刹那の覚悟

「……永遠?」

「うむ。ご主人より名を授かった永遠だ」


 永遠――瀬奈の刀に宿る相棒だ。

 刹那にとっても彼女の存在は決して軽いものではなく、瀬奈が居なくなったことで不安になっていた心を揺さぶるには十分すぎた。


「っ……!」

「おっと……」


 永遠の胸に刹那は飛び込み、永遠は驚きながらも無理もないかといった様子で刹那を受け止めるのだった。

 灰色の世界……周りは一切動いておらず、この時間を動いているのは刹那と永遠だけだ。


「瀬奈君が……居ないの」

「あぁ」

「どこにも居ないの……誰も覚えていないの!」

「分かっている」


 どうやら永遠は全てを理解しているようだった。

 ただ刹那からすればこれは自分に都合よく見せている妄想ではないかと怖くなったがどうもそうではないようで、少し歩こうと言った永遠に刹那は従った。


「どこに行くの?」

「近くの公園だ。少しお前は落ち着いた方が良い」

「……落ち着けるわけないでしょ」

「もっともだな」


 クスクス笑う永遠を見ていると刹那としても調子が狂うが、今はただこうしておちょくられているのが心地良かった……それだけ永遠との邂逅が刹那を救ったのだ。

 永遠と共に訪れたのは小さな公園……平日なので他に人は居らず、永遠が魔法を解いて時間を動かしても大丈夫だった。


「さて……何から話すとしようか――私としてもご主人の身に危機が迫った瞬間に思い出せたこともあるからな」

「そうなの……? って、瀬奈君に危機が迫ったってどういうこと!」

「文字通りの危機だ。ご主人を襲ったのはダンジョンの意志だ」

「……何を言ってるの?」


 永遠が何を言っているのか刹那には理解が出来なかった。

 それもそのはずでダンジョンの意志とはどういうことか……おそらく、他の誰かに同じ問いかけをしても刹那と同様の反応をするはずだ。


「刹那、お前はダンジョンの存在がただ人を高めるためだけにこの世界に生まれたと本気で思っているのか?」

「それは……そうでしょう。だってダンジョンが生まれたことによって、人々は戦う力を身に付けた……スキルがその最たる例でしょ?」


 ダンジョンが生まれ、そのダンジョンを攻略するために人々はスキルに目覚めた。

 それは刹那の世代だけではなく、ダンジョンが生まれた数世代前から続いているものなので疑う余地もない……だが、永遠の顔を見るにどうも違うようだ。


「この世界が人体だとするならば、ダンジョンは癌だ。徐々に根を張り巡らせ、いずれ世界の全てを呑み込んでしまうための……な」

「癌って……」


 何やらとんでもない響きの言葉が出てきたことで刹那は表情を引き締めた。

 続きを促すように永遠を見つめると、永遠は頷いて言葉を続けた。


「もちろんすぐそうなるわけではない。むしろ、そうならない可能性の方が高いのだが……少なくともダンジョンは人々に力を齎したが、それだけではないということを覚えておくがいい」

「……釈然としないけれどね」

「だろうな――さて、話の本質はここからだ」


 パチンと永遠は指を鳴らし、刹那はその音で背筋を伸ばした。

 先ほどまで笑みを携えていた永遠は真剣なものへと表情を変え、刹那をジッと見つめながらその本質を語る。


「本来であればダンジョンの中に生きる存在は外に干渉は出来ない……如何にダンジョンが成長を続け、いずれ世界を呑み込む可能性を孕んでいるとしてもそれは絶対の理だった……しかし、その絶対を侵す存在が生まれたのだ――それがダンジョンの意志、ご主人に手を下した存在だ」

「……………」

「奴は色々な方法で外にどうにか干渉出来ないかを試した。それは既に何度かこちら側に影響として現れている。刹那、お前も身を持ってそれを体験しているだろう」

「……まさか」


 刹那は反射的に天使の力を発動した。

 瞳の色が変わるだけでなく、背中に現れた美しい羽……それは刹那に宿った天使の力であり、言葉を交わした天使から齎された大切な力である。


「お前を助けるために何故か外に出ることが出来た天使、そして直近では後天的に人間に与えられた魔物を外で使役するスキル……それも奴の影響だ」

「……そう繋がるのね。でもそれでどうしてダンジョンの意志とやらが瀬奈君を狙ったというの? もしかして私と関わったから……?」


 それは嫌な想像だったが、真っ先に永遠が否定した。


「安心しろ。奴が冒険者男女のイチャイチャにイライラするような者ならばそれもあり得るが、奴がご主人を狙ったことにお前は何も関係はない」

「そう……ふぅ」


 分かりやすく刹那はため息を吐く。

 だがそれなら理由は何なのだろうか……まだそこまで考えの及ばない刹那は永遠の言葉を待つしかなかった。


「ご主人を狙った理由は……まあ私にあると言えばあるんだよ」

「え?」

「私はご主人に宿った刀だが、無双の太刀という名前を持っている。概念すらも切り裂く前代未聞の力としての名がな」

「それは知ってるわ……それで?」

「ご主人は選ばれたのだ――ダンジョンの意志が姿を見せた時、奴を止めることの出来る抑止力として」

「……………」


 瀬奈がそんな大層なモノに選ばれてしまった……それもまた衝撃の情報だった。

 だが、これで話の輪郭部分は見えてきたと言えるだろう。


「世界を蝕む力を生み出したのがダンジョンであり、それを抑止する存在もダンジョンが影響して生み出すとは皮肉なものだが……要するに、奴はご主人のことを恐れていた……唯一、概念でもある奴を斬れるわけだからな」

「……………」

「お前も知っているだろう? 以前に普通科の生徒とご主人がダンジョンに入ったあのイベントを」

「あ……私も参加していたもの。聞いているわ」


 今はもう居ないが、千葉という男子生徒が普通科の生徒をトラップ部屋に放り込むという事件があったが……そこまで考えた時、刹那の中で何かが繋がった。


「気付いたようだな? あの時、ご主人は本来であれば外から干渉出来ないはずのダンジョンの壁を刀の一振りで斬り裂いたのだ――それを奴は認識し、ご主人を恐れるべき存在だと見るようになった」

「それで……今になって瀬奈君を狙ったの?」

「そういうことだ。何故今なのかは知らんが、好機と見たのだろう――これは私の失態でもある。その時に思い出していなかったとはいえ、ご主人に手を出されたわけだからな」


 悔しそうに永遠は握り拳を作った。

 正直なことを言えば、刹那はまだ問題の本質の全貌を理解出来たわけではない……だが、勝手な都合で瀬奈に手を出されたことだけは明確に理解した。


「……とても大きな意志が動いている……それは分かったわ」

「怖気付いたか?」

「いいえ、むしろよくもやってくれたわねって感じだわ。瀬奈君はどこ?」

「異なる次元に飛ばされた。この世界には居ないが、私を振るえる者が居れば世界と世界の境界を斬ることで向こうに行けるはずだ」


 それなら話は早いと刹那は笑い、永遠に挑戦的な視線を向けてこう言った。


「私があなたを使うわ――出来るでしょ? さもなければ、私にこんなことを告げる意味がないもの」

「くくっ、覚悟はバッチリか……流石は刹那だ。だが心せよ、私を手にした瞬間にお前もまた奴の標的にランクアップだ」


 その言葉を聞き、刹那は鼻で笑う。

 恐れは何一つなく、瀬奈を助ける道筋が見えたからこそ今の刹那には希望しかなかった……それが彼女を強くし、笑顔を浮かべさせている。


「今までに何度か瀬奈君には助けられたわ。同時に何度か彼が落ち込んだ時に慰めることは出来たけど……本当の意味で今度は私が瀬奈君を助けてみせる」

「分かった。行くぞ刹那」

「えぇ」


 愛する存在を救うために、女は刀を手に前を見据えた。

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