第16話 VS遊園狂 後編その1
※※※※
「ふん、ふんふふーん」
鼻歌を歌うその男は、坊主頭にねじり鉢巻きをしめた上半身裸のラフなスタイルで道を歩いていた。隣に、同じように鉢巻をしめながら、髪は伸ばし放題、上着も身に纏った男が並走している。
「聞いてくださいよぉ~、親分」
と相方が言うと、
「あん?」
と坊主頭は振り返った。「どうしたあ?」
「それがね」
と相方は言った。「カッコつけて、ニンゲンの味方なんてやってるオオカミがいるんですよお」
「なァにィ!?」
坊主頭はこめかみに青筋を立てながら絶叫した。「クロネコ様の言ってたことは本当だったかァ!?」
そして鞄から、巨大な鉄製の杵を取り出した。「そのオオカミ、やっちまったなァ――!? 裏切り者は黙って――鏖殺!!」
「はは、そのオオカミ死んじゃうよお~」
ホタルの獣人、センチャ=ルナシー。テントウムシの獣人、マジ=ケムリ。クロネコ派直属の下っ端獣人もまた東京ガイナシティワールドに到着した。どちらもB級獣人の武闘派である。
ガイナシティワールドの入り口まで辿り着くと、係員が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「困ります、お客様!」
「シャラ~~ップ!!」
センチャが鉄杵を振るうと、係員の頭蓋骨が粉々に砕けて脳漿を撒き散らしながら倒れる。
「押忍!! オイショ!!」
とセンチャは叫ぶ。並んでいた客たちは、悲鳴を上げながら散り散りに逃げていった。
「おうおう逃げろニンゲン! こっちも無益な殺生する気はせんぞ! 今回の目当てはクロネコ様指名のオオカミだけだ!」
センチャが笑っていると、ケムリが覗き込んできた。
「でも親分。よくクロネコ様はオオカミがここにいるって分かりましたねえ?」
「んん? ふふ」
彼は自分の顎を撫でた。「SNSの書き込みを見ろ。オオカミの女は野球帽をかぶってサングラス、ちゃんと変装しているが、大ファンの目は誤魔化せん――ラッカ=ローゼキがこの遊園地にいることは、オオカミ推しのニンゲンどもにちゃんと拡散されてる」
「おお~」
「ゆえに、襲撃。正々堂々戦いを挑む。こっちも武闘派、あっちも武闘派の獣人だ。ケモノは黙って――タイマン!!」
「はは、向こうはA級なのにすごい自信だよ~」
そうして、センチャとケムリの二匹はチケットも買わずに入り口の門をくぐり抜けた。「しかし、いまオオカミがどこにいるのかは分からんなあ――適当に数人ブッ殺して誘い出すか?」
と、そのとき。
『トラブルが発生しました』
そういうアナウンスが流れた。『トラブル発生。「未来の街」にいるお客様は、すみやかに避難してください――獣人案件の発生です』
「なんだあ、そりゃ――!」
センチャは戸惑う。俺たちが襲撃する前に、別の獣人が騒ぎを起こしているだと? どうなってる?
『繰り返します。「未来の街」にいるお客様は、すみやかに避難してください』
そのアナウンスを聞いて、となりにいるケムリが鉄製の臼を展開しながら寄ってきた。
「まさか、クロネコ派の裏切り者が先にオオカミを襲いにきてるんじゃあないですか――」
「なァにィ!?」
彼はさらにこめかみに青筋を立てた。
「さらに裏切り者だとォ――俺たちはオオカミ襲撃の命令しか受けてねえぞ――そいつ、やっちまったなァ!!」
※※※※
その10分前。
未来の街のピザバーで、ラッカは気持ちよく酔っぱらったあと、うーんと伸びをした。
「このあとはホテルに行って寝るだけだろ? トーリ」
「ああ。でも、特別チャンネルでガイナコミックスの映画は見放題らしい。なにか気になったのがあったらいっしょに見よう」
「うん!」
ふらふらとした足取りで「いやー楽しかった! でも明日も遊べるもんなあ!」と喋っているラッカを、トーリはただ見ていた。
――ラッカ。俺は、お前が思っているような立派な大人じゃないよ。
でも、そう思ってくれるなら、そういう人間にこれからならないといけないって、そんな風に感じられる。
ありがとな。
そう思ってから、
トーリはラッカの肩を掴んで地面に引きずり落とすと、
その場にあるテーブルを蹴り上げて盾にした。
ガン!
という金属音とともに、テーブルに穴が開く。普通の9ミリパラ弾よりも着弾点の損傷が酷い。つまり、シルバーバレットだった。
「トーリ――?」
「ごめん」
トーリは警戒しながら立ち上がる。「敵襲だ」
彼は銃のほうを見る。
――ラッカにはこの遊園地にいるときだけは、普通の女の子でいてほしかった。ただ遊んで、楽しんで暇を持て余してほしかっただけなんだ。
そんなことも叶わなかったのは、どこかで情報を漏らした俺の落ち度だ。
トーリの睨む先で、グロック17を構える女が立っていた。
布瀬カナンである。
どこかの狩人から奪ったのだろうイヤホンを使い、彼女は50メートル先から小声でトーリに語りかけてきた。
『よく避けられましたね、狩人さん。ニンゲンには獣人を識別する嗅覚はないはずでは?』
「一般論だ。ケモノの殺気を識別できない奴に、山の猟師は務まらないからな」
『――なるほど、後天的に習得した本能でしたか。たしかにそれなら合点はいきますね?』
カナンはさらに銃を構えた。『オオカミは取引材料として頂きます。あなたは――死んでください』
そして、彼女がトリガーに再び指をかける、
その瞬間に、
ラッカは時間停止で50メートル離れていたはずのカナンに近づき、ストレートパンチを繰り出していた。
「デート邪魔すんなコラああああアアアア!!!!」
「あ、ぐっ――!?」
カナンは地面を転げ回る。そんな彼女に対して、ラッカは左手をピストルの形にしてゆっくり向けた。
「『超加そ――――」
そこまで言ったとき、ラッカはようやく周囲の殺気に気づいた。
全27体+カナン。
血と肉に飢えた全27体の眷属たちがラッカを目指して攻撃を繰り出そうとしていた。ただし、ニオイが混じっているせいでその総数は彼女には分からない。
「えっ!? 多っ!?」
ラッカはまず、最初に拳を振りかざしてきた男の攻撃をガードし、その脇腹を思いきり蹴り上げる。
が。
その隙に、後ろから飛びかかってきた男がダブルスレッジハンマー(両手を組んで振り下ろす技)でラッカのうなじを痛めつけた。
ビキビキ――と、骨のきしむ音がする。
「にゃろ」
ラッカは痛みに耐えきれずうずくまる。が、すぐに立て直して振り返りながら、相手のアゴに回し蹴りを食らわせた。
そいつは奥に吹き飛ぶ――だが、その間を狙って、二人の男がラッカの両腕を捕まえた。
「なっ」
戸惑うラッカの顔面を、三人目の男が正面から殴りつける。拳が頬骨に当たり、鼻に命中する。
「いって~~~~なぁもお!!」
ラッカはその場でバク転。自分を殴っていた正面の男を蹴り倒しながら、拘束を解除。すぐにしゃがんで両脇の敵を足払いした。
空中に浮かんだまま戸惑っている男たちへ、前パンチと後キックを同時に繰り出して遠くへ飛ばす。
その間も、さらに吸血鬼たちは集まってきた。
「キリがない――なんだこれ!」
ラッカは戦いながら足場を移し、『未来の街』から『幻想の街』中央のヒロインキャッスルのパレード大広場まで移動した。
敵は全てB級獣人。その全てがラッカを狙う。数の前では強さは無力だった。
「ふふふ」
とカナンは遠くで笑う。「ずいぶん苦戦してますね、オオカミ」
「ズリぃぞ、バカ!」
とラッカが怒鳴ると、男たちが彼女をじりじりと追いつめながら、
「カナン様の、敵――!」
「ママの敵だ、ママの!」
「こいつを捕まえたら、褒めてくれる――アレ外してくれる――!」
と。
呻き声を上げながら、再び攻撃を再開してきた。
「な~んか、分かった。
そういうことかよ!」
とラッカは言った。
「てめえ――カナンだったっけ? すっげえクソ女だな!!」
ラッカは空中に跳んで回し蹴り。男たち三人が吹き飛ばされる、が、着地した瞬間にさらに男に殴られる。
ラッカは殴られ吹き飛ばされた衝撃を利用して、くるんと体を回すと、ヒロインキャッスルの壁に両足を着いて着地。そして離陸。
ぐん、と、足の筋肉を使ってそのまま飛び、目の前にいた男たち二人に拳を食らわせる。
そして、倒れた男の足を掴むと「ふんっ!」と持ち上げてぐるぐる回し、全27体の吸血鬼、その密集地帯に投げ飛ばした。
成人男性の平均体重は78キログラムで、投擲の速度と合わさると、そのエネルギー量はちょっとした砲弾になる。
バタバタバタ、と男たちが倒れた。
「ハァ、ハァ、ハァ――!」
ラッカは息を切らしながら、じりじりと自分に寄ってくる数十人の吸血鬼を素早く観察した。
――いつ超加速型を使えばいい? できることなら、敵全部の人数が分かったあとで、一網打尽にできるタイミングで発動したい!
A級の狼人間とB級の吸血鬼の対決。それは、悪貨が良貨を駆逐しようとする戦いであった。
※※※※
布瀬カナンは『未来の街』にあるテーブルを蹴り上げると、そこに身を隠したままヒロインキャッスルの乱闘を観察していた。
――いける。このままなら押し通せる。
ラッカ=ローゼキは、敵が何体なのかも分からない状態でB級獣人を無際限に相手にしなければならない。必然的に、超加速型を温存する。
だが部分獣化を含んだとしても、人間体ベースで型ナシならラッカは恐れるに足りない。どれだけ鍛えたところで、しょせんフィジカルは10代の小娘だ!
問題は。
カナンはテーブルの隙から、向かいにいるであろう日岡トーリを睨んだ。
――問題はこちらの狩人だ。さっきから私をここに縛りつけている。
少しでもテーブルから体を見せると、容赦なくシルバーバレットが発射される。有効射程距離外でも当たるだろう、恐怖。
誤算。
邪魔者の刑事はすぐに始末するか人質にする予定だったのだが、この男、なぜここまで戦れている? 獣人核に残る熊谷チトセの記憶でも、大した強さではなかったはずだが。
『参ったね――刑事さん、前にあたしと会ったときとは人が違うよ』
「――え?」
『技術的な向上とはまた違うかな。心理的な拘束がひとつ外れて、今、本来の資質で戦えている――いったいなにがあったのかな?』
「そんなの精神論じゃないですか」
『銃のトリガーを引くのは、最後は指先じゃなくて精神だよ。つまり、精神論は正しい』
チトセの呑気な語りに、カナンは少しイライラした。
「――あの刑事を倒すのに、秘策はないんですか!?」
『どうして? あなたが彼をここに縛りつけている。あとはオオカミちゃんを眷属が捕縛するだけ。作戦はぜんぶ上手くいってるでしょ?』
その言葉に、歯ぎしりが止まらなかった。
「せっかく獣人になれたのに――クロネコの幹部にもなれたのに――たかがニンゲンに足止めされてるのが我慢できないんですよ!」
『ふうん』
とチトセは頷いた。『貴女のそういうところ、嫌いじゃないよ? 支配されることの屈辱と苦痛。そこから逃れる唯一の方法は支配する側に回ること、だもんね』
じゃあ仕方ないな、とチトセは言葉を繋いだ。
『少しだけ、体を貸して?』
そんな布瀬カナンの向かいで、日岡トーリはテーブルに隠れながら残弾数を確認する。あと2発か。
「本体をラッカのところには行かせない――いや、お前を始末して俺が援護に行く」
威嚇に残りのシルバーバレットを撃ち抜いたあと、手首のスナップで空のマガジンを排出する。予備弾倉を装填し、片手でチャンバーチェックを行う。
銃を構え直した。インカムで本部に向けて連絡を繰り返す。
「警視庁獣人捜査局第七班班長、日岡トーリだ。東京ガイナシティワールドにて獣人と交戦中。敵はおそらく数十体超。分散型の可能性あり。至急応援求む」
『了解。お前の第七班捜査員、および、第四班と第三班の捜査員がそちらに向かっている』
「了解」
トーリは連絡を打ち切り、改めて布瀬カナンの隠れるテーブルに正確に狙いを定める。
と。
そのテーブルが、強い力で空中に蹴り上げられた。さらに悲鳴が上がる。
――なんだ? 目くらましのつもりか?
トーリが空中のテーブルから意識を切って、再び地上を見たときには、布瀬カナンはそこにいなかった。
「!?」
敵の殺意は、彼の横方向、至近距離から来ていた。気をそらして肉弾戦に持ち込むつもりか。
「速いな――」
「全盛期ほどじゃないけど――ね!」
布瀬カナンはまずローキックで牽制してくる。
ジャブ、ジャブ、さらにジャブ。トーリはなんとかガードする。が、そのたびに腕の骨がミシミシと痛んだ。
獣人と人間が標準的な格闘技をするとして、人間の側がリングに立っていられる時間は15~45秒が限界である。
「へえ、刑事さんカラテもいけるんだ?」
とカナンは笑った。「顔だけじゃなくて本当に良い男なんじゃない――?」
その口調が先ほどまでと変わっていることに、トーリはすぐに気づく。
この喋りかたは。
「まさか――熊谷チトセか!?」
「ご名答!!」
彼女の右回し蹴りが勢いよく繰り出される。トーリは咄嗟に膝と肘でそれを挟むように受け止め、ダメージを相殺しようとするが、それでも衝撃は抑えられない。
「ぐっ――!」
トーリはそのまま『未来の街』のフィールドを吹き飛ばされ、VRライドの建物に体を打ちつけた。
※※※※
ラッカのほうは、さらに前から襲いかかってくる眷属たちに、正確に拳を当てていった。
「あっ」
「ぐっ」
と、彼らはうめき声を上げながら動きを止める。やっぱり。どうもこいつらは獣人になりたてだろうし、人間時代も大したケンカの類はしたことがなさそうだ。だから耐久力があっても、痛みに耐性がない!
と。
そんなラッカを、別の眷属が後ろから羽交い絞めにしてきた。また他の奴らに攻撃させるつもりか?
「ふんっ!」
ラッカは思いきり前屈してから、後頭部でうしろ向きに頭突きする。眷属の鼻が折れ、歯が抜ける。彼女は、そいつをそのまま背負い投げで群れのほうに飛ばした。
投げ飛ばされた男を、眷属の何人かは避けるようにして動きを鈍らせる。が、独りだけ猪突猛進してくる個体がいた。
「――!」
ラッカは咄嗟のハイジャンプでそいつの肩に左足を乗せると、眷属の群れから脱出するようにさらに遠くへ跳躍してみせた。
「このガキ――俺を踏み台にした!?」
そんな男の抗弁を今はスルー。
――広い場所で戦ってるとラチがあかない! なんか狭い通路で一体一体各個撃破できないのか!?
もちろん、そんな場所はない。ここはテーマパーク。スタッフが全てのお客様を見守れるように、エリア全てが見晴らしのいい景色で人工的につくられているのだ。
ラッカは着地する。既に場所は『玩具の街』まで戻ってきていた。
眷属たちが突進してくる。ラッカはその場で起き上がる――のではなく、バネの原理で回転しながら低空を舞った。その遠心力で男たちを蹴り上げる。
再び地面に足を着いた。
右から来た眷属を殴ると、左肩を別の眷属に掴まれる、が、今度はそいつを支点に空中回し蹴り。3体ほど敵を吹き飛ばす。最後に、自分を掴んでいた眷属の腹に右膝を当てると、うずくまったそいつを遠くへ蹴り飛ばした。
地面をズザザザザ――と擦り剥きながら相手が転げていく。
――いける。ちょっとずつだけど、B級の群れに対応できてきてる。
いや、それよりも、トーリは無事なのか!?
そんな風にラッカが油断した途端、
「うおおおおああああ!!!!」
という雄叫びを上げて、一人の眷属がラッカの死角から低重心の強いタックルをかましてきた。
「がっ!」
ラッカとその眷属は、そのまま二人で地面をゴロゴロと転がる。
「くそっ、離せ!」
先に立ち上がり、相手の顔面を踏み抜いてからのローキック。
が、さらにそんな動作で発生したロスタイムを見逃さないかのように、もう一体の眷属が近づいてきていた。
「死ねェ! オオカミ!」
ラッカの腹に、会心のストレートパンチが決まった。
「うっ――!」
彼女はそのままうしろに吹き飛び、『玩具の街』のファングッズショップの窓を割って店内に転がった。
悲鳴が上がり、客が逃げていく。
ラッカはすぐに上体を起こした。どうやら背中のところにコミックキャラクターのぬいぐるみがあって、衝撃が和らいでいたらしい。
「どうする――!?」
そう思って店内を見渡すと、そこに、
『劇中使用アイテムレプリカ:王子ブルーのシルバーロッド(※鉄製です。決して人に向けないでください!)』
が置かれていた。なお非売品らしい。
「ごめん店員さん! これ借りる!」
ラッカは鉄製シルバーロッドを掴むと、店を出て眷属の前に出た。戸惑う男たちを前にして、ヒュンヒュンヒュンと全長180cmの鉄の棒を振り回す。棒術については、即席の猟獣訓練で習得済みだった。
それでも臆せず向かってきた眷属に、ラッカは体を一回転してから、その勢いでシルバーロッドの先端を相手の胴体に思いきり当てた。
バキバキ、と、肋骨が内向きに砕けて内臓に――そして獣人核に突き刺さる音。男は断末魔も上げられないまま近くの石段を転がり落ちて、そのまま動かなくなった。
ラッカはさらに鉄棒をヒュンヒュンと回す。
――剣道も弓道も薙刀もカリキュラムに入っていたが、ラッカの場合は、棒術こそが自分に向いているということはなんとなく分かっていた。
「ヒトに向けちゃいけないって言っても――ケモノに向けるんならいいんだろ?」
彼女は笑って、残り26体のB級獣人たちを睨みつけた。
「これなら力を温存しながら戦えるぜ――来いよ奴隷ども」
※※※※
同時刻。
『幻想の街』エリア最北のアトラクション「恐怖の館」の前で、ロパロセラ=ディルニは立ち止まっていた。
逃げ惑う客とスタッフをよそに、目の前で一人の男がうずくまったままでいたからだ。神奈川県警獣人捜査局第二班班長の、横光サンハイである。
「班長――?」
「よお、ロパ」
サンハイは真っ青な顔に脂汗を浮かべながら笑った。「よく戻ってきたな。オレの指示はちゃんと守ったな?」
「――ええ、まあ。たぶん八割以上のニンゲンに鱗粉を散布しましたよ」
「おーし」
サンハイは頷いた。「そんじゃ、次の任務だ――腰にシルバーバレット入りの拳銃はぶら下げたまんまだな?」
「はい」
「その弾丸で、今すぐオレの脳天を撃ち抜け」
「え――?」
ロパロセラは、彼がなにを言っているのか分からなかった。
が、すぐに異変に気付いた。今の班長からはニンゲンの匂いがしない――薄暗い洞窟に住み続けているかのような、コウモリの臭いがする。
「悪いなあ、ロパ。しくったわ。
油断して吸血鬼にやられた――今のオレ、もう獣人なんよ。猟獣訓練の対象にもなれんし実験動物扱いも勘弁だわ。ここで始末しろ」
「そんな」
ロパロセラは、自分の唇に指で触れる。不安なとき、いつもそうするように。
――あたしが班長のもとを離れたから? 吸血鬼どもの居場所の特定に時間をかけすぎたから? あたしのせいってこと――?
「自分を責めるな」
とサンハイは言う。
「どうしようもねえ。向こうが一枚上手だった。あのクソ女、まずオオカミを見つけてから『自分だったらどのポジションでオオカミを監視するか?』、そんな逆算でオレたちの位置を割り出して、その振る舞いから単独監視ってことまで見抜いてたよ」
そんな風に喋るサンハイに、スタッフの一人が駆け寄る。
「お客様、大丈夫ですか――!?」
「オレに近寄るなカスがぁ!! 食っちまうぞ!! 薄汚ぇニンゲンが!!」
彼の怒鳴り声に、スタッフは悲鳴を上げて立ち去る。
サンハイは苦笑した。
「まずい。
さっきのも半分は演技じゃねえんだ。獣人核のせいだ。ニンゲンが憎くて、憎くて憎くて仕方ねえ。
怖い。
怖いんだ。
なにが怖いって――洗脳されてる感じじゃねえんだ。解放されてるんだよ! アタマんなかがスッキリして気分がいいんだぜ!?」
それを聞いて、ロパロセラはごくりと唾を呑み込む。シルバーバレット入りのグロック17を構えた。
「頼む、ロパ――オレの脳ミソがニンゲンでいるうちに撃ってくれ! 早く!」
そんなサンハイの懇願に、ロパロセラは頷いた。
「獣人を目視。シルバーバレット、発砲許可申請――」
そして、トリガーを引く。
発砲音。薬莢が跳び、カラカラと地面に転がっていく。
サンハイの額に穴が開き、そこから鮮血が噴き出した。
ロパロセラは銃をホルスターに仕舞う。自分の愛する班長を自分で撃つのは、こういう気持ちなのかと分かった。
最悪だ。
「吸血鬼――――てめえら許さねえ――!」
ロパロセラ=ディルニは久しぶりに、殺気に満ちた獣の目になった。
※※※※
壁に背中を打ちつけたトーリは、しかし、すぐに起き上がった。
カナン(正確には、カナンの中にいるチトセ)は「へえ」と感心した。「ちょっと打たれ強くなったかな? 刑事さん――オオカミちゃんもそうだけど、やっぱり短期間で見違えたみたい」
「お褒めに預かり光栄だな」
トーリは微笑むと、近くにあった消火器をブン投げ、それをシルバーバレットで狙撃。
パン!
という軽やかな音とともに、消火器が破裂した。
「ちぃ――!」
チトセは顔面近くと胸部を両腕でガード。それでも、腕、腹、足に消火器の破片が容赦なく突き刺さる。「下らない目くらまし――やることも卑怯だね?」
「悪いな」
遠くからトーリの声が聞こえてくる。「人間の姑息な技にやられるのが、吸血鬼の世の常だ」
「そこまでして、あの可愛いオオカミちゃんを守りたいのかな」
チトセは周囲を見渡しながら、『未来の街』を歩く。腹立たしいエリアだ。あたしたち獣人に、未来などありはしないというのに。
「ああ」
とトーリの声が遠くから聞こえてくる。「たかがB級獣人くらい独りで狩れるようにならないと、ラッカは安心して戦えないんだ。ラッカの隣に立つ資格がない」
俺はラッカの相棒で、仲間だから、今ここでお前を排除する。
挑発だ。
「クク」
チトセは笑みを浮かべた。「いいね、そういうの。純粋な男女の絆って反吐が出るよ」
彼女はその場にある鉄製のベンチを掴むと、怒りを込めた力で、先ほどトーリの声がしたほうへ思いきり投げつけた。
「ぜんぶ台無しにしてあげる――そういうのってムカつくから、メチャクチャにしてやる!」
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