第11話 VS腐乱姫 前編その2
※※※※
東京都、板橋駅から徒歩十分の事務所。
その前に紀美野イチロウはベンツ190Eを停めた。昭和時代に流行った車種。後部座席に座っているのは、獣人の浅田ユーリカ。獣人名はゴシシ=ディオダディ。純白のドレスに身を包んでヘラヘラ笑う、アタマの足りない女だ。そうイチロウは思っていた。
だが、彼女にはもっと相応しい名前があった。それは、フランケンシュタインの怪物――腐乱姫(フランキィ)である。
「よう腐乱姫(フランキィ)ちゃん?」
とイチロウは言った。「クロネコ様はお前の性能を見たいそうだ。今からその事務所に入って、なかにいる暴力団員を皆殺しにしろ」
「ええっ? みなごろし――?」
「ああ」
イチロウは答えてから、そうだった、このバカ女に皆殺しなんて言葉が通じるとも限らねえ、と舌打ちをする。
「なかにいる、ニンゲンたちの、首と胴体を全部ちぎるんだ! 分かったか!」
そうイチロウが怒鳴ると、ユーリカは「わかったあ!」と無邪気に笑った。「すっご~く、たのしそう!」
そうして後部座席のドアを開けると、ドレスを身に纏ったユーリカは事務所へと入っていく。
門番らしき男が、入り口で立ち塞がった。
「おい、なんだテメエは?」
「じゅーじんを、うりさばいてた、えっと、かすどもはここにいるの?」
「あ? ここが宮本組の事務所って分かってんのか? ――今なあ、カシラは夜牝馬の件で気ィ立ってんだ! 分かったらさっさと帰れ! イカレ女が!」
「あはははははははは!!」
とユーリカは笑った。正確には、獣人核に生かされているユーリカの死体が笑ったのである。
「おにいさんたちも、おとうさんとおなじ! あたまがやわらかくて、くびももろくて――あそんだら、すぐにちぎれそう!」
「あ? テメエ――」
男はなにか言い返そうとする前に、頭部と胴体を腕力だけで引きちぎられ、鮮血を駐車場に撒き散らしながら倒れていた。
「んふふ――! よわくてつまんなあい――!」
ユーリカは両手をグーパーした。「あとなんにんいるのお? いっぱい、ちがでるおもちゃ! ぜんぶ、ゆーりかちゃんのおもちゃだあ! あははははははははは!」
彼女は、階段を駆け上がっていく。やがて事務所のある寂れたビルの3Fで、旧式拳銃のやかましい発砲音と、頚椎が破壊される音、内臓の破裂、頭蓋骨の勢いのいい破裂音が響き続けた。
――浅田ユーリカ、人造獣人、ゴシシ=ディオダディ。
彼女の力は、身体能力と再生能力だけ見れば獣人史の最上位である。
「ぎゃはは!」
とユーリカは血まみれのドレスで笑った。「あはっ、みんなよわい! よわくて、あたしのだんなさまになってくれない!! ねええええ! さみしいよお!!! あとなんにんあそんだら、けっこんできるのお!!?」
ぎゃはは、ぎゃはは――と、ユーリカは血と臓物のなかで笑い続けていた。
そんな彼女の様子を車中から観察している紀美野イチロウは、ゆっくりため息をついた。
「はあ――つまらん仕事だ。ただの使い走りだろうが」
そうしてメビウスを咥える。
紀美野イチロウは、かつて新興宗教団体・統和教会の幹部だった男である。しかし、獣人の熊谷チトセによって同じ獣人に堕とされ、チトセが死んだあとは教会に居場所もなく、惨めにクロネコに縋ってここへと辿り着いた。
そんな彼に任された仕事は、人造獣人である浅田ユーリカの戦闘記録係、そして身辺警護役だった。
――クソ生意気なコウモリ女に顎で使われる下っ端だった次は、アタマの足りねえメスガキのお世話かよ。まったくな――。
「まあ、いいさ」
とイチロウは思った。「人間も獣人も、権力を欲して暴れ回ってるカスってことには違いねえ。クロネコとかいうクソガキが獣の王を目指してんなら、俺は、その裏王を目指させてもらう。――宗教団体の幹部だった頃と同じようになあ?」
そう呟きながら、彼は旧式ベンツのドアを開けた。
返り血で服を真っ赤にしたユーリカが帰ってきて、後部座席に乗るタイミングだったからだ。
「早くアジトに帰るぞ、腐乱姫(フランキィ)」
「はあーい!」
ユーリカは無邪気に手を挙げて、けらけらと大声で笑っていた。
そうして、信号機を二つ通過したところで、イチロウは懐から写真を取り出す。
その写真は、ラッカ=ローゼキのものだった。
「――今度のターゲットはコイツだ、フランケンシュタインの怪物よ」
「? かみのしろい、おんなのこ?」
「オオカミの獣人だ。クロネコが気に入ってる。戦わせてみたいそうだ、お前と(俺としては漁夫の利を取って、そのオオカミを取引材料にしたいんだがな)」
「なんでえ?」
とユーリカは言った。「このこ、やっつけるの? わるいこなのお?」
「ああ、うん、そうだなあ――なんて言うかな」
イチロウは無意識に舌打ちした。浅田ユーリカは人造獣人で、人間時代の感性が中途半端に壊れている。納得できる明確な理由がなければ、決して動いてはくれないのだ。
そのとき、彼に名案が浮かんだ。
――そして、それは最高に最悪のアイデアだった。
「そのオオカミなあ! ユーリカ! お前の結婚相手なんだよ!」
とイチロウは言った。「旦那さまがほしいって、ずっと言ってたろ? 結婚がお前の夢なんだよな? 組織が用意してくれたんだ。結婚したいだろ!」
「えっ――え」
ユーリカはラッカが映った写真をじっくりと見つめ、そして、ぎゅっと握りしめた。
「ほんとお?」
「本当だよ!」
イチロウはそう嘘を重ねた。「居場所は探してやる。迎えに行けよ。結婚式は派手なもんにしないとな! 女の一生の晴れ舞台だぜ!」
「ほんとお? ほんとお? わあい!」
ユーリカは後部座席で、無邪気に転げ回った。
――バカ女がよ。
そうイチロウは思った。こいつが「旦那様」を欲しがってるなんてこと程度、普段の会話で把握済みだ。なら、それが標的のオオカミだってことにしちまえばいい。
「クロネコには内緒にな。サプライズだ。豪華な挙式にしようじゃねえかよ?」
「うん! うん!」
ユーリカは頬を赤らめながら、ラッカ=ローゼキの写真を見つめた。「あたしよりもつよいのかどうか、たしかめてからだよね?」
「そうだな?」
とイチロウは話を合わせた。まあ、戦闘に関してはなんとかなるだろう。なにしろ、浅田ユーリカだって獣人界じゃ規格外なんだからな。
「女同士の結婚になっちまうが――」
そう彼は言葉を繋ぐ。「ま、ニンゲンの今の世じゃそういうのも全然アリらしいぜ? それに、ラッカ=ローゼキの写真をちゃんと見とけよ、ユーリカ。並大抵の男よりもイケメンだろ。だったら問題はねえだろうが」
「うん! だいじょぶ!」
旧式ベンツは、そのまま走り続けた。ユーリカのほうはと言えば、
「けっこん! けっこん! かっこいい、おおかみさんとけっこん!」
と、後部座席で鼻歌を歌っていた。
※※※※
数時間後に通報を受け、警視庁獣人捜査局の第二班と第六班が板橋の事務所前に集まっていた。板橋警察署の刑事たちも既に来ている。
第二班班長の志賀レヰナはタバコを吸いながら、警官たちに、
「状況は?」
と訊いた。顔面の左半分を獣に抉られて以来、肉を削がれた傷跡がずっと残っている。金髪のロングヘアで、本来ならば美人に属する女だ。44歳。
刑事は敬礼をしてから答えた。
「事務所のヤクザは全員殺されています。周囲の監視カメラにはベンツの旧車が一台。それも盗品です。乗り込んだのは若い女。死体は全て首をねじ切られるか頭を潰されるか内臓を破壊されているか、です。
鑑識に回しますが、見たところ凶器を使用した痕跡もなし。おそらく獣人案件です」
「了解」
とレヰナは答えたあと、ぼそぼそと呟いた。「アタシら獣人捜査局が宮本組の獣人売買斡旋を調べてんのを知って先んじて潰してきたんだろうな。関係者どもが口封じで回っているのか? ――その場合は『クロネコ』の可能性もあるか」
「えっ、クロネコ?」
「所轄のお前らには関係ねえよ。余計なこと覚えんな、死ぬぞ」
「し、失礼しました」
そんな場所に、日産のノートが滑り込んできた。埼玉県警獣人捜査局、第二班班長の砂塚テツオである。彼は停車してすぐにドアを開けると、助手席から一人の少年を下ろしてレヰナの前に立った。
「これはこれは」
とレヰナは微笑んだ。微笑むと、顔面の傷跡がシワになって歪む。「埼玉県の捜査員がなんの用だ?」
「獣人局専用の全国チャンネル、あるでしょう? そこで通報の書き起こし文を読んで、気になることがありましてね?」
「あん?」
「死体は素手で破壊された痕跡があるとか?」
「だったらなんだ?」
レヰナが睨むと、砂塚テツオもその瞳を覗き込んだ。
「うちの県でも同じような手口の事件が起きてます。犯人の獣はまだ捕まっていません。同一犯の可能性も」
レヰナと、テツオと、それから第六班班長の橋本ショーゴは三人で日陰に隠れた。テツオが連れてきた少年も付いてくる。
「そいつは?」とレヰナが訊くと、
「埼玉県警唯一の猟獣です」とテツオは答えた。「獣人名はパダワン=ジェ。イエイヌの獣人」
「はあん」
そうレヰナが頷くと、テツオは説明を始めた。
――半年ほど前に、埼玉県の鴻巣市で獣人案件とおぼしき殺人事件が発生した。被害者は浅田ユキヒト。その数年前に大学を追放された獣人科学者である。死因は素手による頭蓋骨破壊と脳髄の損傷。眼球破裂。
「でね」
とテツオは言葉を繋いだ。「この浅田ユキヒトが研究していたのが、人造獣人プロジェクトなんです。先天性でも、後天性でもない、人間の死体に獣人核を埋め込んで蘇生させる計画。もちろん、正式には研究は凍結されています。そんな分野に心血を注いだことで彼は公的な立場を奪われました。
――ここからが問題です。
事件が発生した彼の自宅からは、大量の研究ノートが発見されています。そして、彼は事件の一週間前にたった一人の娘を難病で喪っているのですが、その死体はまだ見つかっていません。なお。金回りを遡って調べたところ、彼は獣人売買に関わる岩崎グループから獣人核を非合法に購入した形跡がある」
テツオはそこまで話すと、レヰナとショーゴの表情を交互に見つめた。
レヰナは押し黙る。それゆえに、先に口を開いたのはショーゴだった。
「つまり砂塚テツオ班長、アンタが言いたいのはこういうことか? 科学者の浅田ユキヒトを殺したのは、その浅田ユキヒトが創り上げた人造獣人、娘の浅田ユーリカ。そして、浅田ユーリカは後に何者かに拾われ、東京でヤクザ殺しの片棒を担いでいる、と」
「そういうことになる」
とテツオは答えた。「犯人の娘は他の一般的な獣人とは違う、別の特性を兼ね備えている可能性もあります。アタマのイカれた生物学者が死に際になにをやらかしたのか、こっちは知りようもないです。だから、警視庁獣人捜査局にはお伝えしようかと」
彼の言葉を聞き終えたレヰナは、
「局長の渡久地ワカナに話を繋いでおく。最悪、多県警による広域捜査になるだろうな」
と言った。それからインカムを耳に当て、
「アタシのクダン=ソノダを起こせ。さっさとしろ」
と怒鳴る。
警視庁獣人捜査局が動き出したのを見て安心したのだろう、砂塚テツオは、ふ~と息を吐いた。
ショーゴはそれを見て「大丈夫だよ」と言った。「レヰナの姐さんがいて、逃した事件はない。日本の悪党どもは、どいつもこいつもあの女の餌食だ」
それから、テツオの後ろにいる獣人を見る。イエイヌの獣人、パダワン=ジェ。癖毛の黒髪に、痩せていて背の低い肉体。ショーゴに睨まれると、「ひゃん」と小さく叫んでさらにテツオの背中に隠れてしまった。
「この猟獣、頼りになんのか?」
「耳目と鼻はよく効く。ただ戦闘力は期待しないでくれ。猟獣訓練の思想教育が効きすぎて去勢されちまってます」
「なるほど」
猟獣訓練の思想教育は、獣人によって結果にバラつきがある。適性がありすぎて、獣人としての攻撃衝動そのものが全て削ぎ落とされてしまった場合は、現場における戦闘力が著しく低下する。獣化も、弱体化せざるを得ない。
「警視庁の獣たちは、みんな思想教育には成功していますか?」
「そうでもないなあ」
とショーゴは言う。「局長専属猟獣のギボと第一班猟獣のゾーロは自我崩壊してる。あとの獣はまあ上手くいってるがな。ただし第二班のクダン=ソノダだけは、パブロフにおける個体執着の過程を修了してない。
それ以外は、そうだな――」
とショーゴは言った。「知ってると思うが、第七班のオオカミはなんの思想教育も受けてない」
――思想教育に適性がなさすぎて自我が崩壊した場合、魂は壊れ、主人の命令を聞くだけの奴隷と化す。代わりに自分の脳で考える能力を完全に失って、主体的な捜査能力には期待できなくなる。
理想的な『パブロフ』においては、獣人は人間中心的な倫理観と生命観を叩き込まれた上で、特定個人に対する愛着と執着心を人工的に植えつけられる。多くの場合、その特定個人とは配属先班長である。
当然、デメリットとリスクはある。愛着対象が死亡した場合、新しい対象への書き換えは困難を極める。対象以外の命令にも基本的に冷淡にならざるを得ない。
それに、愛着の対象が異性である場合には、それが面倒くさい恋愛感情へと転移する可能性が非常に高い。
しかし、それでもこの過程が成功した場合、戦闘力は一切損なわれることがない。人類はしばらく、このメリットを捨てることはできないだろう。
ショーゴは説明をしながら、イズナのことを思い出していた。あの小娘の、熱気を帯びた視線。
――バカバカしい。ヤツはただの道具だ。おれの妹の仇を討つための――獣人どもを殺し続けるための。
※※※※
同時刻。
龍王寺離れの道場で、イズナ=セトは仰向けに倒れていた。両方の鼻の穴から血が流れている。先ほど、師範の木刀が顔面に当たったためだ。
左胸の肋骨も痛めているかもしれない。ゆっくりと触れて、状態を確かめる。
「折れているのか?」
と師範が訊いてきた。「少し休憩するか?」
「いえ、大丈夫です」
イズナは立ち上がり、鼻と唇のあいだを手の甲で拭った。彼女も師範も、防具は付けていない。拳が、べっとりと血に染まった。
――このくらいの痛みがなければ、強くはなれない。
「もういちどお願いします」
彼女は八相の構えで黒塗りの木刀を握る。師範は中段の構えのままだ。
イズナは目の前の師範を見ながら、もっと遠くを見つめていた。
――ラッカ=ローゼキ。オオカミの獣人。お前に追いつくためならば、私はここで地獄の苦しみを味わっても構わない。
全てはただ、ショーゴさんのためなんだ。
※※※※
同日、夜。
ラッカ=ローゼキはようやく日岡トーリのマンションをあとにした。見舞いの間、彼は少し目を覚ましてはまた眠って、陽が沈みかけた頃に差し入れを胃に入れると、また横になった。ラッカは近くのコンビニに出てまた同じものを買うと、ぐっすりと眠っている彼の近くに袋を置いた。
そのほとんどの間、トーリの本棚にあるノンフィクションをぺらぺらとめくっていた。
そうして女子寮の門限が迫ってきたので、彼女はメモ置きに、借本の名前とメッセージを書いて部屋を出た。
《トーリの家族が、シルバーバレットをつくったの? 今度は、トーリのことをもっと教えてよ。できればでいいけど》
そんな風に外の景色を眺める頃には、すっかり夜も更けてた。コンシェルジュの男に「お疲れ様です、ラッカ警部補」と言われるのが居心地が悪い。
ふう。
ため息をついた彼女は、この直後に、最悪の獣人に出会うことになった。
少し離れた地下駐車場まで歩くと、自分のバイクの上に、その女が座っていた。
純白のワンピースを着ている。長い黒髪。そして、場違いに無邪気な笑顔。身長はそこまで高くない、165前後といったところ。体も全体的に細くて、筋肉はついていない。
なのに、――なのに、こいつは相当強い、と目で見て分かる雰囲気をまとっていた。
「誰だ?」とラッカは言った。「獣人なのか?」
「んへへへへへへ――!」
と女は笑った。「おおかみさんだ! おおかみさんが、あいにきてくれたあ!!」
妙だ、とラッカは思った。こんなに近くに相手がいるのに獣の匂いがしない。人間の香りさえしない。むしろ、鼻をつくのは奇妙な防腐剤の臭い――。
「私になんか用なの?」
そうラッカが訊くと、
「けっこんあいてをさがしてるの!」
と相手は答えた。「それでね、けっこんあいては――あたしよりもずっとつよいひとがいいんだあ!」
「理由は?」
「じゃないと、すぐこわれちゃう! すぐにこわれちゃうひとなんて、ながいあいだ、いっしょにくらせないもん! あたしは、こわれないひとがいいなあ!」
ラッカは、相手が喋るのを黙って聞いていた。
コイツはヤバい。
たぶん人間体の状態なら絶対に勝ち目がない。
「お断りだね」とラッカは答えながら、少しずつ後ずさりした。「旦那さんなら他を当たれよ。だいたい私はメスなんだから、メスとはツガイになれないよ」
そう言うと、
相手は――んへへ、んへへへへ、と、朗らかに笑った。
「おおかみさん、そんなこといっていいの?」
「なに?」
ラッカは構える。相手の――浅田ユーリカの目が鋭くなった。
「でーとにつきあってくれないなら、このまちにいるにんげん、みなごろしにしちゃうんだけどなあ。――おおかみさんってば、みすてられないんでしょ?」
刹那。
ラッカ=ローゼキの双眸は、間髪入れずに、獣の目になった。
「『超加速』!」
彼女は叫ぶ。彼女以外の全ての動きが止まる。つまりは時間が停止する。本日1回目の発動だった。
――このクソ女、やっぱり獣人だったか! 情報はあとで吐かせてやる。今はボコボコにしてブッ飛ばすのが先だ!
ラッカはすぐにユーリカの前まで行くと、その顔面に三発、腹部に四発ほど拳を入れながら、両手両足の関節を狙った足技を五発ほど繰り出した。最後に突き蹴り。
――10秒いっぱい使って、まずはコイツの体を破壊する!
タイムアウト。
ユーリカは血を吐きながら駐車場の壁に吹き飛んでいった。土埃が舞う。
「ぜぇ、ぜぇ――!」
ラッカは息を整えながら、姿勢を戻した。
「これでアイツも、しばらく立ち上がれないはずだ」
だが。
ヒュ、と手刀で埃を振り払いながら、浅田ユーリカは平然と立ち上がった。
「すごおい!」
と彼女は笑った。「どうやったのお? さっきのうごき。おおかみさん、めちゃめちゃつよおい!」
「え――」
ラッカは呆然とする。相手は再生能力の速さが規格外だということに、初めて気づいた。
そんな彼女を見て、ユーリカは両手を挙げる。
「あたしも『かた』をつかうね? ――しなないようにがんばってね?」
えいっという言葉とともに、ユーリカは両手を勢いよく振り下ろした。
そのときだった。
立体駐車場の蛍光灯が、急にブレーカを落とされたかのように全て消灯。完全な暗黒。
「なにっ――!」
ラッカは周囲を見渡す、すると、同時に、遠くに停まっていた自家用車がバチチチという音を立てながら爆発した。
「うわっ!」
思わず壁際まで退避する。
――しまった! ガソリンの匂いが強すぎる。もう相手の防腐剤の臭いを追いかけられない。
ヤツはどこだ!
暗闇のなかで戸惑っていると、不意に、右頬をユーリカに殴りつけられた。何メートルも転がって、その場に転げ倒れる。
「あはははは!」
とユーリカは笑った。「あたしは、えっと、『らいめい』がた」
雷鳴型。
射程距離5メートル以内に届く電気系統は、全てユーリカの意のままである。
「どこにいるのお? おおかみさあん」
ユーリカは、バチバチと右手指をスタンガンのように鳴らしながら近づいてきた。ラッカは立ち上がる。
素早く対処しなければならない。超加速で――。
しかし、ラッカは自分の頭がフラつくのを感じた。姿勢をマトモに保てない。めまいがする。吐き気もだ。
――ユーリカはラッカの顔面を殴った時点で、拳に電撃を込めていた。その電流は彼女の脳に届いて、肉体を動かすための電気信号を一時的にメチャクチャにしている。
「く、くそ――! 足が、足がろくに動かない――! なんで!?」
もちろん、型も発動できない。獣人化も、部分獣化もできない。
ふらつくラッカの眼前に、ユーリカはゆっくりと近づいてきた。
「おおかみさん、つかまえたあ!」
「クソッ!」
反撃しようと拳を握る、前に、ユーリカの右ストレートがラッカを叩きのめしていた。さらに追撃。何発も、何発も何発も、ユーリカはラッカの頭部を殴りつける。そして腹部を蹴り上げた。もちろん、拳にも足技にも電撃は宿っている。ラッカは血ヘドを吐きながら、意識を失いかけていた。
「くそ、ずりぃ――!」
「え」
ユーリカはラッカを見つめる。彼女が――オオカミの獣人がまだ倒れていないことにユーリカは感動していた。
「すごおい! すごいすごい、おおかみさん!! あたしってば、ころすきでやってるんだよ!? なんでたおれないのお!?
――つよい、つよいねえ、おおかみさん! すき! すき! すき! すき! けっこんしたい! けっこんしたい!
あたしのおむこさんになってえ!! ねええええ!!!!」
興奮したユーリカは――獣人名、ゴシシ=ディオダディ、フランケンシュタインの怪物は――運命の恋人と出会えた奇跡に胸をときめかせながら、何度も、何度もラッカの体に拳を叩き込み続けた。
ラッカは最後まで抵抗したのだが、結局10分後、意識を失ってその場に崩れ落ちることになった。
ユーリカは笑う。
「こんなにいためつけてもしなない! つよおい! すき! すき!
――けっこんしきは、とってもごうかにするね! おとうさんもよぼうっと! おとうさんてば、あたしの、はなよめすがた、たのしみにしてくれてたんだもんねえ!!」
そうだ。
ユーリカには、自分が父親を殺害した自覚などない。彼女はラッカを抱え、その場を去った。
――警視庁獣人捜査局第七班専属猟獣、ラッカ=ローゼキは行方不明になった。
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