第7話 VS夜牝馬 前編その3


  ※※※※ ――仲原ミサキの場合


 ミサキはいつもの女子寮で目を覚ました。食堂。テーブルの向かいには同班の田島アヤノが座っている。

「一体どうしたんですか? ミサキ班長」

「――え?」

 ミサキにはわけが分からない。「第七班の班長はトーリくんでしょ? なに言ってるの?」

「誰ですか? それ」

 アヤノは、本当に理解できないという顔をしている。「もしかして、変な夢でも見てたんじゃないですか?」

 その答えも彼女には不気味だった。

 ――なにが、なにが起きてるの?

 ミサキが戸惑っていると、女子寮食堂のドアが開く。入ってきたのは、月野ナナセだった。

「月野ナナセ、ただいま帰寮しましたあ~!」

 彼女は敬礼すると、すぐにミサキに抱き着く。「愛しのミサキちゃ~ん! 会いたかったぜ~!」

 それに対して、アヤノが呆れるように笑った。

「そういうのは個室でやっててくださいね? もお」

「え――、え――?」

 ミサキは、自分の頬にキスをするナナセを見つめながら、脳がぐるぐると濁っていくのを感じた。


 月野ナナセと仲原ミサキは、獣人捜査局訓練校の同期だった。そして、生まれながらに同性愛者であるミサキは、ナナセのことがずっと好きだった。


  ※※


 いつから自分の性的志向を自覚できたのかは、よく分かっていない。保守的な家柄に生まれた彼女は、両親にそれを打ち明けることもできないまま家を出た。

 獣人捜査局に入ったのは、それが完全な実力主義の組織だったからだ。民間で就職活動をしたときは、

「ご結婚の予定などありますか?」

「今お付き合いしている男性は?」

「弊社の育休制度へのご意見は?」

 そんな言葉に心臓を握りつぶされ、結局自分から辞退した。

 ――私は女しか愛せない女ですよ。なんでそんな下らないことを心配するんですか? 今の世の中では結婚すらできないのに。

 だから、警視庁獣人捜査局の面接で渡久地ワカナ局長に聞かれた質問は救いだった。

「ひ弱な狩人は任務のなかでいずれ死ぬぞ。君にその覚悟はあるか?」

 それが助かったのだ。死は、死だけは、どんな性別であろうと、どんな性別を愛そうと、ただ平等である。

 ――そんな風に獣人捜査局に入り、一年目で射撃技術の才能を開花させたミサキが出会ったのが、月野ナナセと日岡トーリだった。


「日岡トーリって、あの日岡?」

 あるとき、食堂でミサキはそう訊いた。「ブルックス研究会の日岡夫妻?」

「うわ、もうバレちったかあ!」

 とトーリはおどけて笑った。――この頃のトーリくんは、よく笑ってよく冗談を言う明るい男の子だった。

「恥ずかしいよなあ、あんな出来の良い両親から生まれたのに今回も射撃訓練は落第だよ」

 そう言って彼がスプーンをくるくるすると、同席していたナナセが優しく微笑んだ。

「大丈夫だよ~トーリくん。あたしたちには心強い射撃の天才がついてるから」

 と彼女は言った。「ね? ミサキちゃん!」

「はあ?」

 ミサキは顔をしかめた。「ナナセはともかく、トーリくんの面倒までは見切れないかな。ま、足ひっぱらない程度にせいぜい頑張ってね」

「ええ~冷たいなあ!」

 とナナセ。


 ブルックス研究会。

 それは、獣人駆除のメインストリームである「シルバーバレット」を開発・実装した、日米欧共同のプロジェクトである。

 それ以前の獣人駆除は、再生能力を司る獣人核をどのように発見して破壊するか、ということを主な研究内容としていた。核を見つける音叉探知機、その核を狙う自動誘導弾。そうしたアイデアが積み重ねられた果てに、逆転の発想を示したのが日岡ヨーコ&日岡レンジ夫妻だった。

「別に核を狙う必要はありません。再生能力を抑制するために着弾点の肉体組織をガン化させて、自滅させればいいのです。

 ――これが我々の開発する、対獣人専用の《銀の弾丸》です」

 こうしてブルックス研究会は、各国から捕虜の獣人を連れてきてシルバーバレットの開発を進めた。初めのうちは品質も悪く、着弾してから10日ほど苦しみ続けて絶命した獣人もいた。

 しかし研究は進み、やがて日本・アメリカ・ヨーロッパ諸国で実装・正規運用される今のシルバーバレットが誕生した。

 もちろん、犠牲もあった。隙を突いて脱走した雄のオオカミの獣人が日岡夫妻を殺し、その場を去ろうとして――即座に射殺された。

 日岡トーリは、そんな日岡夫妻の一人息子である。両親の死後は、猟師を営む祖父の雪山で暮らしていたらしい。そして、今は親の意志を継ぐように獣人捜査局に入っていた。


 ミサキとトーリとナナセは、訓練校ではいつもつるんで遊んでいた。成績の良くないトーリをミサキが叱り、ナナセが慰める、というのがいつものルーチンだ。

 ミサキとしては、愛らしい容姿のナナセと二人きりになりたいとも思った。だがナナセを呼ぶと、いつも彼女が劣等生のトーリを連れてくるのだ。

 そしてある日、ナナセは、ミサキを個室に呼び出した。

「トーリくんと、付き合うことにしたんだ」

 辛くなかったと言えば、嘘になると思う。でも、なにも言えなかった。だから最後に苦し紛れに、

「私もナナセのこと好きだったよ?」

 とだけ告げた。「ずっと言わなくてごめんね。私、女の子しか好きになれないんだ。ナナセのことだけ好きだった」

 そんなミサキをナナセは抱きしめた。

「気づかなくてごめんね。

 気持ちに応えられなくて――ごめんね」

 ナナセの手が自分の背中に回る、その優しさと暖かさに泣きながら、ミサキは彼女の肩に顔をうずめた。

「ナナセのこと、きっと、人生で死ぬまで好きだと思う。

 幸せになってね。

 トーリくんのことは、私が鍛えてやるから。ナナセを守れるくらい、私が強くしてあげるからさ」

「うん」

 とナナセが鼻をすすった。

 ――トーリくん、いつも明るくて、元気で、バカやってるでしょ? でも、あたしと二人きりのとき、よく泣くんだ。寝てるときも泣いてる。両親のこと、忘れられてないよ。あたしが守ってあげたいの。だから、そんなトーリくんが、あたしを守れるくらいに強くなるのは――天才のミサキに任せるね?

 ミサキはトーリとナナセの関係を受け止めて、そして、三人揃って新設の第七班に所属が決まった。

 

 なんでそんな日に、酷いことが起こるんだろうと思う。

 ナナセは野良のB級獣人に襲われて、顔面と、内臓と、手足を粉々に破壊されて、二度とベッドから起き上がれない体になった。


 病室から全ての鏡が外された。彼女が今の自分自身の容姿を見てショックを受けないために。

 トーリは、毎日のように見舞いに行った。当然、ミサキもついていった。それに対してナナセはなにも言わなかった。言うための舌さえもう獣に抜かれていたのだ。

「う、あ」

 ナナセはぐちゃぐちゃの顔面から涙を流し、

「も――」

 と言った。

「も――――い、いに――あい――。お――んあお――やあ――――!」

 そして、寝ずの看病をしていたトーリが疲労の末、院長室で主治医と話していた時間、その隙を狙ったように、ナナセは、両肘と膝を使って這いずると病室の窓から飛び降りた。

 即死だった。駐車場に大きな血だまりができていた。

 日岡トーリは、それから一ヶ月、獣人捜査局の職場に出なかった。

 ――トーリくんが、目の奥からは笑わない、今のトーリくんになったのは、そんな出来事が理由だった。


 ミサキは頭を切り替えるために、とにかく任務と訓練を積み続ける日々を過ごしていた。

 そんななか、射撃訓練場に、トーリがゆらゆらと現れた。

「トーリくん」

 とミサキは言った。「もう、大丈夫なの?」

「グロック17を使わせてくれ」

「心理判定はオーケーだった――ってこと?」

「グロック17を使わせてくれ。――訓練が必要だろ。俺は下手くそだからな」

 ミサキはトーリの表情を見た。以前とは違い、もう、瞳にはなんの光もない。笑みが浮かぶとしてもそれは演技だ。目の奥には暗黒の空洞しかない、とミサキは思った。

「トーリくん?」

 そんな風に彼女が止める間もなく、日岡トーリはテーブルの上にある拳銃を掴み、銃弾の満ちたカートリッジを装填。銃身をスライド。そしてロクに的も見ないまま片腕でトリガーを引く。

 銃弾は外れる。

 トーリは、そんなことはまるで気にしないかのように、何発もトリガーを引いた。薬莢が飛ぶ。的が外れる。薬莢が飛ぶ。的が外れる。

「トーリくん、やめて」

 ミサキの忠告を、トーリは聞いてくれない。

 トリガーを引く。薬莢が飛ぶ。的が外れる。

 トリガーを引く。薬莢が飛ぶ。的が外れる。

 トリガーを引く。薬莢が飛ぶ。的が外れる。

 トリガーを引く。薬莢が飛ぶ。的が外れる。

 トリガーを引く。薬莢が飛ぶ。的が外れる。トリガーを引く。

「いい加減にしてトーリくん!! バカみたいなセンチメンタルで銃弾を無駄にして、なにが狩人なの!?」

 ミサキがそう怒鳴ると、トーリは黙って拳銃を机上に置き、その場所をあとにした。


 トーリはその日から、訓練も任務も、プライベートを全て犠牲にしてこなし続けた。それはほとんど「なにも考えたくないから仕事に打ち込んでいる」という様子だった。

 平気で徹夜をして獣を狩り続け、空いた時間は全て訓練に回していた。

 ミサキはそんな彼を、危ういと思った。

 ――トーリくんは、無意識に死のうとしている。家族を喪い、愛する人を喪い、もう彼にはなにも残ってない。早くナナセのところに行きたいとさえ考えている。

 そう思った。


 やがて、新設第七班の班長を決める日がきた。

 局長のワカナはまず仲原ミサキを呼び出した。

「第七班の班長は、君に任せようと思う。やる気はあるか?」

「いえ」

 ミサキは首を振った。「第七班の班長は、日岡トーリにするべきかと」

「なぜかな?」

 と訊きながら、ワカナはキャメルを吸った。「あけすけに言ってしまうが、捜査員としての基礎的な能力は君のほうが上だ。日岡トーリの才能は中の中――君はなぜ、そんな男を班長に推薦する?」

「彼は死に急いでいます」

 とミサキは答えた。

「もし私が班長になって、彼に現場を任せたら、いつか彼は簡単に死ぬでしょう。でも立場が逆なら私は死にません。それが主な理由です」

「私情か?」

「私情です」

 ミサキは微動だにせず、そう答えた。

「彼は、私の愛している人が愛していた人です。簡単には死なせません。ナナセとの約束ですから――彼が弱いなら私が鍛えます」

 そうして、第七班の班長は日岡トーリになった。


  ※※


 だが、悪夢のなかでは、そんなトーリの影はどこにもなかった。代わりに、ナナセが生きていた。

「変なの! ミサキ!」とナナセはじゃれついてくる。「なんか夢でも見てたの?」

「夢――?」

 ミサキが困惑していると、アヤノと、それから第六班のルミネが笑いだす。

「疲れてんじゃないですか、ミサキ班長! 今くらいは休みましょうよ~!」

「疲れてる――?」

 ミサキは、悪夢の女子寮のなかで、ただ居心地がよかった。ナナセが生きている。ナナセと結ばれている。ずっと望んでいた、そんな世界がここにあるのだ。

「はは、は――」

 ミサキは笑った。


 ――これは夜牝馬が見せている都合の良い妄想だ。現実じゃない。


 ミサキはひとしきり笑ったあと、夢のなかのアヤノと、ナナセと、ルミネの幻影を睨みつけた。

「ほんと――最悪の能力だよね、夜牝馬は。流石はA級の獣人って言うべきかな?」

「え――?」

 夢のナナセがあとずさりする。

 ミサキはそれも少し笑えた。

「――自分の性格の面倒くささがイヤになるよ。夢のなかでトーリくんを消してナナセと結ばれようとしてた。でも、トーリくんを愛さないナナセは、本物のナナセじゃない。自分の願望がつくった偽物なんだって自分で気づけるんだ」

 ああ。

 ここで無邪気に妄想のナナセと愛し合える性格の私なら、もっと上手に生きられたのに。

 ミサキは立ち上がると、自分のバッグのなかから拳銃――グロック17を取り出した。ナナセもアヤノもルミネも慌てている。

「夢から覚める方法なら知ってるよ」

 そう言って、ゆっくり自分のこめかみに銃口を向けると、

 トリガーを引いた。

 発砲音。


  ※※※※


 そして、現実に戻る。大海原の豪華客船、カンバセイションピース号。

 獣人捜査局第七班の副班長、仲原ミサキは第二層寝室で目を覚ました。

「はぁ、はぁ――はぁ――!!」

 汗が酷かった。服は昼に着ていた黒のドレスのまま。同室の田島アヤノは、今も昏睡状態である。

「夜牝馬のクソが発動した――ってこと?」

 ミサキは立ち上がりながら、眠気が容赦なく襲いかかってくるのを感じた。夜牝馬の能力だ。油断したらまた夢のなかに引きずり込まれる。

「ほんと、最低の能力――」

 とミサキは言った。「都合のいい夢を見せれば、人間は簡単に眠り続けてくれる、とでも思ってる?」

 バカにしやがって。

 ――ナナセはもうこの世にいない!! 私のことを愛してもくれない!! そういう現実で、私は生きてるんだ!!

 ミサキはテーブルにある銀のフォークを掴むと、自分の太ももに突き刺す。

 血が噴き出る。激痛。

「あ――ああああっ!」

 ミサキは叫びながら、さらにもういちど、右太ももにフォークを突き刺す。

 さらなる激痛。鮮血が飛び散る。

 後遺症も残るかもしれない。だがこれで少しは眠気がマシになる、とミサキは思った。


「ニンゲンをナメるな――獣人!!」


  ※※※※


 同時刻。

 ラッカ=ローゼキとサビィ=ギタは階段を降りて、第一層から第二層に移動した。――夜牝馬の悪夢に全員が呑み込まれるまで、残り59分。

「そういえばさ、サビィ」

 とラッカは言った。「部屋のドアの前に、サビィだけじゃなくて第四班の人たちみんないただろ。なにしにきてたの?」

「それ、は――」

 サビィは少しためらったあと、首を振った。これから協力し合おうっていうときに、隠しごとはナシだ。

「タカユキ殿の命令で、第四班総出でラッカを始末する予定だった。俺の型をラッカの体に埋め込んで、頃合いを見て起爆しようってな」

 彼はそう答えたあと、自分の両手の平を見せた。

「俺はハチの獣人。破裂型だ。手のひらで触れたものに爆弾を埋め込む。もういちど同じ場所に手のひらで触れるか、セットした時間がくるか――起爆方法はその二つだ」

 サビィが喋り終えると、ラッカは「ふーん」と言った。

 そして彼の目を見る。「メロウ=バスと違って戦闘向きの型ってことだよね? じゃあ頼りにするぜ。敵が複数人いたら誰かは任せる」

 そんなラッカの返答があまりに意外で、サビィは廊下を走りながら目を丸くした。

「怒らないのかよ、ラッカ。俺らでお前を駆除しようとしてたんだぜ?」

「ムカついてないって言ったら嘘になるけど」

 とラッカは言った。「タカユキって人だって、私利私欲のためとかじゃなくて、たぶんニンゲン全体のためを考えて行動してたんだろ? じゃあ価値観の違いだよ。まあ、私は抵抗するけど」

 それに――、と、ラッカは付け加えた。

「事件捜査中は感情的になるなってトーリに言われたからな」

 彼女はにっかり笑った。

「これで貸しひとつだぞ、サビィ! 無事に全員で豪華客船を出れたら、もう私のことコソコソ殺ろうとすんのはナシな!」

 そんな風に二人で駆け回りながら、サビィは、どうすればいいか分からなかった。

 ――タカユキ殿の命令は俺にとっちゃ絶対だ。主張も理に適ってると思う。ラッカは危険生物だ。いつか人を脅かす前に消すべきなんだ。

 なのに、不思議だ。

 きっと、もう俺はラッカに敵意を抱くことができない。


 第二層の客室廊下を走っていると、向かいからイズナ=セトとメロウ=バスが歩いてきた。その肩に第五班班長、笹山カズヒコが担がれている。

「おおう」とカズヒコは微笑んだ。「猟獣の皆は元気やな」

 サビィは彼の左手を見た。小指と、薬指と、中指が綺麗に手の甲のほうに折れている。

「すまんのお」

 と、カズヒコは額に汗をかきながら言った。「指三本ブチ折ってみても、眠気を払うのがやっとや。体はぜんぜん動かん。第五班の他のヤツらは起きることすらできん。第六班のほうも同じ感じやな」

「正確には」

 とイズナが言葉を繋いだ。「白石ルミネさんが泣き喚きながら壁に頭を打ちつけていたので、私が気絶させておきました。あれだと起きていても死にそうだったので」

「そうかい」

 カズヒコはメロウの肩から降りて、その場にへたり込む。

「情けないが、ボクもここまでや。第二層は探索済みで、あとは第三層だけ。頼むわ、獣人オークションの最低最悪目玉商品、夜牝馬を見つけ出して狩っといてくれ?」

 そう言うと、拳銃をメロウに渡した。「人間様の武器、シルバーバレットは弾倉にパンパン詰め込んどる。これでヤツの頭をブチ抜けよ、メロウ」

「はい、カズヒコさん――俺に任せてください」

 とメロウが頷くと、

「くはは」

 とカズヒコは笑った。「可愛いやっちゃなあ、お前は。――死んでもたボクの後輩そっくりや。野球部で、ボクがピッチャーであいつがキャッチャーやってん――夢んなかで逢うたから、なんや思い出したわ」

 彼の話しを聞き終えてから、ラッカ、イズナ、メロウ、サビィの4匹は第三層への階段を降りていった。

 全員、瞳はもう獣だった。

「夜牝馬のことは、絶対に許しません」

 とイズナは言った。「ショーゴさんは、眠っていました。眠りながら、涙を――涙を流して、笑顔を浮かべていました」

 彼女は歯ぎしりをする。

「あいつはショーゴさんの心に土足で踏み入ったんだ――奴を見つけたらまず私に教えてください。私が息の根を止めます」

 階段を降りて第三層に辿り着く。オークションのことなどなにも知らない一般人も、全員ここで眠らされている。なかには廊下に倒れている家族連れもいた。

 夜牝馬を止めなければ、彼らも例外なく死ぬことになるのだ。

「そういえば」

 とラッカは言った。「イズナは商品の場所に心当たりがあるんでしょ? 空になってる客室があるって聞いた」

「ええ」

 とイズナは頷いた。「まずはそこを手分けして探しましょう」

 

 そのとき。

 向こうから、四体の人影が近づいてきた。

 それに対して、メロウは拳銃を構えた。サビィは手のひらをかざす。イズナは愛用のコンバットナイフを抜き出し、ラッカは拳を握った。

 ――近づいてきたのは、ハバ=カイマンとその部下である。

 筋骨隆々の巨体に強面。短い髪を緑色に染めて、季節外れのタンクトップとハーフパンツ姿。

 うしろにいるのは、

 フゥラ=クローネン。そばかすの目立つ地味な少女。

 カーナロア=ニウド。痩せこけたモヒカン頭の少年。

 デカポッダ=マキュラ。眼鏡をかけた長髪の男の子。

「よう」

 とハバが言った。「夜牝馬が発動してるのに眠ってねえってことは、獣人だな。見たとこ、捜査局の奴隷どもか?」

「ええ」

 とイズナが答えた。「単刀直入に訊きます。夜牝馬はどこですか? それさえ素直に答えて投降するなら、命だけは助けてあげてもいいですよ」

「ずいぶんと生意気なメスだな。好きだぜ? そういう女ほどオレのガキを生ませてやりたくなるからな」

 そうハバは微笑んだ。

「悪いが、夜牝馬はもうオレたちの仲間だ。数十年ぶりにぐっすり眠れてんだから、邪魔しないでやってくれや――ここから先は進入禁止、その道はオレが『閉じ』させてもらう」

「夜牝馬が眠るせいで、大量の人間が犠牲になっても?」

「ヒトザルどもの犠牲がなんだってんだよ!」

 ハバは吠えた。

「ヒトザルは腐った劣等種族だろうが! その証拠がこのゴミみてえな豪華客船だ! あいつらは手前の敵である獣人さえオークションにして私腹を肥やしてる! 夜牝馬による惨劇だって、見方によっちゃ、ニンゲン自身で勝手に招いたことだ!

 こいつらに生きる値打ちなんかありゃしねえ! 今だって夜牝馬の能力で、手前に都合のいい夢を見てぬくぬく眠ってんだ! そうやって地獄に落ちんのがお似合いのクソカスだろうが!」

 ハバが吠え終える。

 イズナの顔は、完全に殺気に満ちていた。

「お前の個人的な『感想』はよく分かりました」

 彼女はそう言いながら、ゆっくりと歩き出した。

「夜牝馬の居所を吐かないなら、もう、貴様らと問答する必要もありません。――ショーゴさんを助けるために、時間の無駄だ!」


 直後。

 イズナのコンバットナイフがハバ=カイマンに届く――その直前に、カーナロア=ニウドの持つ日本刀がそれを受け止めた。

「うああああ!!」

 とカーナロアが怒鳴る。「俺らのハバさんの邪魔してんじゃねえ! 狩人に飼われてる裏切りモンが!」

「へえ」

 イズナは声を漏らした。「チンピラのくせに、少しは動けるんですね」

 そして回し蹴り。カーナロアの脇腹に直撃。

「がっ――!」

 カーナロアは、第三層の大食堂に向かって吹き飛ぶ。

 それを見たフゥラ=クローネンが、

「お前ら――」

 と殺気を露わにした途端、今度はメロウ=バスが拳銃グロック17のトリガーを引いた。

「フゥラ! あぶねえ!」

 そう声を上げたのは、デカポッダ=マキュラである。彼は手を伸ばし、持っていた出刃包丁で銃弾をはじく。

「くそ――」

 と、デカポッダはメロウを睨んだ。「よくもフゥラを――おれのフゥラを傷つけようとしやがったなァ!!」

 そして、両手の平を合わせた。

 デカポッダ=マキュラ、エビの獣人、脅威度C級。同行型。視界にいる誰か一人を道連れにして瞬間移動できる。

 廊下からメロウとデカポッダの二人が消えた。

 イズナはそんな状況を見ながら大食堂に入り、自分が蹴り飛ばしたカーナロアに追い討ちをかけようとしていた。

「ラッカ! サビィ!」とイズナは怒鳴った。「メロウは心配しなくて大丈夫です! それよりも残りの奴らの始末を頼みます!」

「了解!」

 サビィは手のひらを改めて構える。彼に突進してきたのは先ほどのフゥラ=クローネン。

 彼女のサバイバルナイフを間一髪で避けながら、サビィは第三層のシアタールームに移動する。そこに招き入れて始末するためだろう。

 ラッカは全員の動きを見たあと、ようやく、正面に立つ巨大な男と二人きりになる。


 ワニの獣人、ハバ=カイマン。オオカミの獣人、ラッカ=ローゼキ。

 ふたりの狩り合いが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る