シスコンパワー

「夜まで待つ……とは言ってもソワソワしてしまうわね」

「仕方ないさ。とは言っても既に夕方……刹那。風呂に行っておいで」

「分かったわ……ねえ瀬奈君」

「うん?」


 不安そうな様子を見せながら刹那が言葉を続けた。


「……私がお風呂に行っている間に居なくなったりしないでね?」

「あはは、大丈夫だって。安心して行っておいで」


 流石に自分のこととはいえ、そこまで不義理なことをしないっての。

 何度も振り返りながらお風呂に向かう刹那を見送り、俺は脳内で響く相棒の声に耳を傾けた。


『あなたがこちらに戻ってきたことは既に察知しているだろう。だが、今はまだ私があなたの気配を隠しているからどこかは気付かれていない……その隠せる限界は後数時間で切れる』

「それで奴を招き寄せ、俺が相棒で斬るってことだな?」

『その通りだ――ダンジョンの意志を始末すること、それは既に教えたがダンジョンの存在意義を奪うわけではない。敢えて言うならば、過剰に反応する抗体を退治するだけのことだ』

「言うだけなら簡単だけどな……」


 一応、俺は奇襲だったとはいえ一度敗北しているようなもんなんだが……。

 まあでも負けるわけにはいかねえか……俺のためにも、刹那のためにも、何より雪や母さんを含めて、俺と知り合ってくれた人たちが覚えていないというのは心に掛かるダメージがあまりにも大きすぎるからな。


『確かにあなたと同等くらいの力はあるだろう……だが忘れるな。あなたの相棒はこの私であり、奴を唯一殺すことの出来る存在だ。あれを倒さなければ、今度こそあなたは消えてしまい、刹那の記憶からも完全に居なくなってしまうだろう』

「そうなのか……?」

『うむ。数日間は悲しむだろうが、存在が消えるということは記憶も失う。すぐに笑って過ごせるようにはなるだろうがな』


 ……それは嫌だなと、俺は改めて力が体に宿るかのようだった。

 ここはやっぱり奴を倒すことで気持ち良く元の日常を取り戻そうじゃないか。そんな風に意気込んだその時、スマホが着信を知らせた。


「……誰だ?」


 今の段階で刹那を除く誰かが俺に電話をすることは考えられない。

 悪戯電話かと思ってスマホの画面を覗き込んだ俺は驚愕した……だって、電話をしてきたのが雪だったからだ。


『……どういうことだ?』


 どうやら相棒も分からないらしく困惑した様子が伝わってくる。

 この電話に出た時、どんな会話が繰り広げられるのか俺もかなり怖い……どうして電話を掛けてきたのかそれが気になったせいで、俺は通話に応じるのだった。


「……もしもし」


 雪相手に本来ならこんな話し方はしない……なのに俺はとても恐れている。


『……もしもし?』


 そして向こうも恐れているというか、困惑している風だ。

 相棒の話が正しければ今の俺は世界から弾き出されている……俺が居たという痕跡はないはずだけど、それでも雪のスマホには俺の連絡先とかは残っているのか?

 それでこれは誰だって気になったのかもしれないな……それはそれで悲しいけど。


『あなたは……誰ですか?』


 ……ったく、これから決戦だってのに運命の悪戯ってのは厄介なもんだ。

 実の妹に……それこそ刹那と並ぶほどに大切な存在にそんなことを言われた俺としては、もう泣いてしまいそうだった。

 まあ良いか……この怒りを奴にぶつける燃料として燃やしてしまおう。

 そう、意気込んだ時だった。


『あの……何も言わずに聞いてください――こうして気になって電話をしたこと自体がおかしいのかもしれませんが、こうせざるを得なかったんです』

「……………」

『私にとって知らないはずの名前なのに……どこか胸が痛かったんです。その……こんなこといきなりで困りますよねごめんなさい……』


 ……自然とスマホをに手にする力が強くなる。

 それは怒りではなく嬉しさのようなもの……そしてそこまで雪を苦しめてしまったことによる申し訳なさだった。


「……雪」

『っ!?』

「今は詳しく話せない……ごめん。でもすぐにまた話せるようになる……俺の言ってることが分からないと思うし、なんだこいつはって思われるかもしれない。それでも後少しだけ待っててほしい」

『……うん。待ってます……頑張ってください』

「……おう」


 そうして通話は終わった。

 いつの間にか顕現していた相棒が驚きを隠せない様子で口を開いた。


「……刹那の時にも思ったが、なるほど愛とは素晴らしいものだな。あり得ないことを可能にする力……完全には兄妹の絆を断ち切ることは無理だったか」

「ははっ、俺と雪だからな!」


 俺がそう言って笑うと相棒も嬉しそうに笑った。


「私はあなたのスキルであり、ダンジョンを元に生まれた存在だ。故にダンジョンこそ私にとっての母のようなものではあるが、そんなもの知ったことではない。私はあなたの方が、あなたの紡ぐ未来を見届けるのが好きだ――やってしまえ」


 言われなくともやってやるさ。

 これから起こる戦い、必ず勝つ……そう思った時、俺の中で何かが目覚めた。


▽▼


「ここ……ここに彼が居る――終わらせる力を持った彼が」


 ダンジョンの意志……それはまるで天使のような出で立ちだ。

 男とも女とも取れぬ姿を持った天使、言ってしまうと刹那に血を与えた彼女と同じ特徴を持っているが、理性の無さを見せ付けるような漆黒の瞳が印象的だ。


「……消す……必ず消す」


 理性は無く、天使にあるのは目標を消すという機械的意志のみ。

 そんな天使が訪れたのは開けた公園……何の変哲もない公園であり、決してダンジョンではないリアルの世界だ。

 普通の人と変わらない様子で歩く異形の天使が公園に足を踏み入れた瞬間、辺りを真っ黒な空間が包み込んだ。


「これは……」


 天使は怯えもなければ慌てることもない。

 この力の本質には気付いているからだ――瀬奈の持つ無双の太刀、アレが持つ力だと分かっているから。


「……?」


 漆黒の世界の中で揺らめくものがあった。

 ゆらゆらと炎のように見えるそれは刀を形成し、何十……何百という刀が天使を囲むように空中を舞っている。


「……来た」


 天使の目の前に三つの存在が現れた。

 瀬奈、刹那、そして天使と同じ気配を交えさせた女性……そう、あの天使だ。


「あなたもその力に触れたんだ。なら消す――消してみせる」


 あちらの天使はともかく、刹那に宿る無双の力の残滓……それを見たことで天使は刹那すらも殲滅対象へと定めたようだ。

 辺りを悠然と舞う刀の群れは何を意味しているのか分からない……ただ、それが彼の……瀬奈の力であることは分かった。


【刀剣の世界】


 そんな声が聞こえたと思いきや、天使はすぐにその場から動いた。


「遅い」

「っ!?」


 気付けば瀬奈の姿は懐にあり、その刀が天使の体を貫いていた。

 彼の瞳には一切の迷いはなく、この一撃に全てを懸けたかのような思いっきり……更に辺りを漂っていた刀たちが意志を持つように、天使の体に突き刺さる。


「がふっ……」


 脳を貫き、喉を貫き、腕を、足を……いたるところが刀によって貫かれた。

 そして天使は理解した――この刀一本一本が全て、無双の太刀と同じ性質を兼ね備えている……あり得ないと天使は驚愕した。


(……こんなのあり得ない……でもそういうこと……この世界は無双の太刀の彼女によって創造され、その中で彼のスキルが発動している……ダメ……この中では勝てない)


 諦めを見せた天使に向かい、瀬奈はこう言った。


「悪いな――今マジでお兄ちゃんパワー全開なんだわ」


 なんだそれは……そう思考しようとした天使の頭は、瀬奈の刀によって宙を舞う。

 あまりにも早い決着――だがそれは人がダンジョンに見せた意地とも言える。


 危険だと排除に走ろうとしたダンジョンは今、シスコンに敗れた。

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