第14話

 この世界では常に人が死んでいる。それは病気とか、ましてや老衰とかじゃない。それで死ねたらめちゃくちゃ幸せな人だ。


 ――人は殺害されて死ぬ。世界のほとんどの人は殺されて死ぬ。


 死んでも死体は残る。勝手に蒸発したりはしない。

 だから幾度となく見てきた。

 全く見たことも話したこともなかった人の理不尽を訴えた死体。

 面識はあったけど話したことのない人の無念を噛み締めた死体。

 近所のいつもドタバタうるさかった悪ガキの悲痛を叫んだ死体。

 学校の毎日顔を合わせていたクラスメートの絶望を零した死体。

 揺すっても、泣いても、喚いても、動いてくれない家族の死体。

 そして、なかよしだった、あの子の…………。

 いまさら、死体なんて見ても吐き気なんてしない。すっかり慣れてしまった。そう、慣れないと、今度はわたしが死んでしまう。

 どれだけわたしの周りで人が死のうとも、わたしは死にたくない。絶対に生き延びたい。

 そうか、わたしはもしかしたら、自殺した哀れな彼の最期の姿を見ることで、生への執着を強くしたかったのではないか?



 だから、最悪、



 こんな世界だと、ちょうどこの屋上の縁みたいに、ちょっと転ぶだけで簡単に向こう側に行ってしまう。凄惨な死体を見ること………それで。


「「わぁーわぁーわぁー!」」


 耳を塞ぐ。大声を出す。おかしくなりそう。おかしく……おかしくなる!

 ここに居ちゃいけない! やっぱ空に近づいちゃいけないのだ!

 わたしは逃げるように屋上から飛び出して、転びそうになりながら階段を飛ばし飛ばし降りていく。


 三階まで降りて教室に戻る。


「はぁ……はぁ……」


 走ってきたから、少し息が上がっていた。自分の席に向かう。

 さっきのは忘れろ。

 どうせ哀夢もあそこから死角になるところに落ちた。それが見えなかっただけだ。

 あいつは死んだ。死んだのならいいじゃないか。一気に問題解決じゃないか!

 あれは自殺だ。自殺ならわたしのせいじゃない! わたしは悪くない!

 ぐるぐると嫌なものがわたしの中で巡る。

 ああ、もう。寝て忘れよう。リセットしよう。そう思って、救いでも求めるように席に向かった。


――瞬間、目を疑った。


「う、ウソでしょ…………」


 教室の窓側隅の席――――そこに、哀夢があった。

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死にたがり泡沫 菟月 衒輝 @Togetsu_Genki

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