第19話



 突然だが、俺が投稿している凛香さんへの愛のメッセージが一夜にしてバズった。

 いいねが11万。コメントが1万にも及ぶバズりだ。

 バズったのは寝る前に投稿したもの。

 正直通知を見るまで何を投稿したのか覚えていなかった。それに、俺の投稿にバズる要素なんてないのでなにかの間違いだと思っていた。


 だが。


『うへうへうへ。あの人と同じ枕で寝るニョ〜ん。これで一緒に寝てるのも同然だね』


 投稿内容を改めてみて、バズった理由が大体わかった。

 自分でも度が過ぎていて気持ち悪いと思う。 

 投稿を見た人たちも同じようで。


『きょすぎだろ』

『あれだ。こういうやつ、好きな人が使ったリコーダーを家に持ち帰るようなやつだろ』

『もう一度義務教育を受け直したほうがいいのではないでしょうか。提案ではなく、世のため人のためもう一度やり直してください』

『こういう男が同じ地球で酸素を吸っていると考えると鳥肌が立つ』

 

 気持ち悪がるコメントや、俺のことを批判するようなコメント。

 コメント欄は荒れに荒れまくっているが、俺の心に刺さるようなコメントは一つもない。なぜなら、すべてその通りだからだ。


 もちろんというべきか、DMの数は99+。

 ざっと目を通す限り、俺のことをばかにするようなものばかり。


「ふっふっふっ」


 まるで物語の悪役のような不吉な笑いをしながら、一つ一つDMに凛香さんの良さを返そうとした。

 そのとき。


 ――プルルル――プルルル


 電話がかかってきた。

 スマホの画面に映るのは『凛香』の文字。

 それを見て飛びつくように電話に出た。


「り、凛香さん。おはようございます。こんな朝からどうしました?」


「どうしました、じゃないよ! 柳くんバ、バ、バ、バズってるじゃん!」


 声だけで興奮しているのがわかる。


「バズってますね。俺、さっき起きて気付きましたよ」


「ふーん。……って、そうじゃなくてバズって柳くんのことネット記事になってたよ」


「まじですか」


「うん。『この世からはストーカーが消えることはない!』っていう見出しだった。柳くんのことをストーカーだなんて、勘違いにもほどがあるよね」


 ぷんぷんと怒る凛香さん。

 

 あのバズった投稿や過去の投稿を見たら、俺のことをストーカーだと思うほうがちゃんとしてる人だと思う。

 

 凛香さんは俺の内面も見てくれているので、こういうことを言ってくれている。


「凛香さん。でも、何も知らない人があの投稿を見たら勘違いしちゃいますよ。……いやそもそも勘違いか怪しいですけど」


「そうかな。なんか、私は柳くんのことを一方的にバカにされたから気分悪いんだけど」


「ここはその気持ちは沈めてくださいね。もしなにかしたら、凛香さんの方まで流れ弾食らっちゃいますから」

 

「……わかった。柳くんの平気そうな声聞こえてよかったよ」


「俺も寝起きで凛香さんの声を聞けて嬉しいです。今日は最高の日になる予感がします」


「ふふふっ。私は神様じゃないからね。……って、。そういえば私これからやることあったんだ」


「やることってなんですか?」


「ん〜? 家事」


「……できるんですか?」


「りょ、料理はできなかったけど、洗濯物を干したり畳んだりはできるからね。もしかして柳くん、私のことバカにした?」


「いえいえそんな。好きな人のことをバカにするなんて、そんなことしないですよ。ちょっと心配になっただけです」


「ふーん……」

 

 どこか不満そうな声。


「ま、いいや。じゃあ私はやることあるし……。というか話の流れには全くないけど、私に気軽に電話かけていいからね。ほら。それこそ寂しいときとか」


「まじですか?」


「まじなのです」


「じゃあ今度は俺の方から電話、かけさせてもらいます」


「うん。じゃあ電話してね」


「……はい」


 数秒、どっちが電話を切るのか無言の駆け引きをし、俺から電話を切った。


 話し込んだわけじゃないが、俺は休日だというのに朝から凛香さんの声を聞けて大満足。

 体を起こしていたはずが、喜びのあまりふにゃふにゃとベットに横になっていた。


 もちろんスマホはDMの画面。

 これから一日をかけて布教活動をする。

 ……予定だったが。


「ん?」


 一つの怪しげなアカウントに目が奪われた。


 アカウント名は『あ』。アカウントを作ったのは今日で、何も投稿していない。フォローをしているのは俺だけ。

 これだけで目は奪われない。

 奪われたのはその送られてきた内容だ。

 

?』


 これだけではない。

 次に送られていたのは、見覚えのあるマンション。それも見覚えのある夕焼けに、見覚えのある女性の人影。


「っ!!」


 声が出なかった。

 この画像に映っているのは、凛香さんと凛香さんが住んでいるマンションに間違いない。

 送ってきた一文から察するに、このDMの送り主は本物の凛香さんのストーカーだ。


「まじかよ」


 すぐに凛香さんに連絡しようと思った。だが、凛香さんに余計な心配をさせてしまう。

 その思いが冷静な判断を鈍らせ、この件は自分だけの力で解決しようということになった。


 とは決めたものの。


 どうすればいいのかわからない。

 俺がしたいのは、このストーカーが凛香さんのストーカーをやめることだ。

 まずは議論を交わさなければ、その可能性はゼロ。


『今まで寝ていました。文を見て疑問に思ったのですがお前もそうなのか、ということは具体的にどういうことを指しているんでしょうか?』


 返答は、俺が一人で朝ごはん兼昼ごはんの作り置きされていたチャーハンを食べているときにきた。


『あの子だよあの子。お前もあの女の子のストーカーをしてるのかって聞いてんだ』


 乱暴な言葉遣い……。

 ここは慎重にいかないと。


『ストーカーかと聞かれると、答えはNOです。俺は尾行などしてません』


 すぐ返信がきた。


『じゃあお前の投稿はなんなんだよ。ストーカーじゃないっていうんなら、勘違い野郎か?』

『違います。俺は片思いをしているんです。……なので言いますが、あなたの彼女へのストーカーをやめてもらえませんか?』

『は? やめるわけないだろ』


 どうやら俺は切り出し方を間違えてしまったらしい。


『大体、お前も片思いとか言ってるけどそれただのストーカーと変わらないからな。調子乗ってんじゃねぇよ』

『ストーカーじゃないです』 


 いくら相手の気を沈めたくても、断じてその部分は認められない。


『だからそれが間違いだって言ってんだよ。お前は俺と同じストーカーだストーカー』

『だから違うって』

『いいんだ認めなくても。俺はあの女の子が使う枕を特定したお前のこと、尊敬してるんだぜ?』


 変な方向に話が進んでる気がする。

 ……いや、これは逆にチャンスなのでは?


『ストーカーさん。もしよかったら今日、会わないか?』

『は? 会って何するんだよ』

『他愛のない雑談ですよ。ほら、俺たち同じ獲物を狙うストーカー同士じゃないですか。気が合うと思わないませんか?』

『たしかにお前の言ってることに一理ある。よし。じゃあ何時何処に集合する?』


 その後数回DMのやり取りをし、今から一時間後に近くの喫茶店で会うことになった。


「ふぅ」


 我ながら、アグレッシブなことをしている自覚がある。だけど、それもこれも凛香さんのためだと思えば容易いこと。


 チャーハンを食べ終え、あっという間に時間が経っていた。

 誰か知り合いにバレたら嫌なので全身真っ黒の服を着て、喫茶店へと向かう。

 その足取りはこれから戦に行くというのに、不思議と軽かった。


 喫茶店に着き、数分が過ぎた頃。 

 突然一人の男が話しかけてきた。


「あの、もしかしてあなた裏アカの……?」


「初めまして」


 名を名乗らずとも、誰なのかわかった。

 ストーカー。

 凛香さんの平穏を脅かす男。


「よいしょっと」


「じゃあ、始めましょうか」


 かくして一対一での話し合いが始まった。

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