第17~20話 The Hunting Party
第17話 VS摩天楼 前編その1
※※※※
10月9日(月)
東京都半蔵門のホールで行われるシンポジウムに、内閣総理大臣の祁答院アキラが出席している。議題は『獣人科学とその未来について』。
その日は、小雨が降っていた。
――山下シゲル43歳・無職はパーカーのフードを取りながらシンポジウム会場に向かった。入り口には、持ち物検査とボディチェックを行う警備員がいる。
電子機器を含む貴重品をケースに乗せ、カバンを金属探知機に回す。察知はされない。だから、山下はそのまま会場のなかに入った。
3Dプリンタで作成した改造銃はそのほとんどがプラスチック製。かつ、発砲に必要な金属部分は用途特定不可のレベルまでバラして、財布のなかに仕込んである。
「待ってろ、祁答院アキラ」
彼は会場の男子用トイレに入り、奥から二番目の個室をノックした。
なかから帽子を目深に被った中年男が出てくる。
「ずいぶん遅かったですね、リーダー」
「悪かった。改造銃の残りの部品は?」
「ガムテープで貯水タンクの裏側に固定してあります」
「了解。10分以内に組み立てる。そうしたらあの女も終わりだ」
山下シゲルは入れ違いにトイレの個室に入った。ガムテープで固定されたいくつもの金属部品を見つけ、それをひとつひとつ、自分が持ってきた改造拳銃の本体と組み合わせる。
このように、金属を小さく小分けにしてしまえば警備には引っかからない。あとはプラスチック部分と凹凸部分をカチ合わせて接合し、クソ総理を撃ち殺すための改造拳銃の出来上がりというわけだ。
「ふー」
山下シゲルは銃にマガジンを挿入し、チャンバーチェックする。安全装置など最初からない。俺たちが欲しいのは安全じゃない。
彼はシンポジウム会場に戻った。獣人科学に関する科学者の発表の前に、招致されている内閣総理大臣、祁答院アキラが登壇していた。
「えっと」
と、マイクの位置を直しながらアキラは話し始める。
彼女は戦後レジームを支えてきた自由社会党現党首、同時にこの国の内閣総理大臣。支持率は未だ下がらず。
保守右派の立場を貫きつつ、外交・軍事的には親米タカ派として国際上の役割をアピールしている。
「獣人科学の未来は、すなわち、我が国日本の未来でもあると考えています」
アキラは話し始めた。「先週も、中東諸国で痛ましいテロが発生してしまいました。なぜこのようなことが起きるのか。それは、人間同士の力が不当にも平等だからです。より強い獣人の力が国際的な抑止力となれば、世界はさらに平和になるでしょう」
聞くに堪えない、と山下シゲルは思った。
だからその場で改造拳銃を構え、
「祁答院アキラァ――――ッ!!!!」
と叫んだ。「死ねェッ!!!! 国賊ッ!!!!」
発砲。
その銃弾を胸に食らい、祁答院アキラは胸と口から血を噴き出しながら仰向けに倒れた。微動だにしない。
「暗殺だ! 首相暗殺だ!」
誰かがそう叫ぶと、山下シゲルはSPにうつぶせに押し倒され、改造拳銃を没収された。
――しかし、これでいい。目的は達した。祁答院アキラという最悪の女は、これで終わりだ!
と。
思っていると。
「いやあ、痛いものは痛いんだねえ」
と言いながら、祁答院アキラはゆっくりとその場で立ち上がった。口のなかに溜まったらしい血をペッと吐き出し、首をコキコキと鳴らしている。
「バカな――!」
山下シゲルの額に汗が浮かぶ。
――たしかに実弾が命中したはずだ!
そんな彼を見ながら、アキラはにっこり笑った。
「警備システムを潜り抜けるために、策を練ったようだねえ? いいじゃないか。こちらもトリックを明かすことにしよう」
そうして、彼女は右手で指をパチンと鳴らした。
その合図に応じて、内閣総理大臣専属猟獣、ドルサトゥム=トリシダが登壇してきた。黒スーツにポニーテールの男。腰に下げているのは獣人捜査局専用の日本刀、シルバーブレードである。
「こいつはヤマアラシの獣人、拒絶型。私に対する物理的攻撃を、あらかじめストックしておいた別の誰かに肩代わりさせる」
アキラはフッと微笑んだ。
※※
同時刻。福岡拘置所にいる死刑囚が血を吐いて倒れ、死亡した。
――これがドルサトゥム=トリシダの型である。
※※
祁答院アキラはゆっくりと壇上から降りる。そして、SPに取り押さえられている山下シゲルに近づくと、優しさを装った表情で彼の前にしゃがみこんだ。
「私は逃げも隠れもしない。教えてくれ。なぜ私を暗殺しようとしたのかな?」
「テメエ――!!」
山下シゲルは彼女を睨みつけた。「テメエが政界を牛耳って日本を私物化するために、どんな悪事をしてきたかこっちは知ってんだコラ!!
統和教会だ!! ヤクザが仕切ってる獣人の奴隷売買と、繋がりがあるクソのカルト宗教と、テメエは不当な金銭取引を続けてる!! 獣人奴隷どものデータも、いずれは猟獣の軍事転用に利用するためだ!! 違うかボケが!!」
「――で?」
「俺の母親は、なあ、統和教会のせいで狂わされた信者だ!! 昔は良い母親だった!! テメエをブチ殺す理由なんざそれで充分だ!!」
そこまで聞くと、
「あーやだやだ」
と、祁答院アキラは手をぱたぱたさせた。「アタマのおかしい陰謀論者は怖いね。きっと気狂いの母親から気質が遺伝したんだろう。裁判ではせいぜい心神喪失を主張するといい」
そう言って彼女は立ち去る。
「待てコラァ!! 祁答院!!」
と暴れる山下シゲルは、すぐにSPに押さえられた。
そんな彼と、突然の事件にショックを受けて動けなくなっている参加者を見ながら、祁答院アキラは再びマイクを掴んだ。
「えー、些細なアクシデントが起きましたが」
と彼女は笑った。黒髪のロングストレート、色白の頬をいつも染めている赤ら顔に、パンツスーツを着こなす品行方正な立ち振る舞い。
その容姿は、彼女が政界入りをした30代前半のときからほとんど変わっていない――テレビ越しにしか彼女を知らない人々はそれを好ましく思っているが、身近にいる関係人物はただ、それを不気味がっていた。
「見てください! 猟獣の能力のおかげで、私は無傷です! これが獣人の力、人類社会をさらに豊かにしてくれるケモノのポテンシャルです!
これをただの警察捜査に活用するだけで国民の皆様は満足できるのでしょうか!?
できるわけがない!!
――人間にとって最も脅威となるのは人間です。周辺国を圧迫している旧共産主義圏、宗教原理主義で暴れ回るテロリスト、アナーキスト、ならず者は世界のどこにでもいます。
それらと戦う欧米諸国との連携を強化し、積極的な国際平和を実現するために、我々の日本国もまたアメリカのように獣人の軍事転用を目指さなければならない――それが獣人科学の役割なのです!!」
※※
そのあとでシンポジウムが中止になると、祁答院アキラはSPに囲まれながら、迎えの車を会場前で待つことにした。
「あの暗殺未遂犯はどうしますか?」
と秘書の女である大堀(すげえ美人)に訊かれ、アキラはフフフと笑う。
「大した刑にしないようにしておけ。寛大な私が狂人の犯行を許したという構図にしておくんだ。
あいつの言ってることは支離滅裂だったが、いちいち否定するとゲスの勘繰りをしたくなるのが我が国の愚民というものだよ。度しがたいが、こちらは『信じてくれないならそれでもいい』という態度でいるしかないな」
「委細承知しました。ではそのように」
「うん、ありがとう大堀。君を愛してるよ?」
そうして祁答院アキラとその秘書・大堀ミナコは車の後部座席に乗った。
運転手が「連絡が来ています」と言った。「渡久地ワカナ局長からです」
「ワカナから連絡~?」
とアキラは首を傾げた。「なんだろう、発砲事件をニュース速報で知って慰めてくれるのかな? アハハ!」
そう言いながら、彼女はスマートフォンを耳に当てた。
「やあ、ワカナ」
「アキラか。こっちはまずいことになったよ」
「こっちも大変だったよ。ワケの分からない、頭のおかしい母親から生まれたガキが頭のおかしい暗殺未遂ってわけ! ハハ、参っちゃうよねえ」
「お前は死ななかったんだろう? ならいい。それよりも問題になりうる事案だ」
「――?」
アキラが訝しんでいると、ワカナは言葉を繋げた。
「ラッカ=ローゼキが覚醒してしまった。もうあいつは時間を止めるだけのケモノじゃないぞ?」
※※※※
10月10日(火)
巣鴨には雀荘がいくつかあるが、駅から徒歩10分の雑居ビル10Fにある『鬼哭』は、いつ誰が訪れても閉店中であることで知られている。
日岡トーリはそこを訪れていた。まずチャイムを鳴らさずにドアを5回ほどノックする。そこで、チェーンをかけたまま店主が出てくるので、
「1点100円、赤、アリアリですね。風花雪月は?」
とトーリは訊いた。
――実際に高レート麻雀がここで行われることもあるが、目的はそれではない。今の言葉はこの部屋に入るための符丁である。
店主は「うちはローカル役は採用してないよ?」と答える。それに対して、トーリは「流し満貫はあるんだろ?」と食い下がった。
ここまでが合言葉である。
店主は「どうぞ」とドアを開ける。トーリも、マンションの一室を借りた違法雀荘に入って部屋中を見渡した。
店主のほかには、チンピラが三人。
「なんだテメエこら!?」
と、額に切り傷の入った紫スーツの男がイキってくる。
「喧嘩したいなら失せろ」
とトーリは答えた。「俺は獣専門の狩人だ。人間のチンケな無法者に、いちいち構っていられるか」
「テメェ!」
そう怒鳴ると、チンピラたちは腰のドスとチャカをチラつかせながら立ち上がって威嚇してくる。もちろん動きはズブの素人そのもの、しかも不摂生とヤク中が祟って足腰がなっていない。トーリどころか、アヤノでも対応できるだろう。
そう思っていると、
「待て待てお前ら、どうしたんだ」
と、ずっと卓についていた男が一声で制してきた。「楽しく麻雀しようや。だいたいこっちは宮本組・岩田組・櫻井会の皆と楽しくやりたかったんだぜ」
そう言ったのは、警視庁公安部捜査員、鮫島カスミであった。
「日岡トーリ班長、よく来たな?」
「鮫島カスミさん――」
トーリが声を漏らすと、カスミはフッと笑った。
「ここは私のホームグラウンドだよ、若き獣人捜査局員班長。いま獣人関連を仕切っているのは東京の古き良き反社、横田総会の傘下連中だ。宮本組が獣人売買に加担して、岩田組が潜伏獣人に違法ドラッグをバラ撒いて、櫻井会はパンプキンヘッドのような、反社に擦り寄る獣人どもに不法業務を押しつけている――そんなところだ」
ここまで説明すると、鮫島カスミはチンピラ三人に札束を渡して立ち上がらせた。
「私の言ったことを上によく伝えてくれ。君たちを悪いようにはしないと約束する――それより、次の予約客が来たんだ、帰ってくれるかな?」
――それとも今から親分ともども東京湾のサカナの餌にしてやろうか、生きる価値のない社会のクズども。ニッポンの権力ナメてたら消すぞ、ガキが。
そんな雰囲気で圧倒すると、チンピラ三人はそれぞれのペースで舌打ちしたり肩を揺らしたりしながら去っていく。
「待たせたな、日岡トーリ班長」
そう歯を見せると、鮫島カスミは雀卓に座り直し、ジャラジャラと洗牌を始める。店主がその隣に座って、カスミの部下らしき女が店主の真向かいにへと座った。
自然と、トーリの座るべき席は鮫島カスミの対面になった。
「私の調査結果を伝えよう。だが、君は私になにをくれるのかな?」
東家の女が2個のサイを振って開門の場を決める。
それから、四人のプレイヤーは順番に牌山から自分の牌を取って揃えていった。全て右手で行なう。左手でタバコを吸うためだ。配牌が決定。トーリの手牌はほぼデタラメで、一般的な役を狙うなら望みなしの状況である。
「なあ、日岡トーリ班長」
とカスミは言う。「君が前に言っていた『クロネコ』について、私も調査を進めていた」
「なに?」
トーリが牌を捨てると、店主が「ポン」と鳴く。
そんな様子を見ながら、鮫島カスミはゆっくりと理牌を済ませていた。
「鋏道化、辻トモコの事件を覚えているか? 俺もあの案件にはよくよく関わっていた。そして、お前が察したとおり、ラッカ=ローゼキと辻トモコが戦闘した場所には不審な人物が存在した。
――ハツシ=トゥーカ=トキサメ。本名、雨宮時男。クロネコ派幹部として活動しているらしい。前に東日本大震災をきっかけにバカげた反原発運動があったろう。ま、似非科学活動に騙されて崩壊した家族の息子だ。
そのあとを尾けていて分かったことがある。ヤツは必ず都内のシティホテルか、上場企業の集まったビルに足を運ぶ。
だが、そこから先の潜伏先が分からない」
そこまで話してから、鮫島カスミは「リーチだ」と呟いて点棒を投げた。
「え?」
とトーリが訊き返すと、
「言ったとおりだ。どの建物にいるかは分かっても、その部屋に辿り着けない」
そうカスミは答えた。「いや、違うな。いま君に話していても、私はそのホテル名を思い出せなくなってきている」
それから、ため息をついて他家の捨て牌を眺める。
「日岡トーリ班長、これを君はどう思う? 私は急速に脳の病気にかかったのか? それとも――」
そのとき、店主も追っかけでリーチをかける。一方で鮫島カスミの部下らしき女は、ベタ降り一択らしかった。
トーリはハイライトを咥えて、火を点けた。右手で牌を揃えていく。
「獣人の型の可能性がありますね。目的地に辿り着かせないとか、ただ迷わせるとか、獣人の能力だったら辻褄は合いますよ」
「やはりそう思うか。日岡トーリ班長」
カスミは牌を拾うと、河に捨てた。「――調査結果はここまでだ。ここからの方針は、獣人捜査局に任せることになるが。
――どんなやりかたで攻略する? 迷路をつくり、決してゴールに向かわせない、おそらく籠城目的に限って言えば無敵に近しい能力の獣人をだ」
そこまで聞くと、店主はフンと笑った。カスミの女が安牌を捨てたあと、トーリは山から牌を拾う。そして、
「方法は三つあります」
と言った。
「①地道にその迷路みたいな型を攻略していく。
②型を使って迷路を作っている獣人を探し出して強引に駆除する。
そして③は――その型に対してメタを張れる別の獣人を使役する、です」
そう答え、トーリは手配を倒した。
ツモ。国士無双十三面待ち、ダブル役満。
鮫島カスミはコツコツと雀卓を叩く。
「そう言うだろうと思っていた。君にとっては部分的には釈迦に説法だろうが、今から私が言うことをよく覚えておけ。
迷路を作成する型はいくつか存在するが、それを突破する型の獣人はやたらと少ない。しかし、いないわけではない。
先ほど卓を囲んだヤクザが売り捌いた獣人奴隷のなかに、迷路を突破できる型のケモノがいる。獣人名はビーコルニ=リノセロ。サイの獣人。性別はメス。
飼い主の名前は神柱ホシゾラ――傲慢で恐れ知らずの財閥令嬢。はっきり言って、いつ死んでも日本の利益になるようなクズだ。
そのサイ女を捕らえて味方に引き入れることができるなら、クロネコ派のアジトに辿り着くことができるだろうな」
「ありがとうございます」
トーリは火を消し、麻雀卓から離れた。背中から「刑事さんツイてるなあ」と店主のヤジが飛んでくる。
そんなトーリに、鮫島カスミはさらに声をかけた。
「日岡トーリ班長――前に会ったときは顔つきがだいぶ違うな? なにかあったのか?」
「さあ」
トーリは肩をすくめた。
その脳裏にあるのは、まず、チトセの言葉だった。
《――オオカミちゃんは、ラッカちゃんは、あなたのことが女の子として好きだからニンゲンの味方を始めたんだよ?》
それから、ラッカの言葉。
《大切なものを失うのが怖いせいで大切なものをつくれないんだったら、だったら、私のことを大切にしろよ》
少しだけ歯を食いしばってから、トーリは答えた。
「なんで俺みたいな人間がここまで生き延びてこられたのか、その意味が少しだけ分かってきました。――失われるべきではないものを、守るためです」
そうして、鮫島カスミに振り返る。
「俺は、これからは俺だけの意志で仕事をしますよ。そのせいで獣人捜査局に目をつけられても今は構わない。
――ラッカが俺を守りたがっているなら、俺もラッカを守るために全力を尽くすというだけです」
彼がそう答えると、カスミはため息をついた。
「君の味方をするという輩を地上に呼んである。あとは上手くやれ」
「ありがとうございます。鮫島カスミさん――雀卓の裏側に、俺なりに調べた神道系極右集団の居場所をまとめた書類を貼っておきましたよ。使ってください」
と、彼はエレベーターに乗る。
そうして日岡トーリがエレベーターを使って雑居ビルの1Fに降りると、道路には二台の外車が停まっていた。
「え――?」
待ち構えていたのは、警視庁獣人捜査局第七班の捜査員たちである。
仲原ミサキ、田島アヤノ、山崎タツヒロ、佐藤カオルだ。
「水くさいじゃないですかあ! トーリさん!」
とカオルが言った。「ラッカちゃんが本庁に命を狙われていたことは知りましたよ! その秘密を調べるというのなら、ボクら第七班みんなでやりましょう!」
それを聞き、アヤノもうんうんと頷く。
「ラッカちゃんは今まで第七班でいっぱい良い仕事をしてきましたから。ここからは私たちがラッカちゃんを助ける番ですよ!」
そして、タツヒロもノーフレームの眼鏡の位置を直した。
「そもそも、獣人捜査局がなにを隠しているのかが解せませんよね。こっちはオープンに仕事をしたい、だからここから単独チームで動くべき――でしょう?」
彼の言葉を聞いてから、仲原ミサキはトーリの前にゆっくりと歩み寄った。
「独りで抱え込まないで。警視庁獣人捜査局第七班は、あなたの第七班でしょ。だったら好きに使って。――オオカミの秘密も、クロネコの隠れ家も、全て暴くよ?」
それを聞き、トーリはただ、頷くしかなかった。
「ごめん、ありがとう――俺にみんなの命をくれ」
※※※※
同時刻。
ラッカ=ローゼキはバイク「Wolfish Darkness」を獣人研究所兼病院の前に停めると、玄関から入り、病棟とは反対の方向に進んだ。
そこで待っていたのは研究員の住吉キキ、そして獣人捜査局第六班班長橋本ショーゴ、第六班専属猟獣のイズナ=セトだった。
「おお、イズナじゃん」
とラッカは手をひらひらさせた。「こんなところでなにやってんの?」
「いえ、別に」
とイズナは答えた。「別の任務で新潟県警獣人捜査局と連携していました。そのときシルバーブレードを駆除対象の獣人(カマキリの獣人)に折られてしまったので、メンテナンスを依頼していただけです」
「ふうん――そっか」
「そういうラッカはどうしたんですか?」
「ああ、うん」
とラッカは答えた。
「私さ、前よりも型が強くなったみたいでさ。だから再検査が必要になっちゃって」
「強く?」
「もう回数制限が要らないらしいんだよ」
ラッカはにっかりと笑った。「な~んか、もう何回でも時間止められるようになっちゃったや!」
それを聞き、イズナの顔色が変わる。隣で聞いていたショーゴも、眼鏡をかけ直した。
――ラッカ=ローゼキ、自分の成長がなにを意味しているか分かっているのか?
時間停止の能力に、制限がない。強すぎる――それは要するに、人間社会の管理下に置けなくなりつつあるということなのだ。
「あ、そうそう、あとね」
とラッカは言葉を繋ぐ。「前の任務でビーム食らったんだけどさあ、それも無傷だったんだ。もしかしたら超加速となんか関係あんのかな~って調べてもらおうと思って」
「ラッカくん」
住吉キキが、コホン、と咳払いして介入してきた。「あとは訓練場で詳しく調べてみようか。イズナちゃんのほうは別の仕事で忙しいみたいだからね」
そうしてラッカの背中を押して建物のなかに入りながら、彼女はイズナとショーゴに目配せした。
《分かったろう? 彼女は危険な状態だ。君たちも見守ってやってくれ》
そういう意図である。
イズナは少しだけため息をついた。「どこまでもトラブル続きですね、オオカミの彼女の周りでは」
「そうだな」
とショーゴは言った。「犯罪捜査を進めて獣人を狩るために、強すぎる力は不要どころか邪魔になる――トーリのヤツ、大丈夫なんだろうな?」
※※※※
ラッカは訓練場に辿り着く。住吉キキのほうは白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、彼女をしばらく観察し続けた。
「ラッカくん、もういちど訊くよ? 君は獣人捜査局第一班専属猟獣、ゾーロ=ゾーロ=ドララムの光線を受けてもノーダメージだった、それで合ってるかな?」
「えーと、うん」
「相手が憎いかい? ゾーロや、班長の渡船コウタロウが」
キキは目を鋭くした。「せっかく人間のために頑張っていた君を、信じない奴が近くにいた、疑っている奴が身の周りにいた、だから君は暗殺されかけた――しかもおそらく数回に及んでね。怒りを覚えないのかな?」
それに対して、ラッカは両手のひらをグーパーした。そして、次のように答える。
「コウタロウさんって人も、自分勝手に、私利私欲でやったわけじゃないよ。なんか理由があるんだろ。ムカつかないって言ったらウソになるけど、じゃあ私は怒らない」
「理由?」
「私が強くなりすぎたら、ニンゲンは私を言いなりにできなくなるのが怖いんだと思う。たとえば、シルバーバレットが二度と貫通しなくなるとかさ」
ラッカの答えにキキは顔を強張らせる。
――この子は無意識下で自覚している。自覚した上でなお――それでも人間の味方をやるのか。
キキは指を鳴らした。
「分かった。トーリとの約束だ。『君に隠しごとはしない』『君が知りたいことは全て教える』。そういう約束だからね?」
そして。
訓練場の砂浜に穴が開き、7~8の銃火器が出現した。
H&K MP5A3、H&K MP5K、IMI ウージー、コルト 9mm短機関銃、トンプソン M1928、H&K G36K、そしてH&K UMP45である。
「君を一斉掃射する。シルバーバレットじゃないから、当たっても体が穴だらけ血まみれになるだけで済むよ。でも痛い思いをしたくないなら、まだ秘められているその力を見せてみろ、ラッカ=ローゼキ」
カチリ、と。
全ての銃の安全装置がオフになる音がした。
ラッカは黒塗りの兵器を、透き通った蒼灰色の眼で見つめる。
「分かった。やってみる」
それから彼女は左手を――ピストルの形にして構えるのではなく、ただ両手のひらを構えるようにして突き出してみせた。
「時空の壁を広げていくイメージ――!
動きをぜんぶ止める時間の壁を――体の外に広げていく、ようにィ――!!」
ラッカがそこまで言い終わるかどうかというタイミングで、
全ての銃が乱射を始めた。
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