第13話 VS南瓜頭 前編その2


  ※※※※


 同時刻。東京都中野区。

 クイーン=ボウは二人の男とともに、韓国料理店で腹ごしらえをしていた。

 キムチセット、サムギョプサル、プルコギ、ポッサム、チャプチェ、サンチュ、ネギサラダ、石焼ビビンパ、追加でライスを二杯。

「――で?」

 クイーンは箸を置き、二人の男に目をやった。

「ただメシを奢りにきただけじゃねえんだろ?」

「はい」

 返事をしたのは向かって左の男、トーボエ=ピル。折り目正しくスーツを着た、黒縁眼鏡に髭面の男。クロネコ派の1人である。

「パンプキンヘッドの残党が行動を開始しました。その意図は読めませんが、始末しろ、との指示が出ております」

「ハアン?」

 クイーンはビールをジョッキで飲みながら、トーボエの目を見つめた。「なんだその、パンプキンだかマンチカンだか知らねえヤツは」

「ニンゲンのくせにケモノの真似をしていた不届き者ですよ」

 そう答えながら、トーボエのほうはジュースを飲んだ。「彼は当時未熟だった獣人に証拠隠滅のイロハを叩き込み、その見返りとして自らの犯行を手伝わせることで勢力を拡大していました。同時に、――ここからが本題なのですが――反社組織と癒着し、自分たちの不利益になる獣人や、自分たちから抜け出した獣人たちを売り飛ばしています」

「――ほお」

 そこでクイーンの目の色が変わった。奴隷時代、背中に刻まれた傷跡がうずく。

「ケモノの真似事をする小賢しいニンゲンと、そんなニンゲンの浅知恵に媚びへつらう腰抜け獣人どもの寄り合い所帯ってわけか」

「そういうことになります」

「くだらねえ連中だな」

 クイーンはタン塩を二、三枚ほど掴むと、それをビールとともに流し込んだ。「だいたい証拠隠滅ってのが気に食わねえ。狙ってきた狩人どもは全員アタシらの『型』で返り討ちにすりゃいい。それが獣人の生き様だろうがよ。――ハバが生きてりゃあ、そう言うぜ」

「僭越ながら、私もそれは同意見です」

 トーボエはモヤシを噛んだ。「問題は、パンプキンヘッドの連中が結果として獣人売買に加担していたという部分です。それが本当ならば、クロネコ派の粛清対象となります」

「――だな」

 クイーンはトーボエの隣にいる、なにも言わない男のほうも眺めた。名前はランデ=カナリア。X印のマスクをつけて顔面ピアスまみれに眉ナシ、長い髪で片目を隠した若い男だ。

「この三人でヤんのか?」

 とクイーンが訊くと、

「はい」

 とトーボエが答えた。「誰がこの東京を仕切っている獣なのか、紛い物どもに知らしめる必要があります――それがクロネコ様のお考えです」

 そして、彼はゆっくりと立ち上がった。「会計は済ませておきます。お手洗いが終わったら外に来てください、車を回しておきますので」

「もう行くのかよ。下手人は誰か分かってんのか?」

 クイーンが爪楊枝で歯をいじりながら訊くと、トーボエはゆっくり微笑んだ。

「私は傍聴型の獣人。この目で見た相手を一人だけ選び、相手の会話をいつでも盗聴できます。本件の主担当は、捜査一課の黒井サワコという女です。

 彼女の会話によると容疑者は梅田ジュンイチ。いつも特定の曜日になると、新宿にある特定の店で酒を飲んでいるとのことですよ」

 トーボエが獣の目になっていることに気づき、クイーンも目を鋭くした。ランデはなにも言わない。

「じゃ、まずはソイツのカラダに残党どもの居場所を吐かせてみるとするかあ」


  ※※


 作戦当日。夜。

 三人はトヨタのアルファードを店の前に停めた。店名は『パララックス・ビュー』新宿支店。

「なんだここは?」

 とクイーンが訊くと、トーボエがタバコを咥えた。

「クィア・バーとか言うらしいです。裏側で、性的少数派の出会いの場や、サービスの待ち合わせ場所にも使われているそうで」

「ハッ」

 クイーンもセブンスターを咥えて火をつける。「その梅田ってヤツも変態のケがあったのかあ? いや、女を殺して犯してるらしいからバイセクってやつか」

 うしろから、ランデ=カナリアが黙って紙包み入りのS&Wのリボルバーと弾丸を持ってくる。トーボエが先にそれを受け取った。

「クイーンさんも使いますか?」

「要らねえよ。アタシはチャカは持たねえ主義だ」

「――では行きましょう」

 三人は階段を上り、店のドアを開ける。

「いらっしゃいませ~!」

 と言うために寄ってきた女は――いや、女じゃない、厚化粧を施された未成年の人間のオスだ――拳銃を見てヒッと悲鳴を上げた。

 店の手前にいるほうの客は、すぐに異変に気付く。しかし、ホール全体に流れている大音量の音楽は消えなかった。

 トーボエが天井に向けて発砲した。

 悲鳴。

 クイーンは近くにあったテーブルを蹴り上げ、酒とつまみごとメチャクチャにした。

「ガタガタうるせえんだよボケ! さっさと曲とめろコラ!!」

 客も、キャストも、キッチンスタッフもうずくまり、その場から動き出せなかった。クイーンがトーボエに対して「逃げ出そうとしたヤツは撃ち殺しちまおう」と大声で宣言したせいで、余計に誰もなにもできなかった。

 クイーンは続ける。

「梅田ジュンイチはどこいるんだよコラ。この店に来てんのは分かってんだぞ!! てめえ獣人がニンゲンごときのカサなんか入りやがって!! クロネコ派にケンカ売ってる自覚ねえならブチ殺すぞこの野郎!!」

 すると、奥のカウンターで一人の男が立ち上がった。アフロの中年男性。右手にはテーブル奥から盗ったアイスピック。彼が梅田ジュンイチだ。

「撃ちます?」

 とトーボエは構える。それをクイーンは片手で制した。

「いや、いい。相手の型もよく分かんねえ。拒絶型とか反発型とかだったりしたら始末が悪いしな。

 ――こっちは雑に行こう」

 それからクイーンは、両手を合掌のように合わせる。

「『廻天』!」

 そして右手を上に、左手を下に向けて手刀を振った。

 瞬間。

 重力の方向が、180度真逆になる。天井が床に、そして床が天井に。テーブルも椅子もすべて宙に浮き、そして天井に向かって落ちて行った。

 ――クイーン=ボウ、シャチの獣人、廻天型。屋内限定能力。重力の方向を変えることができる。

 客もスタッフも、みな薄明かりの天井に叩きつけられる。なかには頭の打ちどころを誤って、その時点で絶命したニンゲンもいた。

 梅田ジュンイチも、勢い天井に叩きつけられる。

 クイーンの知ったことではない。彼女自身は玄関前の柱を掴んで、ゆっくりと方向転換を済ませていた。

「て、テメエ――」

 とジュンイチが呻くと、

「お、まだ元気そうだなあ?」

 とクイーンは笑い、さらに、

「『廻天』!!」

 と叫びながら手を合わせた。今度は右側に手刀を振り、重力の方向が90度変わる。テーブル、椅子、カウンターのグラス、ボトル、全てが壁に打ちつけられていく。もちろんニンゲンも例外ではなかった。ジュンイチも頭を強打する。

 クイーンは笑った。

「『廻天』、解除」

 そう言うと、彼女はただ――仏前でそうするようにただ手を合わせ、目をつぶる。重力の方向が元に戻った。ジュンイチは既に気絶し、泡を吹いて倒れていた。


「クイーンさん、ちょっと酷いですよ」とトーボエが言った。「やるならやるで、先に言ってくれればいいじゃないですか」

「わるいわるい!」

 とクイーンは笑った。「でもお前らなら、どうせ酔う前にすぐ対応できるだろ」

「ま、そうですけど」

 トーボエは憮然としながら服の埃を払う。ランデ=カナリアのほうは、今までどおりの無表情だ。

「さて、これでパンプキンヘッドとやらの下手人は征服完了だな?」

 それからクイーンは、梅田ジュンイチに近づいて胸倉を掴んだ。

「よう。なんで今さらしみったれた連続殺人の模倣犯なんか起こしたんだ」

 そう訊くと、うめきながら梅田は顔を起こした。

「ボスからの命令だ」

「ボス?」

「死刑囚になってるが、ファンレターに対する返事のフリをして、オレたちに今でも指示をくれる。――間宮イッショウさん。アイツはニンゲンのくせに、最高だ。お前のところのクロネコ様とやらと、どっちが凄いかな?」

 ジュンイチの挑発をクイーンは気にしなかった。

「どんな命令を受けた? 言え。言わないならこの場で小指の爪から剥がすぞ? それともアイスピックをアソコに刺してやろうか?」

 彼女の脅しに対するジュンイチの答えは、簡単だった。


「オオカミが気になるから会いたいって――だから、パンプキンヘッドの模倣事件を起こせって――あのオオカミ、今はオレたちのボスのところに入り浸ってやがる!

 だが、なぜだ!? なんで俺が容疑者って、こんなに早く割れてんだあ!?」


  ※※※※


 翌朝。

「なんやねん、これ」

 獣人捜査局第五班班長、笹山カズヒコは通報を受けて新宿『パララックス・ビュー』に辿り着くと、店内の様子を見て口をあんぐりと開けたまま動けなくなった。

「ここだけ津波でも来てぜんぶ引っくり返ったんかい」

 店のなかにある全ての家具、食器、グラス、その他もろもろが天井・壁・床すべてに打ちつけられ、ガラス類と陶器類は粉々になりながら転がっていた。

 カズヒコは後ろに立っていた所轄の刑事へと振り向く。彼のほうも呆れた様子だった。

「通報の主は、本日朝、忘れものを取りにきたという常連客の女子大生です。それまでは悲鳴も騒音もすごかったはずですが、街の特性というか、気にもされていなかったようです」

「ほお」

「まあ、路上で風俗嬢だのホストだのが刺されていても踏みつけて歩く街ですから、この辺は」

「東京モンは怖いわ。どんだけ住んでてもそこは慣れん。あいつら人の心とかないんか?」

 そう愚痴りながら、カズヒコは天井のほうを見上げつつ店内に入っていく。

「テッポーの跡が1発あるわ。犯行グループのもんか」

 それから、360度ぐるぐると見回した。

「日岡トーリ、お前もそろそろ入ってこんかい」

「はい、失礼します」

 そう言いながら、警視庁獣人捜査局第七班班長、日岡トーリは玄関口の所轄に頭を下げて店に入った。

「なにチンタラしとんねん」

「明朝まで開いている店もいくつかあったので、予備的な聞き込みの調査をしてました。みな、快く捜査に協力してくれましたよ。主に性風俗店・スナック・キャバクラの従業員の人たちです」

「ダアホ」

 カズヒコは肩をすくめながら笑った。「んなもん、お前のツラがエエからや。お前に冷た~い女なんかニッポンのどこにもおらんわ。来世はホストで無双せえ」

 それから三人の刑事は店を出た。お互いにタバコに火を点け合う。

「どう思う?」

 とカズヒコが訊くと、

「十中八九、獣人の仕業でしょうね」

 とトーリは言った。「こんな重力を無視した芸当は人間にはできない」

「んなもん分かっとる」

 そう答えると、カズヒコは煙を吐いた。「この店な、あの梅田ジュンイチの行きつけらしいわ」

「なに?」

「ボクん班で調べて一課の黒井サワコちゃんにしか報告してない。なのに、こっちが梅田を狩る前に襲撃事件が起きた――どういうことや」

 カズヒコの糸目の奥にある瞳が鋭くなっていた。

「気になってなあ、今さっき梅田のマンションも、ボクんところの磯部と菅沼と田中に探らせたわ。結論から言うと、行方が分からんくなっとる。

 この新宿ヘンタイバーの襲撃は、そもそも梅田狙い。

 襲撃犯はこっちの情報を掴める状況にいる、警察内部のスパイか? それとも、ただの偶然か?」

「あるいは、そういう能力を持つ獣人です」

 トーリはそう言った。

「間宮イッショウと連携している獣人グループAと、そんなAと敵対している獣人グループBがいるとしましょう。Bのなかに、なんらかの方法で捜査情報を傍受できる獣人がいるならば、彼らは俺たちよりも先に梅田ジュンイチを襲撃できます」

「獣人グループ同士が敵対ぃ? どんな理由でぇ?」

「さあ――」

 顎に指を当てて考え込むトーリに、カズヒコは缶コーヒーを渡した。

「しかしその説が本命なら、グループAのほうはアホやな」

「そうですか?」

「わざわざ警察組織とグループBを同時に刺激しとるやんか。考えてみい? グループAが間宮イッショウの犯罪を真似た殺人を起こしたから、警察は捜査を始めた。んで、傍受能力を持つグループBはAと接触が可能になってもうた。こんなん、Aは自分の首を両側から絞めとるだけやないかい」

 カズヒコは微糖のコーヒーを啜る。トーリも彼の言葉に異存はなかった。

 ――だが、なんだ? この妙な違和感は。

「まずは間宮イッショウと、もういちど面会したほうがええな」

 そうカズヒコが言った。「オオカミ娘のラッカちゃんはどこでなにしとんの?」

「獣人捜査局の訓練学校で、特別講師の業務です」

 トーリはコーヒーを飲み干した。「そっちの――第五班のメロウ=バスも同じ業務だと聞いていますけど」

「メロウはええわ。案件煮詰まるまでは、学校で仕事させとっても。――問題はラッカちゃんや。あの娘、たしかその死刑囚の、間宮イッショウのお気に入りなんやろ? また面会で使われる。学校のほうの仕事と両立できるんかい」


  ※※※※


 同時刻。

「ラッカさん、もう駅っすよ」

「え――ああ、うん」

 隣に座るメロウ=バスに肩を叩かれ、ラッカ=ローゼキは目を覚ました。

 半蔵門線、水天宮前駅。警視庁獣人捜査局訓練学校東京本校の最寄り駅。

 どうやらメロウに体を預けて爆睡してしまったらしい。

「うわっ、ごめん!」

「大丈夫。別に気にしないっすから、そういうの」

 メロウは立ち上がると、人ごみをかき分けてホームに降り立った。生まれつき両目の下にある濃いクマと、気だるげな眼差し。青白い肌に痩せた体。ボサボサの黒髪と黒色系のパンクファッションで、とても警察関係者には見えない。

 それが第五班猟獣、メロウ=バス、クモの獣人であった。

 ラッカもリュックサックを背負ってあとに続く。駅を出ての直通に訓練学校があり(もともとシティホテル建造予定だったのを政府が買い取ったらしい)、エスカレータを抜けて1F学生ロビーへと辿り着いた。

「ラッカさん」

「ラッカ、でいいよ」

「んじゃ、ラッカで」

 言い直すと、メロウは振り返ってきた。「ぼくが――いや、俺が言うのもなんですけど、ちゃんと寝れてるんすか?」

「――あ~」

「悩みごとがあるんなら、班長に言うのがいちばんだと思うっすよ」

 メロウは猫背気味の姿勢を正し、ラッカの目を見つめて言った。「ラッカが俺らと事情が違うのは知ってる。でも、腐乱姫事件のあとから、ちょっと様子が変なことくらい分かるんすよ。

 たぶん、イズナ氏もそれ感じて朝練に付き合ってるんじゃないすか。

 そういうの早めに解決したほうがいいんすよ。解決っていうか、そこそこに割り切るっつうか」

「――ごめん」

 ラッカは下唇を噛んだ。「実は、うん、トーリともよく話はしてるし、カウンセラーも紹介されたんだけど」


 それは本当だった。

 公的機関のカウンセラーに言われたのは、トーリの予想どおり、軽度のストックホルム症候群というものだった。

『ラッカは数週間ほど、浅田ユーリカとともに暮らした。彼女の事情を身近に知って、不必要な感情移入と共感、そして同情に苛まれている』

 それがシンプルな答えと言えば答えだった。

 だが、ラッカ自身はその答えに納得できなかった。いずれにせよ、そのカウンセラーは人間相手が専門で、獣人を相手としているわけではなかった。

 本当の疑問。

 ――じゃあ、状況次第で誰にでも簡単に同情できてしまえるのなら、いま私が『人間の味方をしたい』と思っているこの気持ちはなんなんだ?

 それが分からなくて、ときどきトーリに疑問をぶつけた。嬉しかったのは、彼が、安易に彼女に自分の価値観を押しつけなかったことだ。いつものことだが。

「いっしょに考えていこう」

 とトーリは言った。「俺も考えるよ。ラッカといっしょに」


 ラッカは今、前を向いた。

「誰かから答えを教えてほしいんじゃなくて、建前で割り切りたいんじゃなくて、なんていうか、もう少しちゃんと自分自身で悩んでみたいんだ」

 その答えに、メロウは少しだけ目を見開いた。

「そっすか」と彼は言うと、また歩き始めた。「ま、方針が決まってるならいいんじゃないっすか?」

 ほんと、ニンゲンみたいっすね。

 彼はそう呟きながらエレベータに乗り、ラッカとともに20階の講義室&講義準備室に向かう。廊下は蛍光灯で白く照らされて、寝不足気味の目に痛い。

 講義室のドアの前に、ひとりの男性が立っていた。

「初めまして。警視庁獣人捜査局猟獣のおふたがた」

 彼はにこやかに手を差しのべてきた。「僕は福島アライト。獣人捜査局訓練学校東京本校で、獣人事件を対象とした現場の予備調査を教えています。専門は先天性獣人の発生分布と地理対策。どうぞ、よろしくお願いします」

 ラッカはすぐに彼の手を取った。

「ラッカ=ローゼキ。警視庁獣人捜査局第七班専属猟獣です。えっと、訓練生の前で話せばいいって聞いて来ました。よろしくお願いします!」

 そして頭を下げる。メロウのほうはなにも言わなかった。

 福島はにっこりと笑うと、教室のドアを開けた。

「向こうにいるのは義務教育終了後に編入したCクラス生です。――血気盛んですが、気を悪くしないでください」


  ※※※※


 福島に連れられてラッカ、メロウが講義室に入ると、既に訓練学校の生徒たちは席に着いていた。

 部屋中の視線が二匹へと注がれる。その視線には殺気も含まれていた。ちりちりとうなじが焼けるような緊張を覚える。

 殺気の内訳は、警戒が四割、獣人への敵意が四割といったところ。残りの二割はもっと個人的な、その他のものだろう。

「穏やかじゃないっすねえ?」

 とメロウは呟いた。すると、

「先生」

 と声を上げる男子生徒が一人。細野という名前の、ガタイのいい男だった。両脚を組んで机に乗せている。「そいつらが前に言ってた警視庁の猟獣どもですか?」

「――ああ、そうだよ?」

 福島が答えると、細野は「マジかよ!!」と噴き出した。

「ひとりはヒョロガリくんで、もうひとりは、な~んだ、可愛いお嬢ちゃんだぜ! こんなモンが本当に戦力になんのか!」

 彼が言うと、周囲の取り巻きらしき生徒たちも同じように笑い出す。

 そんな空気に「よしなよ、細野くん」と声をかける生徒がいた。花江という名前の、どこかインテリめいた雰囲気のある男だった。デスクの上に両肘をつき、指を顔の前でいじっている。

「警視庁獣人捜査局は忙しいんだ。つまり、僕たちみたいな未熟な学生たちには、それなりに暇な、仕事のない猟獣しか寄越せない。そういうことだろ?」

「ああ、ハハッ、なるほどな!」

 花江の遠回しな嫌味に、細野は大声で笑った。ゲラゲラと追随する声。それがラッカとメロウの二匹に浴びせられる。

 すると、もうひとりの生徒が声を上げた。古川という名前の、少しだけ学生服を着崩した長髪の男だ。

「謝罪させて下さい。いくらなんでも皆ふざけすぎました」

「ほう?」

「テレビの報道で存じていますよ。女の子のほうは、ラッカ=ローゼキ、オオカミの獣人ですよね? 正規の猟獣訓練を受けていないにも関わらず、警視庁獣人捜査局の活動に貢献している」

 そう言って立ち上がると、プッと笑いながら、古川は花江のほうを向いた。

「なあ花江くん! そんな獣人っていると思うか!?」

「いないね」

 と花江は答えた。「全ての獣人は幼少から獣人訓練を受けない限り、例外なく人間に対して攻撃衝動を抱く。それが答えだ」

「そのとおり」

 古川は満足そうに頷くと、ラッカを見た。

「最近は、猟獣訓練制度反対だの、シルバーバレット反対だの下らないことを唱える不届きでお花畑な市民運動も活発になってる。

 当ててみせようか、ラッカさん。君は『広告塔』だ。『良い獣人だっていますが、そんな獣人だって現行制度に賛同していますよ』、そういうメッセージのためのね。本当は獣人訓練の失敗作を採用したのか、そこらへんの演技の上手い人間を運用しているのかは知らないけど。

 ――先生、猟獣を連れてくるなんていうからビックリしましたよ。ほんとは、目の前の連中が偽物であることを見抜くテストなんだ。そうでしょ?」

 古川は、とことん的外れな推理を披露したあと、息を深く吸いながら胸を張っていた。

 福島講師はその様子をひととおり眺めたあと、ラッカとメロウに耳打ちした。

「どう思う?」

 それに対して、メロウは顔をしかめた。「むかつくっすね。教育がなってないんじゃないすか」

 いっぽうのラッカは、少し首を傾げた。「私が強い獣人かどうか、みんな知りたいってこと?」

 福島はキョトンとしたあと、フフフと笑った。

「そうだよ。や、ごめんね。初学年のこの時期までは訓練生を甘やかすことにしてるんだ。身をもって獣人の怖さを知ったほうが、そのあとの勉学に必死になってくれるからね」

 それから福島は、出席簿を教卓に叩きつけた。

「はい、お喋りそこまで。

 抜き打ちの実戦試験開始。ルールを説明する。

 ――目の前にいるラッカとメロウの二人を野良の獣人だと思って、教室の全員10人で捕まえること。獣人に学生服のネクタイを全て奪われたら失格とする。制限時間はナシで、武器の使用は自由。

 じゃあ、はじめ」

 その瞬間、

 細野が拳を構えながら立ち上ると、花江が予備のスーツベルトを捕縛縄代わりにして走り抜け、古川がラッカの目の前へと踊り出していた。

 ラッカは彼らの動きを見て、

 ――構えは申し分ないな、ちゃんと鍛えている証拠だ。

 と思った。

 足りないものがあるとすれば、それは、獣人への適切な警戒心である。

 ラッカは左手をピストルの形にして、古川の額に狙いをつけた。

「『超加速』」


 そして、

 細野、花江、古川が気づいたときにはもう、三人以外の学生ネクタイは全てラッカの手のなかにあった。

「な、なあっ、なっ、なにい~~~~!!??」

 細野が悲鳴を上げた。「な、なんだテメエ、いつの間にそんな動けてんだ!?」

「? なにって――」

 ラッカは七本のネクタイを宙にバラ撒いた。「ただ時間を止めてただけだけど」

 それを聞き、何人かの学生が慌てて教室から逃げ出そうとする、が、ドアは全く開かない。メロウが『結界』を展開しているからだ。

「ラッカ、このあとどうするんすか?」

 とメロウが訊くと、ラッカは、なんだか久しぶりにちゃんと笑えた。

「全部のネクタイを取るまで、試験は終わらないんだろ?」

 と彼女は言った。


「おい、古川、花江、細野。おまえら元気いいなあ。こっちも仕事で来てるんだ。きっちりしごいてやんよ!」

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