第16話 VS遊園狂 後編その2
※※※※
渡船コウタロウは、東京ガイナシティワールド備え付けのホテル『ヘルメス』の寝室に立っていた。そこからはテーマパークを一望できる。
パークの直径は1.8キロ。つまり全てゾーロ=ゾーロ=ドララムの射程距離内である。
――先ほどから神奈川県警獣人捜査局第二班、横光サンハイとの連絡が繋がらない。おそらく、始末されてしまったと見ていいだろう。始末したのが吸血鬼なのか狼人間なのかは、この際どうでもいい。
コウタロウは窓に映る自分の顔を見た。シワが深く刻まれ、髪は色が落ち、筋肉も抜けている。ここまで黙って働き続けた人生に、後悔はない。自分の天命も知らずに終わる連中と比べれば、恵まれているほうだ。
コウタロウはスマートフォンの業務用連絡アプリを起動した。ダイレクト通話の相手を、渡久地ワカナ、志賀レヰナ、藤田ダイスケの3名に限定する。
警視庁獣人捜査局設立時の初期メンバーだ。
「オレだ、コウタロウだ」
と彼は言った。「日岡トーリとその猟獣が東京ガイナシティワールドで襲撃に遭っている件は知っている。幸い、今は同じ豊島区だ。これからゾーロ=ゾーロ=ドララムの狙撃型を起動して援護に回るぞ、いいな」
そう彼が言うと、ワカナがすぐ疑義を差し挟んできた。
『なぜ現場の近くにいた? たまたまか?』
その声に、コウタロウはゆっくりと息を吐く。もう誤魔化しようはない。誤魔化す気もなかった。
「正直に言おう。オレは今日は、ラッカ=ローゼキも始末する気でいる。責任を取って捜査局を辞め、いかなる極刑も甘んじて受けるつもりだ」
『なに?』
「あの娘がパンプキンヘッドの件でシャチを始末したときから決めていた。いや、もっと前かな。ヤツの成長スピードは速すぎる。いずれ人類にコントロールできない存在になるだろう――あの娘の父親のようにな。
残念ながら、オレはワカナと違って祁答院アキラの方針には賛成できない。だからここからは好きにやらせてもらう」
そう彼は言ってから、さらに言葉を繋いだ。
「ワカナ、レヰナ、ダイスケ。お前らと働けてよかったよ。あとは頼んだ」
それに対して、真っ先に声を荒げたのが藤田ダイスケだった。警視庁獣人捜査局第三班班長である。
『待てよコウタロウさん!』
とダイスケは言った。『そんな――そんなこと考えてんなら、なんで相談してくんなかったんだ!?』
「お前は顔に出るだろうが、未熟者が」
コウタロウは少し微笑んだ。「レヰナが味方になるなら打ち明けてたかもな?」
彼が名前を出すと、レヰナのほうからも声が聞こえた。
『あんたの方針に同意はしないが、理解はするよ』
「そうかい」
『その上で、完膚なきまでに潰させてもらおうか』
彼女の声の頼もしさに安堵しながら、コウタロウはタバコに火をつけると、ホテルの窓をリモコンで全開にした。
「やれるものならやってみろ。オレのゾーロ=ゾーロ=ドララムを止められる猟獣はどこにもいない」
※※※※
同時刻。
トーリは数々の奇襲むなしく、カナン(正確には、そのなかにいるチトセ)に捕らえられていた。
「がっ!」
「あはっ」
チトセはトーリをテーマパークの壁に追い詰め、片手だけで彼の首を絞め上げる。「だいぶ肌に傷がついちゃったなあ。酷いことするね? 刑事さん」
彼女の体には、消火器爆弾の傷跡、シルバーバレット温存のために撃ち抜いた通常弾丸の銃跡、近接戦闘時に用いられたコンバットナイフの切り傷がついていて際限なくボタボタと血を流していた。
だが、それもいずれ獣人核の再生力で元通りになる。
「ただのニンゲンにしては、なかなか上手くやれたほうだと思うよ? ――ちょっとピンチだったかも」
チトセは微笑んだ。「でも、これまでだね? しょせんはニンゲンだよ、あたしには勝てない。諦めて可愛いオオカミちゃんに助けを呼んだら?
『早く来てくれラッカ=ローゼキ~~。ボクはなにもできないよ~~。弱くて情けなくて可哀想なボクを救って~~』
ってね! アハハハハ!!」
そうやって彼女が挑発すると、トーリの瞳に再び殺気が宿る。
「――ふーん? 生意気な男」
チトセは、表情を冷たくする。そして彼を壁から引きずり下ろし、力任せに地面に仰向けに叩きつけた。
「ぐ、あああ!」
「痛い? ねえ痛い? あはっ。美男子が痛めつけられて苦しんでる様子って最高~!」
そして彼女は、トーリの体に馬乗りになった。彼の頬を撫でて、舌なめずりをする。
「美味しそう――」
そう囁いてから、チトセはトーリの耳もとに唇を近づけた。「ラッカちゃんも可哀想だよね。こんな鈍い男の人を好きになったばっかりに、ニンゲンの味方なんて損しかしない役割を背負わされてるんだからさあ?」
「な、に――?」
「うそ、自覚なかったの?」
チトセは顔を離し、ただ目の前で戸惑っているだけの日岡トーリを見つめていた。
「――オオカミちゃんは、ラッカちゃんは、あなたのことが女の子として好きだからニンゲンの味方を始めたんだよ?」
「え――」
「あなたに褒めてもらうために、認めてもらうためにニンゲンなんかの味方をして、ずっと傷ついて苦しんできたんだよ? つまりさあ、ラッカちゃんを痛めつけてるのはあなたなんだよ、刑事さん」
チトセがそう言うと、トーリは、ただ呆然としていた。
「ラッカが――俺を好き?」
「うっわ、なにその反応めっちゃ腹立つ。あなたさえいなければ、ラッカちゃんは普通の獣人としてニンゲンを襲って、毎日のように楽しく過ごせたかもしれないのにね?」
それからチトセは、改めてトーリの首に手をかけて、尖った犬歯を剥き出しにした。
「ラッカちゃんってさ――自分の愛する男が獣人になったらどうするんだろ? そしたらもう、ニンゲンに義理立てする理由ないよね。案外あっさり、あたしたちの味方になってくれたりしてね?」
くっくっく、と喉を殺すように笑って、チトセはトーリの首筋を舐めた。べったりと甘い唾液がトーリの首に残る。「ほらあ、ここにあたしが歯を立てたら全部終わりになっちゃうよ。ねえ~?」
「ラッカは――」
「ん?」
チトセが首を傾げると、トーリは彼女の腕をゆっくりと掴んだ。
「でも、ラッカは――それだけじゃない」
俺はあいつが化け狐と戦ったときに、親子を庇ったのを知ってる。夜牝馬と戦ったときにも、仲間のために戦ったのを知ってる。鋏道化と戦う前に、一人のお婆さんに尽くしたのを知ってる。腐乱姫に同情したのを知ってるし、死刑囚の命を救おうとしたのも知ってる。
俺は、全部じゃないけど、ラッカのことを知ってる。
そう、トーリは言った。
「俺を獣人に堕として挫けるようなヤツじゃ、あいつはもう、ないんだ。ウソだと思うならやってみろ」
あいつはお前みたいに、自分の欲望だけで動くケダモノじゃない。あいつは狼で、同じくらい人間だ。
「――ほんと、虫唾が走るね?」
チトセは腕に力を込めた。「じゃあ、遠慮なくやっちゃうよ? イケメンの狩人さん?」
そのときだった。
「発見――!!」
という男の野太い声がテーマパークに響き渡る。その相方らしき男の言葉が続けて聞こえてきた。
「分不相応にィ、クロネコ様の寝首をかこうとする裏切り者がいるんですよォ!!」
「な――にィ!? やっちまったなァ!!」
チトセも、トーリも、上空を見上げる。
そこには、上半身裸にねじり鉢巻きをしめた男が鉄製の杵を持って襲いかかる姿と、同時に、となりにいる相方らしきロン毛の男が鉄製の臼を持って追随してくる姿があった。
ホタルの獣人、センチャ=ルナシー。テントウムシの獣人、マジ=ケムリである。
「えっ」
チトセが困惑の声を上げるのも構わず、センチャは鉄杵を振り下ろしながら彼女とトーリがいるポイントに着地しようとしていた。
「裏切り者は黙って――撲殺ゥ!!!!」
どごん。
彼がハンマーを打ち鳴らす、その前に、チトセはトーリの拘束を解除して横方向に逃げていた。トーリのほうもすぐに体を起こし、敵の攻撃を回避する。
センチャは地面に足を着くと、ひび割れたコンクリートの地面には全く目もくれずに、
「んん――反応速度や良し!! 押忍、オイショ!!」
と杵を構え直した。「裏切り者の吸血鬼オンナと、それを屠らんとする狩人か!! いいぞお!! こっちも2匹だから、まあ、2対2の形になるなあ!!」
そうやって豪快に笑うセンチャに対して、
トーリは「誰だ!?」と叫び、
チトセは「誰っ!?」と怒鳴った。「あなたのところの猟獣じゃないの!?」
「知らない! お前のところの――クロネコの獣人じゃないのか!?」
「そんなの聞いてない! まさか、もうクロネコに作戦が露見したってこと!?」
そんな風に言い争っているチトセとトーリを見て、センチャはうんうんと頷いた。
「仲良くケンカしやがって――なるほどテメエらやっぱりグルかぁ!! ほんと――やっちまったなぁ!! 二兎を追って、二兎とも仕留めさせてもらうぜぇ!?」
※※※※
詠唱開始。ツェランの詩をもじった自己暗示用の呪文で、ロパロセラ=ディルニは本領に入った。
「『明け方の黒いミルク、僕らは宙に穴を掘る、金色の髪のマルガレーテ、口笛、ユダヤを呼び出す地面の墓、奏でられるはダンスの曲』
発動。
誘因型――最大出力」
※※※※
同時刻。
180cmの鉄製の棒を振り回すラッカに、眷属たちは少しだけたじろいだが、やがてすぐに敵意を剥き出しにして襲いかかってくる。
ラッカはテコの原理で、左前の男と右前の男に打撃を与えると、くるんと棒を回して、真正面の男の脳天にシルバーロッドを振り下ろした。
めこり、と。
眷属の頭蓋骨が陥没し、目と鼻の穴から血に混じって脳の汁が噴き出した。
「あ――? あ、いた、いたたたた――?」
白目を剥いて倒れるそいつを無視して、ラッカは姿勢を低くしたまま群れのなかに特攻を仕掛ける。中央まで行くと、足首付近の高さでグルンとシルバーロッドを振り回した。足払いである。
眷属たちが宙に浮いた。
ラッカはそのうちの一人の胸を狙って、思いきり棒の先端を回し当てる。ブチ、ブチブチ――と筋繊維の引きちぎられる音と、その向こう側にある獣人核が破裂する音がした。
男は吹き飛び、『玩具の街』のジェットコースターに衝突して池に落ちる――つまり、残り24体だった。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ――!」
額から汗が滝みたいに流れていく。
ラッカはさらに、宙に浮いた男たちが着地したタイミングを見計らって、もう一体にシルバーロッドをブチかました。
相手は吹き飛び、木製のベンチを壊しながら倒れる。
と。
「カナン様――数が、数が足りません!」
そんな風に眷属が叫んだ。
――数?
ラッカはゾッとした。
まさか、ここからさらに増やす気か!? 分散型の能力で!?
そんな風に動きを止めた彼女に、左右から眷属が襲いかかった。
「しつけえなあ~~クソが!!」
ラッカは棒の先端で、左の男の顔面を突いた。右の眼底骨をバキバキと砕き、目玉ごと脳ミソを押しつぶす。さらに棒を引き抜き――ヌチュヌチュと体液の音がした――今度は右の男の喉仏を潰す。
「お、ああ、ああああ――!!」
呼吸できなくなり、うずくまる男の背中にラッカは棒を突き立てると(それが心臓近くの獣人核を容易く破壊した)、それを使って空に宙返りして、戦いの場所を移した。
つまり残り21体である。
――感覚が麻痺していくのを感じた。今までは目の前の獣人を相手にして、そいつがどんな人生だったのか、どんな理由で獣人になったのか、いろいろ考えることができていた。
今はそれができない。そんなことをしていたら、自分が殺される。
つまるところ、慈悲や同情は余裕がある者の特権に過ぎないのだ。
ラッカに対して、正面から筋骨隆々の男が殴りかかろうとしてきていた。――こいつのことも、私は知らない。
ごめん。
彼女は鉄の棒を、地面に対して水平方向にそのまま捨てて落とした。
「!?」
相手の男が戸惑う。が、ラッカはその棒を右足の甲で柔らかく拾い上げ、クンッ――と、脚の筋肉を使って宙に思いきり蹴り上げた。
シルバーロッドはそのまま筋骨隆々男の顎を破壊。
「がああああ!!!!」
ラッカは再び棒を掴み、ヒュンヒュンヒュンと回してからそいつの側頭部を最大火力で殴打。衝撃で下の顎が外れたのか、めりめりと音を立て、口をダラリを垂らしたまま白目を剥いて地面に転げ倒れた。
その隙を突いて、別の眷属がラッカの背中を蹴り上げる。
「が――ッ!?」
ラッカは倒れないように地面にシルバーロッドを立て、それを軸にして、勢いに任せて360度全方位の蹴り技をお見舞いした。
ミリタリーブーツ越しに、眷属たちの顔面や胴体を勢いよく踏み抜いていく感触が伝わってくる。
そして着地したあと、ビリヤードのキューの要領で狙いを定めると、一人の眷属の胸をシルバーロッドで貫いた。
ぐしゃり、という音が聞こえた。獣人核に致命傷を与えられた証拠である。つまり残り19体。
――着実に減っていってる! こいつらが私の捕縛に夢中になってる間は、少なくともニンゲンを襲ったりしない。
逆にこっちは部分獣化も獣化も型の使用もずっと温存したままだ!
勝てる! いいや、勝たなくちゃいけないんだ!
ラッカの脳裏に、トーリの言葉が浮かんでいた。
《大切な人のことを、大切に思って、それを失う辛さがもうイヤなんだ》
そんなイヤな思いは、もう二度とトーリにさせないって決めた。
――私は負けない! トーリが好きだから!
と、ラッカが思った、それが気の緩みになったのかどうかは分からない。
「うおおおおおおおお!!」
と雄叫びを上げながら突進してくる男に、彼女は後れを取った。
「ぐっ!」
ラッカはシルバーロッドで相手を牽制して、棒術を駆使、相手を振り払いながら周りを見る。「なんでだ――なんでだよ! なんでお前らあんな女の言いなりなんだ!! お前ら利用されてるだけなんだぞ!!」
すると、周囲の男たちは口々に呟き始めた。
「分かってる――」
「利用されてるだけなんてこと、最初から知ってる」
「俺たちのことを初めて利用してくれたんだ。クソの役にも立たないって言われ続けて、学校でも職場でも、家にも居場所がなかった、こんな俺たちでも、捨て駒としてはまだ存在意義があるんだって言ってくれた」
「お前が獣人になる前の俺たちに会ったとして、じゃあ俺たちになにをしてくれる? 生きがいを、死に場所を、誰も与えてくれやしない!」
「カナン様は――なんでもいいんだ、それをくれたんだ、だから俺たちは言うことを聞くんだ――!」
それを聞いて、ラッカは歯ぎしりをした。
「バカヤロウがァ――!!」
と。
彼女の脇腹にタックルが繰り出された。眷属たちの群れに紛れて殺気を消していた、男たちのなかで最もクレバーな個体。そいつがラッカの油断を突いて、彼女を地面に抑え込んでいた。
「お前らァ!」と男は叫んだ。「俺の上におぶされ!」
「な――!?」
ラッカは地面に対してうつぶせのまま。その上に1人、また1人、2人、3人、5人――と眷属たちがのしかかってきた。
「オオカミを捕まえた! やっと捕まえたぞ!」
「カナン様、見てえ! オオカミ捕まえたあ!」
そんな風に男たちが喜ぶのを、ラッカは、歯を食いしばりながら耐えた。
「あ、う、ああ、重い――!」
ラッカがそう呻くと、彼女の耳もとに、眷属の生臭い息がかかった。
「オオカミィ――! カナン様のもとに大人しく捕まれ! 吸血鬼の女王様がクロネコを超えて獣の王になる、そのための道具がお前だ――ラッカ=ローゼキィ!」
「クロネコ!?」
ラッカはわけが分からなくなる。
「カナンはクロネコ派と違うのか!?」
「そんなこと、お前が知る必要はない――さっさと押し潰されて気を失え、小娘――!」
そして、さらにラッカの全身に眷属たちの体重がかかってくる。
「ぐっ、う、あああ――!」
そのとき。
遠くから駆けてきた女が、ラッカに覆いかぶさる人の山を蹴り飛ばした。
「うるああああああああ!!!!」
サイドアップテールの長い黒髪と、街並みに紛れるための紺セーラー服を着た女――チョウの獣人、神奈川県警獣人捜査局第二班専属猟獣、ロパロセラ=ディルニだった。
先ほど自分自身に鱗粉を撒き、強化の自己催眠中である。
人の山が崩れると、ラッカはすぐに拘束を解いて自由の身に戻る。そしてロパロセラを見るやいなや、
「誰っ!?」
と言った。
「今そんなことどうでもいいでしょお!?」
とロパロセラは怒鳴った。「あたしの班長、死んじゃってるんすよお!? 眷属はここにいるので全部!! さっさと無敵の超加速でなんとかしてくださいよお!!」
ラッカには、まだロパロセラのことは分からない。ただ分かるのは、《眷属はここにいるので全部》という情報だけだった。
「本当だな――?」
ラッカはそう言ってから、周囲の男たちを眺める。
事情も来歴も知らない眷属たちを、これから、無慈悲に狩らなくちゃいけない。
覚悟はとっくにしたはずだろ。
「残り19体――1体に3秒かかるとして、超加速は連続6回発動!」
彼女は立ち上がった。その動きに伴って、首から下げているドッグタグがジャラジャラと鳴った。
――パン!
と、テーマパークに自動セットされていたらしいパレードの花火が上がる。その光に照らされて、ドッグタグは彼女のための明かりになった。
月は宙にかかっている。
ラッカは左手をピストルの形にした。
「『超加速』!!」
ギィィィィンンンン――と、自分を中心にして物理法則無視の膜が広がる感覚。
自分以外の、全ての動きが止まっている、彼女のためだけに用意されたゾーン。その場をラッカはダッシュで走り抜けた。
部分獣化で両手に爪を展開して、最小限の動きで眷属どもの獣人核を突き刺し、破壊していく。
10秒経過して、タイムアウト直後に再びラッカは左手をピストルの形にした。
「『超加速』!!」
※※※※
同時刻。
チトセは拳銃を腰のホルスターに仕舞いながら、センチャ=ルナシーの前に立った。一方の日岡トーリはセンチャの相方、マジ=ケムリと対峙している。
「なるほど! 個別に戦り合うってわけかぁ!」
センチャが勝手に納得している様子を見て、チトセは頭を切り替えた。
「刑事さん!」
「なんだ!?」
「ここはいったん、本当に共闘でいこう。こいつらフザけてるけど、体術は相当できる。あたしたちが仲違いしたままだと両方やられちゃうよ」
その言葉を聞いて、トーリは拳銃の弾数を確認した様子だった。「――まさかお前と組むこともあるなんてな」
「あたしとコンビってイヤ――?」
「いいや、即席ダンスのパートナーなら誰でもいい」
「ふうん、謝謝!」
それが合図だった。
センチャが鉄の杵を振りかざす。チトセはバク転でそれを交わすと、すぐに、彼の杵が今まで叩いてきた地面を確認した。
――特殊な武器を持ってる獣人! それがコイツの型と関係あるってことだよね、要するに!
そしてその直感はすぐに当たる。
センチャの叩いた地面が、仄暗く光っていた。
「気づいたか!?」
とセンチャは笑う。「俺はホタルの獣人、閃光型! 叩いた場所に光が宿る――その効果は踏んづけたヤツのお楽しみだ!」
「気前よく能力を教えてくれるとか、親切だね!? それともナメてる!?」
チトセはバックステップを繰り返し、ピザバーのテラスまで辿り着く。つまり、そこにはお客様とスタッフが逃げ出したまま放置したフォークとナイフが大量にある。
「ほらぁ――!」
チトセはそれを掴んで、センチャに投げつけた。
「ちょこざい!」
彼は笑いながら鉄の杵でそれを打ち落としていく、が、チトセの狙いは別にある。
彼がフォークとナイフの金属弾丸を防いでいる間に、あと四本だけ、ピザバーの看板に同じくフォークを投げていたのだ。
――看板に貼られたキャラクター「キャプテン・エックス」のステンレスボード、それを固定している老朽化した四本のネジを破壊するためである。
ぐらり、と。
コミックキャラクターが地面に倒れ、センチャを目がけて襲った。
「なァ――にィ!!??」
センチャの驚愕する顔を見ながら、チトセは再び接近戦のために走り出した。
「――ちょっとヌルいんじゃないの!? 吸血鬼の女王様とデートするんなら、お目当てのテーマパークは全部ちゃんと調べておかなくちゃ――ね!!」
彼女が駆けていく間も、センチャは自分に襲いかかってくるステンレスボードを鉄の杵で破壊し、自分の身を守るしかない。
その瓦礫を経験則で避けながら、チトセは腰に仕舞っていた拳銃グロック17を取り出した。
「やめ――やめろォ!!」
慌てるセンチャを無視して、チトセは銃の安全装置を外してみせる。
「うああああああああ!」
センチャがチトセに狙いを移した――。
その時点で。
チトセはあっさりと拳銃を上空に放り投げた。
「えっ?」
「走りにくいんだもん? 銃があると」
チトセは笑った。「それとも銃を携行してたあたしだけを見て、まさか移動速度を見誤ってた?」
それじゃ、あなたの計算が見積もりミスってところだよね。
チトセはそう心のなかでだけ呟いたあと、センチャが想定していたであろう彼女の移動スピード、そのほとんど1.1倍のスピードで鉄の杵をかわし、部分獣化で背中からコウモリの羽根を展開。
羽根を刃物に見立ててセンチャの両腕を切断していた。
「がああああああああ!!!!」
彼が悲鳴を上げる。
「はーい、ゲームオーバーだよ? おバカさん」
チトセは返り血にまみれながら、ぺろりと舌で唇を舐めた。「自分のことを弱~く見せちゃうのも作戦のうち。女の子はみんなそうなんだから、来世は気をつけて?」
そう。
トーリとの共闘をわざわざ大声で呼びかけて不利を装ったのも作戦のうちだ。
それからチトセは、宙に放り投げていたグロック17が落ちてくるのを、パシッ、と気前よく掴んだ。
落下ポイントも計画どおり。
ふと周囲を見渡すと、トーリのほうもテントウムシの獣人であるマジ=ケムリへの制圧を完了していた。右腕と、アバラ骨を何本かは痛めているらしいが、転倒した彼に跨って拳銃を構えている。
「刑事さん、やっぱりまあまあやるね?」
そう笑いながら、チトセは銃をセンチャに向けてトリガーに指をかけた。「え~っと? シルバーバレット、発砲許可申請~、だっけ?」
同時に、トーリもケムリに銃を向けたままトリガーに指をかける。「シルバーバレット、発砲許可申請!」
そして、二人同時に弾き金を引いた。
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