第19話 VS摩天楼 後編その1


  ※※※※


 イズナ=セトはビーコルニ=リノセロの手を引いて、神柱ホシゾラ邸の駐車場まで走った。イズナのバイクが停めてある。

 バイク名は『LAST KICK』。スピードと耐久性、殺傷力に特化した猟獣専用の二輪車である。

「急いでください。もうすぐここから脱出できます」

「は、はいいいい」

 そして非常口のドアを開け、駐車場に出た。

 そこに。

 銀髪に鋭角のサングラス、そしてロングコートの双子が立っていた。神柱ホシゾラが囲っている獣人奴隷のなかでも最も戦闘能力に長けている、ツインズ=カリンとツインズ=ボタンである。

「やっぱりなあ」

 とカリンは言った。

「ここで待ち伏せていれば、必ず敵対勢力に会えるって言ったろ? 双子の弟」

「そうだね」

 とボタンは答えた。「ここで待ち伏せてからA級獣人を捕らえるのがいちばん効率がいいという案には僕も賛成だったよ、双子の兄」

 それから、双子の二人は同時にバタフライナイフを取り出した。

 イズナはすぐに自動拳銃、グロック17を出す。そして隣にいたビーコルニ=リノセロに向けて「走ってください!」と怒鳴った。

 彼女はすぐに駆け出す。

「ほう、A級獣人を逃がすのは賢い判断だな、双子の弟」とカリンが言うと、

「そうだね、迅速かつ正確な判断だと思うよ、双子の兄」とボタンは笑った。

 そうやって双子が駆け寄ってくる、前に、イズナはグロック17のトリガーを引いた。

 発射。薬莢が吹き飛ぶ。

 発射。薬莢が吹き飛ぶ。

 発射。薬莢が吹き飛ぶ。

 だが、ツインズたちの体には傷ひとつない。被弾の瞬間に彼らの体が透明になって、銃弾が物理的に通り抜けてしまったからだ。

「なあ――ッ!?」

 イズナは目を見開く。それに対して、銀髪の双子たちはニヤニヤと笑った。

「あのお嬢さん、俺たちの型と戦うのは初めてみたいだな、双子の弟」

「そうだね、弱点を悟られないうちにさっさと始末したほうが良さそうだよ、双子の兄」


 ツインズ兄弟、彼らはカメレオンの獣人。透過型、脅威度B級。

 型を発動している間だけ、正拳、斬撃、銃弾、爆撃、あらゆる攻撃が「通りすぎていく」能力。防御系の型のなかでも、特にそれに秀でた力だ。「攻撃を他に押しつける」拒絶型や、「攻撃を相手本人に跳ね返す」反発型と比べても。


 イズナはすぐに日本刀を振りかざした。斬撃の瞬間、双子はすぐに透明になる。「恐れるに足りないな、双子の弟」

「そうだね、しょせん物理攻撃は無意味だよ双子の兄」

 そんな二人を睨みながら、イズナは刀を鞘に仕舞うと、スーツの内側から短機関銃を取り出した。ヘッケラー&コッホ社製のMP5である。

「シルバーバレット、発砲許可申請――!」

 そう宣言してから、イズナは片手で短機関銃を乱射しまくった。

 双子はすぐに透過型の能力を発動、透明になって銃弾をやり過ごしていく。だがその間、双子はまったく移動できずにいた。

 ――やはりか!

 イズナは確信する。こいつらの回避能力は無敵ではないのだ。攻撃を避け続けている間は、自分自身は移動できない。つまり、攻撃し続けている限りは足止めできる!

 イズナが確信した瞬間、向こうから、

「イズナさああああんんんん!!!!」

 という悲鳴が響いてきた。

 イズナがそちらを向くと、ビーコルニ=リノセロがイズナ専用バイクに乗って、泣き喚きながら近づいてくるところだった。要するに、これに乗って逃げようということだ。

「ナイスですよ、リノセロ。――後部座席へ!」

 バッ。

 と、イズナはその場で宙返りをしながら、ビーコルニが空けた席に飛び乗った。

 敵の双子獣人どもは「僕たちが逃がすと思うのか?」と言うが、すぐにイズナは短機関銃MP5を乱射。彼らを足止めしながら、バイクのアクセルをフルに回した。

「警視庁獣人捜査局第六班専属猟獣、イズナ=セト。出ます!」

 そんな風に宣言してから、イズナは後部座席のビーコルニ=リノセロとともに神柱ホシゾラ邸を脱出した。


  ※※※※


 駐車場を出ると、神柱ホシゾラ邸の裏庭である。既にそこにはシルバーリングを首につけた獣人奴隷たちが拳銃を構えながら待っていた。

「止まれオラァアン!! 薄汚ぇ狩人の使い走りがァアン!!」

 顔面にタトゥーを入れ、唇を艶やかなルージュで光らせる男が怒鳴ってくる。イズナはその警告を無視。

「『隠密』、発動」

 そう呟いてから、ハンドルを切ってバイクの軌道を変えた。敵の獣人たちは、イズナの路線変更に気づかない。だから、的外れの場所に疑似シルバーバレットを何発も撃つことになった。

「すごい――!!」

 後部座席のビーコルニ=リノセロは驚きの声を上げた。

「イズナさんの能力、これっ、これっ無敵じゃないですか!?」

「そんなことはありません、要は使いどころです」

 とイズナは答えた。

 そう。

 隠密型はB級獣人にて最優と呼ばれているが、弱点はある。心理的視線誘導、ミスディレクション、自分の位置を誤認させる能力。だがそれは言い換えれば、――誤認されているというだけで、自分自身は確実にどこかに存在するということなのだ。ゆえに、もし敵がイズナの型に気づいた場合、「とにかく周囲を乱射・爆撃しまくる」という対処法が存在するのである。

 隠密型は諜報活動、防御回避、暗殺攻撃その他すべてに特化しているが、ただひとつ、自らの型を知られたあとに明確なウィークポイントがあった。

「なので、もう神柱ホシゾラ邸の獣人奴隷たちは相手にしません。離脱します」

 それからイズナはバイクハンドルのボタンを押し、車体から飛び出たレバーアクション式のショットガンを右手で掴む。ぐるりと回し、裏庭のフェンスにある網戸を破壊。

 そこから公道に走り抜けていった。

 メーターに備えつけのスマートフォンで通話を始める。

「ショーゴさんですか? イズナ=セトです。目標のA級獣人ビーコルニ=リノセロを無事確保。これより合流します!」

 そんな宣言に第六班班長、橋本ショーゴの応答が聞こえてきた。

『よくやった。敵の獣人奴隷を完全に撒けるか? 難しい場合は合流ポイントをずらす。高速道路に入ってサービスエリアに入ってくれ――!』

 そんな指示を聞いている間にも、神柱ホシゾラが有する獣人奴隷の主戦力、ツインズ=カリンとツインズ=ボタンが表の庭から車を走らせてきた。

「なぁ――っ!?」

 イズナはすぐに十字路の路地裏にバイクを入れて、人々の野次を受けながら露店の商品をゴチャゴチャに吹き飛ばしつつアクセルを上げた。

 それを、ツインズ=ボタンとツインズ=カリンはニヤニヤ笑いながら追いかける。こちらは人を轢くことをなんとも思っていない。人間が飛び跳ねてフロントガラスに血の雨が飛び散った。

 ハンドルを握るツインズ=カリンは、ワイパーを起動する。「あの女、俺たちから逃げられると本気で思ってるらしいぞ? 双子の弟」

「どうやら相手はずいぶん調子に乗ってるみたいだね、双子の兄」

 ツインズ=ボタンのほうは助手席の窓から体を乗り出すと、小銃を構えてその場にいる人間を全員射殺し始めた。血が飛び散り、内蔵が撒き散らされ、眼球や鼻っ柱、耳のような局部がベタベタとビルの壁に張りついていった。

「ハハハハハハハハ!!!!」

 とツインズ=カリンは笑った。「ヤツのバイクにニンゲンの腐った血のニオイをベッタリ付けてやったぞお~?!?!

 これでミスディレクションは効果半減かあ!? あとは追い詰めて俺らが始末してやるよお!! なあ双子の弟!!」

「ああ、そのとおりだよ! ――双子の兄!!」

 ツインズ=ボタンは満面の笑みを浮かべながら小銃の乱射を続けていった。イズナは舌打ちをしながらすぐに大通りに抜けていく。近くにある高速道路の裏口を検索すると、さらにバイクの速度を上げた。

「速い――はやいはやいはやい! うああ!」

 とビーコルニは叫ぶ、が、

「口を閉じてください! 舌を噛みますよ!」

 イズナは怒鳴ってさらにアクセルを回す。「あいつらは人殺しに躊躇いがない! こんな東京都内の市街地では戦えません!!」

 それからイズナは再び橋本ショーゴに連絡を入れる。

「今からハイウェイに入ります!! 合流して敵獣人奴隷の駆除に応援求む!!」

『ああ、分かった』


 橋本ショーゴ率いる第六班の車2台、そして、日岡トーリ率いる第七班の車2台が、それぞれの場所からスタートした。

「イズナを援護。あの神柱ホシゾラとかいうゴミ女のゴミ奴隷を一匹残らず駆除しろ!!」

 そうショーゴは怒鳴った。


  ※※※※


 警視庁獣人捜査局局長、渡久地ワカナはふたつの連絡を受け取っていた。

 ひとつめは獣人研究所にいる祁答院アキラの部下から、ラッカ=ローゼキの件についてである。アキラが直々に禁止していた猟獣訓練を、ラッカ担当の研究員である住吉キキが強行していたらしい。しかも話を聞くと、キキはラッカに脅されて無理やり訓練に付き合わされていたというのだ。

「十中八九、嘘だろう?」

 とワカナは答えた。「住吉キキが研究員の身分を剥奪されそうになった。だから彼女を庇うためにラッカが芝居を打った。違うか?」

『我々もそうだとは思っています。なにしろ、キキのほうは自分の訓練強行をとっくに認めてるんですから』

「ラッカ=ローゼキらしいといえば、ま、らしいがな」

『あの獣人はいったいなんなんですか? 彼女、洗脳教育は受けてないんですよね? なのに人間を庇って自分の意志で嘘までつく――噂には聞いてましたが、薄気味悪いですよ』

「私にも分からん。彼女はイレギュラー、規格外・想定外の存在ということしかな」

 ワカナはため息をついた。

 しかも、話はそこで終わらなかった。ラッカは一時身柄を拘束されることになったが、既に覚醒しかけていた能力がそこで完全に開花。《絶対貫通の矛》《絶対防御の盾》を使って研究所から出ていったという。

『祁答院アキラ首相が恐れていた事態に、とうとうなってしまった――と、そういうことです』

「報告は済ませたのか?」

『はい。ただ、他与党代表との会食が終わってから合流頂けるとのことで、具体的な指示はまだなにも』

 他与党――公共鉄心党か。

 自党員を統率だけではなく、生臭坊主どもの新興宗教政党にも目を配っておく必要があるとは、一国の長もなかなか大変なようだな。

 ワカナはこめかみを押さえた。

「分かった。警視庁獣人捜査局の特権を発動、これは臨時的に獣人案件のひとつとする。ラッカのことは深追いするな、どうせ捕まえられんよ。――それより、顔見知りの私が説得したほうが彼女の気も済むだろうしな」

『――承知しました』

 そこで連絡は終わった。ワカナは椅子に深く背中を預けてタバコを咥える。

「アキラよ、オオカミの少女はもう完全にアンコントローラブルだぞ――どうするつもりだ?」


 ふたつめの連絡は、思いもよらない相手だった。志賀レヰナの配偶者、武者小路ミサオからである。

 彼は静かに泣いていた。どうやら、志賀レヰナは業務中・業務外を問わず、数時間おきに夫に定期連絡を入れていたらしい。

 その理由はひとつである。連絡が途切れたときは緊急事態発生、今すぐ息子を連れて逃げろ――そういう指示のためだ。

 そしてその連絡が今日、途切れたのだ。

『ワカナさんのほうには、連絡は来ていないですか?』

「なにも来ていない。直近の彼女は猟獣の――捜査用の物品受け取り以外なにも任務はないはずだ」

 ワカナはそこまで喋ってから、あることに気づいた。

 レヰナの第二班に猟獣ゾーロ=ゾーロ=ドララムを渡すことになっている第一班からも連絡が届いていない、ということに。

 なぜ今まで気づかなかった?

 いや、そうではない――問題が起きたのであれば、なぜその他の誰からも連絡が届いてこない?

 ワカナは思わず立ち上がった。頭を使う。

 ①志賀レヰナの第二班が襲撃された。

 ②それ以前に第一班も襲撃を受けている。

 ③にもかかわらず、現場対応に当たっているであろう他部署からはなんの連絡もない。

 なぜ?

 答えは簡単――そういう型の獣人が敵対勢力にいる。

「ミサオくん、事態は呑み込めた。あとはこちらが引き継いで動く。連絡、ありがとう」

『わ、ワカナさん――』

 武者小路ミサオのほうは、もう声を抑えられなくなっていた。『レヰナちゃんは無事ですよね!? き、きっと生きてますよね!?』

「泣くな。君は男だろう」

 とワカナは静かに言った。「良い男は、愛する女の帰りを黙って待つものだ。今はレヰナの指示どおりに逃げて息子さんを守れ。いいな?」

『は、はい――!』


 そのとき、通話に割り込みが入った。ワカナはスマホの画面を見る。そこには「志賀レヰナ」と表記されていた。

 ワカナはすぐに通話先を切り替えた。「レヰナか!? 無事か!?」


 だが、受話器の向こう側にいる声は彼女のものではなかった。声変わりを済ませたばかりのような――いや、男とも女とも区別がつきにくい――そんな美少年の声。

 クロネコの声である。

『やあ狩人の長、渡久地ワカナさん』

「貴様――?」

『猟獣を連れて指定の場所まで来い。逃げたら、いま目の前にいる繫華街の人間、全員バラバラにするよ?』


「お前は誰だ?」

 と渡久地ワカナは質問した。「志賀レヰナ捜査員をどうしてる?」

『僕はクロネコだ。名前は要らない。名前を必要とするのは、弱いせいで群れたがるくせに個であることを必要とするヒトザルだけの習性だ』

 クロネコは笑った。『立場上お前が同胞を見殺しにできないことは分かってる。さっさと来いよ』

 そんな彼の言葉を聞きながら、渡久地ワカナは脳内に残っている過去獣人案件の記憶をサーベイした。

 クロネコ? クロネコ? クロネコ?


 ――まさか、クロネコの村の事件か?


 ワカナはそこに思い至った。数年前、長野県の山奥で起きた小さな小火。そこで公的記録にない集落が焼け落ち、そして何人もの焼死体が瓦礫のなかから見つかった。

 そのなかには獣人もいた。DNA照合の結果として、判明したのは連続殺人鬼のパンテラ=ポロロロッカだ。レズビアンである彼女は相棒獣人と同行し、売春婦を装って人間を釣っては惨殺、その金品をせしめていた。

 調査を進めたところ判明したのは、その集落は違法ドラッグの原材料になる植物を栽培して反社会集団に売り捌いていたということ、そして、殺戮と逃亡に疲れ果てた獣人を雇って用心棒とする代わりに、彼らにその違法ドラッグを与えてウィンウィンの関係を築こうとしていた、ということだ。

 表向きは、人間と獣人の共存を謳う共同体。だが実際には、薬と暴力で繋がる欺瞞に満ちた共栄の社会。それが『クロネコの村』だったのだ。

 もちろん、数ある獣人案件の数を考えれば大したものではない。ワカナでさえ、いま思い出したのだ。


「――あの村の生き残りか」

 とワカナは言った。「なぜ今ごろになってその末裔が姿を現した? 村を人間に焼かれた復讐か」

『はあ?』

 クロネコは呆れた声を出した。『なに言ってるの? 僕がいたのに、ニンゲンごときに村が焼かれるわけないじゃん。――僕が自分で焼いたんだよ、腐ってたから』

 彼はそう言った。

『渡久地ワカナ、選択肢はふたつだよ。今すぐ僕と会って狩り合うのか、それとも志賀レヰナから情報が漏れるのを黙って待ちながら殺戮を見過ごすのか、ね』

 それに対して、渡久地ワカナはスマートフォンを握る右手に力を入れた。

 ――小賢しいクソガキの獣が。なにを人間様に上からモノ申してやがる。

「いいだろう。1時間内に行ってやる、それがお前の寿命だぞ、クロネコ」

『うは、いいねえ。そういう挑発って好きだよ?』

「悪いがここは私の親友・日岡ヨーコが守ろうとした街で、残そうとしてくれた国だ。お前らのような理性の欠片もないケダモノの遊び場としては、ちょっと過ぎたオモチャだ。さっさと滅ぼさせてもらおうか」

『くくっ、楽しみだよ。いちばん強い猟獣とありったけのシルバーバレットを持ってこい。その戦いをもって、僕が最凶のA級獣人だということを証明する』

 通話はそこで終わった。


 渡久地ワカナは局長専属猟獣、ギボ=ジンゼズが幽閉されている地下室に降りた。水槽のなかで眠っている彼に声をかける。

「すまない、ギボ。任務の時間だ」

 その呼びかけに、ギボは目をうっすらと開いた。顔面の肉は全て削ぎ落され、全身に神経毒が回っている不具の体、水槽から出て活動を維持するためには、鎮痛薬をセットしたガスマスクと、体を正すボンデージファッションが必要不可欠である。

 ――だが、それでもなおギボ=ジンゼズは強い。

『アティサミラカウ』

 とギボは答えた(わかりました、の逆再生だ)。そしてプールを出ると、自分でガスマスクを被った。

「行くぞ、ギボ。世間をナメたガキをブチのめすは好きだろ?」

『イアフ(はい、の逆再生)』


 そうして、渡久地ワカナとギボ=ジンゼズは決戦の舞台に降り立った。

 場所は新宿東口。ホスト連中と風俗の女、その他飲食店員が全て道路に立たされ、すすり泣いている。――それが人質だった。

 そして、道路の中央に一人の美少年が立っていた。長い黒髪に色白の肌、まるで女かと見紛うような風貌、そしてエメラルドグリーンの瞳。その日、彼は黒のスーツにネクタイをしめ、エナメル質の靴を鳴らしていた。

「いい感じでギャラリーも揃ってる」

 とクロネコは言った。「みんな僕が勝つと思ってるんじゃない? ねえ、応援してよ!」

 彼が無邪気に呼びかけると、人質たちが泣きながら無理に笑顔を浮かべ、拍手しながら叫んだ。

「クロネコ様っ、がんばれー! クロネコ様っ、がんばれー! クロネコ様っ、がんばれー!」

「あはははははははは!!」

 クロネコはそれを大声で笑い飛ばした。「ウケるなあ! 面白すぎ! ――生き延びたくてそんなに必死か。数十年後にはなんの意味もなく死ぬくせに。どこまでも雑魚ニンゲンどもは醜い動物だな」

 次の瞬間。カシャン、という音が鳴ると、クロネコの瞳孔の形が変わった。ただの円形ではなく、「切断」と漢字で書かれた形状に変化する。

 それをワカナは見逃さない。

 ――あれがヤツの型か!? だが――なんだあれは!?

「ギボ! 逆行発動!」

『アティサミラカウ!』

 ワカナの言葉を受けて、ギボ=ジンゼズはすぐに左手を前にかざした。

 彼はウサギの獣人、逆行型。脅威度B級。左腕で触れた物体の運動を逆再生させることができる。右腕で触れれば順再生に戻すことも。

 ギボが左手をかざす、それと前後して、クロネコは両手を転法輪印の形で構えた。


「『超再生』、発動――」


 ワカナとギボがいる方角を除いた、おそらくはクロネコの有視界にあるだろう全てが、無数の切断線で細切れにされていた。――建物も、標識も、信号も、地面も、そして人質にされていた人間もバラバラのサイコロステーキのように崩れていく。

「な――!?」

 渡久地ワカナはギボのそばに寄りながら、その現象をはっきりと見ていた。

「なんだと!」

 視界に入ったものを《斬れたことにする》能力、それは過去に見たことがある。鋏道化、辻トモコ、獣人名トレコトレマータ=プラチュラ。カニの獣人、切断型、脅威度B級。たしかに恐るべき力ではあった――だが、ここまでの威力ではなかったはずだ。

「死んだ獣人の型を、それ以上の力で再利用しているのか!?」

「ご明察!」

 クロネコはにっかりと笑った。「でもすごいねえ、そっちの猟獣も! まさか斬撃を手のひらで抑えられるとは思わなかったよ!」

 そう、僕の型は「超再生」。

 ちょっと面倒くさい条件がいくつかあるんだけどね、それを満たせばふたつのことができる。

 その1.死んだ獣人の型を使用する。

 その2.死んだ獣人を甦らせて意のままに操作する。

 どこかの本で読んだことがあるだろう? 黒いネコの存在は死と再生の象徴だってさあ。

 そんな風に彼がニヤニヤと微笑んでいる、

 隙に、

 ワカナは少し考えてから「走れ!」とギボに命じ、路地裏へと二人で逃げ込んだ。

「なにが死と再生の象徴だ!? ただのコピーキャットじゃないのか!? 要はモノマネだ!!」

 と怒鳴りながら、ワカナは安全地帯に駆けて作戦を練ろうとしていた。

 それを眺めながら、クロネコは「うーむ」と顎に手を当てていた。そして、うしろを振り返ると、――まだ人質が大量に残っていることに気づいた。

「おお~! ナ~イス!」

 と彼は微笑んだ。カシャン。瞳孔の形が「爆撃」に変化する。そうして身近にいた裸のホストを掴むと、

「ワカナ逃げろよ~!! 今からニンゲンボンバーだ~!!」

 と大声で宣言しながら、ホストを雑居ビルの方角へ投げつけた。


 大爆発。


 建造物のなかにあるガス管に引火し、さらに炎が上がっていく。

 いまクロネコが「超再生」しているのはアルマジロの獣人、爆撃型、手に持って投げたものを爆薬にできる能力。

 その能力を獣人捜査局は知らない。彼はかつてクロネコの仲間に入り、そして秘密裏にクロネコに始末された獣人だからだ。

「よおーし、ワカナに当たるまでどんどん人間爆弾を投げちゃうぞ~! あはっははは、楽しくなってきた~!」

 クロネコはケタケタと笑い、次に、薄着なソープ嬢の首ねっこを掴んだ。

「イヤアアアア!! イヤ、死にたくない!! 死にたくない死にたくない殺さないでよおおおお!!」

「うわ、こいつ命乞いとかしてるよ~! アハハ! 相手が誰だか分かってんのかなあ?」

 クロネコはソープ嬢の頭を掴み、無理やり目を合わせた。


「なんでお前が、お前なんかが、自分の死にざまを自分で決められると思ってるの?

 ん?

 そういうのを決めるのは僕たち獣人なんだよ? ヒ・ト・ザ・ル~!!」


 クロネコは彼女を投げ飛ばし、さらに爆発させた。水道管が破裂して水飛沫が空を舞い、爆炎のなかに虹がかかる。

 ソープ嬢の名前は工藤ミミコ。両親と故郷に恵まれず、上京後に心身を壊して困窮に陥ると風俗店に勤務していた。享年27歳。ただし、童顔のおかげで店では21歳という設定で働かせてもらえていた――もちろん、そういう便宜を図った店長も、もうクロネコに殺されているのだが。


「クロネコぉぉぉぉおおおお!!!!」

 渡久地ワカナが怒鳴りながら、おそらく準備を固めたのだろう、路地裏から出てきた。

「穢れた獣がア!! 楽に死ねると思うな!!!!」

 彼女はギボを連れながら叫んだ。

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