第20話



 対面に座るのはDMでやり取りをしていたストーカー。

 体育会系のようなツーブロックの短髪。金髪で、両耳にピアスがついており、じゃらじゃらしたドクロマークのネックレスやブレスレットをつけている。

 見る感じ俺より年上の、活発な好青年。

 俺が想像していたのはもっと小太りのおじさんだ。


「あ、あなたって最近女の子の近くにいる男じゃないですか!?」


 DMの言葉遣いが嘘のよう。

 声質も好青年のそれで、少し前までDMのやり取りをしていたのが本人なのか疑うほど印象が違う。


「あれ? もしかして違いました? もぉ〜なんとか言ってくださいよぉ〜」


 駄々をこねる子供みたいだ。


「その通り、俺がその女の子の近くにいる男だけど」


「なるほど! だからあなたはDMで『片思い』って言葉を使ってたんですね。納得納得」


 うんうんと、首を縦に振り。


「でも、あなたがやってることって片思いをしてる人のそれじゃなくて、ストーカーをしている人のそれですよ?」


 首を横に傾けてきた。 


「本人から何を使ってるのか教えてもらったんだよ。ストーカーとか、そういうんじゃないから。公認だから」


「へぇ〜。いいないいな。俺にも女の子が使ってる枕とか色々教えてくださいよぉ〜」


「ストーカーには教えない」


「ちぇ、ケチケチ! ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん」


 男は拗ねた表情をしながら、定員にコーヒーを頼み始めた。


 今の会話で大体わかったが、この男は凛香さんの本名を知らない。普通のストーカーがどういう感じなのか知らないが、名前を呼ばないのは不自然だ。

 次にわかったのが、この男は引く気がないということ。口ではラフな感じに喋ってるが、言葉に重みがある。これは、俺が片思いをしていた頃によく似ている。


「ストーカー。気になったんだけど、その女の子とは何処で出会ったの?」


「道路さ道路。たまたまハンカチを落として、それを拾って俺に手渡ししてくれたのが出会い……さっ!」


「それからストーカーを始めたと」


「そうだよ。いやぁ〜あれからもう半年か。尾行してたせいでやってたバイトはクビになったけど、女の子のことをもっと知れると思えば、かすり傷にもならなかったよ」


 この男は……。


「狂ってる」


「はははっ! 狂ってなきゃ、人のストーカーなんてしないさ。あなただって、同級生じゃなかったら俺と同じ立場になってますよ?」


 事実なので否定できない。


 この男が抱いているのは、俺と同じ凛香さんへの一方的な恋心。好きで好きで好きでたまらないんだ。俺もそうだから気持ちがよくわかる。


 でも。


「だからといってストーカーは犯罪だろ」


「そうでもしなきゃ、あの女の子のことがわからないじゃないか。全く。あなたは高校生だからこういうことには疎いんだね」


 決め顔をしながらコーヒーを口に含んだ。


 余裕を決め込んでいるように見えるが、この男が言っていることは到底理解できない。


「高校生だから疎いとか、あんたバカじゃないのか? 女の子のことが分からないのなら犯罪以外の方法で近づけばよかっただろ。なんと言おうが、あんたのしてることは犯罪以外のなにものでもない」


「たしかにあなたの言っていることは正しい。でも、好きな人のことを追いかけることにおいて、犯罪だとかそんなことどうでもよくないか?」


「よくないに決まってるだろ」


「あはは……。あなたって、そんなに俺のこと嫌いなの?」


「好きな人のことをストーカーしてる奴のことを嫌いにならない方法を教えてもらいたい」


「俺みたいに気楽に生きることかな」 


「だから犯罪者が生まれるのか」


「――チッ」 


 舌をうちをされたことによって、ピリついた空気になった。

 さすがにいくら凛香さんから離れてほしくても、今のは挑発しすぎてしまった。

 男はわざとらしくコーヒーカップを勢いよくテーブルに置き。


「あーあーさっきからゴタゴタうっせぇな。お前がどうこう言おうが、俺は女の子のストーカーはやめねぇよ。話したいことはこれで終わりか?」


 好青年という言葉を一切感じさせない言葉遣いで、俺のことを睨んできた。


 ようやく本性が現れたってところか。


 怯まず睨み返そうとしたが、その瞳に負けた。


「あ、あんたは犯罪者だ」


「そんなこと、さっきから聞かされてるわ。もう終わりならいいか? 俺はこれから女の子のことを観察しないといけねぇーんだよ」


 一見ストーカーに押されているように見えるが、俺の勝ちだ。

 なぜならポケットに家を出たときからスマホをつけっぱなしにしているので、会話をすべて録音してるからだ。

 あとはこの録音したスマホをストーカーに出して……。


「あ」


 スマホの充電、切れてた。


「チッ。もうお前なんかに付き合ってる暇ねぇんだよ」


 男は席を立った。出口に向かっている。

 俺はまだ目的を果たしていない。

 引き留めようとしたが、それよりも先に。


「お客様」


 喫茶店の店員が男の前に立ち塞がった。


「あぁん? コーヒー代ならそこにいる一緒にいたやつが払うから出させ」


「外に警察がお待ちです」


 


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 

 

  


 喫茶店の店員さんが俺たちの会話から違和感を感じ、警察に通報してくれていたおかげで、ドジをかましたが結果的にストーカーに勝った。

 事情聴取として俺も警察署に行くことになり、スマホを充電して録音を確認していたこともあって、外に出ることができたのは空が真っ暗になる時間帯。

 ちなみに録音はちょうど喫茶店に入ったところで途切れていた。


「お母さんになんて言い訳しよう……」


 夜になっても帰らず心配しているお母さんへの言い訳を考えているが、達成感の方が大きかった。

 ストーカーが捕まって嬉しい。

 だが、俺の心は離れている。

 多分あの男が俺に似ていたせいだ。

 あの、一方的な片思いをしている姿。

 もし別の立場だったらと、喫茶店で言われたことが心に引っかかっている。


「なんなんだよ」


 自分で考えてることがよく分からなくなり、街灯の下で足が止まった。


「はぁ」


 ため息が漏れた。

 電柱に寄りかかる。

 今日あったことは絶対凛香さんには言わない。そう思っていたが、俺はすがるように凛香さんへと電話をかけていた。


 ――プルルル――プルルル


 数秒後。


「本当に柳くんの方から電話かけてくるなんて思わなかったよ。もしかして、私の声が恋しくなった?」


 少し嬉しそうな声。


「……はい」


「ま、まじなんだ」


「まじです。本当に凛香さんが恋しくなっちゃって」


「そう……。じゃあ今から会う?」


 夢のような提案だ。


 だが。


「いえ、大丈夫です。俺は電話で声を聞くだけで十分ですから」


「ふーん。それならいいんだけど」


 今凛香さんと会ったら、正気でいられる自信がない。


「なにかあったの?」


 勘の鋭い質問だ。


「なにもないって言ったら嘘になります。でも、気にしないでください。凛香さんが思うようなことではないと思うので」


「そっか。じゃあもうこれ以上質問しないね」


「ありがとうございます」

 

 会話が繋がることはなかった。

 数秒沈黙が訪れる。が、凛香さんとの間で生まれた沈黙だと思うと不思議と心が安らいでいた。


「そういえばさ」


 スマホから凛香さんの吐息混じりの声が聞こえてきた。


「今日の夜空ってすごい綺麗だよね」


「そうですか?」


 夜空を見上げるが、ただの真っ黒な空だとしか思えない。


「綺麗だよ。普段はもぉ〜っと星が見えないんだから。ほら、この前プラネタリウムに行ったでしょ? さすがにあんな感じじゃないけど、あそこで見た星は綺麗に見えるよ」


「へぇー……」


「例えば、ちょっと西よりに強く光る星が4つあるの見える?」


「あぁ、はい。見えますね」


「あれが秋の四辺形って言ってね。ペガスス座α星と、ペガスス座β星と、ペガスス座γ星と、アンドロメダ座α星の四つの星を繋げてできるやつなんだよ。なんかすごいでしょ?」


 魔法の詠唱をしてるのかと勘違いしてしまう。


「ええ。説明だけを聞くとなんかすごいですね」


「ちなみにこのペガスス座っていうのはね……」

 

 凛花さんから星の説明を事細かに受けたおかげで、いい感じに心の整理がついた。

 なので。


「じゃあ、おやすみ」


「はい。おやすみなさい」


 電話を切り家につく頃には、俺の心は雲ひとつない晴天の空のようの澄んでいた。


「あぁ。お母さんになんて言おう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

片思いしているクラス一の美少女に裏アカで愛のメッセージを投稿してたのがバレてた でずな @Dezuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ