第18話



「柳って言ったな。お前、九条さんに付き纏うな」


「……は? 誰だよ」


 男のことをキッと睨めつける柳くん。

 普段私といるときには見せることのない顔。

 それもこれも全部、私のことを思ってのことに違いない。  


 私が女子バスケットボール部の助っ人がまだあると嘘をついて、二人の様子を曲がり角から見ているのは気付いてないっぽい。

 

「おい九条。こんなことしていいのか? あいつ、九条のこと好きなんじゃなかったのか?」


 後ろから心配の声をかけてきたのは五十嵐。

 この柳くんの前に立ちふさがっている男を呼び出したのは、他でもない五十嵐だ。


 それもこれも全部、柳くんのことを信用できるのか、嘘をついていないのか確認するため。


「五十嵐が昔、私に人のことを疑えって言ってきたんじゃん」


「そんなこと言ったけどよ……。お前あいつのこと信用してなかったのか?」


「もちろんしてるよ。でも、疑わないといけないでしょ。昔みたいに騙されてたってこともあり得るし」


「俺はあいつに限ってそういうことねぇと思うぞ」


「でも疑うの」


「……はいはい。もう好きにしろ」


 五十嵐と小声で喋り込んでいたせいで、二人のことを見れていなかった。


 見直すと、少し前まで睨んでいた柳くんの顔が和んでいる。対して男は逆に柳くんのことを睨んでいる。 

 これは一体どういう状況?


「柳。お前正気か!? いくら九条さんのことが好きだと言っても、限度ってもんがあるだろうが!! お前が言ってるそれは見方によっちゃ犯罪だぞ」


「ふふふ。好きという感情を前に犯罪などゴミ同然」


「く、狂ってやがる!」


 不気味な笑いをする柳くんに、驚く男。

 この場面だけを見ると、柳くんが私のことを陥れようとしているとしか思えない。もちろん私はそんなこと思わないのだが。……五十嵐は違った。


「九条。お前の言う通り、やはり疑う必要があったな。あいつはただ裏アカでアホみたいなことを投稿してるだけじゃなかったらしい……」


「何の話をしてるのかわからないのに、そうやって決めつけるのは良くないことだと思うよ」


「でもお前っ」


「ふははっ。俺はこれから凛香さんが使っているポケットティッシュ、くし、寝間着、歯ブラシ、コップ、ベット、シャーペン、シャー芯、布団、枕、靴、お茶……諸々全部同じものにしてやるっ!!」


 私と五十嵐は耳を疑った。


「なんかさっき言ってたのと全然違うじゃんかよ! お前、それ完全に犯罪だろうが」


「好きという気持ちは無限大だ」


「いやそういうことじゃないわ!」

 

「おい九条。あいつ、別の意味で疑ったほうがいいと思うんだが」


 同じものを使いたいほどに、私のことが好きってことだよね。

 本当に私のことが好きなのか疑ったけど、心の底から私のことが好きっぽい。

 不安は解消された。

 柳くんは他の誰よりも信用できる。


「聞いてんのか? もしお前がしないのなら、俺が変わりに警察に突き出して」


「五十嵐。今日は無理言ったけど、わざわざ男の人呼び出してくれてありがとう。助かったよ」


「おう。……呼び出した代価として、ちょっとお前に聞きたいことがあんだけどよ。いいか?」


「もちのろん」

 

「お前は柳の奴のこと、どう思ってんだ?」


 柳くんのことをどう思ってるのか。

 そう言われて、うまく言葉が出てこなかった。いや、いい言葉が浮かんでこなかった。

 

 嫌いじゃない。

 好きかと言われたら……いや、そもそも好きってどういう気持ちなんだろう?


「…………わかんないや」


 私の回答に五十嵐は一息おき。


「そういう答えもいいんじゃねぇのか。なんつうか、九条らしい」


「そうかな? でもわかんないんだよ?」


「それが九条らしいっつってんだよ。そろそろいいか?」


「うん」


「じゃあ俺らは行かせてもらう。おい! 部活に戻るぞ!」


「うっす!」


 五十嵐と男は去っていった。


 そのせいで、柳くんに私が覗いていたことばバレてしまった。


「見てたんですね」


 帰り道。何食わぬ顔でオレンジ色に染まった空を眺めていると、柳くんが切り出してきた。


「うん」


「俺のこと、嫌いになりましたか?」


「なるわけないじゃん」


「えっ?」


「私が使ってるものと同じものを使いたいんでしょ? 今度ラインに色々使ってるやつ送るね」


「あ、へ、は、はい……」


 やけにたどたどしい返答。

 なにかおかしいことでも言ったのかな?


 と、疑問に思っている間に別れの曲がり角がもうそろそろと差し掛かる。

 おかしなことを言ってしまったのかと思っているのより、五十嵐に言われたことのほうが心にモヤを生み出している。


 好きとはどういつことなのか?

 もしかしたらいつも好きって言ってる柳くんならなにかわかるかな。


「柳くん」


「はい」


「柳くんって私のこと好きなんでしょ?」


「何度も言ってますけど、もちろん好きです」


「なら、その好きっていう事がとういうことなのか教えてくれない?」


「そうですね……」


 少し困った顔を見せ、間を開け。


「前DMで同じようなこと書いたと思うんですけど、一緒にいたいとか、特定の人から目が離せなくなったりとか、その人と一緒にいたら心がドキドキしたりとか、そういうことですかね。……でも、好きという言葉にも色んな使わけがあるので絶対これだ! とは言い切れないです」


「ふーん。じゃあ私が思ってる、柳くんのことは嫌いじゃないけど好きなのかわからないってやつは、好きっていうことなのかな?」


「…………そんなこと、知りませんよ」


 それ以上の返答は帰ってこなかった。

 あっという間に別れの曲がり角。


「じゃあまたね」


「はい。また」


 別れ際。最後に見た柳くんの顔は夕方ということもあって、朱色に染まっているように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る