼はある指令を受けていた。

 

「ここか」

 

 本堂はぽつりと一人零す。彼の目の前には丁寧にニスで艶出しされた焦げ茶色の重々しい扉がある。そっと扉に触れれば、押戸であったようで、その部屋は簡単に開いた。

 その中に入ると、にやにやと気味悪く笑う細身の男がやぁと声をかけてきた。

「ご機嫌かい?」

「いえ。別に」

「おや、それは可哀想にね」

「今日の僕に頼みがあるっていうのは」

「ああ…、これさ」

 

 指さされた場所には、一人の大柄の男が台座に縛り付けられていた。分厚い縄で何重にも縛り付けられ、もう相当痛めつけられたのであろう。男は四肢を投げ出して、ぐったりとしたままピクリとも動こうともしない。

 

「この男、口が岩のように硬くてね、どうしてもしゃべらないのさ」

「見たところ、スラブ系の方の様ですが」

「そうなのだ。しゃべる言葉は露西亜語だし、全く露西亜語以外は全部しゃべれるのにさ。困っちゃうよ」

「…わかりました。この男に情報を聞き出せばいいんですね。僕がやりましょう」

 

 細身の男はパチンと手をうって喜んだ。

 

「そういってくれると思っていたよ。頼りにしているよ、俺たち拷問係の期待のエースくん☆」

 

「生者には口はありますから」

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