第38話 シティ・オブ・エパスメンダス攻防戦(3)

 ゴウッ、という音を立てた分厚い炎が俺の喉元を通り過ぎた。


「あいつら、魔法を使うのかよ」

 若干熱くなった顎をさすりながら、俺は声を震わせた。

 そして、これがクレア・ザ・ファミリアの戦いかと同時に思う。


 シティ・オブ・エパスメンダスに俺たちが入城してから一週間も経たない内に、例のフェーデがこの街に攻め込んできた。

 俺にとっては突然のことだったが、シルバー・クルセーダー軍の準備は万端だったらしく拮抗した戦いが続いている。

 

 現在オトハと共にシティ・オブ・エパスメンダスの城壁からその戦いを見下ろしており、つんざめくような怒号が俺たちの周りを取り囲んでいた。

 このことから、戦いは佳境に入っているように思えるが、リアルで戦いを見ること自体が初めてなので、何が佳境かは実際のところ不明だ。


 あちら側――フェーデ側は火炎系魔法しか使えないのかはわからないが、彼らの手から放たれた火の塊のせいで、とにもかくにもあちらこちらから炎があがっている。

 高度はそう高くないがほうき棒に乗って飛び回っているアサルトライフルを持った魔法使い、すなわち兵隊の姿も見えた。

 また、攻撃を加えてくる者すべての衣服が真っ黒な軍服で統一されており、おそらくそれがフェーデ兵たちの制服であると思われた。


 草原にいたウリボリアンを筆頭とした周囲のモンスターたちは、フェーデの火炎魔法により豚の丸焼き状態にされていた。さらによく見ればちらほら人間と思われる姿をした燃えカスもあった。

 フェーデ兵に殺されてしまったこちらの兵士かもしれないが、ああなっては敵か味方かの判別が難しい。


 対するシルバー・クルセーダー軍は、城壁の高台から火炎放射器と放水ホースで彼らに対抗していた。

 俺が現在所属する放水ホース班は、洪水のような水砲で飛んでいるフェーデ兵を叩き落とし、さらに地上部隊も長時間の水攻撃により溺れ死にさせていた。

 炎の鎮火も同時に行っているので、効率的な戦い方をしているといえるのかもしれない。

 放水ホース班に割り振られた時は不安になったが、この分であるとそう悪い部隊に所属されたわけではなさそうだ。

 

 だが、時間が経つにつれ、フェーデ側の方がどちらかといえば優勢になってきた。

 先ほどは拮抗しているように見えたが、やはり戦い方の差が如実に表れてきたということなのだろう。


 あちら側は四次元ポケットのように自由に火炎魔法がいつでもどこでも使えるが、シルバー・クルセーダー軍と思しき者たちの中で、それに類似する魔法が使える者がひとりも見当たらないのだ。

 つまり、こちら側は武器や道具がないと何もできないということである。ただ兵自体の練度は高いようで、それらの供給がある内は、フェーデ兵に何とか対抗できるといった感じだった。

 だが、こんな状況が続けば、我らがシルバー・クルセーダー軍はいずれジリ貧になるはずだ。


 相手は魔法が使えてこっちは使えないとか。何だ、その縛りプレイは?

 考えようによっては、ナイフ一本であのゾンビ・ゲームをクリアするより難しいぞ。

 ここまでの戦闘を観察した上での総括を、俺は胸の内で述べた。


「ハヤトさん、ハヤトさん。そんなところにいたら火に巻き込まれますよ」

 ひとりだけ赤い防災頭巾をかぶったオトハが、声をかけてくる。

「大丈夫なのかよ、こんな調子で」

 城壁まで届こうかという炎を再び避けながら、尋ねた。

「問題ありません。彼らはいつまでも、あの火炎魔法を使えるわけではありません。あれ……」

 と途中で言葉を切って、オトハは頭を両手で抱える。

 外壁のバリアに火炎魔法が当たり、それに起因して飛び散った小さな火の粉がこの村人Oを襲ったのだ。

「……何で、問題ないんだよ。スゲーやばいぞ、今のなんて」

 学生服にこびりついた煤を払いながら、声を張り上げた。

「でも、あんなの使ってたら、いつかEXPが圧倒的に足りなくなるはずなんです……」

 声を震わせながら、オトハは言う。


「でも、他の人を圧縮させたら、その分は自分のものとして補給できるからね」

 と、背後から甲高い男の声。

 さらにポテチらしきもの食べる音が聞こえてきた。

 

 くるりと振り返った。

 言うまでもなく、通常時ハンニバル小隊所属、今は俺と同じシルバー・クルセーダー軍放水ホース班のジョン・スミスだった。

 いつの間にか俺の横にまで移動してきていたらしい。


「それってモンスターだけじゃなくて、人間を倒しても同じようにEXPをその分補給できるってことか?」

「まあ、そうなるね」

 ポテチらしき物体をポリポリと噛みながら、ジョン・スミスは相槌を打った。


 これは先ほどこのジョン・スミスから聞いたことだが、現在のモンスター討伐した際の報酬EXPのレートが低すぎるらしく、比較的報酬の高いモンスターは狩りつくされているとのことだった。

 

 モンスターの供給といってはおかしいかもしれないが、一年で出現させるモンスターの数はEXPバンクが握っており、その報酬額も彼らが決めているそうだ。

 そして、現世界EXPバンクの緊縮財政的な方針でそれは一定量しか供給されないどころか、むしろ減らす方向にあるらしい。


 時間がなかったこともあり、先刻のジョン・スミスの話はそこで終わったが、今の台詞を合わせて鑑みると、EXPが正常供給されないので人間同士で奪い合いうようなことも起きそうな仕組みだ。


「……でも、城壁の中にいたら安全だろ。だって、外壁のバリアで止められるんだから。それに街の中で殺人は行えない仕様なんだよな。だったら、なんでわざわざ外に出て対抗するんだ?」

 頭を手で押さえながら、訊いた。

 先ほどから、シルバー・クルセーダー軍が城壁から打って出る姿を何度も見てきた。

「……囲まれたら終わりなんですよ。商業的な物品だけではなくEXPが街に入ってくるのを止められてしまうんです。ついでに水も止められちゃいます」

 叫ぶようにオトハが回答する。


「そうだね。僕らが飢えて、街の外に出るところを見計らって殺すことだってできるし、城壁から無理やり外へ連れ出して殺すことだってできる」

 緊張感なくポリポリとまたポテチらしきものを頬張りながら、ジョン・スミスが補足を入れた。


 ちょうどそのタイミングで、「放水班一班に交代、三班は休憩」という号令が聞こえてきた。

 そして、それを耳にした俺たちは、中腰に屈みながら我先にと真正面にあった小さな塔の扉へと向かっていった。

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