戦いの前

「現代よ。私は帰ってきた!」

「な、なによそれ」

「何でもない」


 ちょっと言いたくなったんだ気にするな。


「……………」


 一旦口を閉じて周りを見渡す。

 さっきまで俺が居た場所と何一つ変わらないというのに、しっかりと地に足をつけているイメージがあった。


(夢の世界……とも違うし、どうやら隔離されてたみたいだが……)


 俺の中から居なくなっていた相棒が戻り、再び同化したことである程度の情報は既に頭の中に入っている。

 まさか俺が抑止力なんていう重要なポジションに立たされているなんて……こんなの予想出来るわけがないし、説明も無しに襲い掛かってきたあの野郎にも文句を三つくらいは言いたいもんだ。


『ご主人、刹那も聞こえるな?』

「あぁ」

「えぇ」


 脳裏に響く相棒の声だが、どうやら刹那の方も聞こえるらしい。

 そう言えば相棒はこっちに戻る際に覚悟しておけと言っていたが……あの覚悟ってどういう意味なんだろうか。


『さっきも言ったが、ご主人の存在は今だ奴に奪われている……つまり、今のこの世界にご主人の居場所はない』

「居場所はないって……どういう――」


 居場所がないだなんて中々怖くなることを言ってくれるじゃないか。

 その言葉の意味を考えたがイマイチ把握できず、どういうことなのか……それを明確に理解したのはすぐだった。


「あら、刹那? どうしてこんなところに居るの?」


 後ろに振り向くと、そこには不思議そうな顔をした鏡花さんが居た。

 確か俺を探すために刹那は学校に行っていない……それは鏡花さんたち事情を知らない人からすれば刹那がサボったようにも思えたのかもしれない。

 いや、刹那がサボるなんてあり得ないしただただ驚いているだけか。


「鏡花さん。実は俺のせいで……」

「えっと……刹那のお友達? 名前でいきなり呼ぶなんて大胆過ぎない? というかどうして私の名前を知ってるのかしら?」

「……は?」


 ……あぁ、そういうことか。

 俺は存在を奪われるという言葉の意味を鮮明に理解した……一瞬にして涙が流れそうなほどに心にグッと来たものの何とか堪え、俺は頭を下げた。


「すみません。実は俺、初対面の女性に名前を当てる特技があるんですよ。めっちゃ驚きましたか?」

「……あらそうなの」


 あ……これ、すんごいドン引きされてます。

 もっとマシな言い訳があったはずだろうと恥ずかしくなったが、そんな俺と鏡花さんの間に刹那が入り込む。


「ちょっと、質の悪い冗談はやめて! 瀬奈君よ! 私の大事な――」

「刹那!」


 無理だ……今は何を言っても無理だと頭を振り、俺は歩き出す。


『中々キツイものだろう? だが、こういうことだと思っておけ』

「あぁ」

『奴はすぐにあなたが戻ってきたことに気付くはずだ……おそらく、また今夜姿を見せると私は予測する』


 今夜……か。

 あの時も夜にやってきたし、悪党……で良いのかどうかは分からないが、夜以上に襲撃に適した時間帯はないな本当に。

 刹那も色々と話があるだろうに、すぐ鏡花さんとの話を引き上げて俺の元に駆けて寄ってきた。


「良いのか?」

「納得していなかったみたいだけど納得してもらうしかないわ。私も今の現状について分かったし、こうなったら出来る限りあなたの傍に居たいもの」

「……ありがとう」


 そう礼を口にすると、刹那は気にしないでと笑った。

 それから俺たちが向かうのは学校ではなくマンションだ――中に入るといつも通りの光景が俺たちを出迎えたが、俺はどこか……世界から拒絶されているような錯覚を覚えて落ち着かない。


『正真正銘あなたはこの世界にとって現時点で異物だからな……それこそ、漫画で例えるとあなたを覚えている人間は刹那を除いておらず、あなたが居た証も残っていない……戸籍レベルで残っていないんだ』


 そこまでかよ……随分と用意周到なことじゃないか。

 でも……それだけ俺はダンジョンの意志とやらに警戒されているってことなんだろうか……唯一、ダンジョンを傷付けることが出来る……つまり、奴自信を葬れる可能性を俺だけが持っているから。


『それはそうだろう。自分のことを唯一殺すことが出来る存在……それはどんな存在であっても怖がるものだ』

「……………」

「……瀬奈君」


 変わらず落ち着かなそうなだけでなく、俺を見つめる視線から心配の色が消えない刹那の頭を撫でた。

 大丈夫だと、必ず乗り越えるからという意志を示すように。


「なんつうか……こういうことがあるんだなって驚いてるよ。それこそ、物語の主人公が通る試練みたいじゃないか――上等だよ」

『……くくっ、あなたならそう言うと思っていた』


 ただまあ家族や友人にコンタクトを取るのは無しだ。

 今の俺はやせ我慢と虚勢によって成り立っているようなものだし、これで更に親しい人たちから誰だなんて言われたら立ち直れないぞ。


「瀬奈君は……瀬奈君ね。こんなことがあっても笑えるなんて」

「笑ってないと泣いちまいそうだからな」


 ……あぁうん、気を抜いたら本当に泣きそうだ。

 だがまあ、一旦今は休むとしよう――どんな風に奴を迎え撃つか、それは相棒に考えがあるみたいだしな。


(ダンジョンの意志だかなんだか知らねえが、絶対に勝つ)


 そうして取り戻す……俺の大事な日常を必ず。



【あとがき】


後数話で完結です。

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