第14話 VS南瓜頭 後編その3


  ※※※※


 間宮イッショウは上半身を起こすと、額の血が目と鼻を伝って自分の口に辿り着き、顎から滴り落ちていくのを感じた。

 救急隊員の根建イチコが「間宮さん!?」と駆け寄ってきた。「安静にしてください、病院はまだですよ!」

 イッショウは黙ってハサミを彼女の顎と首、その間に刺し込んだ。

「あ――ああ――!?」

 彼女の目玉が、ぐるん、と回転して真っ白になる。イッショウのほうはと言えば、久しぶりに人を殺した感覚に下半身を熱くしていた。

 これこれ、この感じだ。

 もうひとりの救急隊員、大宮フミタが慌てて振り返ってくる。びくびくと手足を震わせている根建イチコを見るとすぐに、

「なに、なにやってんだ!!?」

 と飛びかかってきた。

 うるさいなあ。

 イッショウはハサミを女から引き抜き――大量の血液が救急車の床と壁と天井に飛び散った――次に大宮フミタの腕を避けながら、彼の左眼球にハサミを深く突き刺した。

「ああああああああ!!!?」

 フミタはよろめきながら後ずさり、救急車の壁に背をつく。「なんだよお、なんなんだよお前ェッ!!」

「ハァーイ?」

 と間宮イッショウは血まみれの顔面で微笑んだ。「アイアム、パンプキンヘ~ッド! ハハハハッ!!」

 そして、突き蹴り。イッショウの足の裏がハサミの背中を押して、フミタの左眼孔の奥へとさらに深く刺さっていった。その刃はフミタの脳に到達し、やがてゴポゴポとオレンジ色の体液を流しながら、彼は手足を死にかけのゴキブリのようにジタバタ痙攣させつつ動かなくなった。

 イッショウはそのハサミを抜き取り(ぐちゅぐちゅという音がした)、運転席に向かうとドライバーの首を掻き切った。

 鮮血がパパパッと散る。

「人間に対する警戒心が低すぎるな。まあ、だろうと思ったけど」

 イッショウは死体をどかして、ハンドルを握った。

 ――獣人案件が増加し、その凶悪度が増せば増すほど、人間相手の防犯意識は落ちる。それは、捕まる前から分かっていたことだし、拘置所に来てからも部下からの暗号文書を読めば察せられることだった。

 新種のウイルスが世界的に流行ったらインフルエンザが怖がられなくなるのと同じだ。人間は獣人を怖がっている間は、同じ人間を恐れない。

 間宮イッショウは鼻歌を歌いながら救急車の列を外れ、狭い小道に入っていった。

 無線からは、

『おい第18号車、ルートを外れてる。第18号車、間宮イッショウの容態を確認しろ。獣人捜査局が厳重監視を求めてる。第18号車、応答せよ――第18号車、どうした!?』

 そう繰り返し聞こえてきた。

「あはははははははは!!」

 イッショウは笑いながら、さらにハンドルを切り、ビル間の暗闇を抜けていった。「人間も獣人も、どいつもこいつもバカばっかりだな!!」


  ※※※※


 日岡トーリは自分の車(BMWの3シリーズ)の後部座席にラッカ=ローゼキを寝かせた。途中、少しだけ意識を取り戻したのか、

「トーリ――?」

 と彼女は呼びかけてきたが、彼は、ただ頭を撫でて寝かせた。

「よくやった、ラッカ。あとは俺たちに任せてくれ」

「うん――」

 ドアを閉める。

 そして元の場所に足を急がせたが、同時に、救急隊員が駆け寄ってきた。先ほどトーリとカズヒコの二人に悪態をついてきた若手である。

「大変です」

 と彼は言った。「救急隊の第18号者が大学病院へのルートを外れて暴走してます。無線に対する応答もなし。なかにいる患者も生死不明の状況です」

「なかの患者は誰だ? 誰を運んでた?」

 トーリがそう訊くと、若手救急隊員はバツが悪そうな顔をしてから、

「死刑囚の、間宮イッショウです」

 と答えた。


 その瞬間だった。警視庁獣人捜査局第五班班長の笹山カズヒコは肩を怒らせて彼に近寄ると、胸倉を掴んで顔を至近距離に近づけた。

「せやから散々言うたやないかこっちは!! 間宮イッショウのアホはキッチリ拘束しろ言うたよなァ!?

 ボケ、おいコラ!!

 てめえ間宮逃がしたらどう責任とんのや!! ハラ斬って詫びて済む問題ちゃうぞチンカスが!!」

「す、すみません――!

 しかし、しかし――こちらにも職業倫理があります!」

「なにが職業倫理やこのウンコタレが。次に口答えしたら、なあ、マジでブチ殺すぞ若造!!」

 トーリは急いでカズヒコの腕を抑えた。

「カズヒコさん、俺も同じ気持ちです。でも、今は次の対策を練りましょう」

 トーリの顔を見て、カズヒコは少し頭を冷やした。

「せやな。トーリ、お前の言うとおり。

 まずは間宮のボケ捕まえてからやな」

 二人がクールダウンしているのを見て隊員は逃げ出そうとしたが、そこで捜査一課の黒井サワコに肩を掴まれた。

「狩人の不正要求を記録した――と言ってましたね? レコーダーは置いてってください」

 彼女に凄まれて記録装置を置いていくと、彼はどこかに消えた。

「サワコちゃん、あんがと。面倒なくてええわ」

 とカズヒコが微笑むと、

「そんなことよりも」

 と黒井サワコは言った。「これからどうするんです? 間宮イッショウは、おそらく救急車を強奪して逃走中です。捜査一課の皆を収集してもここに間に合うかは分からない。獣人捜査局の猟獣、ラッカさんとメロウさんはどちらも激しい戦闘のあとダウンしているわけですが――」

「せやなあ――」

 カズヒコは少し空を見たあと、

「しゃーなし」

 と呟いてからスマートフォンを開いた。

「こんなときのためにおるんが、仮面ライダー第2号やって。本郷猛がアカンときに役立つんが一文字隼人」

「第2号?」

 トーリが首を傾げると、カズヒコは少し笑った。「ショーゴに頼んでな、念のための借りといたわ」


  ※※※※


 イズナ=セトは路上でバイクに跨りながら出番を待っていた。

『イズナちゃん、緊急事態や』

「はい」

『第七班のラッカ=ローゼキは、目標のクロネコ派一匹を無事に撃破。せやけど、騒ぎに乗じてセコい死刑囚が脱走中。医療機関はクソへボ。捜査一課は到着に時間がかかる。猟獣はダウン。分かるか?』

 イヤホンから音声が流れてくる。イズナはフルフェイスヘルメットのバイザーをゆっくり下ろした。

「私が捕まえればいい、ということですね?」

『そのとおり』

「この二輪車、普通のバイクとは違いますね。ボタンが多いし馬力も相当あるように感じられます」

『獣人研究所、住吉キキの改造モデル。パトランプ付き、内蔵ショットガンあり、いざというときは遠隔リモコンで自爆機能つき。猟獣特化仕様の殺傷用最強バイクや』

「頼もしいです。マシン名を教えてください」

『「LAST KICK」』

 イタチの最後っ屁とかけたシャレであるらしい。

「――あまり気に入りませんが、まあ、いいでしょう」

 イズナはハンドルのアクセルを回し、ギャギャギャギャギャ、とタイヤをアスファルトに摩擦させながら機体に跨り直す。

 ――ラッカ=ローゼキとは違い、荒々しく野性的な搭乗スタイル。

 SUZUKI Hayabusa GSX1300Rを改良した、双眼型のフェイスに純白のボディ。それが彼女にとっての戦闘バイクだった。

「警視庁獣人捜査局第六班専属猟獣、イズナ=セト。出ます」


  ※※


 間宮イッショウは救急車を乗り回しながら、もともと見知った街ではある、東京を駆け巡って丁度いい降車ポイントを探していた。

 が。

 そのうしろから、一台の改造バイクが追ってくる。

「なんだ? 誰が来てる?」

 ドアミラー越しに振り返る。そのバイクに乗っているのが、イズナ=セトだった。

「ああ――!? はは、カーチェイスってわけか!!」


『間宮イッショウの強奪した救急第18号車を捕捉! どうしますか!?』

 イズナの問いかけに、カズヒコとトーリは目を見合わせた。

「タイヤをショットガンで撃ち抜いてくれ。なかの人間の安否は、残念だがあと回しだ。とにかく間宮イッショウの捕獲を優先」

『承知しました』


 イズナ=セトは、メーター横についているボタンを押した。バイク(LAST KICK)のボディ横から、レバーアクション型のショットガンが飛び出て、イズナの右腕に収まる。

 ヘンリー・ビッグボーイXである。

 彼女は発砲した。

 外れる。

「チッ」

 ぐるんと銃を肩のほうで回し――スピンアクションである――さらに撃った。

 救急車のリアタイヤに、銃弾が命中した。


  ※※※※


 ガクン、と救急車が揺れた。

「はは、参ったなあ――!」

 間宮イッショウはさらに声を出して笑う。「獣人と勝負したら負けるに決まってるだろ、僕はか弱い人間だってのに!」

 そして、運転席のドアを開ける。先ほど斬り殺した運転手の首根っこを掴むと「ほらっ」と言いながら後ろに投げた。

「!!」

 イズナはバイクに急ブレーキをかける。

 ――ニンゲン!? 間宮イッショウに襲われた運転手か!?

 空中に投げ出された男の生死を目視で確認はできない。だが、もし生きていたら助けるしかない。

『アカン!』

 とイヤホンからカズヒコの怒声。『降りんでええ!! 追跡を優先しろ、イズナ!!』

「できません!!」

 彼女はすぐにバイクからジャンプすると、空を舞う彼を抱きかかえた。ぎゅっ、と引き寄せる。ゴミまみれのアスファルトに自分の体が先にぶつかるように体勢を変える。

 ――衝撃。痛み。

「う、ぐ――うう!!」

 ごろごろと、イズナは腕と足を傷だらけにしながらその場を転がり続けた。そして起き上がり、血まみれの運転手の呼吸と脈を確認した。

 とっくに死んでいる。首に付けられた傷は深く、頸動脈、呼吸器官を真っ二つにしたまま骨に届いていた。

 ――つまり、イズナは死体を餌にされて追跡を中断させられたのだ。

 死体の頬には、引っ搔いたような傷でこんな文字が書かれていた。


『ヒーローハ ニンゲンヲ ミステラレナイ

 ハハハハ マヌケヤロウ P.H.』


 PHとは「パンプキンヘッド」の頭文字だろう。

 イズナは歯を食いしばりながら立つと、バイクに戻って再びエンジンをふかした。

『なんで追跡やめたんや、イズナ』

 とカズヒコがイヤホン越しに言ってきた。『いや、いい。いちいち責めんわこっちも。あとでショーゴさんに叱ってもらい。

 切り替えや』

「――はい」

 イズナのバイクは再び走り出した。GPS機能が救急第18号車をマッピングし続けてくれるのを確認し、さらにスピードを上げた。

 ――たしかに、なぜ私は指示に逆らい、生死も不明の運転手を助けようとした?

 脳裏をよぎるのは、ラッカ=ローゼキだった。彼女なら自分の意志で助けようとするだろうと思った。

《友達になれるかな?》

《別に私とラッカは友達ではありません》

 そんな会話を思い出す。

 ――バカバカしい。私はラッカと友達になりたいなんて思ってない!

 そうして彼女が再び間宮イッショウに追いついたときには、救急車はとうとう壊れたタイヤで走れなくなり、大通りの手前で停まっていた。


 おかしい。

 この時間帯にしては、人通りが多すぎる。多くの男女がプラカードを掲げて、メガホンを片手に大声で怒鳴っていた。

「――しまった」とイズナはヘルメットを外した。

『どないした?』

「市民運動家のデモです。獣人恐怖に乗じて移民排斥を訴えている連中――これに乗じて姿を消す気ですか、殺人鬼」


  ※※※※


 間宮イッショウは返り血を洗って服を着替えると、救急車を降りていた。あたりはデモの群れだ。――このあたりが連日騒がしいことは、梅田からよく聞いてたからな。

《獣人なんてものはねえ、XX国の実験施設から生物兵器が全世界に流出したものなんですよ!!》

 メガホンを握る男が唾を飛ばしながら叫んでいた。《な~んでそんなものに!! 我々日本人がね!! 巻き込まれなくちゃならんのかと!! そういうことを私は言いたいんですよ!!》

 陰謀論まみれの男の言葉に、群衆が《そうだそうだ!!》《獣人どもはさっさとXX国に帰れ!!》と追随する。

「ついてるねえ?」

 と彼は言った。「きっと神様も言ってくれてるんだな。もっと僕に逃げ隠れして、不要な人間を間引きしろ――ってね」

 くくく、と微笑みながら、間宮イッショウはデモ隊のなかに紛れていった。――政治でアタマのイカれた奴らは僕の血の臭いに気づきやしない。ありがたいね。

 救急車は路地裏に停めた。あとは時間を稼ぎながらゆっくりとここを立ち去ろう。

 そう思っていると、

「全員そこを動くな!!」

 と、少女の怒鳴り声が聞こえた。

 イッショウは振り返る。

 そこに、イズナ=セトが立っていた。黒のパンツスーツ。うなじを刈り上げた、くすんだおかっぱの茶髪。猜疑心の強い三白眼。身長は159。

「殺人鬼がここに混ざってる!! 獣人捜査局権限で命令する、全員、その場に伏せろ!!」

 そんな風に彼女は声を張り上げながら拳銃を構えた。

 人間相手なら銃で脅しになると思ったのだろう。だが、群衆は動かなかった。群れになると、ヒトザルはバカになる生きものなのだ。

 イッショウは笑いを押し殺しながら、逆に叫ぶ。


「おい!! あいつ獣人だ!! テレビで見たぞ――オオカミと同じ、警察が飼ってるクソ獣人だ!! みんなで押さえつけるぞ!!」


 獣人。

 今までヘイトをぶつけてきた相手が、まさに目の前にいるという事実に、デモ隊の目の色が変わった。

 つまり、彼らはイズナの言葉ではなくイッショウの言葉を信じ、彼女に向かって突進を始めたわけだ。


 ――あはははは!! バァ~カ!! お前らが守りたい人間なんかこの程度なんだよ、猟獣ども!!


 イッショウは高笑いしながら、うしろ歩きで行列を逆流していく。群衆のなかに、プライバシーを気にして仮面をつけている男の子を見かけると、イッショウはその仮面――オレンジ色のカボチャ頭だ――を奪い、自分の顔につけた。

「返せ!!」

 と男の子が叫んでくるが、イッショウは意に介さず、その首をハサミで斬る。

 倒れる男の子は、そのままパニック状態の群衆に踏みつけられ続けて、顔面は原形を留めないほどグズグズに潰されながら死んでいった。

 イッショウは見下ろした。

「ガキが真面目に勉強しないで、正義感に燃えて大人の政治に騙されるからこんなことになるんだよ。――自業自得だな、ククク」

 そんなイッショウの凶行を見ていたのは、イズナ=セトだけだった。彼女の目に、ボロ雑巾のような少年の死体が映った。

 彼女は群衆に圧迫されつつも、一人一人行動不能にしながら、吠えた。


「出てこい――!! 出てこい間宮イッショウ!!

 隠れてないでこっちに来い!! 卑怯者!!!!

 お前はニンゲンをなんだと思ってるんだ!!!!」


「どれだけ殺しても犯しても罪にならない、腐った下等生物」

 とイッショウは微笑みながら、さらに群衆のなかに消えた。


  ※※※※


 布瀬カナン(獣人名:ヴァンデッタ=ヴァイジュラ)はビルの屋上に立ちながら、双眼鏡でデモ隊のなかに紛れる間宮イッショウを探していた。その左手の甲には、既に黒獅子のタトゥがある。

「見つけました」

 と彼女は言った。「あれがパンプキンヘッドの頭領ですか。――ぜんぜん強そうな感じはしませんね。本当に、カボチャ野郎たちは彼のことを頼りにしていたんでしょうか?」

 そう言いながら振り向く。後ろでリクライニングチェアに座っている男は、同じくクロネコ派、ホル=ハワタリだった。

「イエース」

 と彼は答えた。「この腐った街で獣として生きていくにはな、必要なのは純粋な強さじゃない。頭の良さと悪運だ。――あいつはニンゲンのくせに、そこらへんは有能だったみたいだ」

 彼はリクライニングチェアから立ち上がる。ドレッドヘアにミラーサングラス、日焼けサロンでこんがりと焼いた体躯を、胸もとの開いたシャツで見せつける男だ。

 そんな彼はカナンの隣に来ると、その肩を揉むように撫でてきた。

 ハワタリは、カナンの耳もとで囁く。

「あいつを攫って味方につけ、対クロネコ用の道具にする――それでいいんだよな?」

「はい」

 と布瀬カナンは答えた。「私は下っ端で終わる気はありません。それなりの準備はしていくつもりです。クイーンさんが負けると分かったとき、チャンスだと思いました」

「いいねえ――野心のある女は好きだぜ?」

 ハワタリはカナンの身体に手指を這わせた。「だが、なぜオレを選んだんだ?」

 そんな彼に、カナンは流し目で答える。

「好みのタイプだったから――と答えたら笑いますか?」

 嘘である。

 クロネコ派のなかでいちばん単細胞で、素直で、言うことを聞きそうだと思ったからだ。

 ハワタリはカナンの嘘に満足したらしく、舌なめずりをしながら地図を広げた。目の前に広がる街である。

 彼はそこに五本のピンを突き刺す。ちょうど、いまイッショウがいる大通りの場所に五芒星の円陣を張った。

「『円陣』、発動」

 次の瞬間、間宮イッショウはその大通りから消えた。

 そして、カナンとハワタリがいる部屋、その床にペンキで描かれた五芒星の円陣のなかにイッショウが出現する。

「お?」

 イッショウは少し驚きながら周囲を見渡す。そしてカナンたちに気づくと、ゆっくりと微笑んだ。

「クロネコ派の獣人たちかな? 僕を狙ってたの?」

「大雑把に言えば、そうです――」

 とカナンは答えた。「正確には、クロネコ派のなかに分派をつくりたい別の勢力が、あなたを生かしたまま利用しようとしている――そう考えてください」

「なるほど」

 イッショウは頷いた。「6~7通りプランは考えてたけど、いちばんピーキーなルートに突入したな。本当ならしばらく足立区か北区でゆっくりしながらオオカミとクロネコの対決を観戦したかったんだ」

「残念でしたね、間宮イッショウ」

 と布瀬カナンは言った。「あなたはまだ、プレイヤーとして盤上に残っていただきます」

「――それも悪くない」

 イッショウはそう答えると、足下の五芒星を靴でこすりながら移動した。それは、ハワタリの型である。

 ヒトデの獣人、円陣型。脅威度B級。地図、写真、現実に描いた複数の円陣を直通させる。


  ※※※※


 ラッカ=ローゼキは獣人研究所で精密検査を受け、問題なしと住吉キキからお墨付きを得たあと、日岡トーリのマンションの寝室で18時間以上眠り続けた。


 女子寮に帰して田島アヤノか仲原ミサキに見てもらうのが正しいとトーリは思ったが、見舞いに来た彼女たちと話していると、ラッカは眠りながら彼の袖を掴んで、

「トーリ――」

 と、うなされるように呟いた。

 それを見たアヤノは、

「今は、トーリさんのそばがいいんじゃないですか?」

 と言った。

 検査のときも彼女の意識は朦朧とし続けていた。それについてキキは目を伏せた。

「ただの疲労だね。心因性のストレスで睡眠障害に陥っていたが、やっと本人のなかで落としどころが見つかったということだよ」

「そうか――とにかくよかった」

 トーリはそう答えたが、

「よかっただって?」

 とキキは片眉だけ吊り上げた。「それは結果論だよ。今後はもっと、彼女の相談に対して親身になりたまえ。彼女は実際まだ子供で、他の獣人とも違う。そう言ったのは君だ、トーリくん」

「努力はしてる」

 トーリはそう答えた。「でも、ラッカの言葉に耳を傾ける以上に、俺にできることはあるのか?」

「あるさ。君自身を開示しなよ」

 キキはそう言った。「ひとつだけ言っておくよ。君とラッカくんはよく似てる。バディはなんとやらだ。自分ひとりだけが苦しみを抱え込んで隠してれば周りは気づかないし平気でいられると思ってる。

 だけど、実際そんなことはない。みんなが心配する。つまり、いい迷惑だ」

「――ごめん」

 トーリも目をそらす。キキは息を吐いて、こう言った。

「ラッカくんの精神が安定するなら、君が面倒を見てもいい。今の彼女は君をいちばん信頼してるのに、仕事を通じてしか君と関われないのが問題だ。

 仕事を忘れさせる時間を与えよう。彼女が自分の心を傷つけてまで戦おうとしていたら君が止めるんだ」

「――ああ、分かった」


 そして、トーリはアヤノとミサキに断って、自分のマンションにラッカを泊めた。

 彼女は日付がさらにもうひとつ変わってから、ようやく起き上がった。頭をボサボサとかいてから、大きなあくびをしていた。

「――めっちゃ寝た」

「おはよう」とトーリは声をかけた。「朝飯、もうすぐできるから待っててくれ」

「んん? なに食べんの?」

「ベーコンとタマゴを適当に焼くだけだよ。もうパンはそこにトーストしてあるから、食べながら待っててな」

「うん」

 ラッカはベッドから足を下ろし、ダイニングの椅子を引いて座ると、焼き焦げの多い一枚を選んで口に放り込んだ。カリカリとするのを、時間をかけて噛み、ごくりと飲み込む。

 そんな風にしてラッカは、やっと、自分が今どこにいるのかボンヤリと自覚したようだった。

「私、トーリん家で寝てたんだ?」

「まあな」

「――拘置所の皆は無事だった?」

 トーリは振り返る。ラッカは真剣な表情だった。

 誤魔化すわけにはいかない。

「いや、大量の死者が出た。

 犯人はクイーン=ボウと名乗るクロネコ派の獣人。本名は大野アヅサ。生前に76人、今回の事件を含めたら97人を殺してる連続殺人鬼だ。ハバ=カイマン――有馬ユーゴという獣人とつるんでヤクザとか、売春婦とその客だとか、とにかく殺しまくってたらしい」

「――そっか」

「メシ、できたぞ」

 トーリはフライパンを持って、皿の上にベーコンエッグを垂らすように置いた。

 ラッカは箸で卵黄を割り、ベーコンを一枚はさむとすぐに口に入れた。

「間宮イッショウ――パンプキンヘッドは?」

 とラッカが訊くと、

「不運が重なった。逃亡に成功して、今は刑事部捜査一課の管轄に移った」

 とトーリは答えた。「部下の連中は全員死んだっていうのに、ボスだけ呑気なもんだ」

「――え?」

 ラッカが固まると、トーリは、改めて念押しするように言った。

「新宿区歌舞伎町のヤクザマンションで、小口、服部、中川、城戸、徳永、山田、尾崎、全員の遺体が発見されたらしい。第六班からの報告だ。殺しの手口はバラバラで、なにをやったか見当もつかない死体もあったって聞いてる。

 行方不明だった梅田ジュンイチは、歌舞伎町の交番前に64ピースにバラされて放置されてた。その首には、人間に媚びる獣人へのメッセージカードも括られてた。『ニンゲンに甘んじるケモノは、ニンゲンよりも罪深い』だそうだ」


 ――要するに、パンプキンヘッドは完全に壊滅だ」


 トーリが言い終えると、二人とも黙々と朝食を食べ続けた。

 ラッカは「美味しかった」と手を合わせる。「なんだか、久しぶりにぐっすり寝て、いっぱい食べたよ」

 そう言う彼女の顔色は、たしかに前よりずっと良くなっていた。

「そうか」

 トーリは頷いてから、少し考えたあと切り出した。

「なあラッカ。もしラッカがよければ、なんだが」

「ん?」


「ここで暮らさないか?」

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