第41話 シティ・オブ・エパスメンダス攻防戦(6)
「さて、ハヤトさん。そろそろスノハラさんのちゃんとしたお墓を作りましょう」
ふんぞり返った身体をようやく前にしたオトハが、妙なことを言ってくる。
「お墓? 前にふたりで雪だるま風の墓を作ったじゃないか。ちゃんとスノハラって名前も入れただろう」
少し眉を顰めながら、彼女の提案に疑問を呈した。
「あらあら、ダメな人ですねえ、ハヤトさんは」
オトハがやれやれといった感じで、呆れ声を出す。
スノハラ亡き今、この世界でもっとも駄目な人であろう村人にそう言われるとは心外である。
「あの雪山のお墓ではスノハラさんも成仏できません。あの中にずっと入っていたら、凍えてしまうじゃないですか。ですので、スノハラさんを丁重に弔いましょう」
「墓か……まあ、そうだな。あんな感じだったら、いつか溶けてしまうしな」
「ええ、そうですよ、ハヤトさん。ウルボロス山のお墓はあくまで仮のお墓です。ですので、安い位牌くらいは買ってきて、名前くらいはそこに彫ってあげないと……」
矢継ぎ早に、理由と今後の予定をオトハは告げる。
村人O、安いは余計だろう。何度も言うようだが、スノハラは死に様はあれとしても、一応故人だぞ。
と、俺が胸中で呆れた矢先のことだった。
ジョン・スミスが、がらりとドアを開けて待機室に入ってきた。
手洗いにでも行っていたのだろうか、両手を下に振って水を切るような仕草をしている。
やっぱり、あの腹じゃかなり大変なのかな。
何の心配をしているのかよくわからないが、俺はとにかくそう心配した。
ジョン・スミスはおもむろにこちらへと近づいてきた。
「ハヤト、オトハ。スノハラは死んでないよ」
と、開口一番告げる。
衝撃の言葉に、図らずも俺は自分の耳を疑った。
「……死んでない?」
脳内が大量のはてなマークで埋め尽くされる。
「圧縮データにスノハラのデータが入った形跡はなかった。圧縮データの置き場所は決まっているから、そこにデータが入った形跡がないということは、彼は生きている」
と、ジョン・スミスは説明を続ける。
「雪崩に巻き込まれたのに死んでないってこと? いや、現実世界ではありえない……だったら、やっぱりクレア・ザ・ファミリアでは死なないってことか? ジョン・スミス」
挙動不審になりながら、質問を重ねた。
スノハラは吹き飛ばされるなんていう言葉では済まないような感じで、予想もしていなかったであろう方角から発生した雪崩の波に攫われていった。
そんな彼が生きているとは、にわかに信じ難い。
だが、今までの経緯から鑑みると、ただの変態とはいえジョン・スミスの言う事には一定の信頼がおける。
「ということは……この村民――」俺はゆっくりと、隣にいる女へと顔を振り向けた。「おい、オトハ……おまえ、またやったな」
「え? 私、そんなこと言いましたっけ?」
ハハハと笑いながら、閃光の役立たずオトハはすっとぼける。
再び頭にゲンコツを食らわせようと、拳に息を吹きかけた。それを見た村人Oは、防御体勢を準備するためか頭に両手を持っていく。
そして、今まさに俺の鉄拳が火を吹こうとした矢先のことだった。
「まあ、でも死ぬというのは当たらずも遠からずだけどね」
ジョン・スミスがオトハの見解をサポートするような台詞を述べた。
オトハはそれ見たことかとほくそ笑んで、俺に視線を送ってきた。
この意外な結末に、くっと俺は静かに唇を噛んだ。
「要は圧縮されたデータがデータベースに格納されると、データが圧縮されたことが確定してしまうんだよ。そのデータベースからその圧縮データを取り出そうとしてもデコンパイルする必要がある。だから僕も圧縮データがバッファから移行された一時テーブルのバッファまでで生死の判別はつくけど、そこから先は何もできない」
ジョン・スミスは、大量のプログラム用語らしき情報をまじえ説明してくる。
「デコ……? デコって何? それに一時のバッファ?」
再び俺の頭はパンクしそうになった。
「クレア・ザ・ファミリア開発陣しか知らないそのキーがないとそのデータはデコンパイルできない。そのデータベースから取り出せるデコンパイルできないデータというのは、クレア・ザ・ファミリのバッファにとっては、まったく意味のないデータ。つまり、そこに入ってしまった人の圧縮された全情報がクレア・ザ・ファミリアへのバッファに取り出せないということなんだ。だから、定義上は死んでないけど事実上の死が確定してしまう」
そうジョン・スミスは長台詞を終えると、いつの間にか用意していたポテトチップスの袋へと手を伸ばした。
要約すると、トランスマイグレーション・ルームで書いてあった永遠の生命の保証というのは確かに守られているが、それは違う意味であるということなのだろうか。
俺がそう思った瞬間だった。
「で、ハヤトさん。スノハラさんのお墓の件どうします?」
閃光のオトハが、およそ今の議題から離れたことを尋ねてきた。
ジョン・スミスの説明をまったく理解できなかったせいなのか、彼女は焼き尽くされた灰のような目をしていた。
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