家族の来訪
ダンジョンの意志……まあ大層な名前だったが、すぐに倒すことは出来たしそれ以降は何か怪しいことが起きたわけでもない。
自分という存在を取り戻してから数日は友人たちを含め、事実の擦り合わせだったりちょっとだけ騒がしかった。
「ま、それもすぐに落ち着いたけどな」
存在が奪われるだなんて大層な出来事ではある……あるのだが、俺としてはもう済んだことなのでそこまで引き摺るようなものではないという認識だ。
俺自身がそういうスタイルを貫いていれば周りもそれに合わせてくれるようで、今となっては幸いに気にしている人はもう居ない……ただ、それは友人たちであって家族は違う。
「あ……兄さん!」
「瀬奈!」
駅から出てきた雪と母さんは俺を見た途端に駆け出した。
雪で地面が凍っているのもあって転げないように注意してほしいのだが、二人は一切気にする様子もなくそのままギュッと俺に抱き着いた。
「兄さん……兄さん!」
「瀬奈! 無事なのよね!?」
「無事だっての……というかあれから何日も経ってるでしょうに」
そう、今日は以前から言っていた二人がこっちに旅行に来る日だ。
駅前で抱き合う俺たちを見て通行人たちは何事かと目を向けてくるものの、冬の寒さを感じさせないほどの温もりを感じ取ったことだろうか……それだけ雪と母さんの抱擁は熱烈だしな。
「よく来てくれたな雪に母さん……雪は少し胸が大きくなったか?」
「ちょ、ちょっと何を言ってるの兄さん!」
すまん。
変態発言だったのは承知しているけど、こうでも言わないといつまでも雪の元気がないままだと思ったんだ。
俺の意図に気付いた母さんは苦笑して離れてくれたものの、雪はやっぱりずっと俺に抱き着いたまま離れない。
「確かに……その……大きくはなったけど」
「……ほう?」
なんと……刹那ほどではないがまだまだ成長中らしい……流石俺の妹だ。
「ご無沙汰しています紅葉さん。雪ちゃんも久しぶりね」
「刹那さん!」
「久しぶりね刹那ちゃん」
ずっと傍に控えていた刹那も俺たちの輪に加わった。
ただ……今回は当然、雪たちを出迎えるためにここに訪れたのは俺と刹那だけではない。
「初めまして紅葉さん。会えて嬉しいわ」
「えぇ。こちらこそ鏡花さん」
鏡花さんもまた、今日の出会いをずっと心待ちにしてくれていたのだ。
刹那よりも大人っぽい鏡花さん……母さんと同年代のはずなのに、高校生の俺にすらその色香はこれでもかと伝わってくるほどの美人に、雪もかなり緊張していたがすぐに打ち解けていた。
「それじゃあ早速紅葉さんはうちに連れてくわね」
「ふふっ、楽しみね!」
「すっごく美味しいお酒を取り寄せたのよ。紅葉さんと味わいたくてね!」
とまあこんな風に大人組は速攻で消えて行った。
一応、明日は互いの家族勢ぞろいで観光を楽しんだりする予定だが……取り敢えず俺と刹那はまず雪をマンションに連れて行くとしよう。
「じゃあこっちも行くとするか」
「そうね。雪ちゃん手を繋ぎましょ?」
「うん!」
……いやしかし、良いもんだなやっぱり。
笑顔で刹那と手を握る雪を見ていると、本当にあいつを倒して自分自身を取り戻せて良かったと心から思えるし、仮に取り戻せなかったら一生立ち直れなかったかもしれないと怖くもなる。
(何を不安がっておるのだ。奴は確かに強大な存在だったが、私はあなたが負けるなど全く想像していなかったぞ? あの勝利は間違いなく必然だった……だから自信を持つが良いご主人)
分かってるよ……そもそも万が一のことなんか考えてなかった俺は。
(シスコンパワーと言ったか? 想いは人を強くするというが……いやはや、何度も考えても不思議なモノだ)
脳裏に響く相棒の言葉と会話するように、俺は二人の後を追う。
俺と刹那が住んでいるマンションの前に立った時、雪はあまりの豪華さに口をあんぐりと空けて呆然とした。
「凄いでしょ?」
「……すっご」
この反応は田舎民あるあるだなと俺は苦笑した。
部屋に入ったらのんびりするとして……雪にはもう一人、紹介しなくてはいけない人が居る――相棒だ。
(良いか?)
「あぁ」
「? 兄さん?」
今のところ、相棒の声は俺にしか聞こえていない。
刹那は俺が突然何かに頷いた理由には気付いており、雪がどんな風に驚くのか楽しみにしている様子だ。
「雪に会わせたい奴が居る。ずっと俺を助けてくれた女性だ」
「え?」
もう良いぞ、そう心で呟いた瞬間に相棒は……永遠はスッと雪の背後に現れた。
驚かすつもりだったのは彼女も同じらしく、実体化した状態で思いっきり雪の背後から抱き着く――雪はビクッと体を震わしたが、それだけで特に怖がるような様子もない……あれ? それは少し意外だった。
「ほう、驚かんのか」
「……………」
首を回し、後ろを振り向いた雪は目を丸くしながらもしっかりと言葉を紡いだ。
「もしかして……兄さんの刀ですか?」
「なに……?」
「雪ちゃん……?」
これは……どういうことなんだと俺は雪から目を離せない。
俺と刹那、永遠も驚くように雪を見つめる中……彼女は確かな確信を抱いたように言葉を続けるのだった。
「その……この温もりを知っている気がするんです。ほら、以前に私は兄さんの刀に触れることがありました……えへへ、あなただったんですね?」
「……ご主人」
永遠は更に強く雪を抱きしめ、俺をジッと見てこう言った。
「私、この子を気に入ったぞ」
……あぁうん。
だろうなと思ったよ。
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