第42話 ファランクス・シチリア掃討作戦(1)

 ……ん?


「どうした? スノハラ」

 ヴオナパルテが訊いてきた。

「いや、誰かに呼ばれたような気がしたんだけど……」

 俺は言葉を濁した。


 きっと、ハヤトとオトハが……

 いや、それだけではないだろう。

 ハンニバル小隊の全員が今頃雪崩に巻き込まれた俺の心配をして、いても立ってもいられない気持ちになっているはずだ。

 そんな彼らが、俺が生きていると知ったらどのような顔で出迎えをするんだろうか。

 きっと泣き崩れてその場にうずくまり、スノハラという使徒に邂逅したような顔つきをして喜ぶに違いない。


 ウルボロスや山で遭難した俺は、その中腹下部、湖畔近くに住むヴオナパルテに拾われた。


 このヴオナパルテという名前からは想像できないかもしれないが、彼女はれっきとした金髪ワンレングス、スタイル抜群の美しい女性である。


 だが、額から頬にかけて深い傷があって、それが彼女の美しさに若干の影をさしている。

 このクレア・ザ・ファミリアでは、EXPさえあれば傷を容易に治せるはずなのに、なぜか傷を残したままだ。

 その理由がなんなのかは、まだ訊けていない。

 さらにヴオナパルテは、この雪深い湖畔近くに住んでいるというのに紫色のスーツにスカートといった出で立ちで、そんな薄着で寒くはないのかといつも思う。

 だが、なぜそんな服を着ているのかその理由も訊けていない。もうひとつ補足すると、ヴオナパルテというのが苗字なのか名前なのかさえも俺は訊けていない。

 要は、何もかも訊けていないということだ。


「おまえのようなやつを、心配してくれる奇特な人間もいるのだな」

 俺の心を読んだかのようにヴオナパルテは、話しかけてきた。

 片手に持ったマリリン・モンローのライターで、この世界のどこに売っているのかもわからない煙草に火をつける。


 鋭い眼光で俺を見ているが、それは決して睨みつけているわけではない。ただ単純にそういう目の持ち主――ただの目つきの悪い人なのだ。


 だが、そういう目の持ち主であるからこそ、彼女は怒ると凄く怖い。

 プライベートな部分に触れようものなら、崖から奈落の底に落とされてもおかしくはない。


 今現在俺が滞在しているのは、ヴオナパルテが住むその湖畔。シモ・ヘイヘという名の湖畔近くにあるヘイヘ村だ。

 ヴオナパルテ曰く、クレア・ザ・ファミリアの中でも、最古参の人間たちが気が遠くなるような過去に、数人集まってできた村であるそうだ。

 ここでいう最古参という意味合いは、まだクレア・ザ・ファミリアがVRMMOだった時代に、ゲームをプレイしていたユーザーたちということであるらしい。


 現在彼らが所属しているのはファランクス・シチリアというギルドであるようで、ハンニバル小隊のような街に密着している組織とはまた少し違うそうだ。

 当然俺は何でそんな人たちがこんな街はずれに住んでいるのかと一瞬気になったが、それは文字通り一瞬だったので、今現在一瞬も気になってはいない。


 この村は小さな集落で人口は数百人程度。俺が知る限り、そのほとんどが良識を持った人たちだ。寒さの割には陽気な人が多く、ビールを飲んだりして一緒に騒いだりしている。

 ちなみにヘイヘ村に住む全員が、ファランクス・シチリアに所属しているらしい。

 つまり、この村自体がギルドのアジトであるということだ。


 ヴオナパルテの永久凍土のような視線にいたたまれなくなった俺は、

「……何回も上空が巻き戻るから変だな、と思ってたんですよ。まさか時まで巻き戻ってたなんてね、驚きっす」

 と、直近で起こった自分の体験談を語った。

「ああ、そうだろうね。私にしても、おまえがタイムリープを認識できるとは思いもしなかった。もっとも……一番驚いたのは、おまえがそれに気がついたのが、私に救助された後ってことだけれどもね」

 

 ヴオナパルテにより雪の中から助けだされたのは約二週間前のことだ。

 その時彼女がループと何気なく口走ったことに起因して、かなりの期間俺が直面していた異常な状況が、時間のループであると気がついた。

 だが、なぜそのループが勝手に止まったのか――その直接的原因はヴオナパルテさえわかっていない。


「ハヤトが何度かタイムリープのことについて俺に相談してくる夢だから、何かおかしいなと思ってたんですよね。いえ、もちろん今になってというわけではないですよ」

 と、率直に今胸に抱いている感想をヴオナパルテに伝えた。

「ほう、スノハラ。あなたが無謀にもバグに突撃した理由は、それは夢だから。そういうことなのね」

 煙草の煙を吹かしながら、ヴオナパルテが確認してきた。

「ええ、もちろん。それ以外に理由はありません」

 深刻な面持ちを造りながら、俺はそう答えた。

 しかし、ハンニバル小隊の女性陣に良いところを見せようと思って、夢の中であるがゆえに何度もバグに突撃したが、まさかそれが現実だとは思わなかった。

「でも、ハヤトの話をもう少し聞いてやるべきだったのかもしれないです」

 そう俺は声を漏らしながら、彼を何度も茶化したことを反省した。

「……おまえの件はいいとして、タイムリープできる人間がいるとはさらなる驚きね」

 ヴオナパルテは薄く目を細めながら言う。

「ああ、そのタイムリープ? 時を巻き戻すとか飛び越える能力ですよね。俺にそんな選ばれた人間のような能力があるとは知らなかった。でも、どうやってそのタイムリープってやるんですか?」

 時を操る能力を自由自在に使えるのであれば、ハンニバル小隊の宿舎に戻って女風呂をのぞき、ファウに殴られる前にのぞく前へと時を戻せばいい。


 そう軽く息巻いた俺とは裏腹に、ヴオナパルテは顎に手を当て考え込む素振りをする。

 束の間を経た後、吐息を軽く漏らした。

「……やはりそうか。その様子だと認識はできるが、おまえ自身にはタイムリープ能力はないようだね。だから夢だと勘違いしたのか」

 と、無残にも俺の夢を打ち砕く。

「まさか、俺にタイムリープ能力がないなんて……」

 そう呟いてから、俺はガクリと肩を落とした。

「まあ、バグに殺されないと……」

 ヴオナパルテはブツブツとぼやきながら前へと進んでいく。

 俺もトボトボと彼女の後ろへと続いた。


 家に入ると、ヴオナパルテはそのまま自分の部屋へと消えていった。

 取り残された俺は、特にやることもないので居間で暖炉にあたることにした。

 転生前クレア・ザ・ファミリアは寒さとは無縁の世界だと思っていたが、現実世界と同じような設定にしているらしく寒い時はちゃんと寒い。

「しかし、タイムリープなんてどうやってやるんだろうな。そんな能力を持ってたら、絶対女風呂のぞいてるぜ」

 そう言って、火で手を温めながら吐息をつく。

「あなた、馬鹿ね」

 と、そこで女の声。

 この俺が……この俺様が馬鹿だと?

 心外な言葉を耳にした俺は、ゆっくりとその声がした方へ顔を振り向けた。

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