繋がる心

「……なんか……物足りねえんだよな」


 学校が終わった後、ブラブラと歩きながらそう呟いた。

 何かが足りない……何か傍に居てくれるはずの人が居ないような、そんな感覚に俺はずっと悩まされていた。


「兄さん?」

「……あぁ」


 学校から離れ、まだ中学生の雪と合流してからも……何かが物足りない。

 それを彼女に言ってしまうと機嫌を損ねてしまうだろうから言わないが、でも敢えて言うなら……俺は最低なことを考えている。


(この子は……本当に俺の妹なのか?)


 ……馬鹿馬鹿しい……雪が俺の妹でなければなんだと言うんだ。

 俺の隣で天真爛漫な笑顔を浮かべてくれる彼女は間違いなく俺の妹……可愛くて仕方なくて、ずっと守りたいと願った大事な子のはず……なんだけどな。


『兄さん!』


 何故……何故こんなにも、目の前の彼女と全く違う雰囲気を携えながらも、同じ顔をした雪の笑顔が頭に浮かぶんだろうか。


「今日の兄さんちょっとおかしいよ?」

「……かもな。学校でも少し大人しかったくらいだからな」

「ふ~ん……熱とかあったりするの?」

「いや、それはないな」


 本当にどうしちまったんだ俺は……。

 それから雪と一緒に帰路を歩くのだが、雪だけでなくもう一人……一切の関りがないはずの女性の顔が脳裏に浮かぶ。


『瀬奈君』


 皇刹那……彼女の顔が脳裏に浮かぶのだ。

 俺と彼女は一切の絡みがないし、そもそもどこに住んでいるかも分からない……実は同じ学校だったという奇跡もなければ、偶然に街中で出会うようなことも今までなかった……これは俺の妄想か?

 男子高校生ならではの美少女とお近付きになりたいというどうしようもない妄想が働いてしまっているのか? だとするならどれだけ女性に飢えているんだと自分自身が少し情けなくなるが。


「ならちょっと遊んで帰ろうよ。こういう時は思いっきり楽しい時間を過ごしたらいつもみたいに元気になるって」

「……ははっ、それもそうだな」


 よし! なら今日は思いっきり雪と遊んで過ごすとしよう。

 まずはどこに行くか……無難にカラオケにしようか――そうだカラオケ……カラオケって言うとよく何人かで遊びに行っていたイメージがあるんだがこれは……?

 そんな風に考え事をしていたからか、俺は走ってきていた何者かにぶつかった。


「っ!?」

「きゃっ!?」


 背中に衝撃を感じた後、可愛らしい女の子の悲鳴が響いた。


「兄さん!?」


 驚く雪よりも、俺は聞こえてきた声の方が気になった。

 ゆっくりと振り向くと綺麗な女の子が尻もちを突くように倒れており、俺は反射的に彼女に向かって手を伸ばすのだった。


「すまない。大丈夫か?」

「え、えぇ……こちらこそ急いでて……」


 あれ……? この人って確か……えぇ!?


「皇……刹那?」

「あら……どうして私の名前を?」


 そう、そこに居たのはあの皇刹那だった。

 今朝テレビで見た有名人であり、気になる人だと思って思い浮かべていたその人と会えるとは思わず、俺はおそらく人生最大級に驚いているはずだ。


「っ……」


 しかもちょっとドキドキする……あ、もしかしてこれって恋?

 そんな馬鹿なことを考える俺の手を彼女は掴み、ゆっくりと腰を上げた。


「ありがとう……えっと……あなたは誰なの?」

「誰って俺は瀬奈……だけど」

「瀬奈……って何その言い方……まるで私が知り合いみたいな言い方ね?」


 胸に飛来したドキドキは一気に消え失せ、俺は少しだけ乱暴に手を離した。

 皇だけでなく雪も突然の俺の変化に驚いているが……俺もどうして、彼女に対してこんな行動に出たのかは分からない……そして何より、次いで出てきた言葉の意味も全く理解出来なかった。


「君は……誰だ?」

「誰って……あなた今言ったわよね? 皇刹那だって」

「……………」


 違う……彼女は……皇では……刹那ではない。

 そう思った時だった――空が割れ、ピリピリと肌を焼くような稲妻が駆け抜けていく……そして、それは現れた。


「その通りよ! あなたのことを知らない私は私じゃない……そうよね瀬奈君。私はあなたのことを愛してる! だから絶対に忘れたりしない!」

「っ!?」


 空から降ってきたのは女の子……彼女は目の前の皇と全く同じ姿をしている女の子で……あぁ……そうだ……この子は……刹那だ。

 刹那と、そうしっかりと名前を口ずさんだ時……失われていた記憶が俺の中に蘇っていく……ったく、どうして忘れていたんだと自分が情けなくなってくる。


「……刹那」

「うん……うん!」


 気付けばこの場には俺と刹那……そして彼女が手にしている刀、相棒しかこの場には居なかった。


「瀬奈君……見つけたわ。瀬奈君は居なくなってなんかなかった!」

「……………」


 どうやらこれは随分と心配を掛けてしまったようだ。

 腕の中で泣きじゃくる刹那を慰めるように、優しく背中と頭を撫でながら落ち着かせるのだが……取り敢えずこんな状況だけど言わせてくれ。


「なあ刹那――中々ダイナミックな登場だったな?」

「あなたのためよ……でも本当に心配したんだからね?」

「分かってる……でももう大丈夫だ」


 こうして全部を思い出したからだ。


「あなたの彼女は落ち着かなかったというのに、この夢の世界で随分と楽しくしていたようだな?」

「楽しく……はなかったぞ意外と。何かが物足りなくてな……そりゃそうだ。刹那が居ないんだから」

「……もう、瀬奈君ったら」


 あぁ……やっぱりこうでないとな!

 さてと、それじゃあそろそろ戻るとしようか――この世界は俺の居るべき世界ではない……早く俺たちの世界に戻ろう。


「あっちに戻ったら説明をさせてもらう。ただ……向こうに戻ったとしてもご主人の存在はまだ奪われている――私と刹那が傍に居るとはいえ、覚悟をしておくんだ」


 覚悟……ねぇ。

 あの得体の知れない何者かに心臓を一突きにされたんだ……覚悟なんてとうに突き抜けてるよ。

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