第23話 VS黒獅子 後編その2


  ※※※※


 同時刻。

 クロネコはゆっくりと暗闇のなかを歩いていた。虚数空間のなかを自由落下したあとで、地面らしきものに自分の体がぶつかった、と感じたのが数分前のこと。

 痛みもなにもないのを不思議に思いながら、彼は二本の足で立って、なんとなく本能が喚ぶほうに向かって進み始めていた。

 少しだけ二の腕をさするが、あの東京に空いた穴、底の底まで長いあいだ落ちてきたにしては、やはりなんのダメージもない。やがて壁らしき行き止まりに辿り着く。

 クロネコはその壁を左手のひらでなぞりながら、空間を時計回りに探っていった。果たして、鋼鉄の扉を見つけたのは数十分後のことである。

 扉に鍵はかかっていなかった。

 部屋のなかに入ると、そこは、1971年4月3日湖北省生物科学研究所、そのままの姿が広がっていた。天井の蛍光灯がチリチリと白く点滅しながら、ぬめり気のあるリノリウムの床を仄暗く照らしている。

 1971年4月3日だと分かったのは、壁にかけられているカレンダーのX印が、ちょうどそこで止まっていたからだ。

 その日がなんの日なのか、クロネコはよく知っている。X級の原初の獣人――ヒトの獣人が暴走事故を起こし、湖北省生物科学研究所が閉鎖に追いやられた日だ。

 当の研究所を抱えていた旧共産圏の独裁国家には事態の責任を取る気などなく(当然その能力もなく)、尻拭いは全て欧米列強諸国に委ねられることになった。そうして原初の獣人は完全に封印され、その存在も一部の国際的重要人物を除いては秘匿され、今の今に至る。

「問題は、そのあと僕たち獣人が生まれるようになったこと――かあ?」

 クロネコはそんな風に呟いてから、研究所のなかを見回した。

 いくつもの水槽のなかに、かつて「人」であったらしき異形が浮かび、生命維持のチューブを巻きつけられながら気泡を吐き出していた。肘から先の腕が異様に発達して鋭く太い爪を伸ばしている個体もあれば、歯という歯を牙のように伸ばしすぎて自分自身の顎関節を壊し、その牙が顔面と首筋に食い込んだまま苦しそうに悶えている個体もある。

 手術台と言うには汚れきったテーブルの上には、眼孔と鼻孔と腹ワタからいくつも触手を出して、その全てを肉切り包丁で切断され捨てられながら息絶えたらしい個体さえあった。

「なにが偶然の事故だよ」

 とクロネコは笑った。「原初の獣人に至るまでに、何体も実験台があったみたいじゃないか――ヒトザル」

 クロネコはオフィスチェアのひとつを選んで腰かけると、その隣でうつ伏せになっている研究員――正確にはその死体――が抱えている紙ペラのファイルを奪い、最初のページから読み始めた。

「えっとお――?」

 そこには簡体字でこう綴られていた。


『1966年5月6日。政府の使い走りが俺たちのところにやってきた。いつまでも基礎的で形而上なことにかまけていないで、国際的な威信をアピールできる成果を出すようにとのことだ。国際的な威信だって? そんなものこれまでどおりソ連の飼い犬として生きていくか、アメリカ人とよろしくやって表向きには資本主義化と民主主義化を装ってみせるか、そのいいとこどりか、この国にはその程度の選択肢しかないんじゃないのか。いずれにしても俺たちの仕事とはなんの関わりもない、下らない政治的な問題だ』


『1967年4月15日。仕事熱心な所長が素晴らしいプランを持ってきてくれた。ジャック・ウィリアムスンという遺伝工学者のアイデアを流用したもので、人間を全く別の生物に変化させることができるという。それは兵士ひとりひとりを薬物いらずの強靭な肉体に改造し、あらゆる面倒な戦場を1体につき100人超に相当するコストで解決してくれるって話だった。いわく、心臓および脳とは別で用意した核臓器による、自動的な再生力、驚異的な身体性、そして自身の肉体改造手段――もうひとつ、これは特に眉唾ものだが、本来人間に眠る第六感覚の開発である。

 俺はあまりのデタラメに呆れてモノも言えなかった。所長殿はお偉いさんの脅しによほどビビったと見える。バカバカしい。結局、俺たちが今流行りの「革命」のターゲットになるかどうかなんて、あのハゲオヤジの機嫌ひとつで決まることだろうが!』


『1968年1月26日。実験は俺たちの予想を超えて遥かに上手くいっている。信じられないことだ。もちろん実際には、核臓器を発生させたあとで長生きできた個体はいないのだから、失敗続きも失敗続きという言いかたはできる。とはいえサンプルデータは採取できているし、お偉いさんの使い走りを静かにさせる程度の結果は残している。いずれにせよ俺は核臓器の発生からして信じていなかったのだ。

 核発生した個体はどれも、まるで獣のようだった。魚のような鱗、鳥のような羽、犬畜生のような牙や爪を生やす個体が数多く見られる。これがどういう仕組みで人間様の体に折りたたまれていた性質なのか、実のところ俺にはサッパリ分からない。だが、いま俺たちはたしかな手ごたえを感じている。自分たちの研究が人の歴史に名前を残すかもしれないという純粋な事実に、俺は高揚している。

 助かったのは、今まさに愚民どもによる「革命」の真っ最中だということだ。つまり、我が党のお気に入りになっちまいさえすれば、死体も、死体にする予定の人間の体も入手し放題ということだ。――哀れな知識人たちの肉体が!』


『1969年12月11日。収容スペースが不足している。。なんだこの個体は? いま所長が政府の使い走りに施設増設を依頼しに行ったところだ。

 生命維持装置なしに1か月以上生存したことを確認。核臓器は未だ健在。要するに実験は成功したのだ――、これが成功だって?

 人間時代の名前、ローユァン。片田舎に暮らす、若い詩人だったらしい。詩。どうして詩人なんかがこんなところに連れてこられなきゃならない? バカどもの革命はそんなにも偉いのか?

 ローユァン、――――――――お前は何者だ?』


『1970年9月10日。ローユァンは、今では《湖北の巨人》と呼ばれている。体のデカさに見合った安定剤をブチ込んでやれば、大人しいもんだ、簡単な拘束だけで今夜も眠ってる。核臓器による付帯効果を別にして考えれば、コイツの基本的な構造は人間そのものと大きく変わらないらしい。

 そういえば、所長が三日前あたりから不満を漏らしていた。やっと予算が降りた業務コンピュータが不調らしい。ありもしない実数以外の数値を周辺の時空間に計測しちまうとかなんとか――そういう妙な話だ。

「ローユァンのヤツのエスパー能力ってやつじゃないですか?」

 と俺が軽口を叩いたら、所長の野郎、顔を真っ青にして

「滅多なことを言うな」

 なんて怒鳴って慌てふためいてやがった。いい気味だ。俺のほうは別になんでも構わないのさ――暴動から隠れて研究所を出られないこの生活。党の命令に右へ倣えで虐殺を働く間抜け、いや、権力の指示をいいことに八つ当たりの殺戮を繰り返してるクズども。もうたくさんだ。

 俺が思うに人間は底なしの欠陥動物で、次ステージへの進化を俺たちは任されたんじゃないか。最近は酒を飲みながらそんなことをよく考える。セントラルスペースで横になってるローユァンが目を開けていたら、ときどき自分の考えを話して聞かせたりする。あいつだってこの世に恨みはあるだろうからな』

 そうして、クロネコは最後のページをめくった。


『1971年4月3日。失敗した。ざまあみろ!』


 そこで科学者の手記は終わっていた。

「――そうか」

 とクロネコは呟くと、椅子から立ち上がる。首を曲げるとそこには、たぶん《施設増設》分だろう、巨大なスペースに向かって長いトンネルが走っていた。

「目覚めさせてやるよ、原初の獣人――僕たちの長い戦いにも終止符を打とう」

 彼はそう言って、また歩き始めた。

 そのとき。


「そこまでだ、クロネコ少年」


 と、不気味なまでに低い女の声が聞こえてきた。クロネコはゆっくりそちらに振り返る。 立っていたのは祁答院アキラだった。実年齢は50歳以上のはずだが、その容姿は、政界入りした30代のときのままである。色白の赤ら顔に黒い髪。右手には、おそらくシルバーバレット入りの自動拳銃グロック17。

「ラッカとの戦いが終わったら、ここに来ると思ったよ――悪いが、待ち伏せさせてもらったからね」


  ※※※※


 イズナが走らせるバイク『 LAST KICK 』の後部座席に乗って、彼女の腰に両腕をしっかりと回しながら、ラッカは黙って周囲に目をこらしていた。なにも見えない暗闇のようでいて、向こうになにかがボンヤリと浮かび上がってきそうな感じがする。

「壁画――?」

 とラッカは呟いた。「恐竜の絵――? なんだあれ? 見たことがあるような――生物史の年表? なんでこんなトンネルに?」

「ラッカ」

 とイズナが呼びかけた。「この空間ではなにが罠で、なにが罠ではないのかが分かりません。あまり不要に周りに気を配らないでください。いまラッカが見ているものが本当に存在するかどうかも分からないんですから」

「本当に存在するかどうか、って言われても――ちゃんとこの目で見えてるのに?」

 とラッカは言った。「原初の獣人ってヤツが私たちに見せる幻覚とかってこと?」

「そこまで話が単純なら分かりやすいんですが――ここは、『実数上は存在しない』空間です。なにが起きても大丈夫なように、用心だけはしていてください」

 イズナはそう言うと、さらにバイクのスピードを上げてみせた。正直なところ、先ほど彼女がラッカに対して言ったことはイズナ自身にも当てはまる。

 彼女はトンネルの道なりに『 LAST KICK 』を走らせているつもりでいる――が、それが正しいのかどうかは誰にも分からないのだ。

「それから、もうひとつだけ」

 とイズナは付け加えた。「ここからは、あまり話しかけないでください」

「え――」

「もっと早くに言うべきだったかもしれませんが、今の私は、ハツシ=トゥーカ=トキサメからの啓蒙型による攻撃が抜けていません。やっと頭痛は収まりましたが、獣人研究所で受けていたはずの猟獣訓練のタガがいつ外れてもおかしくない状態です」

 そうだ。

 イズナは自分自身の変調を、鉄の精神と理性でなんとか抑え込んではいる。だが、それがいつ崩壊するかはイズナ本人にも分からないのだ。そうなったとき、イズナ=セトという獣人はどうなるのか――自我崩壊? 戦力去勢? もしくは――獣人核の殺戮衝動を完全に取り戻して、ニンゲンの敵に寝返ってしまう?

 答えは「不明」である。

「イズナは、いつもと変わんないよ」

 とラッカは言った。励まそうという感じではなく、ぼそっと、自分の思っていることだけ言ったという風であった。「イズナはイズナなんだろ?」

 イズナのほうは、きゅっと唇を結んだ。

 ――私には好きな人がいる。私はその人のために戦っている。大丈夫だ、思い出せる。その人には寝たきりの妹がいて、いつか彼女が目覚めたとき独りぼっちにならないで済むように、私がその人を守るんだ。大丈夫、全て思い出せるじゃないか。

 だが、名前は?

 彼女は、

「思い出せないんです」

 と、絞り出すように言った。「誰かのために戦ってたのは覚えてるのに、その人の名前を思い出せないんです」

「イズナ――」

 ラッカが口を開いたので、

「ダメです! 言わないでください!!」

 とイズナは怒鳴った。「その人の名前を誰かから聞いて、もし聞いてしまったときに、それでも思い出せなかったら――? 自分に身に覚えのない人だと思ってしまったら――? そしたら、私はもうきっと耐えられません」

 そうイズナは言った。

 だから、ここからはなるべく話しかけないでほしい。不安で、怖くて、泣きそうだから。――それが、イズナがラッカに対して伝えたいことだった。

 ラッカはそこまで聞いてから、イズナの腰に回している両腕をグッと強くした。

「大丈夫!」

 とラッカは言った。「イズナがその人のことどれだけ好きだったのか、私、よく知ってるよ。アタマんなかをちょろっとイジくられた程度じゃ消えたりしないって分かってる。だから大丈夫だよ!」

「え――?」

「それでもウッカリ忘れちゃってたって、イズナならいつかきっと思い出せる。だから、それまでは私とどっか遊びに行ったりしよう!」

 ラッカは、そこでにっかりと笑った。

「とりあえず、この戦いが終わったらラーメン食い行こうぜ! ラーメン!」

 彼女のそんな言葉に、イズナは少しだけ気が和らいだ。

「もう勝ったときの祝杯の話ですか?」

 と彼女も軽口を叩いた。「ラッカの奢りならいいですよ?」


  ※※※※


 クロネコと祁答院アキラは、虚数空間の深度i6のなかで対峙していた。

「待ち伏せか――」

 とクロネコは言う。「こんな辛気臭い研究所で、一国の長がずっと時間を潰してたのか? 面白いこともあるもんだな」

「研究所?」

 アキラは首をひねった。「お前の目にはここが研究所に見えるのか?」

「なに?」

「原初の獣人は創世型、脅威度X級、世界そのものを増築する能力だ。だがそれは安定したものではない――実数上存在しない時空は、観測者に対してそれぞれ別個の形状を見せる。いまのお前にi6空間が『研究所』とやらに見えていても――私に見えているのは戦後東京の焼け野原だ」

「焼け野原――」

「幻覚じゃない。原初の獣人は、その観測者にとって最も適切な形で世界を見せる、と言われている。お前が研究所を観測したと言い、そこで情報を得たのなら、それは真実だ――どんな形であれ、だけどね」

 それから、アキラは自動拳銃グロック17をクロネコへと向けた。「ラッカとお前が戦って、ラッカはお前を仕留め損なった。こんな場所に逃げられたら米軍の核も意味はない。アクセスコードを知る私が直々にお前を始末する」

「へえ。やってみろよ、クソザコ」

 クロネコの挑発に応じて、アキラはトリガーを引く。クロネコはその指の動きと銃口の向きを目視してから、間一髪で避けられる方向に移動する。発砲音、シルバーバレットは空振り、そこにあった奇形獣人の水槽が破裂、薬莢が飛んで地面に転がる、クロネコは手術台の陰に隠れた。

 ――ふう。

 クロネコは自分の左眼球を指で触り、だいたいの残り体力を把握した。超再生型はもう全力では出せない、やれるとして攻撃タイプは残り四発程度。

「万が一、ラッカが追いかけてきたときのために温存しときたかったんだけどな」

 と彼は愚痴った。「まあしかたないな、一発はくれてやる」

 祁答院アキラが拳銃を構えながら突き進んでくる音を聴きつつ、クロネコは、その呼吸音を聞いた。咄嗟にはトリガーを引けないであろうタイミング、それを見計らって、彼は飛び出した。

 ――それは祁答院アキラの目には、戦後東京の瓦礫からクロネコが出てきたように見えている。

「クロネコォ!!」

「祁答院アキラ!」

 彼は転法輪印を結び、「『超再生』!」と怒鳴った。次の瞬間、祁答院アキラが自動拳銃グロック17を握っていた右腕、それが肩の付け根からバッサリと斬り落とされた。血が飛び散って、研究所天井のダクトを汚す。

「がっ、ああああ!!!!」

 アキラは左腕で、傷口よりも手前の頸動脈部分を押さえながらうずくまる。それでも、彼女の心臓の鼓動に合わせてパパッ、パパッ、と鮮血は溢れ続けた。

 クロネコは髪をかきあげ、彼女に近づいていくと、さらに転法輪印を結ぶ。祁答院アキラの首と胴体は完全に切り離され、首は奇形水槽の足もとへゴロゴロと転がるとケーブル類のゴム質に引っかかって動きを止める。

 胴体のほうは、両手両足を広げる格好で、手術台らしきテーブルの真横にばったりと倒れたまま、何秒か痙攣したあと動かなくなった。

クロネコは口元を手の甲でぬぐった。そして、

「立てよ、祁答院」

 と言った。「部下からの報告で、お前がドルサトゥム=トリシダって獣人の力を借りてることは知ってる。拒絶型。お前に対する物理的なダメージは、あらかじめストックしておいた別の誰かに肩代わりされる――そうだろう?」

 それから、クロネコは自分の髪の毛をプチンと一本だけ抜いて「部分獣化」と呟く。その1本がワイヤーのように太くなる。

「お前の体が完全に回復する前に、両手両足はこれで縛ってしまおうかな。僕の邪魔はするな。そこで原初の獣人が甦るのを歯ぎしりしながら見てろ、ヒトザルの王」

 彼がそこまで言うと、祁答院アキラの生首は

「くっくっく」

 と、陰湿な笑顔を浮かべた。「右手の拳銃にだけ注目しているから、初歩的なトリックを見落とすんだよ、クロネコ?」

「なに?」

「お前が私の能力を傍聴していることは状況証拠から分かっていた。ならば、お前がその対策を立ててくることをこちらは見越して切り札を出せばいいだけの話――」

 そう語る彼女の左手には、起爆スイッチが握られていた。

 クロネコは思わず回避行動に入る――祁答院アキラを拘束するために近づいた、それが仇となっていた。

 アキラはせせら笑った。

「お前に殺された――私の部下たちの分だ!」


  ※※※※


 イズナ=セトは深度i5までバイクを走らせながら、その爆発に気がついた。空気が震えたわけではない、音や匂いがここまで届いたわけではない――しかし、彼女の獣性がその殺意を感知していた。そしてそれは、後部座席のラッカ=ローゼキも同じだった。

「なにかが起きています」

 とイズナは言った。「少しスピードを上げますよ、ラッカ」

「うぃ」

 そうして2人がトンネルを抜け――深度i6に突入――辿り着いたのは、東京都内の獣人研究所だった。天井も床も真っ白な場所に、ガラスケースに区切られて獣人たちが収納されている。もちろん、それはイズナにそう見えているだけの世界だった。

 イズナはバイクを降り、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。ラッカも後部座席から飛び降りて、あたりを歩き始める。

 ――そこに倒れていたのは、祁答院アキラだった。

「祁答院!?」

 イズナは思わず大声を出しながら、彼女のそばに駆け寄る。その肉体は、爆発による損傷が大きい。唯一、助かる見込みがあるとすれば、切り離されていたはずの生首が胴体と接合し始めていたことである。――ドルサトゥム=トリシダの拒絶型である。

 しかし両手両足は全て吹き飛び、全身は黒く焦げて縮み上がっていた。

「これは――」

 とイズナは声を漏らしてから、すぐ結論に至った。地上の世界でラッカとクロネコが戦闘し、クロネコは逃げ切った。であれば、誰かがこの空間で待ち伏せしてトドメを刺すしかない――本来、そのような役目は共同体の首長がやることではないが、アクセスコードの秘匿性と、祁答院アキラ自身の復讐心が、彼女の足をここまで運ばせた、というわけだ。

 イズナは周囲を見渡す。クロネコはいない、つまり、この爆発からも上手く逃げおおせたということだろうか――。

 そんな風に考えを巡らせるイズナの肩を、ラッカはポンと叩く。

「イズナはアキラさんを頼む。彼女を連れて、ここから離脱してほしい」

「ラッカ――?」

「私はi7からi8まで行くよ。クロネコの目当てはそこなんだろ? だったらそこに行けば、決着がつく――私が決着をつけなくちゃいけないんだ」


 同時刻。

 クロネコは痛みに意識を濁らせながら、ただ深度i7の空間を歩いていた。

「クソ――祁答院アキラ、下らない罠を仕掛けやがって――!」

 と彼は怒鳴った。「でも関係ない。あと少し、あと少しで原初の獣人に辿り着けるんだから!」

 そして、i8に辿り着いた。

 真っ暗なドーム状の空間に、上空から一筋だけの光が差している。そのおかげで分かるのは、足もとにギッシリと転がって敷き詰められているのが、人間と獣人の頭蓋骨の山だということだった。そして、空間の中央には体長40メートルの巨人が拘束されたまま横になっている。

「あれが――原初の獣人、脅威度X級、創世型」

 クロネコは、ぼそぼそと呟いた。ふと、爆発の影響に夜激痛がさらに酷くなって、「なんだよもう――!」と、自分の体を改めて見た。

 右腕の肘から先がなくなっていた。獣人核による再生は、全く間に合っていない。

「え、ああ、そういう――?」

 傷口を見たあと、体の損傷を再確認するかのように、さらに痛みは酷くなった。

「がっ、あああっ、くそぉ――!!

 なんにもできないヒトザルがぁ――ッ!!」

 と、クロネコは呻きながら地面に倒れて、そのたびに、地面にある人間と獣人の頭蓋骨がカラカラカラカラと転がっていった。その乾いた音は、まるで嘲笑のようだった。

 額に脂汗がにじむ。クロネコは左腕でなんとか自分を起き上がらせようとするのだが、手が滑り、頭蓋骨の山が再び崩れてカラカラカラカラ――と、彼ともども原初の獣人から離れるように転がり落ちていく。

「くそっ! くそっ! あと少しなのに」

 頭痛と吐き気、めまいが酷い。涙も出てきた。クロネコは、それでもなんとか二本の足で立ち、じっくりと、確実に目的地に辿り着こうとする――。


「そこまでだ!! クロネコ!!」


 そんな声が聞こえて、「なんだよ――」と彼は苛立たし気に振り返った。「今度はなんなんだよぉ――!!」


 そこにいるのはラッカ=ローゼキだった。

「クロネコ――決着をつけよう!」

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