第15話 VS遊園狂 前編その3
※※※※
布瀬カナンはホテルの一室で、東京ガイナシティワールドのパンフレットを広げた。目次を開いて次のページに全体のマップが描かれている。
ヒロインキャッスルを中心に放射状に広がる、五つのエリア。それはひとつの円形を成していた。
「ハワタリ、お願いします」
カナンがそう言うと、ソファでホテル備えつけの聖書を読んでいたホル=ハワタリが立ち上がる。
「イエース、なるほど。遊園地をひとつの『円陣』に見立ててオレの型を発動するわけか」
彼は黒のボールペンを取り出すと、地図のなかに小さく、1~28までの文字を書き込み続けた。それは、吸血鬼たちのワープポイントである。
カナンはその様子を見守りながら、同時に、自分の左手のひらに目を落とした。
油性のマジックペンで丁寧に「1」と振られている。
――現在、東京中の眷属たちがカナンの指示で自分の体のどこかにナンバーが振られている。その符丁がハワタリの円陣型により、瞬間移動の手段になるのだ。
「これでよし」
ハワタリはボールペンのケツをカチカチと叩き、筆先を元に戻した。「これでいつでも移動できる。戻るときは今度はホテル周辺地図を使う。こっちも1~28の数字を振って帰還先にするからな」
「ありがとうございます」
カナンは目を細めた。あくまで、彼に対するウソの性的誘惑は続ける必要がある。
「それにしても」
と、ハワタリはパンフレットの予備をめくった。「よくオオカミのスケジュールが分かったな」
「眷属のおかげです。今回は質よりも量ですが、何人かは仕事ぶりで判断しました。ナンバー11は都内の予約システムにアクセスできる男です。そこで確認できたのが、予約名、日岡トーリ&ラッカ=ローゼキ。予約内容は東京ガイナシティワールドのパス券を2人2日分と、ホテルの宿泊」
「はあん」
ハワタリは呆れた顔をした。「狩人か。オオカミの嬢ちゃんにご褒美でもくれてやって今後も奴隷として使おうってのか?」
「おそらく、彼は狩人としては獣人への憎しみや怒りでは動いてはいない人間です。獣人核に残る初代の記憶を辿る限りでも、前々回の吸血鬼討伐において、彼は真っ先に投降を促してきました。オオカミを部下か相棒のように想っているようです」
「楽観的な甘ちゃんってことだな」
「そう、ですね」
カナンは答えながら、自分のとなりに立っている熊谷チトセの幻覚が、酷く不機嫌そうにしていることに気づいた。
「どうしました? チトセ」
『別に?』
とチトセは言った。『ただ、あたしはあの刑事さんは個人的には好きじゃないから。だって部下や仲間として大切に想われてるだけじゃ、オオカミちゃんは報われないよ――あの子は、マジで女の子として刑事さんを好きなんだから』
「えっ!? そうなんですか!?」
カナンは思わず大声を出す。出してから、ハッとして周囲のほうを向いた。
ハワタリと、それから――ベッドに腰かける間宮イッショウの顔が固まっている。幻覚に対して堂々と喋りすぎていたようだ。
幻覚のチトセは腕を組み、そっぽを向く。『ニンゲンと獣人の恋愛は、だいたいニンゲンの社会で禁止されてる。そもそも大人と子どもの恋愛なんて不健全だし。
あたしには、刑事さんがオオカミちゃんの恋心を利用して戦わせているようにしか見えないよ。
たとえその気持ちが本物でも、刑事さんのほうにオオカミちゃんを騙す気がなくても、あたしは彼女のことが可哀想だし――だから、彼女のことが許せないんだよ』
そうやって簡単に大人の男を信用することができる、搾取されているかもなんて思いつきもしない、オオカミちゃんの恵まれたおめでたさがさ――。
間宮イッショウが、そのとき、こほんと咳払いした。
「それで? カナンが戦ってハワタリがサポートする今回の作戦、僕はなにをしていればいいのかな?」
それに対して、カナンはチトセから目をそらし、
「あー」
と声を上げた。「すみません、イッショウさん。オオカミ捕縛後の取引ではあなたの力を借りますけど――それまではマジで役立たずです」
※※
ところで。
今日に至るまでカナンは眷属ナンバー2~28を、ほとんど短期間に、手あたり次第という風に集めていた。オフの出会いを目的とした匿名性の高いアプリを片っ端からインストールして、以下のOR条件で都内在住の男性にアプローチした。
①家庭や職場などに強い不満があり、孤立しているため周囲に相談する相手がない
②金銭感覚が乱れているか、貞操観念が狂っているため美味しい話にすぐ飛びつく
③ケーキを三等分できない
――カナンの吸血鬼としての獣性は、チトセと比べて大きく劣る。ただし、彼女がチトセよりも優れている点はある。それは美学を無視して効率的かつ品性下劣な作戦を躊躇いなく実行できること、特に、自分の体を使って男を誘惑する行為に一切の精神的抵抗がないことである。
――カナンは相手を呼び寄せると、彼らの社会への不満に丁寧に頷いて理解者を装いながら、ホテルに招き入れた。そして生き血を啜り、獣人にする。
「え? え、カナンちゃん――えっ!?」
「残念でした。これであなたは獣人です。もう警察に逃げ込んでも駆除対象として射殺されます。女の子と気持ちイイことができるとか思っていたのに、悔しいですね?」
「な、――なあ、ああああ!」
相手が途端に頭を抱える。獣人核由来の殺人衝動、それが彼らの憎悪と怨恨を急速に育てていっているのだ。
「大丈夫、私の言うことをちゃんと聞いたら人間に戻してあげますよ。私の吸血鬼の力はそういうこともできます(ウソ)」
「ほ、ほんと――?」
「はい」
カナンは微笑んで、相手にキスをした。抱きしめて、相手の脳をバグらせる。「それまでは殺人を我慢して、いっしょに頑張りましょうね――簡単に女に騙されちゃう、おバカで可愛い、私の眷属くん?」
カナンはその間も、自分の殺人衝動を満たすための襲撃を定期的にこなしていた。ときにはそれを眷属たちに見せつけて、
「羨ましいですよね?」
と笑った。「キミが獣人になってからもう2週間。そろそろムラムラが止まらないですよね――私みたいに人を襲いたいですか?」
「う、うらましいですカナンさまあ!!」
「いい子いい子」
カナンはニッタリと微笑んだ。「じゃあ、ちゃんとカナン様に絶対服従しましょうね。いつかちゃんとスッキリ人殺しさせてあげますからね。
ほら。
お手」
カナンの方法論には、チトセがしたような個人的崇拝も、イチロウがしたような高圧的命令も、なにもない。相手の快楽中枢を刺激して思考停止に導く、短期集中型のマインドコントロールだけがあった。
「えげつねえ~!」
とハワタリは笑った。「カナン、おまえ相当に怖い女だな?」
だが、ホル=ハワタリもまた、『哀れな眷属どもと違って、オレはカナンの体にたっぷりありつけている』という優越感のせいで、冷静な判断力は少しずつ失われようとしていた。
そういう様子を見ていた間宮イッショウだけが、口笛を吹いていた。
「なるほど。僕は面白い獣人に拾われたらしい。生きていると良いことがあるね?」
カナンは獣人として弱い。カナンは獣人として劣っている。だから、手段を選ぶということをしないのだ。
――人間の頃から、ずっとそうやって生きてきた。そうやって、男という生きものを相手にしてきたのだ。
※※
そして、現在。
円陣型、発動。吸血鬼、布瀬カナン(獣人名、ヴァンデッタ=ヴァイジュラ)と27人の哀れな下僕たちが東京ガイナシティワールドにワープした。
「愛と勇気と正義の間抜けな世界に、ただいま到着いたしました」
と、カナンはグループ通話で話し始めた。
「オオカミを見つけたら遠くから尾行し、合図があったら手あたり次第に人を襲って構いません。どうせ高額な入園料を払える恵まれた人間どもですよ」
それに対して、下僕たちの懇願が始まる。
『ああ~カナンさま~!! はっはやくっニンゲンを襲わせてくださいいい!』
『もうガマンできないよお~カナンママああ!!』
『あとっ、コレっ、コレも早く外してええええ!』
コレ?
カナンは少し考えてから、あっ、と思い出した。何人かの眷属に貞操帯をつけていたことを完全に忘れていた。
「まだまだ我慢ですよ? ボクちゃんたち」
とカナンは優しそうな声で伝えた。「でも、そうですね――合図があったあとなら、1人殺害につき1分間だけ外してあげますね?」
※※※※
その頃、ラッカはトーリとともに『幻想の街』を通りすぎて『玩具の街』に着いていた。
実際にコミックスの人気キャラクターの格好をしたスタッフがたくさんいて、記念撮影ができたり、他のエリアより最新のグッズを購入できたりするのがこのエリアだ。特筆すべきは、ここでしか視聴できない短編映画が上映されているミニシアター(4DX)だ。
ラッカがそわそわしているのを見て、トーリは少し微笑ましくなった。――そういえば、ラッカは映画好きだったか。
「見に行くか?」
「――うん!!」
上映スケジュールも確認せずに飛び込むと、そこでは、とあるプリンセスヒロイン映画の後日談が流れていた。二人は座席について、それを眺める。
――前日談としての長編本編アニメ映画は、冷戦中に発表された戦うお姫様モノのリメイクである。
そこでは西国のヒロイン・アリスは、東国に住む呪いの女王レインと対峙する。実はこの二人は生き別れの親子なのだが、レインは既に恨みと憎しみに囚われて我を忘れていた。アリスは西国の王子ブルーと恋に落ちて、ふたりで力を合わせてレインの呪いを打ち砕く。そんな物語である。
――だが、リメイク版の長編映画では、あらすじが異なる。
もともと呪いの女王レインが東国に追いやられてしまったのは、魔女を恐れた西国の帝ケアドによる策略であった。そして国を追われたあとも、レインはずっと実の娘であるアリスを想っていたのだ。
それを知った王子ブルーは、ふたりを再会させ、和解させると、自らの父親ケアドと決着を着ける。そして、
「魔女を恐れる心こそ、本当の悪だ!」
と叫ぶのであった。「僕は僕の父のように、恐れたりはしない! 愛するアリスを妻に迎え、ふたつの国はやがてひとつになるだろう!」
そんな彼の姿に、呪いの解けた東国の女王レインは涙を流す――。
そんなストーリーに変わっていた。社会情勢の変化があらすじの更新をもたらしたのだろうと、一部の批評家には論じられている。
短編映画では、そんな風に結ばれたふたつの国の『その後』の物語が描かれるのだが――トーリはそれをボンヤリと眺めながら、ふと、ラッカの横顔を見た。
彼女は前のめりになって右手を顎に当てながら、なにか考え込んでいるようだった。
――なにを想ってるんだ? ラッカ。
ミニシアターを出たあとも、ラッカはしばらく黙っていた。が、やがて、
「あのさあ、トーリ」
と彼女は言った。「獣人を殺すとき、トーリはどんなことを思ってる?」
「――どうして?」
「さっきの映画を見てて、パンフの紹介を読んでて、思ったんだ」
ラッカは彼のほうに振り返った。「悪モンだって最初から悪モンじゃない。悪モンになる理由があって、その理由がなければ――いや、あったとしても、自分の大切なもののことを想うことはできるんだよ。
そして、場合によっては、良いヤツに戻れたりする」
ラッカはそれを言いながら、手をグーパーしていた。
「私はそれでも、ニンゲンを守るためなら、そういうヤツを狩るって決めた。そう決めるまで、時間がかかった気がするけど――トーリはどう思ってるの」
「そうだな」
トーリは頭のなかに答えを探した。「――後天性の獣人は、そうなる前に家庭か地域か社会そのものに虐げられた過去を持つ個体がほとんどだ」
「うん」
「だから拳銃の弾き金を引くときは、いつも辛い」
彼は偽らないことにした。「もっと前に、彼らが獣人になる前に手を差しのべられる存在がいたら、そうはならなかったって思うよ」
「うん」
「――それでも俺の仕事は狩人だから、その他大勢の人間を守るのが仕事だから、息を殺してシルバーバレットを撃つしかない。そんな感じだな――」
「じゃあ、獣人が獣人になる前にそいつらを助けるには、どうすればいいの? そういうのは誰の仕事なの?」
ラッカがまっすぐな目で見つめてくる。トーリはその瞳に、少しだけ怯んだ。
――ラッカを相棒として、仲間として、あるいは部下として大切にするためなら、彼女の言葉に耳を傾けるべきだと思っていた。
でも今は違う。言葉を求められているのは、自分のほうだ。
「そういうのは政治家の仕事じゃないか? 今はたしか、祁答院内閣だったか」
トーリはそう答えてから、違う、これは間違いだと思った。
言い直そう。
「いや、そういう政治家を選ぶのは国民だから、ひとりひとりの人間が考えるべきことなんだろうな。つまり俺もそのひとりだよ。ちゃんと考えなくちゃな」
トーリはそう答えながら、ザワザワとした。
なんだろう。
ラッカの目に見られると、どういう大人の誤魔化しも効かない気がしてくる。
※※※※
日岡トーリは。
恋人だったナナセが死んでから、ただ仕事に没頭し続けた。徹夜を繰り返し、仕事がなくなれば他部署の業務や所轄の仕事を手伝い、とにかく働けるだけは働こうとしてきた。
それでもギリギリで体を壊さずに済んだのは、警視庁獣人捜査局第七班班長に推薦され、部下の面倒を見るという名目で、自分のハードワークをセーブせざるを得なかったからである。
オオカミのラッカと出会ってからは、さらに彼女の訓練業務も相まってワークライフバランスが改善していった。
――だが、怖かった。
ナナセといっしょに住む予定で決めた広い部屋に、独りで帰らなければならない時間が辛かった。
※※
そして、現在。
そんなトーリはラッカを連れて、最後のエリア『未来の街』にまで来ていた。SF的な意匠と、フューチャーレトロなロボットや宇宙人の姿を模したスタッフの姿が増える。
歩いているうちに陽が落ちて、夕飯の時間になろうとしていた。ピザバーに入ると、本物の給仕ロボットが食事とビールを運んでくる。どうせ明日のチケットもあるし、ホテルは歩いて行ける備えつけのやつだよ、いっぱい飲もうとトーリは誘う。
「このピザ、美味い!」
「――ああ、そうだな」
トーリは答えながら、彼女よりも少しだけ遅いペースで共有のフライドポテトを口に運んだ。
そんなとき、不意に、第五班専属猟獣の、メロウ=バスの言葉を思い出した。
《守ったり信じたりするだけじゃなくて、自分のことも見せてあげてください》
それから、獣人研究所一級研究員、住吉キキの言葉も。
《君自身を開示しなよ》
開示。
トーリが黙っていると、向かいの席から、
「なにか言いたそうな顔してるぜ、トーリ」
という言葉が聞こえてきた。ラッカだった。彼女は酔っぱらって頬をピンク色に染めながら、真っすぐな目で彼の表情を見つめていた。「こんなテーマパークで、訊くことじゃないかもしれないけど、でも――私はトーリのことを知りたい。自分のことを知ってもらいたいのと同じくらいに――」
「そうか」
と彼は言った。
きっと、答えたほうがいい。「俺は、さっきは色々考えるべきだと思ってるって言ったけど――」
「うん」
「本当は、ずっと、なにも考えたくなかったんだ」
そう言った。
「俺はなにも考えたくなかったから、ラッカが来るまで無理な仕事をしてた。だから、さっきのラッカの疑問に答える資格が本当は俺にはないんだ」
「トーリ――」
とラッカは手を伸ばして、急に、テーブルにある彼の拳を捕まえた。
「両親のこと? それとも、同期だった恋人のことか?」
「――両方だな」
普通なら、ズケズケくる質問だなと思う疑問でも、ラッカの問いかけだったら不思議と自然に答えられる、そういう自分自身をトーリは見つけた。
「大切な人のことを――」
と、そこまで単語を吐いてから彼は、急に辛くなってきた。
胸が痛い。
「大切な人のことを、大切に思って、それを失う辛さがもうイヤなんだ――その意味も深く考えたくない、だから」
「――そっか」
「だから本当は、なにが大切なのかなんて新しく考えたくないし、そうやってきたんだ――俺は、ラッカには色んなことをいっしょに考えようって伝えてきたけど、俺自身はそれをしてきたって言えないんだ――本当は、深くは考えないようにしてきたから」
そこまでトーリは言うと、深く息を吐いた。言っちまったと思ったし、これが良いことなのか悪いことなのかも知らなかった。
ラッカはふと、トーリの心臓に右手を当てた。
「だからこんなに鼓動が冷たいのか? トーリ」
それからラッカは、その右手でトーリの手を捕まえて自分の胸に当てた。
「ここにオオカミの獣人核がある」
「――え」
彼が顔を上げると、ラッカは素直な表情でそこにいた。
「トーリ。
大切なものを失うのが怖いせいで大切なものをつくれないんだったら、だったら、私のことを大切にしろよ。
私はきっと最強だから、なにがあっても失われないよ」
とラッカは言った。「そしたらさ、トーリもいろいろいっぱい考えられるようになるよ」
「ラッカ――?」
トーリが戸惑っていると、ラッカのほうは急に顔を赤くして、「ああ、いやその大切っていうのはあくまで相棒っていうの? 仲間っていうかそういう意味っていうかさ――!」
と言い始めた。
そんな彼女を見て、トーリは苦笑した。
「分かってる」
※※※※
神奈川県警獣人捜査局第二班専属猟獣、ロパロセラ=ディルニは空を仰いで、
「えっ、ええ――?」
と言いながら、チュロスを一本丸ごと口に咥えた。
「どうした? ロパ」
と班長の横光サンハイが訊くと、
「あんひゃ、いおあおおはあ、あはんはいんふへほ、はんはへんへふへえ――」
と彼女は言った。
「いっかい飲み込んでから喋ってくんね?」
「――んぐ」
ロパロセラはごくんと喉を鳴らしてから「流れ変わったんですよねえ」と答えた。
警戒用に周囲に撒いていた鱗粉の流れが不自然に変化したのを感じたという意味だ。ロパロセラの誘因型は、射程距離内に散布した鱗粉に任意の効果を込める、が、現在は東京ガイナシティワールド全体(直径1.8キロメートル)を監視するために、効果はただ《空気の流れを掴む》だけに限られていた。
そこに変化が生じた。
「人かモノか、急にポンって増えたっていうかあ?」
「なるほど?」
サンハイは頷いた。「そりゃ妙だな。増殖タイプの獣人か、あるいは、瞬間移動タイプってとこかあ?」
「そ~ですね~」
「射程距離を絞ってエリアごとに調べてくんね? オレはオオカミの監視を続ける。一周したら合流」
「鱗粉の効果は?」
「『獣人と人間を区別して識別する』で、よろ。んで獣人がいたらそこだけ詳しく調べてもろて」
「らじゃ~」
そうしてロパロセラはタッタッタッと駆けていった。
で、しばらくしてから戻ってきたロパロセラは、額の汗を携帯扇風機で癒しながらこう言った。
「獣人が28体。みんなB級。能力はたぶん分散型」
「――はああ?」
「やべーぜ、サンハイ班長~これ~」
ロパロセラは、途中で買ったらしいアイスをかじった。「最悪、ここにいるニンゲンみんな人質ってことじゃ~ん?」
その報告を聞くと、サンハイはロパロセラに別の任務を与えてから、コウタロウに連絡を入れた。
『どうした?』
「遊園地に野良の獣人が数十体出現。おそらくオオカミ絡みです。しかも分散型」
『――なに?』
「いざってときは監視任務を放り出して人間の保護を優先しますよ、オレぁ。それはいいですね?」
『それはいい。だがなるべくなら監視と両立しろ。獣人どもの目当てがオオカミなら同時にできるはずだ』
「――はい」
『お前の猟獣、ロパロセラ=ディルニはどうしてる?』
「今はさらに射程距離を狭めさせて、なるべく多くの人間に直接鱗粉を吸わせています。非常事態なんで、無意識下で催眠状態にしておきますよ」
そう。
――対象をコントロールするようなタイプの型は、よほどの力量差がない限り、早勝ちの法則が働く。分散型の能力で人間を獣人にされてしまう前に、先に誘因型を使って催眠状態にしておけば少なくとも人間のままでいられる可能性が高い、かもしれない。
だが、サンハイは気が気ではなかった。
――相手は28体で、こっちは1体だぞ!? おまけに向こうはB級最悪で、ロパの型が押し負けたら話にならねえんだ。
人を守るってレベルじゃねーぞ!
そんな風に焦っている彼の肩を、そっと、細く柔らかい女性の手が叩いた。「あ?」と振り返る。そこにいたのは、黒のミディアムボブに、冷たい目の、胸元が開いたパンツスーツの女が立っていた。
――彼には分からないが、その女が布瀬カナンである。
「お兄さん、なにかお困りですか?」
「問題ねえよ、大丈夫だ」
とサンハイは答えた、が、カナンはねっとりした手つきで「でも、とっても具合が悪そうですよ?」と近づいた。
直後。
サンハイは油断したところを抱きしめられ、首筋をカナンに噛まれた。
「あっ、アア――!?」
「ふふ」
カナンはサンハイの耳もとで囁いた。「あなたがオオカミの監視役であることは、気配で分かりました。私たちが大量に出現したことで、焦って、やっと猟獣と離ればなれになって油断してくれましたね?
――バーカ」
そんな風に彼女に見下ろされながら、サンハイはその場に崩れ落ちた。心臓が痛い、痒い、熱い――!
「それが獣人核の感触です」
とカナンは言った。「さあ、ニンゲンとしての下らない建前なんて捨てて、ケモノの自由を取り戻して下さい。――憎かった人たちのことを一人ひとり思い浮かべて、憤怒と怨恨に囚われて?」
「アア、アアアア――!!」
激痛にうずくまるサンハイの後頭部をヒールの裏で優しく撫でながら、カナンは舌なめずりをした。
「まずはそのシルバーバレット入り拳銃を寄越してください。オオカミとの交戦に必要ですので」
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