第40話 シティ・オブ・エパスメンダス攻防戦(5)

 次の日の朝になった。

 城壁の屋上に出たばかりの俺は、思わず自分の目を疑った。

 上空を覆う大量の飛行船。兵士たちがその甲板から柄の長い銃をそれぞれ下に向けている。紺色の軍服からすると、彼らは我らがシルバー・クルセーダー軍であることは間違いない。

「飛行船……」

 大船団の圧倒的な迫力に飲まれてしまい、図らずもそう声を漏らしてしまった。


 起きてテントから這い出たばかりのフェーデ兵も、驚きを隠せないといった感じで一様に呆然と空を見上げている。

 まさか飛行船の大群に上空を塞がれるとは誰も思わない。それも当然だろう。


 フェーデ軍に気がつかれず、どうやってそこまで近づいたのか推察するのは簡単だった。

 上空にいる飛行船団からは、ほとんど音が聞こえてこない。

 ダコタ・チュートリアルで見た飛行船のイメージがあって、どの飛行船もジェット燃料のようなものを燃やす機関から轟音が鳴り響くのかと思っていたが、シルバークルセーダー軍の飛行船が発するそれは総じて低音だった。

 すなわちそれは、夜間フェーデ軍陣地の上空に音もなく忍び寄り、制空権を掌握したことを意味するはずだ。

  

 城壁にいたエドワードがパッと手を挙げたかと思うと、すぐに下へと落とす。瞬時に、飛行船団の至るところから砲撃が行われた。


 ほうき棒に乗ったフェーデ兵がその場から飛び立ち、対抗しようとアサルトライフルを手にして上空にあがっていったが、飛行船にたどり着くこともなくハチの巣にされた。

 タイミングを見計らったかのように、キラ率いる騎馬隊が城門から現れる。そのまま鬨の声をあげて正面目掛けて突進して行く――ことはなかった。

 彼らはその場で立ち止まったまま。あたかもそれは、じっと何かが起こるのを待っているかのようだった。

 

 一方のフェーデ兵は各々が肩慣らしをして、キラ率いる部隊へとゆっくりと近づいて行く。

 やがて指揮官と思われる人間が号令を発した。

 上空と正面を塞がれていても、退路は断たれていないのだから逃げる選択肢もあったはずだ。

 だが、やはりフェーデ兵は驕っているのか、振り返ることもなくキラが待ちうける城門の方角へと一斉に走り出した。


 そして、その中の一兵士が火炎魔法を使った瞬間だった。

 突如として、芝生の上で連鎖爆発が起きた。

 正面に走り出した兵士。後方支援を行おうとしている兵士。まだそこに近づいてもいない兵士。それらが次々と炎に飲み込まれ、その身を焼かれていった。

 そこから逃げ出そうとしても、上からは銃弾の雨嵐。周囲からは爆発に乗じて放たれた火矢。さらに追い討ちをかけるかのように前方からは銃撃の連射音。

 次々と燃え、次々と撃ち抜かれ、次々と刺さる。

 カルメンの踊り子のように地上でのたうち回って死んでいくフェーデ兵たち。それは、さながら近代兵器、古代兵器の地獄の競演といった感じだった。


 事の一部始終を見届けた後、俺は塔の真下にある例の待機室に戻った。


 椅子に腰を下ろした後、もはや全滅といっていいほどの状態になったフェーデ兵たちのことを思い返した。

 これは俗にいう大勝利ってやつではないか。

 敵とはいえ人が大量に死んでいるのだから、おおぴっらに喜ぶのは不謹慎かもしれない。だが、やはり喜ばしいものは喜ばしい。

 あのような惨状を見てもまだリアルに思えていないだけかもしれないが……

 

 結局のところ、今回は俺の必殺チート級能力――ループ能力を使うことはなく、たいした活躍はできなかった。

 できたことといえば、あの爆発を誘発する変な液体を撒くことぐらいだ。


 ふと顔をあげた。

 先に待機室戻っていたキラとオトハの会話が耳に入ってくる。

「凄かったですね、兄様。ところで、私たちが撒いていた液体ってなんですか?」

「液体? ああ、あれか。あれはハンニバル・ニトロだ」

 それについては前から気になっていたので、キラに声をかけそのハンニバル・ニトロの特性について確認することにした。

「ハンニバル・ニトロはこの地方でしか生産されない、ニトロの三倍の威力があり、さらに三倍連鎖反応を示す特性のある連鎖爆発専用の火薬だ。さらにこのニトロは、それをコントロールする使用者の意図する形でしか爆破はできない。そして、そのニトロを吸い上げかつ精製、さらにコントロールする技術力は我々にしかない。魔法がない分そういう技術的な部分が他より三倍優れているのが、この国――このサーバーの特徴だ」

 と、キラが通常の三倍の付加情報を追加しながら教えてくれた。

 さらに、ただし壁が造り出したバリアは破壊できないと余計なマイナス情報も付け加える……ということは通常の二倍なのかもしれない。


「なるほど、シルバー・クルセーダーにはそういう技術力という特色があったのか。ただのしょぼいサーバーに転生してしまったとだけ思っていたよ。へー、俺たちって結構凄いんだな」

 キラの話を聞いた俺は、胸に抱いた素直な感想を口から漏らした。

「そうですよ、ハヤトさん。私たちには他にない特殊能力があるんですよ」

 もっとも特殊能力がないであろう村人Oが何故か自慢する。

 えっへん、といった感じだったので、余計に腹立たしい。

 

 その前に村人よ。きみはあの液体がハンニバル・ニトロって知らなかったではないか……

 これはどうでも良いとして、技術力もさることながら今回の作戦には正直驚いた。

 荒唐無稽な感じはするが、一応理にはかなっている。

 未だふんぞり返ってるオトハを無視しながら、俺はそう思った。


 これは後程キラに聞いたことだが、自分たちの力を過信し偵察による情報収集を怠っていたフェーデ兵たちは飛行船が近づくまで気がつかなかったが、逆にその彼らの驕りがなければ今回の作戦は成功しなかったそうだ。

 かなり遠くから夜間飛行船を飛び立たせ低スピードで運行させはしたが、いくらシルバー・クルセーダーの技術力でも作戦の要となった飛行船の低音カットには限界があり、離着陸時点での音はかなりする。

 低スピードで安定軌道を保っている場合、ほとんど音がしないことを利用した作戦だったが、フェーデ軍が飛行船の動向などを気にかけていたとしたら、失敗する可能性の方が高かったらしい。

 何にせよ、戦闘初心者の俺には簡単に勝ったように見えたが、キラにとっては実際かなりの賭けであったということなのだろう。

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