第39話 シティ・オブ・エパスメンダス攻防戦(4)

 

「ハヤトは特に気をつけた方がいいよ。新規参入者は狙われやすいからね」

 塔の階段を下りている最中に、ジョン・スミスがそう声をかけてきた。


 新規参入者とは、クレア・ザ・ファミリアへ転生したばかりの人間を指すのだろう。

 騙されやすいという意味ではわからないでもないが、どうもジョン・スミスの言い草はそのようなことを警告したいわけではなさそうだ。


 通路へと足を踏み出しながら、

「なんで、新規参入者が狙われやすいんだ?」

 と、確認した。

 ジョン・スミスの返答を待とうと階段の方へと身体を向ける。

 ちょうどそのタイミングで、ポン、と肩を叩かれた。

「……ハヤトさん。仕方ありませんね。このオトハが教えて差し上げましょう」

 閃光の役立たずだった。

「いや、俺はジョン・スミスの方が……」

 そう言ったのだが、オトハは構わず話を続ける。

「新規参入者がいると、その分クレア・ザ・ファミリア全体のEXP供給量が加算されたってことになりますよね。初期登録後、チュートリアルに行けばEXPが百万ほど入りますから。それだけ持っていたら……」

「ちょっと待て、百万? いや、俺とスノハラはダコタ・チュートリアルで1EXPも貰わなかったぞ。百万なんていう大金――いや、EXPか……」


 そんな量のEXPは見たことも聞いたこともなかった。

 また、それだけEXPを持っているのであれば、今頃俺はこんなところでオトハなどという馬鹿と話はしていない。


「ハヤトの言う通りだよ、オトハ。最近解析したデータによると、新規参入者への情報提供をかなり抑えているみたいだね。そして、初期EXPも一切付与されない。だからといってみんなそれを知っているわけじゃないから、狙われやすいのは間違いないよ」ジョン・スミスが言う。「後、トランスマイグレーション・ルームの情報供給量も低下しているようだね。場所によって若干差はあるようだけど」

 

 ジョン・スミスの発言には思い当たる節があった。

 トランスマイグレーション・ルームにおいて、名前設定画面がスノハラの場合はあり、俺にはなかったことだ。

 これは場所によって、情報量の増減があることに起因するはずだ。


 待機室の前まできた。

 ドアを開け中へと入る。

 中央付近まで身体をやり、振り返った。

「なあ、ジョン・スミス。まだ質問があるんだけど……」

 と、正面にいたジョン・スミスに声をかけようとした矢先のことだった。


 待機室のドアがガラッと開き、キラが現れた。

「ハヤト、オトハ、ジョン・スミス。戦いに集中するんだ。街を包囲されたら敗北が確定することは知っているだろ」

 いつになく強い口調で声をかけてくる。

「ああ、キラの言う通りだ。食料や水が尽きたら外に出るしかない。そこを襲撃されでもしたら、俺たちは一貫の終わりだ」

 キラの背中に続き待機室の中に入ってきたエドワードが、補足を入れた。


 このふたりもオトハたちと同じことを言っているようだ。

 それにしても、このふたりがこのようにいきり立つとは、状況がよほど切迫しているのだろうか。


「キラ、準備はいいか?」

 困惑している俺を無視して、エドワードがキラに呼びかける。

「……もうすぐファウが戻ってくる、それでわかるだろう」

 キラはそう言いながら、細い目をさらに細めなた。

「それで、何か策はあるの?」

 ジョン・スミスが尋ねる。

「フェーデは驕っている、そこをつく」

 キラが即答した。

 

 驕っているところをつく……?

 何だかよくわからないまま、話が進んでいるような気がする。


 彼らの話に頭がついていかない最中、またドアが勢いよく開いた。

 息を切らしたファウが待機室に飛び込んでくる。

「……エドワード、キラ。飛行船は借りれそうだわ」

 と巨乳を揺らしながら、エドワードたちに告げる。

「飛行船……? 本当に!」

 その言葉を聞いて、図らずも声をあげた。

 

 とうとう俺は飛行船に乗ることができるのか。

 実は凄く憧れていたんだ。

 ファウの汗だくの胸元を無視できるほどに胸の鼓動が早まった。


「良かったですね、ハヤトさん」

 前にその憧れを伝えたことのあるオトハが、にこりと笑いかけてくる。

 田舎者の村人よ、おまえも乗せてやろう。

 それを聞いた俺はふんぞり返った。

 だが、

「飛行船? 違うな。おまえたちはこれだ」

 と、エドワードが興醒めするような言葉を吐く。

 深い底で波打っている液体の入った桶を俺たちに手渡してくる。


 そして、夜になった。

 俺と村人Oは正体が良くわからないその液体を手に、田んぼ周辺にいた。

 道という道、そして道ではない道にそれを撒く。もう小一時間ほど、オトハと共にその作業を続けている。


 ちらりと草原の向こう側にある野営地に目をやった。

 キラの言った通り本当にフェーデ兵は驕っているのか、もう彼らのテントにほど近いのに人が出てくる気配はなかった。


 辺りを確認しながら、自分の身体にかからないようその液体を木造りの大きなスプーンですくいあげ、また道へと撒き散らす。

 この頃には、俺の作業は既に適当になっていた。

 その原因は、言うまでもなく飛行船に乗ることが叶わなくなったせいだ。


 ふと撒いている液体が気になった。

 液体は、やや紫がかってはいるが無臭だっだ。何の変哲もない液体のように思えたがなぜか存在感があり、よくわからない威厳のようなものを感じる。

「この液体、いったい何なんだろうな」

 隣で黙々と作業を続けている村人Oに尋ねた。

「ハヤトさん。いくらオトハでもそれはわかりません」

 当然かのようにオトハは、死んだ魚のような目をしながら首を横に振った。

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