エピローグ

「おい桔梗。」

 葛宮くんに呼ばれ、食卓の方へ向かった。私たちは、白萩くんの家にいる。警察の方によると、財産や遺産の管理は私たちに任されているらしい。この家の管理もだ。遺書にそう書いてあったようだ。

『すべての財産を教育費に寄付します。』

 どうやら私たちに遺された手紙の一部のようだった。

 『宇宙開発費』とも横に書かれていたが、斜線で消されていた。

「多分、小さい子供にでも話しかけられて、心を動かされたんだろ。単純だから。」

 クスリと笑った。確かにあり得るかもしれない。

「少しは俺らにも回ってくると思ったのに。全財産だってよ。」

 彼は天井を仰ぎながら続けた。

「どれだけ献身したと思ってるんだ。全く。こいつ、ふざけてやがる。」

 きっと、白萩くんがいたら、『お前なんかにあげるわけがない。』とか言って喧嘩になっていただろう。

「そっちは、むしろ敵扱いされてたんじゃないの?それを言うなら私の方が貢献してたと思うけど。」

 彼は不満そうだった。その顔が面白くて吹き出した。

「だいぶ稼いでんな。ムカつく、やっぱり。」

「でしょ。」

 自慢げに言った。私のマネージメントのおかげでもあるんだから。

「いつからそっち側になったんだよ。」

 そっち側もこっち側もない。葛宮くんは不服そうながらも笑っていた。

 遺品の整理はそこまで時間を要さなかった。元から整理されていた。遺されていたのは、最低限のものだった。そう考えると、割と計画的だったのだろう。それなのに、ずっと隣にいて変化に気がつかなかったことが悔しい。白萩くんの行動を変えられる一番可能性のある人だったのに。

 私はいつもそうだ。こうなったら、こうなる。想像はできる。でも行動には移せない。行動に移さなければ、何を考えてもないも同然。後になって後悔する。もうやめたい。

 なんか思考回路が白萩くんに近づいてきている気がするのは気のせいだろうか。

 あのときだって、あの満月の日だって、肝心なときに一歩も足が動かなかった。周りが炎で包まれた瞬間、藤袴さんを含めた私たち3人の足は止まった。葛宮くんは今にも泣きそうな顔で頭をかかえていた。絶望という言葉がよく似合う一シーンだった。その中で藤袴さんだけが歩み寄った。そして、迷わず、その渦の中に足を踏み入れた。取り残された私たちはポカンと口を開けて、その世界の終わりのような光景を眺めることしかできなかった。ようやく我に返って、炎の中に飛び込もうと足を走らせた。その道のりの途中で葛宮くんに腕を掴まれた。『無駄死だ。』彼は真剣な眼差しでそう言い、強引に私を炎から遠ざけた。もう顔はくしゃくしゃだった。生まれたての赤ちゃんのようにギャーギャーと泣き叫んだ。葛宮くんも私を両手で押さえつけながら炎を方へ振り向き、その様子を睨んだ。そして、そこに落ちていた小石を蹴ってから、涙を流した。


 ちなみに、その後、藤袴さんが書いたという記事が世に出回った。何の編集も加えずに原本のまま世に出されたらしい。真実は唐突にばら撒かれた。

 あっという間に世間は燃えた。燃え盛った。まるであの日の炎のように。

 批判の声もあった。自分勝手だと。私もその意見には賛同だった。しかし、彼を憐れむ声も多く上がった。『池月千芒は間違いなく道を誤った。でも、間違った道を選んだわけではない。気がついたら逸れていたのだ。』そんなコメントが印象的だった。人間として流れに沿って生きていくうちに、だんだんと逸れていったのかもしれない。

『主役を喰らう役者』完結編。そうやってニュースでも取り上げられていた。世間は物語性の高さに驚いていた。最後の最後で主演映画が決まったのは、偶然じゃない。それは私だけが知っていることだった。やっぱり全部彼によって細工されていた気がする。いつからこの計画を組み立てていたのだろう。

 そしてこの世界の動乱は、きっと彼が思い描いたまんまなのだろう。

 本当に藤袴さんが書く通り、真の役者だった。どの役者よりも世間を巻き込んで、騒乱に導かせた。世間が熱狂していた。



 私と二人、藤袴さんと白萩くんの差は何だったのだろうか。あの場で心から身を捨てる覚悟をできたのはなぜなのだろうか。答えはその場じゃわからなかった。藤袴さんが病気を抱えていたことを後に知った。記憶障害だったことも聞かされた。それで少しは理解できた気がする。 

 過去のしがらみに囚われて生きる白萩さんと未来で待ってるしがらみに囚われて生きる藤袴さんが現在という時点で交わった。


 私と二人の決定的な違いがあった。

 私は未来のために生きる人。

 二人は今のために今を生きる人。

 共に人の最後を知っている人。

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千秋楽 綾日燈花 @Tiramis

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