第二章 活き餌がウチの主力だそうです

第10話 〈ウグイ〉それは銀の兵(つわもの)

 仁海に対して、叔父は〈泳がせ釣り〉の説明を続けていた。

「つまりさ、〈泳がせ釣り〉ってのは、〈コマセ釣り〉と合わせてやる事が多いんだよ」

「オイちゃん、それって、どおゆう事?」

「コマセ釣りでは、アジやイワシ、あるいはサバが釣れるんだけど」

「〈アイサ〉だね。で、それから?」

「それでだな、普通は、小魚は釣った後に、氷で絞めて即死させる分けなんだけど、泳がせ釣りをしたいならば、コマセで釣った小魚を締めずに生かしておいて、それをエサにするんだよ」

「なんか、それって初心者には難しそうな釣り方だね」

「そんなことないよ。泳がせ釣りは、アジなど生きた小魚の背中とか鼻に針を刺して、そのまま水の中に泳がせて、大物が引っ掛かるのを待つだけなので、大して難しくはないよ」

「なんか、それって、ログインすれば勝手に進んでゆく、放置系のゲームみたいだね」

「??? よう分からん喩えだけど、ヒトミが理解したのならば、それでイイヨ」

「りょ」


「まあ、コマセ釣りって、アジ・イワシ・サバなどが集まっている所に、仕掛けを落としておく釣り方だけど、小魚が群れていると、そこに、小魚狙いの魚が集まってくるので、コマセ釣りをしている所に、エサにする生きた小魚を放置しておけば、それだけでいいんだよ。まあ、これが、最も簡単な泳がせ釣りのやり方かな」

「つまり、そんな風にして、コマセ釣りと泳がせ釣りをコラボでやるってんだね?」

「そゆこと。

 最近では、動画配信サイトに、泳がせ釣りの動画をアップしている人も沢山いるんで、検索に『泳がせ釣り』とか『ノマセ釣り』って打ち込めば、色んな泳がせ釣りの動画が出てくるんで、どんな風にやるのか具体的に知る事ができるよ、よう知らんけど」


「オイちゃん、『ノマセ釣り』って何?」

「関西の方では、泳がせ釣りの事を〈ノマセ釣り〉って呼ぶらしいよ。だから、関西方面の泳がせ釣りの動画は、『ノマセ釣り』でアップしている人もいるんだよ、知らんけど」

「ところで、『知らんけど』って関西弁、ここ最近、関東でも使っている人が結構いるけど、オイちゃんも使うんだね、知らんけど」

「「ハハハ」」

 仁海と叔父は、そう言って笑い合ったのだった。


「ところで、アジとかを使った泳がせ釣りでは、どんな魚が釣れるの?」

「それこそ、色々だけど、ウチの店に来るお客さん達が狙うのは〈マゴチ〉とか〈ヒラメ〉とかかな?」

「マゴチはマジで知らんけど、ヒラメは分かるよ」

「ヒラメは、鹿島での解禁日は十一月一日なので、ヒラメについて覚えるのは、もう少し先でいいよ」

「うん。でもさ、オイちゃん、泳がせ釣りって、コマセで小魚を釣ってから、あるいは、コマセ釣りをしながらやんなきゃなんないって話だから、なんか、大きな魚を最初から狙いたい場合には、ちょっとメンドイね。生きたアジとかイワシとかを買った方が早『バシャ、バシャ、ドカ、ドカ』」


 仁海の言葉は、店の奥で突然起こった水から何かが跳ね上がって、それから何かにぶつかる音によって、最後まで言い切る前に遮られてしまった。


「おっ、ウチのオサカナちゃん達、空気読んでるな」

「オイちゃん、どうゆうこと?」

「ウチの店には、泳がせ釣りに使うための生きたアジとかイワシとかは置いてはいないけど、その代わりの、泳がせ釣り用の小魚を扱っているんだよ」

「そ、そうなんだ」

「それが、コイツなのさ」

 そう言って、叔父は仁海を店の奥へと連れて行き、プラスチック製の水槽の上に置いていた蓋代わりのプラスチックの覆いを両手で持ち上げたのだった。


 水槽の中には、何匹もの茶色い小魚が元気に泳ぎ回っていた。


「オイちゃん、この小さな魚、いったい何?」

「これがウグイだよ」

「『うぐい』?」

「そっ」

「なんで、釣具屋さんで魚を飼っているの? 誰かが釣り上げたお魚の保管?」

「ちがうって。これは、仕入れた物で、このウグイは、泳がせ釣り用のエサとして売っているのさ」

「そうなんだ」

「でも、ウチで売る生きた小魚って、アジとかじゃダメなの?」

「アジってさ、これを保存しておくには、一匹に対して海水一リットルが必要なんだ」

「大変だね、それは」

「そんなアジに対して、淡水魚のウグイの場合、その十分の一の水量で、しかも、淡水で生かせておける分け」

「それは一気にハードルが下がるね」

「そっ、あとは、ブクブクをきちんと入れておけば、負担なく、売り物として店に置いておけるのさ」


「それと、ウグイには、ギンペイっていう別名もあるから」

「『ぎんぺい』?」

「そ、ギンペイは、銀に兵隊の〈兵〉って漢字なんだけど、とにかく、ウグイであれ、ギンペイであれ、同じように、この小魚を指しているって思えばよいよ」

「うん」


「でも、オイちゃん、その銀の兵、えっと……、ギンペイって淡水魚でしょ。海で使っても大丈夫なの?」

「平気だよ。このウグイは水質の変化に強くって、川でも海でも使えるんで、その点でも、超便利なんだよ」


 こうした叔父と仁海のやりとりの間にも、ウグイはバシャバシャと水から跳ね続けていた。


「なっ、メッチャ、イキがいいだろ」

「そうだね」

「だから、ウグイが欲しいってお客さんが来た時には、深いバケツを使わないと、バケツから外に跳び出ちゃうから、そこんとこ気をつけてな」

「分かったよ」


「あと、絶対に注意してもらいたいことが一つだけあって」

「何?」

「さっきから、蓋にぶつかる音がしているだろ?」

「そだね」

「実は、こいつらのアタックって、メッサ強烈でさ。だから、ウグイの水槽の上に、ポツポツの小さな空気穴のあるプラスチックの蓋をしっかりと置いて、ピッタリとズレないようにして、さらに、重しとかを置いておかないと、蓋がズレて、その隙間から、ウグイが外に跳び出ちゃうんだよ」

「えっ! そ、そんなに強いの?」

「強いよおおおぉぉぉ~~~。だから、くれぐれも蓋はしっかりな」

「わかったよ」

「ついウッカリして、蓋の置き方が甘いと、朝起きたら、店の奥の床が、お亡くなりになったウグイの死骸でいっぱいって、釣具屋アルアルなんだけど、活き餌(いきえ)としては売りモンにならなくなって、マジでシャレにならんので、ホント、注意な」

「うん。それにしても、蓋をぶつかり開けるなんて、このギンペイさんって、まさに、銀の兵、ツワモノだね」

「なるほど。だから、銀兵って漢字なのかもな」

「朝起きたら、兵どもが夢の後ってならないようにしないとだね」

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