きざはし森
尾八原ジュージ
きざはし森
ぼくは■■地方のど田舎の出身で、村人全員が知り合いのような場所で子供時代を過ごしました。村にはひとつ掟がありまして、それがまた「夜になったらきざはし森に入るな」という、いかにも怪談らしいものなのです。
きざはし森というのは村の外れにある、森というにはあまりに小さい、こじんまりとした林のようなものでした。きざはし森とは言いますけども、別に
当時のぼくは、その掟をきちんと守っていました。そもそも子供のぼくに、夜になってから外に出る用事なんかありません。それにもしも見つかったら、厳格な祖父からどんなに叱られるだろうと思うと恐くて、夜のきざはし森に入ってみたいなどとは考えもしなかったのです。
ぼくが小学四年生のとき、六年と二年に転校生がありました。
何か事情があって田舎に引っ越してきたようでしたが、それが何かはわかりません。何にせよ街から来た子供は、村の掟の厳しさなど芯から理解してはいないものです。
二人とも大変なやんちゃ坊主で、そしてきざはし森に大いに興味を持っている様子でした。入るな入るなと言われると、その年頃の子供にはかえって魅力的に思われることもあるでしょう。特に兄の方は日頃から、「おれが一人で夜のきざはし森を見てきてやる」などと豪語していたものです。
で、夏休みのある晩、その子は本当に一人できざはし森に入ったのです。いや、入ったらしいのです。僕は大人たちからそう聞かされただけで、見たわけではありませんから。
夏のある朝、その子の遺体がきざはし森の入口に転がっているのを、たまたまうちの兄が見つけて、大変な騒ぎになりました。兄はひどく錯乱していて、遺体を見ていないぼくにもそれが酷い有様であったろうと想像できました。大人たちはいつにもまして険しい顔で「あの子は夜にきざはし森へ入ったから死んだのだ」と言い合いました。
転校生の家族は葬儀の後ぱったりと姿を見なくなり、どうやら村を出ていったようでした。どこへ行ったのかはわかりませんが、でも、ぼくは、
見たのです。
夜に父や祖父がどこへ行くのか気になって、そっと家を抜け出したのです。
そしたらきざはし森の入口で、村の人達が棒を持って、どうやら子供を一人囲んで森の方へ押しやろうとしている。それが泣き声を聞くに、どうやら死んだ子の弟なのです。
「せめて一緒に、私が一緒に行ってやったらいけませんか」という、その子のお母さんの必死の声が、夜風に乗って物陰に潜んでいるぼくのところへ届きました。「子供一人分怒らせたけぇ、子供一人だけ入れにゃおえん」と、ぞっとするほど優しく言い聞かせていたのは、ぼくの祖父でした。
ぼくは急におそろしくなって、死にものぐるいで家に戻りました。どうかぼくがあの場にいたことを誰にも知られていませんようにと祈りながら、一晩中布団の中で震えていました。
一家がいなくなったのは、その翌日からです。
彼らがちゃんと三人で村を出ていったのか、それとも両親ふたりきりで出ていったのかはわかりません。ぼくは高校から街の方へ出て、それから滅多に帰らないことにしているのですが、村も、きざはし森も、今でもまだちゃんとあります。
きざはし森 尾八原ジュージ @zi-yon
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