第43話 ファランクス・シチリア掃討作戦(2)

 その女の声に、俺は第六感で反応した。無論、その前に声は聞こえていたことは語るまでもない。何なら顔すらも事前に確認が取れていた。

 ツインテールに金髪。この静かな湖畔の森の中の村では場違いな黒のワンピース、黒の短めのスカート。あらゆる物が黒ずくめ。

 六感であろうが聴覚であろうが視覚であろうが、そのいずれにせよ彼女の姿を見たとなれば、瞬時に嫌な予感が脳裏を過る。

「なんだ、馬鹿ミサか」

 そう短く告げると、俺はまた暖炉の方へと目を戻した。


 そこまで見れば誰かというのはすぐにわかる――クロミサ・ライザ・リュウノオトノハだ。


「誰が馬鹿ミサよ。クロミサ様と呼びなさい」

「何がクロミサ様だよ、このどチビ。おまえこそ俺の名をスノハラ様と呼べ」

 俺はそう反射的に返した。


 だが、すぐに首を傾げる。

 あれ、リュウノオトノハ……?

 態度が悪かったこともあり、初めて自己紹介された時は聞き流していたが、今考えてみればどこかで耳にしたことがある響きだ。

 しかし、俺は自慢ではないがあまり記憶力が良い方ではない。

 どちらかというと、ろくでもないことはきちんと忘れるタチだ。

 なるほど、そういうことか。きっとそれは俺的にろくでもないことの一部だったんだろう。

 俺はわずか数ミリ秒でそう考えて、それを考えたこと自体を忘れた。


「スノハラ。何か私に言いたそうね」

 馬鹿ミサがまた声をかけてくる。

「ふっ、クロミサ。おまえなどに話すことなどない。だいたい誰がスノハラだ。年上の俺を呼び捨てにするな」

 鼻息を強く出しながら、言った。

 本当に自分が年上かどうかは知らないが、こういう時は自分が年上であると定義した方が年上になる。

 多少強引だが、この馬鹿に礼儀を教えてやるためだ。

 引け目を感じる必要はない。


 そうこうしている内に、ヴオナパルテがすうっと居間に戻ってきた。

「おまえたち、何を言い合いしてるんだい?」

 開口一番、尋ねてくる。

 ふん、とクロミサが何も答えず明後日の方を向く。

 そのせいで、自然とヴオナパルテの鋭い眼光は俺の顔を貫くことになった。

「いや、なんでもないです……」

 渋々そう答える。

「ところで、スノハラ。おまえがこの村に来て早々悪いのだけれど、私たちはそろそろこの村を捨てなければならない」

 ヴオナパルテが突然の告白をする。

 捨てる? なんで?

 そのようなこと言われても、疑問しか頭に過らない。


「少佐」

 ヴオナパルテの部下アルメイダが、家へと駆けこんできた。

 背後には彼の部下数人も引き連れている。

 アルメイダとその部下たちの普段着は通常牧歌的な服装なのだが、なぜか今は特殊部隊が着るような服を身にまとっており、何かものものしい感じがした。


 アルメイダが言った少佐とはヴオナパルテのことで、ファランクス・シチリアでは彼女以上の役職はいないため、少佐という位は最高位の立場であることを意味している。

 少佐と呼ばれることだけはあって、ヴオナパルテは女ではあるが、メンバー全員から畏怖される存在だった。

 それでなくても、彼女の身体から常に発されている圧倒的かつ破壊的なオーラからすると、彼女に反抗しようなどという輩がいるとは思えない。

 それらを鑑みると、少佐という名で呼称されていることは当然の結果であるともいえる。

 俺も普段はヴオナパルテさんと呼んでいるが、あの切れ長の青い目で睨まれた時などは、神聖ファランクス皇帝ヴオナパルテ様と呼びたいくらいの気持ちになる。


「ジャグ・ジャックの兵士たちが、今しがた村を襲ってきました」

 アルメイダが、何やら物騒な感じの報告をする。

「フェーデ兵が……そうか、こんなに早く……」ヴオナパルテは少し考え込む素振りを見せたが、すぐに口を開く。「ところで、アルメイダ……私たち以外の近隣住民はどうなっている?」

「突然のことですべてを助けられませんでしたが、生存者は全員、ウルボロス山の方角へと逃がしました。そのままシティ・オブ・ハンニバルで保護されるよう手配しております」

 アルメイダは簡潔に顛末をヴオナパルテに伝えた。

 何が起こっているか把握できず困惑している俺をよそに、矢継ぎ早に彼らの話は進んでいく。

 ほとんどが意味がわからない内容のことばかりだった。

 ヴオナパルテはそのやりとりの最後として、

「ああ、そうか――では、予定していた通りの手順で退却を進めろ」

 と、アルメイダに指示を送った。

「私はどうするの? ヴオナパルテ」

 今まで無言を貫いていたクロミサが尋ねる。

「あなたはここに残りなさい。やることがあるわ」

 ヴオナパルテはすぐにそう答えた。

 そうしている間にも、アルメイダとその部下たちは出発準備を終える。

「少佐。こ無事で」

 と告げると、颯爽と外へと歩き出した。

 ドアが締まる。

 彼らの姿が部屋から消えると、慌ただしかった喧騒は瞬時に止んだ。

「スノハラ」

 束の間の静寂を破るかのように、ヴオナパルテが呼びかけてくる。次になぜか未だ呆然と立ち尽くしている俺にスナイパーライフルを手渡してきた。

 俺がそれを腕に抱えたのを見届けた彼女は、

「これはおまえの分だ。スコープを覗いて引き金を引くだけでいい」

 と、次の瞬間言った。

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