毒を食らわば君の骨まで

景龍 要

第1話 灰燼の忠犬

「見つけたぞ! なるべく生きたまま捕まえろ!」


 背後から男の怒号が聞こえた。小さな裏路地を駆け抜けてどうにか敵を巻こうと頭を働かせる。近くにあったゴミ箱を横倒しにして中に入っていたゴミを後ろに向かって投げた。息が上がって、考えがまとまらない。いつものように最適解を導き出せる状況ではなかった。さらにスピードを上げようと思い、気合を入れる。


「なっ……! 行き止まり?」


 走ってたどり着いた先には大きな壁。近くに足場にできそうなものもない。逃走ルートをよく確認していなかった。俺たちが負けたことはなかったから。いつだって蛍太郎さんの計画通りに物事は進んだ。それでも、凡ミスだった。後ろを振り向けば同じ服装に身を包んだ屈強な男が四人ほど武器を構えていた。


「矢吹陸翔! お前の仲間がアジトにまだ残っているぞ。助けに帰らなくていいのか?」

「仕方ないだろ。蛍太郎さんの命令なんだよ。俺は極秘資料を持って逃げる、そして処分する。俺が逃げてきたルート以外にも脱出ルートはいくつもあるし簡単に倒されるような奴らじゃない。それに俺には蛍太郎さんがまだ生きているって分かるからな」

「くだらないことを。そんなもの橘さんが阻止しているに決まっている。お前らの犯してきた罪は決して許されるものではない。貴様らの幽術を使った世界の統治が理想だという戯言のために何人の人が犠牲になったと思っている。」

「そんなもん知るか。俺は蛍太郎さんが言うことに従うだけだ。お前らの悪が俺たちだっていうなら好きにすればいい。でも邪魔することは許さない」


 幼い頃から灰燼で育ってきた俺は、ただただ蛍太郎さんの命令を遂行することを目的に生きてきた。何が正義か、何が悪なのか。判断する手段さえ分からない。ただ、仲間を信じることしかできなかった。


「ここが貴様の人生の終点だ」


 相手が武器を構えるのを見てこちらも刀を構える。意識を指先に集中させる。幼い時、灰燼で習ったように力を均一に体全体になじませるような感覚を意識する。


「火焔ノ術、怪火!」


 札を宙に放って幽術を使う。本来は札なんてなくても霊術くらい使うことができるがミスリードのためだ。素手で札を掴むと手が少し痺れるが、どうってことはない。少なくとも蛾竜の手練れは、今頃灰燼のアジトで機密情報を探っている最中だろう。戦闘になる可能性は低いし、ここにいる奴らなら相手することは造作もない。


 札が刀身に張り付き、周りに不気味な炎が纏わりつく。しかし、相手は想定済みだったようだ。表情一つ変えることもなくこちらに向かってくる。だが、俺だって相手がこちらの情報を知っていることなんて想定済みだ。刀を使うような素振りを見せながら、催涙弾を投げた。


「なんだこれ! 目がっ……!」

「お前らが掴んだ情報がすべてだと思っているからこうなるんだよバーカ!」


 腹いせにベーっと舌を出してから、刀を宙で降る。次第に辺りには不気味な光がぽつぽつと表れて男たちに襲い掛かった。そこに気を取られている間に手加減なしに男たちのことを順に殴りつけていく。巨体の男が床に倒れていくのを見届けた。


「なんだよ、たいしたことないな。まぁ、いっか。とっととここから逃げ出して、資料ををどうにかしねぇとな」


 服に着いたほこりを払う。今の時間で随分落ち着きを取り戻すことができた。コンクリートでできた道を戻り、次の目的地へ行こうと歩き始めようとした時だった。


「動かないでください」


 後ろを振り返れば戦場に似合わない爽やかな笑みを浮かべた女性がいた。

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