第18話 VS摩天楼 前編その5


  ※※※※


「おのれ――!」

 ハツシ=トゥーカ=トキサメは柱の裏に隠れながら、ただ歯ぎしりをしていた。「いったいなにをしているんですか!? さっさと警視庁獣人捜査局第二班を鏖殺しなさい! 人形ども!」

 そんな言葉を聞いてから、トキサメの操り人形たちは全員例外なく志賀レヰナのもとに駆け寄っていく。レヰナのほうはリボルバーのシリンダーを回転し、

「くだらねえな」

 と呟きながらトリガーを引いた。

 1体、2体、3体、4体、5体、6体――次々と操り人形が撃たれていく。直後にレヰナはバレルを外し、薬莢を床に落とした。そして、すぐに新しいシルバーバレットを詰めていく。

 ――なんです!? その超高速な弾丸装填!? 正確無比な射撃技術!?

 トキサメは額の脂汗をぬぐいながら確信する。いま自分が相対している志賀レヰナとかいう女は、現在、おそらくニンゲンのなかで最も強い! 獣人としてのアドバンテージをもってしても敵わない!

 こんな女がいたのか!

 一方の志賀レヰナは、リボルバーを構えながらハツシ=トゥーカ=トキサメを警戒しつつ安全地帯に身を隠した。

 ――あのシルクハット野郎、触るだけで人間を操作しやがった。つまり能力の発動条件は身体的な接触。ということは、こちらはステゴロで殴り合うわけにはいかねえな。距離を取りながら狙い撃つ。

 志賀レヰナとハツシ=トゥーカ=トキサメは、互いに同時にこう思った。

 ――ああ、なんて面倒な相手なんだ。


 トキサメは膠着状態を解消するべく、仲間を呼んだ。

「シュドー=バック! 第二班班長は獣人単体で始末できません! 援護を!」

 だが、それに対する反応はつれないものだった。

「無理だ!」

 シュドーの返事は、それだった。「向こうの獣人が強すぎる! こっちは相手するので精一杯だ!」

「なんですと!?」


 シュドーの目の前にいるのは、クダン=ソノダ。ウシの獣人。脅威度Bマイナス級。髪の毛をうしろで束ねて、アゴヒゲをたくわている。派手な柄色のシャツ、その胸もとは開いたまま。30代の色男だった。

「どうした? 敵の獣人さん?」

 とクダンは微笑んだ。「俺を始末したいんだろ? かかってこいよ」

「テメエ!」

 シュドーはナイフを振りかざし、米軍近接格闘術の要領でクダンを追い詰めていく、が、その攻撃のひとつひとつをクダンは間一髪で避け続けていた。まるで、未来でも見えるかのように。

「んー、なるほど」

 とクダンは言った。「お前はサソリの獣人、損傷型ってわけか。お前に痛めつけられた傷口は、お前の許可がない限り治癒しない。こりゃあ避け続けるしかないね?」

「なんで分かる!? オレの型を!? 心でも読んでんのか!?」

「心なんて分からないよ」

 とクダンはウインクした。

「俺に分かるのは未来だけさ。『5秒後、お前の攻撃を避けなかった俺がどうなるか』、それをあらかじめ予知してるってわけ」

 それから、クダンはシュドーに回し蹴りを食らわせる。

「がっ!!」

「ほらね?」

 とクダンは言った。「このタイミングでガードがヌルくなるのも、俺はあらかじめ知ってる」

 そうして、シュドー=バックは壁に吹き飛んだ。

「今だ!!」

 とレヰナが叫ぶ。それに応えるかのように、芹澤タソガレが手榴弾を構えた。

 ――シルバーボム。破裂したあとの破片ひとつひとつにシルバーバレットの効果がある最低最悪の凶器である。

「キャハハハハ!!」

 とタソガレは笑った。「死んじまえよ獣人ッ!!」

 爆発。

 ストリートファイターの筐体が爆風に煽られ、液晶画面にヒビが入り、その場で横に倒れていく。

「クッヒヒヒヒ――!!」

 タソガレは笑みをこぼした。銀髪にコバルトブルーの瞳の小柄な青年である。

「死んだかァ!? なあ死んだかァ!? オイ!! 薄汚ェ獣人風情がよぉ!! ハハハハハ!!」

 そのとき。

 タソガレの首筋を、一本の刃が貫いていった。

「んああ――あ?」

 タソガレはそのまま、頭部をうしろに切り落とされ、ピッピッピッ、と、心臓の鼓動に合わせて動脈血を天井に撒き散らしながらその場に崩れ落ちていった。

「タソガレ――?」

 とレヰナは訊いた。もちろん、そこに返事などない。

 代わりに立っていたのは、ヴァンデ=ブラだった。オールバックの金髪に、鋭角キャッツアイタイプのサングラス。

「いい爆風を貰ったぜ!! ニンゲン!!」

 とヴァンデは叫んだ。バッと、ライダースジャケットの胸もとを開く。インナーのTシャツには、大きな風車がプリントされていた。

「オレぁバッタの獣人! 風神型! 風を受ければ受けるほど、それを自分のエネルギーにできる!」

 ヒハハハハ、と笑いながら、ヴァンデ=ブラは残りの狩人たちを眺めた。

「さっきの手榴弾、良かったぜェ! おかげでオレは元気百倍! たとえば、こういうキックをすることだってなあ!!」

 そう言うとヴァンデは飛び上がり、天井をキックして速度を増しながら、狩人の一人――和泉サツキに向かっていった。

「ト――――ッウ!!」

 ライダ――ッ!! キッ――ク!!!!」

 その速度は、音速を超えていた。

 だから為すすべもなく、和泉サツキの上半身は破裂し、痙攣する両足を残しながらその体は崩れ落ちていった。腹の小腸・大腸が飛び散って、壁と床に撒き散らされていく。

 べちゃべちゃべちゃべちゃと、内蔵と血が付着していく音だけが響いていた。「これが仮面ライダーだ!! ヒハハハハ!!」


 そんな風に高笑いするヴァンデを、第二班・黛ナツオは冷静に狙って銃を撃つ。「うおおっ、やべっ!」とヴァンデは回避し、ナツオはそれを追った。

「ナツオ!!」

 とレヰナは怒鳴る。「そのクソ野郎は絶対に生かして帰すな!! 気取った人形遣いのほうはアタシとクダンで倒す!!」

 それから、レヰナはトキサメの前に顔を出した。

「マダム」

 とトキサメは言った。「ここまでこちらが苦戦するとは思いませんでしたよ。ニンゲンを侮ってはいけないということですね」

「そういうことだ」

 レヰナがそう答えた瞬間、トキサメは突進した。レヰナはその拳を避けて、すぐにリボルバーをトキサメの脳天に向ける。トキサメのほうも、即座にバレットラインを回避。回し蹴りを繰り出した。

 その蹴りをレヰナはさらに回避する。

「獣人がおせーよノロマ!!」

 レヰナはリボルバーを再び差し向ける。トリガーに指がかかっていた。

「なんとぉ!?」

 トキサメは間一髪で回避。バン! という火薬音とともに弾丸が射出。

「危うかったですねえ、しかしです――!!」

 トキサメが体勢を立て直そうとしたそのとき、後ろからクダン=ソノダに足払いを食らわされていた。

「あ、あ――!?」

「残念だったね?」

 とクダンは囁いた。「お前がレヰナちゃんの攻撃をここまで避けることも、俺は予想済みってわけ。これが占星型さ」

「そんな――!?」

 絶望するトキサメの前で、レヰナはゆっくりとリボルバーを構えた。


「獣に辞世の句は要らねえ。今すぐ消えろ、ゴミ野郎が」


「ちょっ、ちょっと待っ――!」

 そんなトキサメの懇願を聞く間もなく、レヰナはリボルバーのトリガーを引いた。


 その音を聞いて、ヴァンデ=ブラも焦り始めた。

「おいマジか! オレ以外みんな死んじゃったわけ?」

 そんな風に軽口を叩きながら、必死で黛ナツオの銃撃を避け続けて反撃の機会を伺う、それが今のバッタ獣人だった。

「あーもう!! 警視庁獣人捜査局ってこんなに強ェのかよお!! それとも第二班だけこんなすげえの? 聞いてねえよこっちはよお!!」

 ヴァンデは陰に隠れて泣き言をほざいた。「勘弁してくれえ、誰か助けてくれよお! なあオイ、クロネコ様ァ頼むよォ!!」


  ※※※※


「いいよ。助けてあげる」という美少年の声がした。


  ※※※※


 ――え?

 志賀レヰナは、突然のおぞましい殺気に、一瞬なにも身動きが取れなくなった。

 なんだ、この、この、最低最悪の呪詛めいた気配は?

 レヰナは思わずクダン=ソノダのほうを見た。だが、彼のほうも、涙をボロボロ流しながら小刻みに震えて体を丸めるように床に座り込んでいた。

「ダメだ――」

 とクダンは言った。「ごめんレヰナちゃん。いま未来が見えたよ。あいつには勝てない。俺たちは、みんなここで負ける――!!」

「あ?」

 レヰナが声を上げると同時に、カツ、カツ、カツと、エナメル質のシューズの音が近づいてきていた。音の主は背の低い美少年。黒い髪にエメラルドグリーンの瞳。

 クロネコだった。

「やあ狩人ども。ここでゲームオーバーだよ」


  ※※※※


 同時刻。

 神柱ホシゾラ邸、イズナ=セトは地下廊下にある最初のドアを開き、「├」の字の分かれ道まで行くと、右へと進んだ。さらにドアを開ける。「┐」の曲がり角を伝って歩き続けるとさらにドアがあり、そこを通り抜けてみると、天井をブチ抜いた巨大な空間が広がっていた。

「これは――!?」

 壁にいくつものポスターが貼られている。どれもこれも獣人同士のデスバトルを宣伝するものだ。

 ――奴隷として繋がれた獣人同士が、ここで、飼い主どものお遊びで殺し合いをさせられていたのだ。そういうコロシアムというわけだ。

 イズナは顔をしかめながら、広場を進んで右にある通路を進んでいった。

 複雑なアルミ連絡橋の網になっているが、壁の貼り紙に、「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたものを確認する。おそらく、ここから先はデスゲーム参加の飼い主たちも入れない獣人奴隷の飼育室なのだろう。

「見つけた」

 イズナは腰のホルスターからグロック17を抜くと、行き先を遮るゲート、それを制御するボタン操作パネルに発砲する。バチチチチチという火花の散る音と、壮大なエラー音とともに、ゲートの隙間が少しだけガコンと開いた。

 イズナはいったんスーツジャケットを脱いで、シャツの腕をまくると、隙間に指を指し込んで力を入れる。

「部分獣化! ――アアアア!!!!」

 ギシリ、

 と、最初こそ鈍く重い音を立てたものの、その後ゲートはそんなりとイズナの力に任せて開いた。両腕にはイタチの毛が轟々と生え揃っている。

「これができるようになるまで、どれだけ訓練したと思ってるんですか、まったく」

 すぐにイズナは両腕の部分獣化を解いて、さらに地下へと侵入していった。


  ※※※※


《妙だな――?》

 地下牢の監視を、同じく地下牢で任されている六人の獣人たちは、首元のシルバーリングを光らせながら呟く。各人の手元には三面モニタとスーパーコンピュータ。

《最上層のゲートがエラーを起こしてるぜ》

《おめーのメンテナンス不足じゃねえの?》

《だったらホシゾラお嬢様からお仕置きだ》

《侵入者がいて、そいつがゲートをブッ壊しちまった可能性は?》

《ありえねえな。どうやってそんなことができる。地上にいる武闘派の獣人連中を全員ブッ殺してか?》

《なんらかの型を使った可能性も否定できねえよ。とにかくモニターを続けろ。問題が続いたら即報告。なんかマズい予感がするぜ》


  ※※※※


 イズナは走り続けていた。イヤホンから、橋本ショーゴの音声が聞こえてくる。

『イズナ、敵には悟られていないな?』

「先ほど力づくでゲートを開けました。向こうのモニタリングが優秀ならバレる可能性はあります」

『――なら、撤退しろ』

「まだ大丈夫です。目立った監視兵の動きはありません。さらに侵入します。いざとなれば勝ちますよ」

『バカ、無茶はするな――』

 そんな抗議の通信を打ち切る。

 それからイズナは、円筒形の、地下へ地下へと伸びていく巨大な空間へと辿り着いた。まるでミサイルのサイロのようだと思った。

 壁のひとつひとつに灯かりが点いていて、そこに獣人奴隷が一人ひとり収容されているらしい。下へ降りていくためには、壁伝いの螺旋階段を降りていくしかなさそうだった。

 あるいは、いくつか架かっている橋に、ここからジャンプして飛び移るか、である。

「――まるで、逆向きの摩天楼ですね」

 イズナは独り言を吐いたあとで、手すりに掴まり、全ての橋の座標位置を確認した。ここから飛び降りて着地の瞬間に足を部分獣化、そうして最も下部の橋に行ければ、摩天楼の最下層まで最短ルートで辿り着けるであろう。

 彼女はスーツパンツを膝小僧までたくしあげる。パンプスと靴下を脱いで裸足になった。

「いきます」

 イズナ=セトは、いったん手すりに背を預けて、頭から落下していった。途中で風を受けながら姿勢を変え、足を下に。

 あとは重力に任せながら、目当ての橋が見えたところで彼女は「部分獣化」と呟いた。

 膝小僧から爪先まで、獣の毛で覆われていく。そうして着地の衝撃、そのダメージを、イタチのしなやかな脚力で最低限まで抑えた。

 

 ――ガアアァァン!! という衝撃音が橋に響く。


「到達完了。目的の獣人を探します」

 イズナはそう宣言してから、探索を再開した。改めて部分獣化を解き、スーツパンツを元に戻す。両手に持っていたパンプスを履き直した。


 目当てのサイの獣人は、しかし、案外早く見つかった。そこは最下層の最下層。螺旋階段には、各階ごとに収容されている奴隷獣人のマップが掲示されているため、探す手間が省けたというほうが正しい。

 部屋の前で、イズナは格子越しに声をかけた。

「あなたがサイの獣人、ビーコルニ=リノセロですね」

「ひゃいっ!?」

 彼女の声に怯えた様子で、サイの獣人、ビーコルニ=リノセロはベッドに座ったまま震えていた。ひどい癖ッ毛の緑髪に、垂れ目、まるで牛乳瓶の底のようなメガネをかけており、身なりは布切れを裂いた手術着のような白衣一枚だけだった。

 小柄だが、骨格そのものは頑丈のようであった。特に骨盤の大きさが衣類の上からでも目立つ。安産型だろう。

「あ、あ、あなた誰ですかぁ――っ?」

「私は獣人捜査局第六班専属猟獣、イズナ=セト。

 危害を加えにきたわけではありません。あなたをここから助け出しにきました」

「え、へ、ええ――?」

「正確には私たちの捜査に協力してほしいのです。あなたの特異な型、脅威度A級、突破型をもって」

 そこまで説明してから、イズナは再びグロック17を取り出すと、格子のパネルキーに向かって発砲。

 薬莢音をかき消すかのように、さらに盛大なエラー音が鳴り響く。イズナは格子ドアを開けると、ビーコルニに手を差しのべた。

「私の手を取って脱走獣人になり研究所で生き延びるのか、それとも、ここに残って下衆野郎に犯し尽くされるか、道はふたつにひとつです、ビーコルニ=リノセロさん」

 彼女がそう告げると、ビーコルニは、キッとイズナを睨んだ。

「そ、そ、そんなこと言ったって――民間人の奴隷になるかわりに、今度は政府の奴隷になれって言ってるようなものじゃないですか!?」

「そうですね」

「そ、そそ、そんなの信じられるわけないですよ!! いきなりワケわかんない事件に協力しろって言われても、わけわかんないですよ!! 今さらですよ! あ、あ、あたしなんかにそんなことできるわけないですよぉ!」

「できますよ。他の獣人にはできないことです」

「そんなぁ――」

 ビーコルニは頭を抱えた。「無理ですよ。ずっとここに閉じ込められてきて、なんで急にそんな――!」

「決断するなら早めにしてください」

 イズナは言う。

「あなたを気絶させて運ぶよりも、いっしょにここから逃げるほうが、私も生き延びる確率が高いんです」

 そう言って、イズナはビーコルニの牢獄に入り、ベッドに座ったままでいる彼女の前へと膝をついた。優しく手を握る。

「え、えっ?」

「私が貴女を守りますから。今はこの摩天楼から逃げましょう」

「イズナさん――」

 ビーコルニがイズナの手を握り返した、そのとき、摩天楼に警告ブザーが鳴った。


  ※※※※


 地下牢を監視する六人の獣人が、とうとう異常に気づいていた。

《今度は最下層のドアがエラーを吐いたぞ! 間違いねえ、こりゃ侵入者だ!》

《神柱ホシゾラお嬢様にすぐ連絡を入れろ。それから、地上にいる武闘派獣人を全てこの摩天楼に投入するよう要請するんだ。賊の野郎は絶対に逃がすなとのお達しがあるだろうからな》

《誰がこんなことをした? まさかヨゾラお嬢様のほうをブチ殺したクロネコ派じゃねえだろうな?》

《別の可能性もある。獣人捜査局――!!》


  ※※※※


 地上でワインを飲んでいた神柱ホシゾラは、不意に、地下牢の獣人からの連絡を受けることになった。

「なに? どうしたの?」

『侵入者です。複数のドアにエラー発生。監視カメラ確認中。女が一名。おそらく獣人。最下層の獣人奴隷ビーコルニ=リノセロの拉致が目的です』

「――――へえ?」

 ホシゾラは立ち上がり、バッ、と、手に持っていた扇を開く。それが合図である。ホールに集まっていた獣人たちが、シルバーリングを首に光らせながら立ち上がった。

「仕事よ、お前たち?」

 とホシゾラは言った。「摩天楼に行って、侵入者の獣人を見つけ次第、殺しなさい。褒美はたっぷりあげるから」

 彼女の言葉を聞くやいなや、獣人たちは我先にと地下牢のほうへ駆けていく。


 一方のホシゾラは、頬を染めながら、歯ぎしりを繰り返し、テーブルを両拳でポカポカと叩き続けていた。

「さっそくやってくれたわね――私の生意気な日岡トーリ!!」


  ※※※※


 同時刻。

 ラッカ=ローゼキは、まず自分が閉じ込められている牢獄の四方八方を見渡した。監視カメラはついていない。

 おそらく、この再地下牢の階層がそこまで頻繁に使われていないからだろう。地上に昇るためのエレベータや代表的な通路にしかセキュリティは徹底されていないらしい。彼女を閉じ込めるのは、鉄の檻と、首筋に光るシルバーリングだった。

 ――このイヤな首輪をつけられるのも、もう二度目だなあ。前はユーリカに捕まったときにつけられたんだっけ。

 ラッカはそう思いながら、銀の首輪を撫でる。その機構については把握済みだった。獣人としての力を使えば、致死性の棘が首に刺さる。

 つまり逆に言うと、獣人としての力で先に棘を封じてしまえば、シルバーリングの攻撃は完全に無効化できる、ということである。

「そんなのできるのかなあ」

 ラッカは少しだけ首を傾げた。もしもそんなことが可能であるならば、なぜ今まで誰も突破できなかったのか、ということになってしまうからだ。

「ま、いいや、やってみるか。――どうせ生きるか死ぬかの二択なのは今までとおんなじだしな」

 彼女は左手をピストルの形にして、それを自分のこめかみに当てた。

「『超加速』」

 まずは時間を止めておく。10秒停止。たとえシルバーリングが反応するとしても、それは時間停止の効果が終了したあとだ。

 次にラッカは、左手のピストルの形を完全に解いた。特に意味はない。そのほうがイメージしやすいだけだ。

「『超加速』拡張、《絶対防御の盾》」

 時間停止能力の本質は、次元の断絶により時空の流れに差異を生み出すこと。だから、その断絶を特定箇所に張れば、盾にすることもできる。彼女はその盾を首筋とシルバーリングの隙間、ちょうど1ミリの間隙に展開した。

 ここで10秒経過し、タイムアウト。

 シルバーリングが警告音を鳴らした。《獣人の型の使用を検知しました。シルバーニードルを射出します》

 そんな音声とともに、首輪の内側から銀の棘が伸びてラッカの呼吸器官、動脈、そして骨髄を狙ってくる。

 ラッカは思わず目をつぶった、のだが、


 ――ギイイイイィィィィンンンン――


 そんな金属音のあと、ゆっくりと瞼を開くと、自分の首筋にはなんの傷もなかった。代わりにシルバーリングのほうは針を押し返されて故障したのかどうか、《ピピピピピピ》という電子音を鳴らしながら彼女の首を外れていった。

「おお」

 とラッカは思った。シルバーリングは、地下牢の床にカシャンと軽い音を立てて落ちる。そのことが意味するのはひとつだけだった。

 ――もはやラッカ=ローゼキは、シルバーリングで拘束することができない。そしてこの盾がある限り、シルバーバレットによる対獣人銃撃も効果はないということだ。

 かつてのサイロ=トーロでさえ、ここまで盾を使いこなせたことはない。だからこそ彼は捕らえられたあと、なにひとつ抵抗できなかったのだ。ラッカ=ローゼキの獣人としての才能は、今となっては、かつての父親を優に越えていた。本人は全く自覚できていないが。

「よし、《盾》のほうは大丈夫だ。

 あとは夢んなかでアイツが言ってた《矛》のほうだな――」


 矛。

 矛、うーん、矛ってなに?

 なんかピンとこないなあ。

 ラッカは腕を組み、そのあたりをウロウロと歩いた。えっと、時間の壁を外に張ったら盾になるからあ――その逆ってこと? 時間の流れのなかに、一点だけ穴を空けるみたいなイメージ? うーん。

 そう思っていると、不意に地下廊下のエレベータが開いた。

 ほかほかのピザを箱に入れて、サングラスの黒服が帰ってきたということである。「ただいまー! あれ、オオカミさんまだ牢屋のなかにいたの?」

「あー、うん、まあね?」

「なにか悩んでる?」

 黒服は近くに寄ると箱を空けて、マルゲリータピザの香ばしい匂いをそこら中に撒き散らした。「進捗はどう?」と黒服が訊いてきたので、ラッカはとりあえず、床に転がっているシルバーリングを指差した。「あれはもう外せたよ」

 そう言うと、ゴクリ、と、黒服は喉を鳴らした。

「――次はオオカミさんはどうするの?」

「そうだなあ――とりあえず」

 ラッカは口もとに手を当てた。

「そのピザ食べてから考えようかな。――最悪の場合は、お兄さんを人質にすると思う、けどそうならないようにするよ」

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