第20話 VS摩天楼 後編その4


  ※※※※


 仲原ミサキの自動拳銃グロック17から射出された銃弾は、そのまま、双子獣人奴隷ツインズの運転する車に命中する。

 即パンク。ステアリングコントロールは失われた。

「あ、ああああ!?」

 次男のツインズ=ボタンは、なんとかハンドルを握りしめて車線から逸脱しないようにする。それを見た後続車の日岡トーリは「もういちど」と呟き、再びアクセルを思いきり踏み込んだ。

 トーリの車がツインズの車にもういちど追突する。

「があああ、くそがァッ!」

 射撃役である長男のツインズ=カリンは悪態をつく。

「うしろは獣人捜査局の本命かよ! テメエの車ぶつけるとかイカれてんのか!」

 そう。

 日岡トーリにもし狩人としての才能があるとすれば、それは常識外れの選択肢を平然と選べる豪胆だ。彼には仲原ミサキのような射撃技術も、田島アヤノのような運転技術も、佐藤カオルのような身体能力もない。言うまでもなく、山崎タツヒロが持つ獣人科学の膨大な知識が彼にあるわけではない。

 ただあるのは、常人がブレーキを踏むところで、躊躇いなくアクセルを踏める心理的傾向である。土壇場の恐怖を蛮勇が勝る特質。

 ――その傾向こそが、獣人の常軌を逸した殺人事件を推理するのに役立っていることは言うまでもない。優れた狩人は、人間よりも獣に近い世界で生きている。

 そしてもうひとつは、

 そんな彼だからこそ、規格外のラッカ=ローゼキはここまで守られてきたのだ。

「ミサキ」

 とトーリは言った。「もう一発撃って、相手の車を完全に行動不能にしてくれ」

「ラジャ」

 ミサキはそう答えながら、拳銃を構え直した。今度は別のタイヤを狙う――完全に神柱ホシゾラの従僕を戦線離脱させる。

 そう思っていたのだが、

「ナメんな!! スナイパー女!!」

 とツインズ=カリンは怒鳴り散らし、車窓の外に踊り出てルーフの上にのぼった。「せっかく楽しく狩りをやってたのによお、テメエのせいで台無しだ!!」

「大人しく投降して」

 そうミサキは返した。「あなたは奴隷商人に飼われながら最低の人殺しに手を染めてるだけでしょ。事情はあとで聞く。とにかく今は、クロネコ派を捕まえるために手を引いて」

「ニンゲンなんかゴミみてえに多いゴミだからオレら獣人が掃除してやってんだろうが! ボケのメスザルが!!」

 ツインズ=カリンはそう笑うと、バッ、と車の屋根から飛び降りた。

 ――なにをする気?

 とミサキは思った。あいつは調査によればカメレオンの透過型獣人。攻撃からすり抜ける以外はなにもできないはず。

「くっひひひひ!」

 ツインズ=カリンは型を発動する。「そりゃ、どこからどこまでを『攻撃』と解釈するかだろうが!」

 そう。

 車は人を轢く。車の移動は『攻撃』である。

 ならば透過型は、そんなステンレス製の壁をすり抜けて相手の車の座席に移動することができる。

「しゃあッ!!」

 ツインズ=カリンはトーリの車に乗り込んできた。位置関係は以下のとおりである。


  運転席 助手席

  トーリ ミサキ 前部座席

  カオル カリン 後部座席


「なにっ!?」

 ミサキが驚く間もなく、ツインズ=カリンはニヤニヤと微笑みながら「まずは一殺」と呟いた。

 隣に座っている佐藤カオルの顔面にストレート。

「ぶっ!?」

 カオルの鼻と口から血が飛び散る。

「ははははははは!!」

 ツインズ=カリンはさらにカオルの右腕を掴み、「おお、ニンゲンにしては筋肉ついてんなあ」

 そう言いながら、手首をひねって彼の腕の骨を壊していった。

 バキバキバキバキ――と、雑な破壊音。

「ああああああああ!!」

「ハハッ、アハ~ッ!! これ全治何ヶ月よ!?」

 ツインズ=カリンが高笑いするのを、ミサキは歯ぎしりながら振り返った。右手には自動拳銃。なんのためらいもなく、数発発砲。

 そんな銃弾を、ツインズ=カリンはすんでのところでかわす。

「至近距離ってのが仇になったなあ――。

 銃口の向きもトリガーを引く指も、動体視力で全部見えちまう――クク。てめえらニンゲンがどんだけ科学と技術で武装したってな、オレら獣人には敵わねえのよ」

 彼がそう勝ち誇っていると、

「ならこれはどうだ」

 と、日岡トーリが言うのが聞こえた。彼は左手でハンドルを掴みながら、右手でサブマシンガンをツインズ=カリンの側に向けていた。


「狙撃手がピストルを使ってたら、運転手のほうはそれ以上の武器を持ってないとでも思ったのか?」


  ※※※※


 乱射。

 日岡トーリは、なんのためらいもなく短機関銃MP5を撃った。ツインズ=カリンの側には退避路がない。

「チィ――ッ!!」

 カリンは即座に透過型を発動。あらゆる攻撃を「すり抜ける」能力である。透明になった彼の体の向こう側で、銃弾は後部座席の背もたれに穴を開け続けた。

 が。

 刹那、ツインズ=カリンはトーリの運転する車から投げ出される。

「しまった――!!」

 透過型の弱点、その2。型を発動して攻撃をすり抜ける際に、回避する攻撃の取捨選択ができない。「あの攻撃は通すがこの攻撃は通さない」ということは不可能なのである。

 よって銃弾を『透過』したカリンは必然的に、自動車の移動という名の攻撃も『透過』せざるを得なかった。

 カリンはそのまま高速道路の上に着地する。体勢を立て直して顔を上げたときには、トーリの車も、ツインズ=ボタンの車も遥か遠くになっていた。

「くそ――!! 狩人のクソニンゲンども、オレらより弱えくせにナメやがって!!」


 一方のツインズ=ボタンは、なんとかハンドルを制御しながら反撃の手段を閃こうとしていた。

 ――そうだ、このまま急ブレーキを踏んじまえばいい。大事故は免れねえが、こっちは獣人核の再生力でどうとでもなる。

 その点、あっちはただのニンゲンだ! 車がクラッシュしちまえば無事では済まねえ!!

 そう、判断を決めたときのことだった。

 先にトーリの車が減速し、ツインズ=ボタンの車から距離を置いた。

「ああ――!? どういうことだよ!?」

 彼はそう怒鳴る。

 だがその疑問に対する答えは、すぐにやってきた。

 ツインズ=ボタンの車の脇腹を、別の車が同じ脇腹で叩きつけてきたからである。

 不意打ち。

「ああああ――!?」

 ツインズ=ボタンは右隣を見る。彼の車にクラッシュしてきたのは、警視庁獣人捜査局第七班運転手、田島アヤノだった。

「死んどけゴラアアアア!!!!」

 アヤノがそう怒鳴っているのを、ツインズ=ボタンは聞いた。的確なハンドル捌きで、彼の車を中央へ中央へと押し出してくる。

 ――その50メートル先にあるのは、サービスエリアに向かうための分岐路、看板、ガードレールである。

 あそこにオレをぶつけるつもりか!?

 ツインズ=ボタンはすぐにハンドルを握り、ステアリングの主導権を握ろうとした。「ナメんなよメスのヒトザル! 地獄塚にぶつかるのはテメエのほうだ!」

 だが。

 田島アヤノは何度もアクセルとブレーキを小刻みに踏んでいき、ツインズ=ボタンの荒い猛攻を巧みに回避しながら、ここぞというときを狙って車体をぶつけ続けてくる。

 彼女の運転技術は、天下一品。こと「操縦桿を握って巨大な鉄の塊を動かす」ということに関して言えば、警視庁獣人捜査局で、田島アヤノの右に出る者はいないのだ。

「ラッカちゃんは、私たちを守ってくれた――!」

 と彼女は叫んだ。

 アヤノの脳裏にあるのは、豪華客船事件のことだった。

 涙を流すアヤノの両手を、ラッカは両手で静かに握ってくれた。

「だから今度は、私たちがラッカちゃんを守るんだ――!!」

 マニュアルトランスミッションのギアを切り替え、瞬時にブレーキ、即座にアクセルを踏む。田島アヤノの車はツインズ=ボタンの車をスピンさせながら弾き出した。

「ああああ!!!!」

 もはや彼の車は制御が効かない。そのまま分岐点のガードレールに衝突し、横転すると看板柱にぶつかり、窓という窓を粉々にしながら仰向けになった。

 ――当然、その前にツインズ=ボタンは透過型を発動して車から離脱していた。自分の身体を守らない車は、自分を「攻撃」している。そう解釈すれば、車体の壁をすり抜けて高速道路の上に着地できるのだ。

「畜生がァ――!!」

 ツインズ=ボタンは、すぐにスマホを取り出して兄カリンに通話をかける。

「もしもし、こっちもやられたよ双子の兄」

『そっちもか――オレぁだんだん腹が立ってきたぜ、双子の弟』

 そうツインズ=カリンは言ってきた。『サービスエリア近くだったのが助かったぜ。どこかの車をパクって、また追跡しよう』

「それじゃ間に合わないよ、双子の兄」

 ツインズ=ボタンは答えた。「幸い、オレたちの見た目はただの事故被害者だ。善意のニンゲンが停車して身を案じてくれる。――そいつを撃って車をパクろう」

『ああ、そうだな。――お前はいつもオレよりアタマがいいぜ、双子の弟よ』

「よせよ、オレたちはいつも二人でひとつだろう? 双子の兄」


  ※※※※


 日岡トーリの車と田島アヤノの車は、双子獣人奴隷には構わず、そのままイズナ=セトとヴァンデ=ブラの後を追った。

「本来なら獣人を放っておくことはできないが」

 とトーリは言った。「すまない、今はA級獣人のビーコルニ=リノセロを保護するのが重要だ」

 それに対し、ミサキも頷いた。


  ※※※※


『とりあえず合流だな』

 ツインズ=カリンの言葉を、ツインズ=ボタンは黙って受け入れた。

 オレたちはいつでもひとつ。もうこれ以上、絶対に離ればなれにならない。もともと三ツ子だったオレたちは、これ以上なにも失われちゃいけないんだから。

 そう思っていると、割り込み通話が入った。

「あ?」

 そう思ってスマホを耳から離し、画面を見つめる。そこには、《神柱ホシゾラ》と表示されていた。

 ――オレらのお嬢様かよ。なんだってんだ。どんだけ外で殺しをやってもアンタの旦那さんが揉み消してくれるから大丈夫って言ってたはずだぜ?

 こちとら、そのご褒美目当てでテメエに雇われたんだ。

「繋ぐぞ双子の兄」

 そう言って、彼は複数通話ボタンを押して再び耳に当てた。

「もしもし」


 そこで聞こえてきたのは、神柱ホシゾラの鼻につく高飛車な声色ではなかった。男とも女とも言えない、いや、声変わりを済ませたばかりの美少年のような――そんな声だった。

 それは、クロネコの声だった。


  ※※※※


「やあ、ニンゲンごときとツルんでるゴミども」

 とクロネコは笑った。手に持っているのは、神柱ホシゾラのスマートフォン。当の彼女は四つん這いの格好になって、彼のための肉椅子になっている。

「獣の王、クロネコだ。僕の部下に弓を引いたのはお前らか」

『な――!』

 耳の向こうで、双子獣人奴隷の声が聞こえてきた。

 おそらく、兄のカリンのほうである。『なんで!? なんでクロネコが神柱邸に入ってやがる!? 何体もB級獣人のボディガードがいたはずだ!』

「そんなのA級の僕に関係なくね?」

 クロネコはそう答えたあと、ちょっと笑えてきた。「ああ、もしかして、お前らは神柱ホシゾラは強い獣人を従えているから無事だとでも思ってたのかな。

 違うよ。お前らの命なんて、いくらでも後回しにできただけだ。

 それに獣人売買に関わるヒトザルの本命を始末すると、末端の売人どもが散り散りになりそうだったから――」

 そこまで答えたあとで、クロネコは神柱邸のホールを見渡した。

 ボディガードの人間も、獣人も等しく血を流して床に倒れている。

「さて、双子のカメレオンども」

 と美少年は微笑んだ。「どっちが助かりたい?」

『あ?』

 訊き返してきた双子の弟――ツインズ=ボタンに、クロネコは、にっかりと無邪気に微笑んだ。

「お前ら二人で今から殺し合ってみろよ。命が惜しかったらできるはずだよ?」


  ※※※※


 ツインズ=ボタンは、スマホでクロネコと会話しながらただ歩いていた。その向かう先には、今にも泣き出しそうなツインズ=カリンがいた。

 ふたりの首にはシルバーリングがある。おそらく、起爆装置は神柱ホシゾラの手を離れてクロネコに奪われているだろう。

「双子の弟よ」

 とツインズ=カリンは言った。そして、腰のホルスターにあった回転式拳銃S&W M360Jを取り出し、自分の心臓に当てる。

「――お前が生きろ。もともと最初から、お前が生きるべきだったんだ」

 そして、弾き金を引いた。銃弾は正確にツインズ=カリンの心臓を――そしてその奥にある獣人核を撃ち抜き、彼は口から血を吐きながら倒れた。

「兄さん?」

 ツインズ=ボタンは呆然と立ちすくみながら、少しずつ兄の死体に歩み寄った。「なんだよそれ、なんでだよ兄さん――なんでだ!!」

 次の瞬間。

 ツインズ=ボタンの首にかけられているシルバーリングが作動し、胴体と頭部を強引に引きちぎるかのような爆発が起きた。毒素が回り、彼の致命傷を完全に治癒不可能なものにしていく。


  ※※


 クロネコは電話越しに笑った。

「――誰が片方だけ助けるなんて言ったんだよ? クソバカ」


  ※※※※


 ヴァンデ=ブラは後ろを振り返る。もはや自分たちを追いかけていた双子獣人奴隷も、さらにそれを追いかけていた獣人捜査局の連中もいなかった。

「なんだかラッキーデイだな! オレはただ、あとはイタチのバイクに乗せられてるA級のお姉さんをダッシュで奪取すりゃいいってわけだ!」

「ひ、い、いいいい!!」

 ビーコルニ=リノセロは悲鳴を上げながら、イズナの背中にギュッとしがみつく。

「おいおい、そんな怖がらなくてもいいんだぜ!?」

 とヴァンデは笑った。「考えてもみろよ! 麗しの君! なんでアンタは猟獣のバイクに乗ってる!?」

「そ、それは――!」

 リノセロは下唇を噛んだ。

「あ、あたしのことをイズナさんが助けてくれたからです!」

「Foo、義理堅いね! そういうところも好みだ!」

 とヴァンデは言った。「だが、結局そのイズナちゃんって子のバイクに乗り続けても、どうせ獣人研究所で実験動物になるだけだぜ! 悲しいけどこれって戦争なのよね。ヘイ、自由が欲しいならオレについてこいよ!」

「え――!?」

「猟獣なんかフっちまってクロネコ派のオレについてくりゃいいのさ。楽しいぜえ、全部自由だ! 色んなところに連れてってやる、そういうデートんなかで互いンことをもっとよく知っていこうじゃねえか!」

 彼が好き勝手に喋っている、そこに、イズナ=セトが静かに口を挟んできた。

「あなたたちの言う『自由』とは、なんですか?」

「ああ!? そりゃニンゲン殺し放題! 犯し放題! 食い放題のことだろ!?」

 ヴァンデはアクセルを吹かす。「どんな獣人だってそういうことをしたいんだぜ。なあA級の姉ちゃん! 違うのかい!? いや違うとは言わせられねえな!!」

 彼は笑う。

 その笑顔の邪悪さは、どれだけチョケているように見えていても、彼が最悪の獣人であることを物語っていた。


  ※※


 ――ヴァンデ=ブラ。人間時代の本名は中谷マユリ。小学生時代に「ヒーローごっこ」という名目でイジメを受け続けた彼は不登校時代にテレビに釘付けになって、そして、そこで様々なヒーローものの特撮を鑑賞した。

 そして分かったことがある。

 人々に尊敬されて羨望されるヒーローは、なぜヒーローでいられるのか。善人だからではない。聖人だからではない。ただ暴力が強いから、ゴミどもに畏れられているのだ。

 ――オレもヒーローになりたい。そう、仮面ライダーになりたい! オレは今から仮面ライダーだ!!

 彼がバッタの獣人になったのは、その日のこと。大急ぎで家の階段を降りると、ダイニングにいた両親(イジメを無視していた)をライダーキックで即・成敗。次に悲鳴を上げている実姉の喉を切り裂いてその肉を食い散らした。

 学校に行くと、イジメっ子たちとクソ教師を順序立てて嬲り殺しにしていく。

「独りでも、独りでも~!」

 とヴァンデは歌いながら、クラスメイトの頭蓋骨を破壊していった。「戦う~、戦う~、オレは~! 仮面ライダ~! ヒハハハハ!!」

 それから校庭に出ると、目の前にいたのがクロネコ、ハバ=カイマン、クイーン=ボウの三人組だった。

「よう、おもしろ特撮オタク」

 クイーン=ボウは、近場のケバブを貪りながら笑った。

「悪党をブッ飛ばしたいなら、アタシらについてこい」

 こうしてヴァンデは、クロネコ派の似非ライダーになったのだ。


  ※※


 そして、現在。

「どうだよA級ちゃん!」とヴァンデは叫んだ。「どうせそっちもニンゲンが憎いんだろうがよ!? だったらさあ、オレといっしょに来たほうがよくね!?」

 そんな彼の勧誘に、

 イズナ=セトは、ただただ不快感をにじませていた。

「鬱陶しいですね」

「鬱陶しい!? オレのなにが鬱陶しいんだ!?」

「なにが『仮面ライダー』ですか、バカバカしい」

 彼女はそう答えながら、さらにバイクを加速させた。

「だいたい仮面ライダーは正義の味方です。あなたのようにニンゲンを傷つける悪者なわけないでしょう。クルマに乗るライダーがありえないのと同じ――あなたは特撮番組を適当に消費して適当に理解した気になっているだけです」

 その言葉を聞いて、ヴァンデ=ブラはキレた。

「てめえ――平ラ世代を敵に回したぞこの野郎ォッ!!!!」

 そしてそれに対して、イズナも(なぜか)強火で応酬する。

「昭和以降の仮面ライダーなんて、この世に存在しないのと同じですよ!!」

 そんな二人の口喧嘩を聞きながら、リノセロは耐えきれずに悲鳴を上げた。


「もうやめてください! そんなのたかが子供向け番組じゃないですか!!」


 リノセロの絶叫に、ヴァンデとイズナは同時に声を張り上げた。


「「素人は黙ってろ!!!!」」


 そして、二台のバイクはそのままサービスエリアに突入すると、売店の立ち並ぶビルに侵入する。自動ドアのガラスを突き破って、内部のフードコートを超馬力のバイクで荒らしながらチェイスを続けていった。

 その場にいた人々が慌てて避難するなか、イズナは車体を傾けてさらにサービスエリアビルの内部へ内部へと入っていく。

 そんな彼女をヴァンデ=ブラのバイクが追いかける形になった。

「すばしっこいなあ、獣人捜査局の嬢ちゃん!! なかなかやるぜ!!」

「それはどうも!!」

「だがオレはこれ以上のバイク勝負は続けたくねえ!! ――A級ちゃんに怪我させたくねえからな!! ここで止まって、きっちりサシで決着といこうや!!」

 そう怒鳴ると、ヴァンデはその場でブレーキをかけ、バイクを止めた。

「ほら見ろよ、オレは正々堂々やりたいタチだぜ!?」

 それを見て、イズナもバイクを減速させる。


 後部座席のビーコルニ=リノセロのほうを向くと、イズナは「今からヤツとは戦ってきます」と宣言した。「あなたは猟獣でもないし研究所の実験動物でもない。どちら側につくのかは、あなたの心で決めてください」

「え――」

 リノセロは、ただ、あわあわとしていた。

「そ、そんなこと急に言われてもあたし――!」

 そんな彼女の焦燥を、イズナは、ただ唇に人差し指を立てて制した。

「し――」

「――え」

「もしあなたが研究所送りを容認してくれたら実験は全て免除される、と聞いています。そのときは私も定期的に遊びに行きますよ」

 イズナはフッと笑った。

「私の生まれた場所は、その真っ白な地下室です。生きていくなかで、なにも楽しいことはないと思っていました。

 でも、今は違います。好きな人がいて、その人のために戦いたいと思えます。それに――世話の焼けるオオカミの後輩がいますから、簡単には死ねません」

 そして。

 イズナはバイクを降りると、ヴァンデ=ブラと向き合った。


「さあ、狩り合いましょうか」

「おう、恨みっこなしで清く正しく殺し合いだ!」

 ヴァンデは豪快に笑いながら、黒いライダースジャケットのファスナーを開けた。なかのTシャツに風車がプリントされている。「オレは風神型! 風を受ければ受けるほど強くなる! つまり今が絶ッ好調!」

「そうですか」

 イズナは相槌を打ってから、即座に隠密型を発動。心理的視覚誘導、ミスディレクションの能力である。

 ――ヴァンデ=ブラの視界に映っている私の位置は、もう正確な私の位置ではない! そのズレを利用して背後に回り込み、後ろからシルバーブレードで斬り殺す!!

 そう思いながら、イズナは全力疾走しつつ抜刀。ヴァンデの腰からうなじにかけて、上向きに一刀両断するつもりで刃を振った。


 が。

 その刃は、ほんの少しだけヴァンデの背中に切り傷を与えただけで、それ以上の攻撃はなにもできなかった。

 なぜなら。

 ――痛みを感じて即座に振り向いたヴァンデが、親指と人差し指、その二本でシルバーブレードを掴んで受け止めていたからである。

「な――!?」

 イズナは、ただ目を見開くしかない。

「オレの話を聞いてなかったか? イタチちゃん」

 ヴァンデは嗤った。「風を受ければ受けるほど強くなる――オレが今までどんだけ高速道路を走ったと思ってんだよ」

 刃の切っ先がちょっと肌を傷つけた瞬間に痛みを感知して振り返り、その刃物を指で止めてみせることくらい、今のオレは造作もねえのさ。

 言っただろ? オレは仮面ライダーだ。

 お前ら、幼稚園や学校で遊んでるガキどものヒーローごっこを見たことがあるか? イジメっこがヒーロー役で、イジメられっこがヴィラン役なんだ。正義ってのはイジメの正当化の言葉。特撮作品は子供に暴力の気持ちよさを教える腐ったヒトザルのクソ番組。そこにある原理は純粋な加害なんだよ。

 ――もちろん愛してるんだぜ、だって、獣人の暴力は正しいんだってニンゲン自身が言ってくれてるんだからなあ――!

 だから、今、誰よりも荒くれ者のオレは誰よりも正義ってワケ!

 ドゥー・ユー・アンダースタン!?


 そう叫んでから、ヴァンデは全力の蹴りをイズナの腹部にお見舞いした。

 獣人核に直撃こそしなかったものの、その蹴りは、イズナの内臓を容易く破裂させた。

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