第21~24話 One More Light

第21話 VS黒獅子 前編その1


  ※※※※


 クロネコのアジトに押し入ると、笹山カズヒコは無感情に発砲した。最初に、ドアのいちばん近くを歩いていたアダム=アダム=アダムの眉間に命中。次に、「えっ」と声を上げて読書中のハードカバーを取り落としたアノ=バリアテの喉にシルバーバレットが当たった。フカミ=アイはそんな二匹を見るや否や、すぐにホテルの窓をブチ破って外に脱出しようとする――が、そのときにはすでに第五班メロウ=バスの型が発動していた。

 メロウ=バスはクモの獣人、結界型。彼が入った場所からは、彼が出ていかない限り誰も出ることができない。それが部屋であれ、建物であれ。

 そんな彼の能力をフカミが察するころには、すでに背中に三発のシルバーバレットが撃ち込まれていた。

 トーボエ=ピルは仲間たちの惨状を見ると、すぐにテーブルを蹴り上げて戦闘態勢に突入。懐から短刀を取り出して笹山カズヒコに迫った。

 ――なぜ賊がここに侵入できたかは分からない。とにかく今は外敵を排除するのが先だ。

 そんな彼の凶刃は、しかし、第四班のサビィ=ギタによって防がれる。振り下ろされたトーボエの腕を、先に間合いを詰めて左肘で打ち、動きを止めた。

 そして、右手の平でトーボエに掌底を食らわせる。

 効果発動。

 サビィ=ギタ。ハチの獣人、破裂型。手のひらを当てた箇所に、時限式かモーションセンサ式かの爆弾を植え込む。――ハチの毒が時間をかけて巡るように、あるいは、二撃目のアナフィラキシーショックが対象を死に至らしめるように。

 今回は後者。サビィはさらにトーボエに近づくと、その短刀をあえて肩に受け止めながら、ちょん、と再び同じ箇所に手のひらを当てた。

 小爆発。

 トーボエは血を吐き、その場にうずくまる。彼の後頭部に、第四班班長中村タカユキが何度もシルバーバレットを叩き込んだ。


 そして、現在。全ての班員がクロネコ派のアジトに乗り込むと、徹底した家宅捜索が行われた。

「いまのクロネコがなに企んどんのか、次の隠れ家はどこか、手がかりになるもんはチリひとつ見逃すな!」

 カズヒコが怒鳴る横で、中村タカユキはサビィを手招きすると横に置く。

「正直、俺のほうは本命のクロネコと出会わなくてほっとしてる。まあ、十中八九すでに逃げられてるだろうとは思ってたが」

「ほっとしてるう? なんでや?」

「相手は渡久地ワカナ局長とギボ=ジンゼズを相手にして単騎で勝てる程度には強い。獣人捜査局の残りメンバーでマトモに戦えるほうが少ないだろ。

 ――それでも、クロネコは現在進行形で別の地点で監視カメラに捕捉されてる。だからメロウとサビィと俺たちで後方支援組をどうこうできるって算段はあったわけだが」

「そうかい」

 カズヒコが息をついていると、奥の部屋から第四班の捜査員が出てきた。

 老齢の桑山ザンセツが、まずドアを開ける。そして若手である黒木カンミと大崎テンカの二人組が、ひとりの女を――志賀レヰナ班長を抱えて歩いてきた。

「第二班班長、志賀レヰナさん無事です! アジトの奥で縛られていましたが、ちゃんと息があります!」

 その声を聞き、カズヒコもタカユキも志賀レヰナのそばに駆け寄った。

 彼女はひどく痛めつけられていたが、それでも意識自体は残っているようだった。バケモノじみたタフネスだ、と誰もが感じる。

「レヰナさんを早く病院へ」

 とタカユキは言ったが、その腕を、当のレヰナがガッシリと掴んできた。「悪いな――しくった。だが、あいつらのほしい情報は吐かなかったぜ」

 それから、ぶるぶると震える手で指を二本立てた。伝えたいことが二つあるということだろう。

「クロネコの野郎はライオンのガキだ。緑色の目、女みてえなツラ。なげえ黒髪――拷問されながら、戦ってたときのことを思い出せた――あいつの能力は『超再生』型だ」

「超再生――?」

「死んだ獣人の能力をコピーできる。それから、死んだ獣人を蘇らせることもな。数あるA級のなかでも仮説段階だったはずだ――まさかあんな外道の能力があるなんてなあ」

 それから、と、レヰナは指をひとつ折った。

「あいつが知りたいのはサイロ=トーロ事件のこと――そして、《原初の獣人》に謁見するためのアクセスコードだ」

 それを聞いて、笹山カズヒコも中村タカユキもポカンとする。

《原初の獣人》?

 なんだそれは? インターネットに流れているただの噂話か、頭のおかしい陰謀論として片づけられていたものではなかったのか?

「事実は小説より奇なり、んでもって、現実は陰謀より歪なりってな」

 レヰナは少し笑うと、「クロネコがマジなら本命の狙いは祁答院アキラ首相。――あとは頼む」と言った。

「分かりました。レヰナさん、どうかゆっくり休んでください」

「最後にもうひとつ」

 とレヰナは声を上げる。「アタシの旦那と坊は、ッ、無事か――!?」

 その質問をするときだけレヰナが母親の顔になるのを、カズヒコは見逃さなかった。彼女の手を握る。

「大丈夫です。ちゃんと避難できたいう連絡は届いてます。――安心してください。いまは新潟だかどこかのコテージで過ごしとるそうですわ、レヰナさん」

「――なら、いいよ」

 そこまで言うと、レヰナはやっと安心したのか、意識を失った。


  ※※※※


 クロネコの起こした最悪の暴動は、必要以上に都内を騒がせていた。暴れ回る獣人は、黒獅子のマークをスプレーで壁に塗りたくっては道行く人を襲い続ける。操られている人間も同様だ。もはやそこにいるのは、クロネコに救われた元獣人奴隷だけではなかった。これまでコソコソ小規模の殺人で我慢していた獣人も、血の匂いに当てられて人を喰うことにためらいがなくなっていたのだ。

 イモリの獣人が、逃げ惑っていたニンゲンの女の服を剥いだ。すると、有名フィギュアスケーターのアクリルスタンドがそのポケットから転がり落ちる。

「おい、なんだこりゃ?」

「アタシ知ってる~!」

 と、となりにいたヒキガエルの獣人が笑った。「たしか森内ワタスっていう世界的なフィギュアスケーターでしょ? 最近離婚しちゃったんだよねえ!」

「離婚? そいつは悲しいな。なんでだ?」

「なんかねえ、うっざいマスコミの揚げ足取りみたいな取材とお! きっしょい女オタクの心配ぶった母親ヅラがイヤすぎたんだってさあ!」

「可哀想になあ。だってこのスケーター、ヒトザルにしちゃあすげえヤツなんだろ?」

「そうだよ? そういう才能の足を引っ張ることしかできないのがヒトザルってわけ」

 そんな風に談笑する獣人二匹に対して、女はただ泣き喚きながら、半裸の状態で逃げるしかない。

 そして、それを見逃す獣人たちではなかった。

「クロネコ様の言ったとおりじゃん! ニンゲンは弱いくせにさらなる弱者を虐げる。弱いなりに慎ましく生きようっていう分相応な考えも持てないから、自分よりも恵まれた、価値ある強者を平気で傷つける。

 ――この星のガン細胞だよ。人類は病原菌なんだ。

 アタシたち真の強者たる獣人が――その治療薬!」

 じゃあトリプルアクセルを決めましょう。美しいものだけが生きればいいのだから。

 二匹の獣人が女に襲いかかるなか、さらにうしろのビルから火の手が上がり、車どうしが衝突しながら歩道に乗り上げ、横転しながら逃げまどう人々の道を遮った。

 もはや、東京23区内で獣人事件の起きていない場所などなくなってしまった。

 ビルにかけられた大型スクリーンでは、NHKのニュースキャスターが絶叫している。

『政府は獣人特別事態宣言を発令しました! 早急に避難してください! 今回の獣人はA級獣人の可能性があります! 今すぐにテレビを消して――いや消さなくていいです! 早く逃げてください!! 命を第一に行動してください!! 渋滞の場合は車を捨ててください! 電車を待たないで――』

 そんなスクリーンに対して、トンボの獣人が笑い飛ばす。

「うるせーぞヒトザル!! 大人しくオレらに殺られとけや!」

 と、ソフトボール大の石ころを剛速球で投げつけた。

 バキン、と音を立ててスクリーンが破壊される。映像は乱れて、消えた。


 そんな様子が各所で起こるのを、クロネコはただダンスを踊るようにクルクル舞いながら楽しんでいた。

「楽しいなあ! 楽しいなあ! 人がいっぱい死ぬよ!」

 ねえ、オオカミのねーちゃんはどうするの?

「今でもヒトザルを守りたいなら、僕を止めなくちゃいけないだろお!? ラッカ=ローゼキ!!」


  ※※※※


 市街のスピーカーは、それでも市民に呼びかけ続けていた。

『先ほど、東京都に獣人特別事態宣言が発令されました。都民の皆様は、安全に配慮し、充分に注意しながら避難してください。――獣人は大変危険です。繰り返します。充分に注意しながら避難してください。獣人は大変危険です』

 そして駅の、街の電子公告版が次から次へと表示を切り替えていく。毒々しい赤色の『獣人特別事態』。

 ある男女は、タクシーに乗りながらスマートフォンのアナウンスを確認する。

「そういや、なんかさっきのNHKの女子アナやばくなかった? すげえ大声で怒鳴ってたじゃん?」

「知らないの? 20年前のA級獣人事件のときに逃げ遅れた人がいたから~って、報道の仕方が変わったんよ」

「うお、そうだったっけ! じゃあアレってパフォーマンス? プロってすげえ!」

 そんなカップルに、運転手が声をかけた。

「すみません、お客さん」

「?」

「長い渋滞ですよ――みんな逃げようとして考えることは同じみたいですね――どうします?」

「うへえ、マジっすか!?」と男。

「どうする? もう歩く?」と女。


 と。

 進行方向から、ゆっくりと歩いてくる人影があった。

 浅田ユーリカ、フランケンシュタインの怪物である。獣人名、ゴシシ=ディオダディ。

「んふ、んふふふふ」

 と彼女は楽しげに笑った。「ここにあるくるま、み~んなばくはつさせちゃえばいいのお?」


  ※※


 電車はラッシュ時外にもかかわらず、ほとんど満員電車になっていた。幼い娘がぐずるのを抱きかかえながら、サラリーマンの父親は汗だくで天井を見上げる。

「大丈夫、もうすぐ新幹線だからな~!」

「ねえ、パパ?」

「ん?」

「オオカミさん、来てくれるよね?」

 娘は、胸に抱いたオオカミのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。「にんげんが困ってるときは、ヒーローのオオカミさんが来てくれるんだよね!?」

「――ああ、そうだよ」

 父親は、娘の頭を撫でた。「大丈夫だからな。カナコもオオカミさんを見習って、強い女の子になるんだぞ!」


 と。

 そのとき、電車が緊急停車した。

 線路に大量の死体が放り込まれ、行く手が塞がれてしまったためである。空中から老若男女の体を交通機関に投げ込んでいるのは堕天使、津島マナオ。カラスの獣人。

「あは~っ!」

 とマナオは笑った。「地べたを這いずるしかないの、可哀想~!!」

 それからマナオは、さらに大量の死体を調達するために――目の前の電車のなかに急降下突入した。


  ※※


 羽田空港。

『なるべく飛ばせるだけの便は全て飛ばすことができるように他に伝えてくれ。一人でも多く、東京から逃がすんだ』

 管制塔がそのように伝えている間、空港の売店にひとりの女が立っていた。

 大量の土産類、菓子類を購入したあと、万札を複数枚置いてレジの中年女性に「釣りは要らねえよ」と言ってから、その女はふと振り返った。

「なあオバちゃん、10分以内にこの空港を出ろ。土産を選んでくれた礼だ」

 そう言ってから女は――クイーン=ボウは、コキコキと首を鳴らして空港の中央に立った。

 周囲に聞き耳を立てると、誰も彼もが東京から今すぐにでも飛び立ってくれる便を待って祈ったり、受け付けに怒鳴り込んだり、泣きながら互いに励まし合ったりしている。

「悪いな――てめえらここで全員おわりだよ」

 クイーンは土産類をリュックサックに入れて野球帽(ヤクルトスワローズ)を被り直し、律儀に10分待ってから、両手を合わせて手刀を切った。

「『廻天』!」

 次の瞬間、羽田空港は血の海と化した。


  ※※


 徒歩の長い、長い列が都心に広がっていた。スウィーテもそのなかに紛れて、獣人の溢れる東京から避難しようとしていた。

「とにかく東京から出ちまえばいいんだろ!?」

 スウィーテの新しいマネージャはそう怒鳴りながら、彼女の手をほとんど強引に引っ張ってくる。「スウィーテちゃん、頑張れよ! せっかくメジャーに復帰できそうなんだ! こんなときに死んでたまるか!!」

「は、はい――!」

 なんとかそう返事をするが、ほとんど力尽きていた彼女は、その場で転んで倒れてしまった。

「スウィーテちゃん!?」

 マネージャは慌てて彼女を抱き起そうとする。


 が。

 そこに、スポーツドリンクを差し出す男の手があった。

「無駄だよ、お姉さんにお兄さん」

「え?」

「獣人どもはこんなに簡単に東京を混乱させたんだ。次は近隣の県を、そして日本全体を標的にする。逃げ場はないと思ったほうがいい」

 男はそう言って微笑むと、スウィーテを起き上がらせ、スポーツドリンクを優しく手渡した。

「麗しの歌姫、そしてその付き人さんだろ? この近くに、僕くらいしか知らない簡単な避難場所がある。いったんそこで体を休めよう」

「――誰?」

 そんなスウィーテの質問に、男は目を丸くした。

「僕を知らない? 君とは別方面で有名人だと思ったんだけどな」

 それから男は、眼鏡の位置を直した。

「僕の名前は、間宮イッショウ。――殺人鬼だよ」


  ※※※※


 翌朝。

 クロネコはラブホテルの屋上でオムライス弁当を食べてから、ハバ=カイマンとハツシ=トゥーカ=トキサメ、そして五味ユキオのほうに向き直った。

「ちょっと仕事してくるから、あとは逃げ惑ってるヒトザルでも適当に駆除してて?」

「あいよ」

 とハバは答える。「しかしクロネコ殿、仕事ってのはなんだ?」

「んっふっふ」

 とクロネコは笑った。「『工作型』は、目で見て触れて機構を理解した武器なら即時再現できるんだろ?」

 さて問題。

 戦車やヘリは《武器》に含まれるかな? バナナはおやつに含まれますかみたいな話だけどね。

 カシャン――と、クロネコの左瞳孔が形を変えて、漢字の「工作」になる。

「『超再生』」

 次の瞬間――クロネコの周囲に三機以上の戦闘ヘリが生成される。

 重ねて彼は、もういちど「『超再生』」と呟いた。

 意志のない人形のような獣人が、それぞれのヘリのコクピットに生まれていった。

「おー、上手くいったね」

 と彼は言う。「僕が合図をしたら、都内の電波塔と主要な橋を全て破壊しろ。そのあとで妨害電波を発する飛行船を巡回させる。そうすれば東京はまるっとスタンドアローンだ。

 ――僕がX級獣人にアクセスするための時間も稼げる」

 そこまでクロネコが言うと、自動的に、戦闘ヘリは飛び立っていった。「さて、と――ユキオおじさん? まだ元気よく放送をしてるTV局は?」

「東京都港区六本木グランドタワーです。討論番組とか」

「緊張感ねえなあ。自分だけは無事で済むと思ってんだろうな、民放のバカは。

 まあ、おっけー!! ちょっとそこに行って、放送ジャックしてくるよ!!」

 クロネコは朗らかに笑った。「だって必要じゃん? これからヒトザルを滅ぼしたいライオンと、ニンゲンを守りたいオオカミが戦うかもなんだ。場所と日時は指定して派手に盛り上げなくちゃさあ――」

 それから、カシャン、と音がすると――クロネコの瞳孔の形が「疾走」という漢字になった。

 ヒュン、と――鋭い空気音だけ立ててクロネコは消えていった。


  ※※


 テレビ局、スタジオ。

『いったい政府はなにをしているんでしょうかね』

『防衛省と警察庁の間に対立があるというのは、それは本当なんですか。この非常事態に、下らない内ゲバがあるということですか』

『警視庁獣人捜査局がもう使いものにならないというのが事実だったら大変ですよ。あれだけ国民の税金を搾り取っておいて、人々に大見得を切っておいて、肝心なときになんの役にも立たないじゃないですか!?』

『まあ、結局のところですね、日本の警察は欧米諸国に比べて何歩も遅れている、後進国のそれだということですよ。無能なんです無能。現実は刑事ドラマのようにはいきませんからね――フィクションの悪影響ってところです』

『でも自衛隊を出動させようとする今回の方針はどうなんですか? 結局、祁答院内閣はそれをダシにして、日本を戦争できる国にしようとしているだけじゃないですか?』

『今そんなこと言ってる場合か!? 獣人どもが罪のない人命を奪ってんだよ!! このまま街がつぶれて責任とれんのか!?』

『いや、だからもっとね、シンプルでエレガントな方法があるんじゃないかとね、私は、言いたいわけです』

『グチグチ言って助けにこない米軍も米軍だよ。さんざん沖縄の景観を汚して婦女暴行を働いておいて、いざというときに助けにこないならなんのための基地なんだ』

『それ差別発言ですよ!?』

『なにが差別だよ!! 薄汚ぇアメリカ軍人どもに沖縄の女を食いものにさせてる政府の方針が差別だろ!!』

『だから基地移転は「最低でも県外」って野党時代にさあ!』

『そもそも自衛隊を最初から国軍化して、獣人の生物兵器化を推し進めていればこんな問題も起きなかったわけです。全ては中道右派の微温的な対米従属路線が招いた帰結ではないですか?』

『お。ここに祁答院派閥がいるみたいですねえ?』

『ちょっと茶化さないで!』


 ――そんな怒声が聞こえてくる。クロネコはフフフッと微笑みながらスタジオに入っていった。

「お嬢ちゃん、どこからきたの」

 とADが訊いてくる。どうやらクロネコの性別を勘違いしているらしい。「ダメだよ、ここ、今ちょっとピリピリしててさあ?」

「黙れ」

 とクロネコは囁いた。

「僕の許可なくニンゲンごときが喋るな。語るときは膝をついて、最上敬語で話せよ――サルが」

 指をパチンと鳴らす、と、そのADは脳卒中を起こしてその場に崩れ落ちた。


「さて、楽しいテレビショーの始まりだ」


  ※※


 クロネコはスタジオに堂々と乗り込みながら、カメラマンに「『超再生』」と囁くのを忘れない。

 瞳孔の形が変わり、漢字の「順応」になった。

 ナマケモノの獣人、順応型。対象を「外的影響を受けないルーチンだけの行動にそぐわせる」。

 それからステージに上がると、論客がいるテーブルにどっかりと座った。

「今からこの放送は最凶の獣人である僕のものだ――いいよね?」

「いや、急になにを言っ――」

 そこまで抗議してきた司会者、美織鉄郎の首をクロネコは容赦なく斬り落とした。血が噴き出し、天井のダクトにかかる。


「ヒトザルが獣人に物言いかあ? はあ~!?」


 と彼はケラケラ笑いながら、その生首を掴む。

 そしてその頭部をドッカリとテーブルに置くと、クロネコはスタジオの中心、その席に腰を下ろす。

「お前らはここから逃げられないよ。コイツみたいに首だけの存在になりたくないだろ?」

 彼が微笑むと、周囲のコメンテーターたちはただ頷きながら身じろぎひとつせず、その場に留まり続けた。

「ククッ、それでいい」

 クロネコは微笑むと、両手をゆっくり開いた。

「お前らニンゲンは10年以上前に、A級獣人であるオオカミを卑劣な方法で駆除した。しかも、なにも知らない彼の娘を警察組織に招き入れて彼女の無知をいいことに同族殺しをさせてるんだ。これは許されない。

 僕は、彼女を迎えにきたんだ」

 クロネコは近くにあるホワイトボードを手に取ると、そこに水性マジックでなにかを書き込んでから、カメラマンの前に差し出した。

 そこに書かれているのは、日時だった。

「場所は六本木で、時間は2024年の1月9日の13:00。警視庁獣人捜査局で働かされてる、可哀想なラッカおねーちゃん。ここに来い。とっくに最強になってるんだろ? 僕はその力がほしかったんだ、会いに来てよ。ムカつくヒトザルどもを鏖殺するために合流して仲間になろう。ふたりなら、世界だって思いのままだよ?

 ――もし来ないなら、いま東京で起きている騒動はいつまで経っても終わらない。

 それとももし、僕の味方になる気がなくて――僕を倒す気なら、それでもやっぱり指定の時間にここに来ておいでね。返り討ちにしてやるからさ」

 クロネコはそう言ってから、不意に微笑んだ。

「でもヒトザルを憎む理由は、お前のほうにあるんだラッカ=ローゼキ。お前の母親は、腐敗した司法制度のせいで実父を喪った犠牲者だ。そうしてお前の父親は、そんな母親に対するマスコミからのバッシングに耐えられずに先走って、罠にかかって、嘲笑われながら息絶えた被害者。

 ――そのバッシングとやらが、現内閣総理大臣、祁答院アキラによる策略とも知らないままね。

 ラッカ。君は忘れてるかもしれないけど、僕たちはず~っと前から出会ってたんだよ。

 僕には名前はない。僕のことを指し示すのは、欺瞞と偽善に満ちて腐敗しきった村の名前だけだ。

 あのときの僕はずっと寂しかった。生みの父にも母にも捨てられて、あらゆる生き甲斐を失ってた。そんなとき――オオカミのおねーちゃんだ、君が、僕を砂場遊びに誘ってくれたんだよね。

 どれだけ自我と記憶を失っても、それだけは覚えてるんだよ。

 

 ――あのときの遊びの続きをしよう。オオカミのおねーちゃんが僕を殺せたらおねーちゃんの勝ち。僕がおねーちゃんを殺すか、仲間に招き入れることができて、X級獣人の力を手に入れられたら僕の勝ちだよ。


 楽しそうだろ? 命のやりとりっていうのが、さあ、どんな生き物も楽しめる最高の娯楽だよ。現実は残機0だから、いつもスリル満点だよね?

 くだらないニンゲンを守りたいっていうなら、僕を狩ってみせろよ。ラッカ=ローゼキ」

 クロネコはそこまで言ってから、指を鳴らす。工作型で用意しておいた3機のヘリが飛び立っていくのを、彼は自分の頭のなかで感じ取った。


 それからクロネコは立ち上がると、周囲のコメンテーターたちに「もう大丈夫だよ? 邪魔しちゃってごめんね」と声をかけた。

 そして懐から回転式拳銃(S&W M629)を取り出すと、カメラの前で彼らの脳天をひとつずつ撃ち抜き始めた。

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