第21話 VS黒獅子 前編その2


  ※※※※


 熊谷チトセと尾木ケンサクは、ひとまず安い雑居ビルに身を隠すことにした。

「ここは?」

「不法移民の日雇い労働者が溜まり場にしていた場所みたいだね? 残されてるスナック菓子とアルコール類の状態からして、たぶん出ていったのは数日前かそのもっとも前じゃないかな」

 と彼女は言った。

「こいつらは自分の国に居場所もつくれなくて、日本に逃げ込んできたボンクラどもだよ。だからヤクザや半グレみたいな反社会的組織とも繋がりがある。だけど、結果としてそのネットワークが命拾いになったみたい。クロネコ派の動きを察した闇組織があらかじめ避難を促したってところじゃないかな?」

「避難? なんでさ?」

「そりゃ、失うものもない不法移民に鉄砲を持たせて暴れさせてるようなヤクザたちは、なるべくだったら証拠は残したくないでしょ? できれば、ってレベルだと思うけど」

 それからチトセは冷蔵庫を開けて、冷凍パスタを見つけるとケンサクに投げて寄越した。

「あっためよ? なんか胃に入れないと死んじゃうよ?」

 ケンサクがしぶしぶ電子レンジのボタンを押すあいだ、チトセは同じく冷蔵庫からハイネケンを取り出すとゆっくり飲んだ。

 ――殺戮衝動を紛らわすためのアルコール摂取。

「今ごろ元々の家主たちは、埼玉県南の腐りきった外国人街あたりに逃げ込んでるんじゃない? あそこは人殺し以外の犯罪はだいたい見逃されるし」

「ああ――ワラビスタン(蕨市の蔑称)だっけ?」

「お、詳しいね~ギターくん?」

 チトセはニヤリと笑うと、ケンサクのためのハイネケンも投げてきた。彼はそれを受け取ると、部屋のドアの金具を使って蓋を開ける。

 ぐびぐびと飲んでみた――が、味がしない。飲み物のほうに責任はない。この現状に、脳が追いついていないのだ。

 チトセのほうは、リモコンを掴むとテレビの全チャンネルを確認した。どれも見ることができない。放送されている・いないの問題ではなく、どうやら信号自体を受信できていないらしい。

「まいったね。クロネコ、ここまで徹底する気なんだ」

「どういうことだ?」

「あいつは――あたしもよく知らないけど、とんでもなく卑怯な型を持ってる。コピー能力というか、死んだ獣人を再現する能力。

 そのなかに電波妨害を起こすか、あるいはそれを起こせる飛行船みたいなものを生成できるか、どちらかの能力があるはず。応用可能性から見る限り、後者かな。

 こうなるとテレビとラジオは完全にアジャパーだね」

 チトセはさらに、スマートフォンを出した。「ほら、圏外になってるよ。たぶん各所のwi-fiもダメだなあ~」

「ケーブル回線は?」

「ん」

 チトセはその部屋にあった固定電話を手に取り、いくつかボタンを押したあと、「ダメだね。電話自体がオシャカになっちゃってるよ」と言った。

「つまり――」

「つまり――」

 チトセは腕を組んだ。「クロネコたちは、この街にいるニンゲンをあらゆる情報網から遮断したってこと。まるでナチスドイツに攻められてるときのポーランドみたいにね。昨夜のネットニュースでは、もう鉄道と空港と徒歩避難経路はぜんぶ潰されてた。つまり、東京は陸の孤島。それこそ戦時中末期――」

「そんな」

「なにより恐ろしいのは、クロネコは、この状況を使って日本国政府になにかを要求する気はないんだろうってことだね。クロネコにあるのは、ニンゲンに対する憎しみだけで、他の狙いは今のところ見えてこない。

 ――ただニンゲンが文明を失って苦しむところ、いや、ケモノ以前の生活に戻って狩られていくのを見るのが、ヤツの狙いなのかもしれない。――ある意味、どこまでも純粋で幼稚な犯行動機だよ」

 チトセはそこまで言うと、テーブルの上に何本かタバコの箱があるのを見つけ、ライターで火をつけた。

「んで、ギターくんはどうするの?」

 とチトセは訊いた。

「ここまでは案内できたけど、今からどうするかはギターくんに任せるよ。でも、もう日本に逃げ場はない。そして日本が有効な対抗策を出さないなら、獣人たちの暴動は世界に広がる。

 ――あたしはどっちでもいいんだよ。ギターくんの意見を聞かせて?」

 そう彼女が問い質すと、ケンサクは、

「俺は残る」

 と答えた。

「俺はちゃんと見届けたい。――この世の中がどんな風になっちまうのか――ラッカがなにをするのか」


  ※※※※


 ラッカ=ローゼキはトーリとともに、警視庁獣人捜査局分館の個室で二本のビデオを見ていた。一本は、クロネコが電波ジャック前にTV局を襲い、強引に宣戦布告した映像のダビングテープ。そして二本目は、局長の渡久地ワカナが遺した音声にいくつかの写真・動画が交じったデータファイルだった。

《この映像を君たちが見ているということは、私は既に日岡ヨーコと同じ場所に行っているだろう。

 伝えるべきことは伝えておこうと思ってな、こうして録音した。情報の真偽が疑わしいなら同梱のファイルを見てくれ。改竄される以前の公文書も忍ばせておいたからな――》

 渡久地ワカナは、そうやって話し始めた。

《約20年前のことだ、A級獣人のオオカミが新宿を襲った。彼はひとりの人間の女とともに姿を隠すと、その存在で常に人類社会を脅かし続けた。

 名前はサイロ=トーロ。米軍の猟獣訓練を受けながら脱走し、闇社会のなかで生き続けてきた最悪の獣人。その犠牲者は2000人を超えると言われている。

 もう察しはついていると思うが、ラッカ、彼が君の御父上だ》

「えっ」

 ラッカが戸惑うのも気にせず、映像のなかのワカナは続けた。

《サイロ=トーロには奇妙な点があった。獣人にもかかわらず、彼は自分が攫った人間の女を気にかけていた。このことは私たちに2つのヒントを与えた。

 ひとつは、たとえ獣人でも特別な愛着をもった人間とは協力し合えること――この発見は日本の猟獣訓練制度に大きく貢献した。

 ふたつめは、たとえサイロ=トーロが最悪の獣人でも、か弱い人間のほうをエサにすれば彼を罠にかけることはできるということだ。

 人間の女の名前は、蒼野ハコ。ラッカくん――それが君の生みの母の名だ。

 蒼野ハコは冤罪事件で父親を奪われた被害者だ。我々はマスメディアを利用して、そんな蒼野ハコに対する誹謗中傷を人為的に流し、彼女を精神的に追い詰めることにした。サイロ=トーロは我々の狙いどおりにTV局を訪れ、そこで捕らえられた。

 その後、彼に対しては何ヶ月にも及ぶ拷問と実験を行ない、結果としてシルバーバレットの技術的な向上があった。

 いま我々が握っている拳銃と、仲間としている猟獣は、言わば君の御父上が我々に遺した呪いなんだ。

 ――これが人類の罪だ。もちろん、失ったものもある。実験中のトラブルで日岡夫妻はオオカミに襲われ死亡。これは息子のトーリくんに伏せられていた真実だ。

 これを踏まえて、ラッカくん、君に伝えておきたいことが3つある。

 サイロ捕獲計画の立案者は祁答院アキラ、そして作戦参加者は私と渡船コウタロウと志賀レヰナと藤田ダイスケの四名だったが、当時の実行担当責任者としてGOサインを出したのはこの私だ。他の誰のことも責めないでやってほしい。

 クロネコは君のことを知っていて、君の御父上を理不尽な方法で狩った我々を恨んでいたようだった。だが、こんな仕事をしている身だ、理不尽だとは思ってない――ラッカくんが責任を感じる必要はなにもない。

 むしろ、今まで黙っていてすまなかった。

 ふたつめだが――この事情を知ったあとでもなお、その気があるならラッカくんとトーリくんには良きバディでいてほしい。

 正直、君たちが初めて二人そろって会議室に来たときは、どうしようかと思ったんだ》

 そこまで言うと、ワカナは不意に微笑んだ。

《言ってしまえば、君とトーリくんは互いに互いが親の仇敵だ。そういう見方もできるだろう。ならば真実を伏せたまま、ラッカくんを始末して全てを闇に葬っても良かった。

 なぜか、そうできなかった。なぜかな。今になって思うんだが――私は、自分の人生を投げ打ってでも愛する人の子どもを生んだ蒼野ハコが、羨ましかったのかもしれないな。

 だから、その子どもを守ろうとしたのかもしれない。

 ――君たち二人で、クロネコを止めてくれ。

 ヤツと話をして分かった。アイツは、この世で最も深い恨みに囚われている。ならば、君たちふたりが未来を示せ。

 みっつ目。ラッカくんの命を狙う一部勢力が獣人捜査局には存在していたが、彼らは、個人的にラッカくんを憎んでいたんじゃない。君の制御不可能な強さと、イレギュラーな存在感を前にして国家公務員として為すべきことを為そうとしていただけなんだろう。それに気づけず、ストップをかけられなかったのは上長である私の責だ。文句は私の墓前で吐いてくれたまえ。

 ――トーリくんは、ラッカくんを導いてやってくれ。あとは、そう、故郷の墓参りにはそろそろ定期的に行ったほうがいい。

 以上》

 それから、SOUND ONLYで追加録音があった。

《私がトーリくんを贔屓した覚えはないが、もしかしたら君に日岡ヨーコの面影を見て甘くしてしまったかもしれないよ。そこは謝る。

 ――年老いて母性の宛て先がない女は色々と辛いな?》

 そして、今度こそ音声が終わった。


 ラッカは、音声を聴くとすぐに席を立った。「なんか、いっぺんに色んなことが頭んなかに入ってきて――」

「ああ」

「屋上でタバコ吸ってくる。外の空気が吸いたい」

「俺も行くよ」

 そうしてラッカとトーリの二人は、警視庁の獣人捜査局分館屋上に立って互いのタバコに火をつけた。

「トーリは、どう思ったの?」

 とラッカが口火を切った。「なんか、色んなことを言われた気がするんだけど――どうすればいいの?」

「今までと変わらないんじゃないか」

 とトーリは答えた。「自分の心に聞いて、考えて、大事だと思うことをやればいいんだ」

「――トーリは、あるの? 大事だと思うこと」

 ラッカは、真っすぐな目でトーリを見る。

 だからトーリも、真っすぐにラッカを見つめ返した。

「俺はある」

 と答えた。


「俺が大事なのはラッカだ」


「え――?」

「前に遊園地で言ってくれたろ? 『なにかを大切にするのが怖いなら、私を大切にすればいい』って。そうすれば、他の大事なことも考えられるようになる、ってな」

 それが嬉しかったんだ。

 トーリは煙を吐いた。

「ラッカがニンゲンを守るなら、いっしょに守るよ。ラッカがこれからもニンゲンの味方をするなら、俺は、ラッカを独りにしないようにラッカの味方になる。

 ラッカが気づけない悪に真っ先に気づいて、ラッカが生身で傷つかないように、そばにいるよ。ラッカが俺にそばにいてほしいなら、だけど」

 トーリがそう言うのを、ラッカはポカンと見つめていた。その表情に、少しだけトーリは照れくさくなって、

「愛してるって言えば伝わるのか――?」

 と言った。


「ははは」

 とラッカは笑った。「ありがと、トーリ。なんかトーリには助けてもらってばっかりだな――いつもそばにトーリがいる」

「俺は別に立派なヤツじゃない」

 トーリも苦笑する。「立派な大人の男は、こんなに年の離れた女の子を、職務規定も無視して好きになったりしないだろうな」

「そっか、ふふ」

 ラッカはまぶたを少し指でぬぐうと、またタバコを噛み吸いながらジャンパーのポケットに手を突っ込んだ。

「じゃあ、トーリがだらしない大人の男でよかったぜ」

 そのとき、分館屋上に一台のヘリが降りてきた。

「あれは――?」

「たぶん祁答院アキラ内閣総理大臣のものだな。首相官邸も国会議事堂も爆撃されたらしいから、祁答院派閥は防衛省が無断出動した自衛隊と行動をともにしてるらしいって話だ」

「へー、え」

 そんな風に二人でヘリの着陸を待っていると、なんだか不謹慎におかしな気持ちになってきて、ラッカは噴き出す。

「なあトーリ、私たちってお互いに親の仇なんだって」

「言ってたな」

「トーリはどう思うの?」

「俺の両親は実験事故の責任を他者に押しつけるような素人じゃない。あまり家では顔を合わさなかったが、そういうところは信頼してる」

「――そっか」

「ラッカはどう思う?」

 とトーリが訊くと、ラッカは今度こそ無性におかしくなって、ゲラゲラと笑えてきた。ヘリコプターの起こす風が彼女のドッグタグを揺らし、太陽にきらめく。それが彼女のための明かりになった。


「ピンとこねえ~~!!!!」


 ラッカが大声で笑うと、トーリもなぜか楽しくなって、「ハハハハッ!!」と笑った。

 それは、トーリが昔の恋人を失ってから初めての心からの笑顔だった。

 獣人捜査局の死傷者は大量にいる。クロネコに勝てるかどうかは分からない。東京が、日本がこれからどうなるかは未知数。なのにラッカとトーリは、なぜか、笑みをこぼすことだけはやめられない。

 ――やがてプロペラの回転を止めたヘリのなかから、祁答院アキラ首相とその側近、ドルサトゥム=トリシダが降りてきた。

「さあ、反撃の算段を立てよう」


  ※※※※


「不幸中の幸いがあるとすれば」

 と祁答院アキラは言った。「陛下とそのご一家はSDGsに関する先進諸国王族の会談にご出席なされているおかげで、日本を留守にしていたということだ。クロネコは皇居も襲撃したらしい、が、犠牲になったのは宮内庁の連中だけで済んでいた」

 彼女は、苦虫を嚙み潰したような顔だった。

「ここまで警視庁獣人捜査局に被害があっては、国家秩序の維持機能を期待することはできない。コトは既に、政治と軍事に移された」

 アキラはそう言うと、同じヘリに乗っていた防衛大臣の風鳴ツバサを親指でくいくいと示した。「獣人研究所にあるシルバープロダクトは、随時、自衛隊の装備として補充される。彼らは表向きは避難民の人命救助という名目で、東京都のありとあらゆる場所を動き回るだろう。そのとき獣人どもが先制攻撃をした場合にのみ専守防衛を許可した」

「自衛隊に銃を撃たせるということですか?」

「当たり前だ。なんのための軍事費だと思ってる?

 ――もちろん、自衛隊の稼働範囲は東京都内の非戦闘地域に限定するつもりだ。自ら獣狩りを率先して実行するような部隊にはしないさ。忌々しい憲法九条があるからね?」

「非戦闘地域?」

 トーリは食い下がった。「電波も回線も不通の都内で、いったいどうやってそれを指定できるつもりですか?」

「私の軍隊がキャタピラの跡を残した場所は全て非戦闘地域だ! 定義はそれで充分だろう――ここで議論をする気はないぞトーリ青年!」

 アキラは凄むと、トーリに詰め寄った。「日岡夫妻も渡久地ワカナも失った。志賀レヰナは重体だ。獣人の存在は許されない。あいつらは人語を解するだけの獣。これ以上の人命被害が出る前に、私は軍を動かす。それに異存はないはずだ――!」

 アキラはそう言って、トーリの目を見た。「君だってご両親の仇を討ちたいだろう?」

「俺の両親は復讐なんて考える野暮な人たちじゃない」

 トーリはそう答えてから、少し考えて言った。


「祁答院アキラさん、あなたのお祖父様である祁答院ノブスケは1971年、獣人が発生した某国の事故に巻き込まれて視察先で亡くなっています。あなたが米国に追随して獣人の生物兵器化を望むのは、それに対する復讐心ではないのですか?」

 彼の言葉に、アキラは目を見開いた。

 トーリは続ける。

「あなたのお祖父様は立派な政治家だったと聞いています。たとえ、戦後の混乱を収めるために反社会的組織や新興カルト宗教と繋がりを持っていたとしても、それはあくまで国民を想ってのことだったんでしょう。俺はいちいち追及しません。

 だけど、あなたの猟獣軍事転用は、どうなんですか。それはあなたの憎む獣人をさらに追い詰めて、そして、これまであなたのお祖父様を顧みなかった戦後日本の歩みを巻き戻してやろうとする恨み節ではないと、どうして言えるんですか。

 あなたも政治家だ。言葉も上手いし論も立つ。だから俺には反論はできないし、するつもりもありません。でも俺は残念ですが、自分の心で決めたこと以外では動かない」


「ガキが知ったようなことを――」

 アキラはそこまで言ってから、不意に我に返り、「いや、いい」と首を振った。「いま君になにかを反論する必要はこちらにはないんだ。好きなだけ言っているといいさ! 勝手にね!」

 それから、アキラは不意にラッカを見つめた。

「なるほど――あのオオカミ男に目が似てる」

「オヤジを知ってるの?」

「渡久地ワカナの遺言を聞いたなら知ってるだろう。私が君の御父上を捕獲した作戦の立案者だ。――私が憎くないのかな?」

「よく分からなくて」

「ふむ」

「生きもの同士が狩り合うのに、卑怯も正々堂々も本当はないと思う。オヤジは負けた。ムカつかないってわけじゃないけど、だから、いちいち怒らないよ」

「そうかい?」

 アキラは静かに頷いてから、ただ、不思議なものを見つめるような眼でラッカ=ローゼキのことを観察していた。

 ――この娘は、なんなんだ。

 もちろんワカナやレヰナやダイスケ、コウタロウからの報告は受けていた。そのときはただ漠然と、本能の狂った獣人がたまたま人間の味方をしているだけだという風に認識していただけだ。

 しかし、いま私が目の当たりにしているこの小娘は――人間の心を持った生きものそのものじゃないのか?

「君は何者だ? 君の目的はなんだ?」

 と、アキラは思わず訊いた。ラッカは目をそらさず、

「ラッカ=ローゼキ。ニンゲンの味方」

 と答えた。それから、彼女は「祁答院アキラさんが、私の成長を止めてたってほんと?」と問うてくる。

「ああ、そうだよ。私が君の猟獣訓練を中止していた」

「なんで?」

「君があまりに強くなると、人間の側で抑えられなくなるだろうと思って、ね」

「そっか。まあそこは心配しないでよ」

 ラッカはそこでニッカリと笑った。「ちゃんとこの力はニンゲンのために使うから」

「――そうか」

 祁答院アキラは、二、三歩だけ下がった。胆力で気圧された、という感覚だけがあった。

「それで? ラッカ=ローゼキくん。君は自衛隊に合流して『人命救助』に参加してくれるのかな? それとも警視庁獣人捜査局を守るためにここに居続けるのかい」

「うーん」

 ラッカは少し悩んだ素振りを見せたあとで、

「他にやることがあるから、人助けはアキラさんに任せる!」

 と言った。

「やること? 他に?」

「うん」

 ラッカはトーリと少し目を合わせて、それから再び祁答院アキラを見つめた。

「私はクロネコをブッ飛ばさなくちゃいけないから、アイツと戦いに行くよ!」

「なに?」

「あいつ、たぶんメチャクチャ強いでしょ。爆弾とか落としまくってもダメだと思う。だったら私が戦って勝ったほうが早いよ」

 そこで、ドルサトゥム=トリシダが割って入った。

「勝算は――あるのですか――オオカミ――?」

 彼はラッカの顔を見た。「必勝の作戦などは――ないのですか――?」

「ないよ。でも負けないと思う」

 ラッカはそう答えた。

「私はケモノのなかじゃ、いちばん強いんだから」


  ※※※※


 祁答院アキラは防衛大臣の風鳴ツバサに命じて、防衛省専属猟獣を呼び出していた。ハトの獣人、タウベ=シャブラ、脅威度C級。伝達型。あらかじめ鳩の羽を渡している相手にテレパスを送り、自分自身もまた音速の飛翔でメッセンジャーになることができる。

「あらゆる連絡網が機能不全の東京都だ、まだ動いている国内行政にはこれで話を通しておくしかあるまい」

 そうアキラは呟いた。「それから、日本に到着しているだろう米軍側の要人にも伝えておいてくれ。まだ核は使用しない。それが必要になるのは、ラッカ=ローゼキがクロネコに敗北したあとのことだ」

「ええ、承知しました」

 風鳴ツバサは頷いた。髭面に、たっぷりと脂肪を腹にたくわえた中年の男だ。

「自衛隊から、ラッカ=ローゼキ援護用の部隊を出す必要はありませんか?」

「ない。向こうからも要望はなかった」

 とアキラは答える。「君もオオカミの超加速型については調書を読んだろ。あれは周囲メンバーと連携を取れるタイプの能力じゃない。もし、ラッカが周りの犠牲を気にせず目的を遂行できる性格なら、我々の軍が捨て駒を演じることもできるだろう――が、あの小娘はそういうタイプでもなさそうだ。

 誰かが命の危険に晒されたら、そちらの救助を優先してしまう子だ」

「つまり?」

「戦車や戦闘ヘリを寄越した程度では、A級獣人同士の戦いでは足手まといにしかならないということだよ。ここからは、完全に一対一で専念させたほうが都合がいい。

 ――いやはや、一匹狼とはよく言ったものだなあ。ラッカ=ローゼキは本人の気質とは裏腹に、どこまでも孤独に戦うことが向いている能力の持ち主なんだ」


 ラッカは着替えると、ドッグタグを首に通して警視庁獣人捜査局を出た。

 そこに、見送りの面々がいた。

「みんな――」

 ラッカが驚いていると、前列にいた田島アヤノがグッと親指を立てた。

「頑張って! ラッカちゃん!」

 腕を組んでいるだけの仲原ミサキも、声を寄越す。

「またいっしょになにか食べよ?」

 イズナは松葉杖をつきながら、

「傷が治ったらすぐ合流します。それまでは、死なないでください」

 と言った。

 山崎タツヒロが黙ってⅤサインを送ってくる。

 そして、中村タカユキとその班員、サビィ=ギタ、笹山カズヒコとその班員、メロウ=バスが揃って道なりに立っていた。

「勝ってこいよ! ラッカ=ローゼキ!!」

 そんな皆の声援を受けながら、ラッカはバイクに乗った。


「おうッ!!」

 と彼女は大声で言った。「あのムカつくクロネコってヤツ、さっさとブッ飛ばしてきてやるぜ!!!!」

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